ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
新生第十八部隊の始動!
新しいお仕事に一生懸命なお話です。
第1話 黎き剣(前編)
────どれだけ剣を折られようとも、信を託してくれた者の為に戦い続ける。
そう『イリア騎士の誓い』を立て、新しい道を歩み始めた十八部隊。道なき道を理解されずとも、認められずとも、ただひたすらに、前へ。
隊の先陣を切るシャニーの横顔には半年前の幼さはなく、部隊長として今日も青髪で風を切っていた。
「あ~ッ、今日も頑張ったね!」
夕日を背に天馬をカルラエ城へと駆るシャニーは、うんと伸びをすると振り向いて仲間たちに声をかける。もう一日が終わろうと言うのに、その声はまだまだ爽やかで飛び足りないと言わんばかり。
(もーちょっとでも陽が長ければなぁ)
もう帰らないといけないなんて。一番良い所で切り上げないといけないのはイリアの冬のせいだ。陽が落ちる時間が早いおかげで仕事をできる時間が短くて困る。
シャニー達は十月から新任務に就いていた。ティト団長が揮った人事の目玉────国力向上活動だ。それに決まった仕事など無い。常にイリアの空を飛び回って想いを拾い集め、積み上げ、形にする。イリアの未来へレールを敷く仕事。
今日もたくさんの声を集めて帰って来た天馬隊が夕焼けに燃えて赤くなる。寒空を朝からあちこち飛び回っていたのでバテバテだ。今も鼻歌をうたうリーダーを除いて。
「あー……腹減ったッス……」
ふらふらしながらミリアがお腹を押さえて暗くなった天を仰ぐ。
行った先の名物料理をアテにして、朝を軽く済ませたのが間違いだった。今日は時間が無さすぎて昼食も適当に済ませるしかなく、おやつを食べる時間だって無かった。今ここで倒れてしまったら起き上がれそうにない。
「ミリア、そればっかり」
だが、銀色の瞳が今日もかと言わんばかりの呆れで後ろから突いてきたかと思うと、まるで同情することも無くすたすたと歩いて行ってしまう。
レンの後姿を恨めしそうに見つめていると、今度はルシャナからも早く歩けとお尻をひっぱたかれた。相変わらず副将は厳しい。
「あ~! おなかぺっこぺこ。ねっ、今日はみんな何を食べるのー?」
背後から駆けてくる音。振り向こうとしたルシャナとミリアの後ろからにゅっと顔が出てきて、二人の肩を抱き込みながらシャニーがニコニコ声をかけてきた。二人が返すより先に手を挙げる笑みははち切れんばかり。
「今日はガッツリ行こうかなー! お肉にけってーい!」
普段でも超人級の食い気なのに。ぎょっとする二人をよそに、これから一日が始まるかのような相変わらずの朗らかな笑顔が部隊を包み、疲れが少しだけ癒される気がする。
朝から晩までこの太陽のような明るさであれだけの村人たちと喋り続けて、まだこれだ。とても真似出来そうに無いとルシャナの苦笑いが始まった。部隊長になってもスタイルが変わらないと言うか、相変わらずと言うべきか。
「あんたら……生き別れた姉妹なんじゃないの?」
今ではたった五名の部隊だというのに、どうにも壊れた蓄音機が二つもあると騒がしくて困る。
最後まで十名程度残っていた十八部隊だったが、国力向上の任へそのまま残る事になったのは部隊長シャニーと副将ルシャナ、そしてミリアにレン。皮肉なことに総務部長が持っていた戦力分析票の上位四名だけが残る事になった。
さらにレイサも入れて五名が第十八部隊の第一分隊名簿に記載されたメンバーだが、レイサは天馬に乗れないから最近は別行動が目立つ。
「だってさ、動き回ってお腹空いたじゃん! 早く行こーよ、死んじゃうって!」
「そうッスよ! 腹が減っては仕事も出来ないッス!」
シャニーにミリアまでつるんでルシャナを引っ張っていく。四人は朝から晩まで行動を共にし、この後も一緒の予定だ。カルラエ城に戻ったらシャワーを浴びて皆で行く夕飯が日課。今日もたくさん集めた人々の想いをまとめる時間でもあるから、食卓は大事な仕事場だ。
◆◆
日報へ適当に字を書いて、身支度を整えるとカルラエ城を飛び出した。今日も天馬を駆って目指すのはエデッサにあるバーだ。
底無しの苦悩に沈んだシャニーを皆で救い出し、十八部隊が一つになった場所。そこは今でもアジトのような存在となっている。
「言っとくけど、今日はおごってくださいよ~は言わないんだからね」
バーのドアをくぐる寸前でシャニーが止まって振り向くや、ミリアに警戒の眼差しを送る。
「え~、そんな殺生な」
返ってきた言葉に彼女の口元が歪んだことは言うまでもない。猫なで声をあげられてもぶんぶんと首を横に振った。
(絶ッッッ対にオゴらないぞ……)
一か月の内に二度も財布を空っぽにされては堪らない。しばらくするとミリアも諦めたらしく、ほっとしたらぐぅっとお腹が鳴った。
いつもの様に奥のテーブル席を陣取る。ハンバーガーやら酒やらピザやら……各々好きなものを頼んでは適当に広げ、他愛もない話で盛り上がりだした。店中が荒くれの声で騒がしくても、彼女たちの笑い声はひと際よく通る。
自分たちで選んだ道を歩む仕事は大変だがやりがいに満ちて、家族同然の仲間と過ごす仕事終わりの時間は楽しくて仕方ない。
追加注文のハンバーガーがドンと来て、食器同士が邪魔そうに押し合う。テーブルの上は好き勝手に食い散らかしたものでごった返して、豪華なんて綺麗な言葉で片づけるにはあまりにも乱雑だ。
泡が垂れるほどジョッキに継いだビールをぐいっと豪快に傾けたルシャナは、隣に座るシャニーへ視線を送る。彼女の前に当然のように三つ置かれたハンバーガーは串で刺していないと崩れてしまう程巨大だ。シャニーは顔程あるそれを両手で掴むと、むしゃむしゃかぶりついて至福に喜色満面。
「シャニー、最初の企画、何で行く事にしたの?」
任務としては十月から正式に与えられた国力向上活動だが、シャニー自身は六月ごろから既にその原型を始動させていた。
村々に話を聞きに行っても、天馬騎士団の紋章を見るや、ベルンに付いた騎士団だと最初は青筋を立てて怒鳴られた事もあった。
それでも最近はようやく耳を傾けてくれるようになって、部隊長会議で報告したい事は山ほどある。その中で、第十八部隊の初陣をどれにするかずっと悩んできたのだ。
「ふぉれー」
声をかけると、今もリスのように頬を膨らせてもぐもぐするシャニーが、鞄から一枚の紙を取り出してすっと突き出してきた。目を落としてみると、カルラエ城下町への病院建設の企画書だ。
「やっぱりこれで行くんだね。デカいもんね」
ルシャナはニヤッとするとまたジョッキを大きく傾けた。最初はやっぱり大きな花火をドカンと一発ぶち上げたい。
栓になっていたハンバーガーをようやく飲み込んだシャニーの口からは、どこからその自信が湧くのか不思議な程の元気な声が飛び出した。
「きっと上手く行くって! ウッディも必要なら説明に参加してくれるって言ってたし!」
随分楽観的なもので、もう一個目をぺろっと平らげた彼女は口の周りに着いたケチャップを拭った指を口に突っ込み、迷うことなく二つ目に手を伸ばす。
皆から困りごとを吸い上げ、部隊長会議で説明して資金と人を動かす仕事。誰とでもすぐに打ち解けてしまうシャニーには天職と言えそうなものだが、ジョッキをドンと置いたルシャナはジト目を向けた。
「頼むよ、ちゃんと私たちが計算した内容、頭に入れといてよね」
問題は資金だ。議長のイドゥヴァはとにかく資金の事となると小煩いらしい。
ルシャナが心配なのは彼女の事だけではない。とにかく数字に弱いのだ、リーダーは。部隊長会議は部隊長しか出られないから援護もできない。
「オッケー! 任せといてよ、へーきだよ、へーき!」
シャニーの“へーき”は危険ワードの上位に入る。二つ目のハンバーガーもあっという間に攻略してまだ喰い足りないと言いたげな横顔には不安しか覚えない。やはり明日、会議の前に一から説明しないと心配になってきた。
「提案できるのが一個ってのもツラいッスねえ」
本当はたくさん報告したいのだが、最初だから勝手が分からないし、部隊長会議の一部を使っての報告では時間がまるで足らない。シチューを頬張るミリアの顔は不満げだ。
「ん。今日の村も可哀相だった」
まだ二時間くらい前の事だから、レンが改めて口にせずとも皆同じ事を考えていた。
街道からも外れた場所にある村は常に物資が不足していて、雪に閉ざされる冬場は枯渇しようとも助けを求める事すら出来ない状態なのだ。そんな村がイリアにはあちこちにある。
「しばらくはあたし達が輸送するにしてもさー」
もぐもぐするシャニーの眉が下がる。たった四人では出来る事は限られる。いくら天馬騎士が地形を無視してあちこちを短時間で飛び回れるとしても、全ての村に物資を届けるなんて厳しい。
三個目もいとも簡単に腑に落とした彼女は、付け合わせのフライドポテトを咥えながら鞄に手を突っ込む。中から地図を取り出し、皿をガチャガチャ退けてテーブルに広げた。
「何とか輸送路を確保したい所なんだけどね……」
広大なイリアの大地。それを一気に繋ぐ輸送路を築きたい。だいぶ前から考えとしては頭に置いてきた事だ。
でも、未だに良い案は浮かんでこないし何より問題が……やはり資金だった。きっと、想像もつかないほどに膨大な資金が要る。皆が傭兵に出て血と汗を流して稼いでくるお金だ。そう易々と使える訳でも無い。
(あたしが少しでも稼ぐことが出来ればな……)
十八部隊は国内専門の特殊部隊。傭兵として出ていく事は任務では無いし、何よりそんな時間はない。
毎日のように浮かんでは消す想いを今日も払った時だった。視界の端に黒いものが入り、ピンと走った感覚にそちらを振り向いて目を見開いた。
「あ、あれは……」
黒の帽子に黒の外套、そして大事そうに刀剣を握る男。
(待ってたよ……。今日こそ……知って帰るぞ)
間違いない。月の頭からずっと待ち続けていた紳士がようやく表れたのだ。
それまでの朗らかな眼差しが一瞬にして隼のように鋭くなる。最初は少しだけ躊躇った。あの時ならともかく、選んだ自分の道にはもう必要ないかもしれない。
(だけど……)
彼女は腰に差した剣をしっかりと握りしめて改めて自答する。
────この剣を何のために握るのか……力を得て、何をしたいのか
改めて問わずとも、もう答えは出ている。その為に、十八部隊の部隊長として前を向いているのだから。自然と黒き男を決意の瞳で見つめる。
「ごめん、食べてて。あたしちょっと、知り合いに声をかけてくるからさ」
突然に席を立つと繁盛極まる店の中を慌てた様子で縫うようにして歩いていく。シャニーの様子に仲間たちは顔を見合わせた後、誰もが首を横に振った。