ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
冬のイリアに容赦など無い。立てぬ者は凍て付くまま、永遠に氷雪の棺に沈む。
辞令式のあった日も午前中は晴れていたものの、すぐに曇天が垂れ込んできた。
気づくといつも通りの吹雪に声を、姿を、心さえも閉ざす。喧騒の中を今日もシャニーは歩いていた。目的地も、昨日と同じ。中に入ってまず店の中をぐるっと眺める。ふうっと大きく息を吐きだした。
「マスター、今日もあれちょうだい」
外套を背もたれにかけて、剣を横に置き……この流れも大分、様になってきた気がする。
(今日も……会えないのかな。そろそろ会いたい……)
かれこれ一週間ほど通っているが、未だにあの黒ずくめの紳士とは出会えずにいた。
どうせ今日も軽くひっかけただけで寝てしまうに決まっている。そう思ったマスターは最初からストップをかける事にしていた。こんなに毎日、成人となったばかりの女が五十度超の強烈な酒を煽っていたら体を壊してしまう。
「お前やめとけって……って、どうしたんだい、その服」
普段とまるで雰囲気が違うのでマスターは面食らった。
周りの荒くれ共もサイドスリットから覗く白い肌に涎を垂らしかけ、はっとして酒に戻る。あれにちょっかいをかけたら、今度は本気で首を飛ばされるかもしれない。
「あたし、部隊長に任命されたんだ。自分でも……受け入れられて無いんだけど」
不満そうに零すと、出されたちょっと優しめの酒を口にしてじっと正面を見つめている。
(今のあたしに部隊長なんて……重すぎるよ)
いつの間にか、グラスを一気飲みにしていた。足らない、この程度ではまるで足らない。両唇を噛みながら、じっと前を見据える眼差しは厳しい。
姉は認めてくれた。仲間だってあんなに祝福してくれた。なのに、なのに……。
(早くみんなを守れるようにならないと、このままじゃ……)
今日もループする底無しの沼に飲み込まれそうになっていた。そこから引き戻すようにマスターの声が聞こえてくる。
「ほう、そりゃめでてえじゃねえか」
「めでたくなんかないよ!」
計らずも周りの視線を集めてしまった。無意識のうちにグラスをカウンターへ叩きつけてマスターに怒鳴ってしまっていたのだ。
「……ごめんなさい」
視線でくし刺しにされ、マスターのギョッとした目とかち合った。
自分でも驚いて、シャニーは俯きながら消え入りそうな声を絞る。どんどん自分が壊れていくのを嫌と言うほど感じているのに、もう抜け出せない。
「目の前の仲間ひとり守れないのに、国内の治安維持だなんて。つい最近も失敗したばかりのあたしが部隊みんなの命を預かるなんて……重すぎるよ」
自分でも分かっている。いつもの自分では無い事くらい。こんなにも落ち込んで、前を向けずに恐れる何てかつて無かった。何とかなる、とにかく頑張ろうと常に前を向いて来たはずなのに。
だが、それは自分だけの事を考えていれば良かったからだ。
自分の剣がまるで強敵に通用しない今、部下となり自分へ命を預けてくれる親友達をどうやって守れば良いのか。途方に暮れてまたグラスを傾ける。
その時、ぞろぞろと団体客が店に入ってきて、席を案内しようとしたマスターが入口へ振り向いて目をむく。
────見つけた……!
その無数の瞳達は互いに見つめ合い、一つ頷くと覚悟を決めた。今もグラスを独りで傾ける青の背中へ向けて静かに、だが強い足取りで進み、ついに手を伸ばす。
黒く、重く濁って見通せない底無しの沼にすっぽり飲まれて消えていた背中へ。
「おっ、独り酒とはオトナッスね!」
この場にいないはずの声が聞こえてはっとする。
「ウチも混ぜてくださいよ、部隊長!」
さっと横の席へ滑り込むようにして座ったミリアが肩を揉んできた。振り向けば、そこにはルシャナやレン。後ろには……部隊の皆がいる。
彼女たちはカウンター席からシャニーを立たせると、店の奥に空いているテーブル席へと連れて行く。
「みんな、どうしてここに?!」
誰にも行先は告げていなかったはずだ。驚くシャニーを囲んで、彼女達はいつも通りに食事を注文してテーブルの上へ広げ始めている。途端に、それまでぼやけていた世界が鮮明に流れ込んで来るようになった。
独りでいた時にはまるで気づかなかった色や音、視線や声をはっきりと感じる。
「レンがずっとストーカーしてたんスよ」
「ミリア、人聞き悪すぎ」
注文した揚げパンに食らいつきながらミリアが指さすものだからレンが怒っている。
(なんか……あったかいや)
二人のいつも通りの凸凹なやり取りに、それまで凍り付いていたシャニーの口元がほんの少しだけ緩む。そこからテーブルには朗らかな笑い声が響くようになり、少し前まで日常だった騒がしさが戻ってきた。
やはり皆と喋っていると楽しい。シャニーが白い歯を見せて笑う様子に皆は頷くと、ルシャナがシャニーの手を取った。
「私達はあんたが部隊長なら異論は無いし、背中任せられるって信じてるよ」
いきなり振られた真面目な話にシャニーの表情がこわばった。
「みんなそう思ってますって!」
周りを陣取るミリアやレンからもじっと見つめられたと思ったら、ミリアがニカっと笑いながら身を乗り出して手を挙げてきた。
「だって、今迄だってずっとウチらを引っ張って来てくれたじゃないッスか」
「ん。落ちこぼれだった私たちを育ててくれた。部隊長の笑顔、好き」
十八部隊は落ちこぼれの巣窟だった。アルマが戦力となりそうな者たちを引き抜いて残った搾りかす。ミリアやレンなんて特にそうだった。初日から稽古をつけてもらったのにさっぱり槍術は上達せず。
それでも機嫌を悪くする事も無く、常に前向きだった。遅くまで付き合ってくれたし、今では相棒となった自動弓や魔法を一緒になって見つけてくれた人でもある。
彼女たちにとってシャニーはリーダーであり帰る場所だった。
(わざわざ探して慰めに来てくれたのか……。良い仲間に恵まれたなぁ、あたし)
シャニーは心の底から彼女たちに感謝して笑って見せつつも、それ以上を止めさせた。
「みんなあたしを慰めに来てくれたの? えへへっ、ありがと。でも、これはあたしの問題だよ」
剣の腕も、部隊長としての心構えも、どちらも自身で何とかしないといけない心と技の部分。仲間に心配まで掛けさせてしまい、ますます申し訳ない気持ちで一杯になる。
やっぱり、部隊長なんて……そう思った時だった。
「ウチはそうは思ってないっス」
さっきまでニコニコしていたミリアの目が真剣になって見つめてきた。
「これは部隊みんなの問題ッス。ね、ルシャナ先輩」
大事な人が悩まなくてもいい事で悩み、流さなくていい涙を流している。そんな状態を放っておける訳が無かった。
そして、そんな状態になるまで追い詰めてしまった仲間としての罪滅ぼしでもある。
前にもあった。だが今度はレイサの手を借りずに自分たちだけで朗らかな風を取り戻したい。
「勘違いしてるみたいだけど、あんたは失敗していないし、仲間をしっかり守ってくれたよ。あんたが戦ってくれたから、皆生きてここに居るんだ」
────また失敗しちゃった
昔から良く聞くシャニーの口癖みたいなもの。以前なら舌を出して笑うくらいですぐ前を向いていた。
今回だって、誰も死んでいないし、賊討伐任務にしくじりが生じた訳でも無い。それどころか、あの時シャニーが刃へ勇気を乗せて魔人の前に立ったからこそ、今この場にいる全員の顔がある。
それを伝えたいルシャナは仲間を見渡すと、彼女らは静かに頷いて見せた。
「でも、あたしはソルバーンに勝てなかった。みんなを守るどころか、みんなが来なかったらあたしは今頃……」
────あなたは悪くない
そう言ってもらえることが、どれだけ心を救ってくれるか。
だが、シャニーにとっては今回の失敗をただの一回の失敗と片付ける訳には行かなかった。
己を己たらしめるもの。それが全く通用しない相手がいる。皆の命を守る役目を担う者としてそれでは実力不足だ。
過去二回は何とか生き延びたし、誰も死ななかった。次もしそんな強敵と相まみえることとなったら……
────もう、誰も失いたくないんだ……
氷がだいぶ解けてグラスの周りに湖が広がる蒸留酒を見つめ、そこまで考えを巡らせているとルシャナが手をそっと取ってきた。
「皆を守ろうって勇気を見せてくれただけで十分なんだよ。お願いだから無茶しないで」
無茶をしないで────まだ一か月も経たない間にティトにも言われた言葉だ。
────貴女にもしもの事があったら、貴女を信じている人がどんな気持ちになるか……少しは考えてちょうだい
「でも!」
あの時は分かったと返した。それでも、この部隊の事を考えたら、自分は敵を倒す役目でなければならなかった。
他の隊員のスキルや、ミリアやレンの戦闘スタイルから考えても、前衛を担う事が出来るのは自分とルシャナくらいしか居ないのだから。
何の成長も無いと姉には叱られるかもしれない。でも、部隊長として、前衛として力が無ければ仲間を危険に晒す事になる。それが何より耐えられなかった。
また腹から上がってくる重いものを酒で流し込もうとした手はルシャナに止められた。
「あんたが誰も犠牲を出したくないって思う気持ちは分かる」
グラスを取り上げてテーブルの端まで滑らせるとシャニーの顔をぐっと引き寄せる。
「でもそれは私らだって同じだよ。あんたが自分を犠牲にしたら、私たちはあんたを犠牲にしたことになる」
────そうなったら、あんたを信じてる私たちの気持ちは、誓いはどうなる?
ルシャナの青い瞳がまっすぐにシャニーを捉えて離さない。思わず視線を逸らそうとするが、どちらを向いても真っすぐ見つめる瞳がある。やり場を失って俯く眼差し。
こんなにも、信じてくれる人がいる。だから、守らなければ、守る力を持たなければ……。
「ん。十八部隊は私達の部隊なのだから、私達みんなで守ればいいんだと思う」
そのループする世界を雫で穿ち、終止符を打ったのは静かな声。口数の少ない喋り下手なレンの声がすっと耳に入って来る。
「あ……」
驚嘆に掠れた声が長い闇夜を風に流すように漏れた。
十八部隊は自分の部隊ではなく、皆の部隊。頷く皆が伝えてくる。一人が必死になって引っ張る部隊を、誰も望んではいないと。
「そうそう、シャニーのそんな顔見たくないッスよ。ウチらをもっと信じて欲しいッス」
────お姉ちゃんは、あたし達を信じてくれないの?!
自分の声が聞こえてきた。
姉にぶつけた不満。それと同じことを今仲間たちにしようとしていて、同じような不満をぶつけられている。
絆をいつしか枷と勝手に思い込んでいた事に気づく。姉もこんな気持ちだったのだろうか。
信じてくれる人達の気持ちをまるで汲んでいなかったと、仲間にこれだけ言われてようやく思い知っていた。人の気持ちも聞かないで、寄り添うなど、イリアの礎になるなど、出来る訳が無いのに。
ルシャナは皆を代弁するように、震える親友の俯いた肩を抱いた。シャニーが去ってから部隊の皆で話し合って辿り着いた総意だ。
「守ってくれたよ、あんたはさ。今までずっと」
俯きかけるシャニーの目をじっと見つめ、ルシャナは手を取った。
これ以上、リーダーが底無しの沼へ沈んで行くのを見ている事など出来ない。取った手をぐっと引き寄せる。
(あたし……守ってたの? でも、ずっとずっと負けっぱなしだった)
シャニーの顔にはありあり困惑が浮かんでいる。
剣を砕かれ、地面を這いつくばった思い出しかないこの三か月。その間に一体何を守れたんだ? 頭の中は再びこの問いでループが始まる。
「私たちは、いつでも前向いて、笑って先頭を歩いてくれる。そんなあんたが大好きだった」
「ん。ついて行けば大丈夫って思えた」
もちろん失敗だってあったが、この背中について行って後悔などしたことは無かった。誓いを基に、いつでも動いてきたリーダーだったから。
立ちはだかった敵を前にしても、それは決してブレなかった。それだけで十分だった。
「でも、皆を引っ張って行った先で、あたしは皆を守れなかったんだよ? それが許せないんだ、あたしは……」
シャニーの視線は、誰も守れなかった剣を握ってきた左手を見つめている。
未だ凍り付き佇む姿に、ミリアは彼女の左手を取った。手なんかではなく、自分達を見つめて欲しくて。
「シャニー、ウチを守ってきてくれたのは、シャニーの剣じゃないッス」
「え……?」
思わず俯いた視線が上を向く。必死になって仲間を守ろうともがいてきて、今もどんな剣を握れば良いか、そればかり渦巻いていたのに。
(じゃあ……、じゃあ何なの? あたしに何が出来たって言うの?)
答えを求める青の瞳が震える。こんな顔、いつまでもしていて欲しくなかった。自分達が求めるものは、総てを薙ぐ剣なんかではない。
「シャニーが一緒に前を向いて、笑いかけてくれたから、ウチら落ちこぼれでも一緒に頑張れるって、勇気出してここまで来れたッス」
ミリアは掴んだリーダーの手を自身の方へと引っ張った。
「だから憧れたんスよ。八英雄とか、剣の腕とか、そんなんじゃないッス!」
いつでも朗らかに笑って励ましてくれた。前を向く背中はいつも、イリアの人々の為と誓いを貫いて。
その太陽の如き明るさに照らされて、前を向いて歩いてきた。早く太陽に帰って来て欲しいと、ルシャナが更にシャニーの手を引く。
「あんたが先頭に居てくれなかったら、私たちは何を支えにすればいいの?」
「ん、シャニーは私たちの誓いの拠り所」
レンも震える心を癒すように肩に手を置いて、寄り添いながら想いを口にする。
ずっとずっと、信じてついてきた。どれだけ膝を突いて涙に暮れても、立ち上がって前を向いて歩いてきた背中を。
その背中が疲れ果てているなら、守るだけ。大事な帰る場所を。
(拠り所? ……あたしが?)
レンに視線を向けると、まるで気持ちが分かるかの様に、こくこくと頷いてくる。
「剣じゃないって事? 強さじゃないって事なの……?」
ようやくに聞こえてきた声。もう一息、ミリアはそう確信して、はっきりとした声でリーダーを呼んだ。
「強さっスよ。ウチらが求めてるのは、ウチら信じてる人の気持ちを背負って、いつも前を向いてくれる強さッス。そんなの、シャニーしか持ってない強さッス」
その場にいた十数名は互いの瞳を見つめ合い、ひとつ大きく頷いた。皆の答えは、とうの前から決まっている。
ルシャナとミリアは一度席を立つ。そしてテーブルの反対に回り、レンと共にシャニーを囲む様に両隣に座りなおして、その手をしっかりと握った。
悩みは一緒に、十八部隊として考えよう。ルシャナはリーダーの手を引き込みながらその肩をしっかりと抱きこむ。
「私達は十八部隊が出来た初日から、あんたについてきた。アルマが部隊を出て行った日に覚悟は決まって、辞令式で確信に変わったんだよ。私達のリーダーは、あんたなんだってね」
出た答えは、リーダー無くしては十八部隊では無いと言う事。
いつでも清々しく笑って、困難な事でも自然体で常に前を向く、暖かくて朗らかな風。その風は覇気溢れる強力なリーダーシップでは無くとも、常に前を向く勇気をくれた。
自分達だって、この笑顔を守りたい。それを分かって欲しかった。
(みんな……、みんなこんなにあたしの事、大事にしてくれていたなんて)
何を迷っていたのか、分からなくなってしまった。
自分だけの声を聞き、自分だけで答えを出そうとして、どんどん嵌って行った底無しの沼。
そんな自分を、仲間たちは引き上げてくれた。お前が必要だと言って抱き寄せてくれた。ずっと、彼らの信に背を向けて逃げだしてきた自分を。崩れた心が叫んでいる。
────信じてくれる者を、裏切ったままで良いのか?
剣なんて必要ない。彼らの信に応える為に必要なものは、もう心の中にあった。
(あたしは……信じてくれている人にずっと……背を向けていたんだ)
何が為の剣かを見失い、自身と言う名の剣を掲げもせず、信に背を向けていた。思い知って、彼女は唇を噛んだ。震える瞳が止まらない。そんな自分を、仲間たちは必死に探し回って、こうして包んでくれていると思うと。
彼らの温もりが直に心を温めてくれる気がして、静かに目を閉じる。
(あたしが皆にしてあげられることは……一つしかなかったよ)
────折れても、折れても……それでも、前を向くこと!
「シャニー、私達にも守らせて。独りで抱え込まないで」
はっとしたその視界に、レンの静かで優しい微笑みが映っていた。
守りたい、守らなければならない……それしか考えていなかった心に響く声。ようやく沼から顔を出したリーダーの手を、三人で一気に引っ張り上げる。
「私達はあんたを信じてこれからもついていく。だからあんたも私たちを信じて欲しい。皆、あんたの為、みんなの為、そう思って今ここに居るんだよ」
ルシャナの声に引っ張り上げられるように、真っ赤に腫れた目で見上げて周りを映してみる。どこを見ても、自分を見つめる無数の瞳に囲まれていた。
(あたしは……こんなにたくさんの仲間に、守られていたんだ)
この瞳を全て守らなければ。そう考えていたが、この瞳全てから守られている事にも気づく。
皆で皆を守る────握った剣の後ろで、たくさんの仲間が共に守ってくれる。そう思うと、空に浮かんだみたいに気持ちが楽になった。
(全てを倒せる剣……ただの……エゴだったのかも)
等身大の自分で、持てる限りの力で精いっぱい部隊を支える。それが皆の求めるものなのだと分かった途端、心の中で何かが砕けてもう抑えきれなくなった。
────みんなの想いだけは、もう絶対に裏切らない!
「ありがとう……ありがとう……あたし……あたしは…………」
ルシャナの胸に飛び込んで、声の限り叫び泣いた。
八英雄やら、部隊長やら、そんな独り歩きした名前に気負ってきたもの。全てを倒せなければ意味が無いと自身を否定し続けて心に巣食ったもの。酒で無理やり飲み込んで抱え込んできたものが一気に噴き出すようで涙が止まらない。
本当に、天馬騎士団に入って泣き虫になった。受け止めてくれる人が、信じられる人がたくさんいるから。
長かった曇天は嵐のように叫び続けるが、それはいつか終わるもの。そのうち声は小さくなり、しばらく嗚咽を漏らして涙を拭った後、ばっと顔を上げた。
「ごめんね、みんな! もう大丈夫!」
嵐の後に現れたのは、穏やかに吹く風と朗らかな蒼穹の如き紺碧の瞳だった。
ようやく、自分たちの知る大好きな笑顔が戻ってきた。自分たちの手で彼女を守ったのだ。その喜びが皆の顔にも安堵の笑みが浮かばせる。
十八部隊は他の部隊とは違う。部隊長に只ついて行く部隊ではない。皆で決め、皆で支え、皆で守りながら進む。それを確固とした瞬間だった。
「よおし、新生十八部隊を祝して今日はあたしのオゴリだ!」
随分と湿っぽい新生部隊の門出となってしまった。その重苦しさを払うように、シャニーは手をばっと掲げて笑って見せた。
想いを背負う重さと、そして強さを知った彼女の顔には、朗らかな笑みの中に新たな強さがはっきり浮かんで、仲間たちの顔を明るく照らす。
「待ってました! じゃあシチュー大盛りで! トッピング全部盛り!」
「ケーキ全種類で……」
一番にミリアが声をあげ、便乗するようにレンが続く。席から飛び出して続々始まるオーダーの手際の良さには、言いだしっぺのシャニーもぽかんとするばかり。
二か月くらい前まで当たり前だった光景が戻ってきて、マスターの口元にも笑みが浮かぶ。
彼はシャニーへ一杯の水を静かに渡してやった。
(あたし、何バカな事で悩んでたんだろ。でも、これもみんな……)
グラスの水を一口しながら、向こうで騒ぐ仲間たちを眺める。
前を向いたら、一気に視界へたくさんの笑顔が映ってきた。ずっと今まで、自分の手しか見つめて来なかった狭い世界が、一気に開けた。そこには求めた答えがいっぱいにある。
(前向かなきゃ、何も見つかるワケが無いじゃんか)
そんな事、当たり前のはずなのに、何で気づけなかったのだろう。この手を取って、底無しの沼から引き揚げてくれた仲間達を見つめる顔は自然と朗らかに揺れて、もう一口グラスを傾ける。
泣き叫んだ後の水はとても沁みるが、今まで経験したどんな飲み物よりも美味しい。喉を潤し、もう一度静かに目を閉じて考えてみる。
(あたしの剣の意味は……)
────託された信を刃に掲げて、折れても、折れても、立ち上がって戦う姿を見せる事だ!
あっさり出てきた。自分でも、これで良いのかと思うくらいに。
八英雄だろうが、部隊長だろうが、等身大の自分はこんなもんなんだと認めたら、何だか気が楽になった。
実力はこれから皆と高めて行けば良い。だけど、俯いて立ち止まって、未来に背を向けていたら何も変わる訳が無い。
(今のあたしに出来る事は、泥だらけで苦しもうが、信じてくれた人に戦う姿を見せる事……)
────それが、信を背負うって事なんだ
静かに頷き、自身を納得させた。これからも剣は折られるだろう。でも、同じ失敗はもう繰り返したくない。
(皆が信じてくれるなら、折られても、砕かれても、それでも、前を向くよ)
信じてくれる者たちの為に、彼らの想いを背負って戦い続ける。それこそが、自身の騎士としての道。
吹っ切れた横顔に湛える青の瞳が輝きを取り戻した事をマスターは見逃さなかった。
「良かったな」
彼の顔が伝える労いの言葉にシャニーが頷くと、マスターは彼女の背を押して仲間たちを追わせた。向こうではルシャナが酒のボトルに手を伸ばしている。
「私はボトルを入れようかな。あ、樽ごとにしようか」
「ちょっとそれは無し!!」
オゴリと聞いて樽を引っ張り出そうとする彼女へシャニーが待ったをかける。
吹っ切れた笑顔は向日葵のようで、その笑顔は日付をまたいでも途切れることは無かった。