ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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黎の剣の後編です。
怪しいおじさんとお酒を飲みながら自身の剣への悩みを打ち明けるお話。


第2話 黎き剣(後編)

「ごめん、食べてて。あたしちょっと、知り合いに声をかけてくるからさ」

 

 突然に席を立つと、シャニーは繁盛極まる店の中を慌てた様子で縫うようにして歩いていく。彼女の様子に仲間たちは顔を見合わせた後、誰もが首を横に振った。

 

「どうしたんスかね、急に」

 

 こういう時に背が高いと役に立つ。ミリアは立ち上がり、額に庇を作って何があったのかとシャニーを追い始める。その背中はするする荒くれ共を掻き分けて、カウンターに座る真っ黒な男の横へと吸い込まれていった。

 

「あの人、前に一緒に酒飲んだな。今度はあんな年上に惚れたのか、あいつ」

 

 ミリアに指された先にいた男をふと思い出し、ルシャナはぽかんとし始めた。何回か酒の場に居合わせてシャニーと仲良く話していた人だ。

 彼女が口にする男と言えば幼馴染のウッディか、名前を出すだけでデレデレし始めるロイぐらいだったのに。随分とブルズアイが広いものだと、すぐにあれこれ噂話に花が咲く。

 

「こんにちは、おじさん。お久しぶりだね」

 

 蒸留酒を飲んでいた紳士は、突然の声に傾けかけていたグラスを止めて睥に見下ろす。そこに座っていたのはニコッと愛嬌のある青髪の乙女。

 

「お隣座っちゃって良い?」

 

 答えを待つまでもなく、すでに彼女はマスターに手馴れた様子で棚を指さして注文していた。

 しばらくして出てきたのは紳士と同じ琥珀色の蒸留酒。一口するだけで眉間にしわを寄せていた以前とは別人のような仕振りはだいぶ呑み慣れている。

 

「君か。久しいな。何か顔つきが変わったように見える。別人かと思ったぞ」

 

 木管楽器の様な深い声でシャニーへ話しかける男の目元は今日も帽子で隠れて見えない。けれど口元は親し気でトーンも優しい。

 

「えへへ、そりゃあもう、毎日何かしらあるからね」

 

 そう言って笑う彼女の顔は、以前会った時とはまるで輝き方が違う。どうやら一皮むけたことを伝えてくるし、それは彼女が着る服ひとつ見ても分かった。

 白を基調にした小さくサイドスリットの入ったミニワンピース風の士官服はこの年で着こなすには難しそうだが、それなりにものとしている。酒の飲み方と言い、やはり面白い。

 

「それは良い事だ。刺激のない人生は退屈で仕方ない」

 

 紳士の言葉にうんうんと頷きながらグラスを傾ける。部隊長へ昇任して国内専門部隊を率いるようになってから仕事が楽しくて仕方なかった。

 今日の酒は愉しい。この紳士を待つ為に独りで飲んでいた時はただ苦く、胃を焼き付けるだけの毒かと思うほどだったが、初めてこの酒を美味しいと感じたかもしれない。

 しばらくは他愛のない話をして機会を窺う事にしてみる。

 

「シャニーって、年上のダンディが好みなんスかねえ」

 

 その様子を、仲間たちは食い入るように見つめては、あれこれ本人がいたら怒るような事までネタにして盛り上がる。

 

「まぁ、ついて行きそうな性格ではあるよね」

 

 随分とシャニーの横顔はご機嫌だ。ルシャナはぐいっとジョッキを傾けながら幼馴染の惚れっぽさを笑っていた。

 見習い修行先でも二周りくらい年上の傭兵団のリーダーに憧れていたらしい。彼の事を師と呼び、妙な事を言うと本気で怒るくらい真剣だった。

 それがロイに何度も手紙で誘われてからというもの髪を伸ばすわ、休暇を取って飛んでいこうとするわ……。好き好きオーラ全開のくせに、仲間にはバレていないとまだ本気で考えている節がある。そして今度はあの良く分からない男。

 

「最近はどこに稼ぎに行ってたの?」

 

 他愛のない話の一環としてシャニーは聞いたつもりだったのだが、グラスに伸びた手が止まった。

 どこに焦点があるのか定まらない視線。酒をひと含みした紳士が、カウンターの奥にある酒の棚を見つめたまま黙ってしまったのだ。

 

(ありゃ……もしかして地雷踏んじゃった?)

 

 気に障る事を聞いてしまったのだろうか。何とも間の持たない沈黙がカウンターへ広がってしまい、シャニーの顔から少しずつ笑みが消えていく。

 

「行動を気にするのは愛する相手だけにしておけ。男が妬くぞ」

 

 そこにかけられた言葉はシャニーの顔を真っ赤にさせるには十分なものだった。明らかに動揺した瞳が行き場を失って泳いでいる。

 愛するなんて言葉を聞くと、どうしてもあの人の顔が思い浮かんでしまう。天馬であれば一日で飛んで行けるというのに、あまりにも遠くて会いに行けないあの人の顔が。

 

「あ、愛するって……そんな人あたしには……居ないし」

 

 それでも、誰にもその事を言ったことは無い。言えるわけがない。

 

(あたしみたいな傭兵なんかじゃなぁ……)

 

 相手は世界の英雄。自分はただの無名な傭兵騎士。とても叶わぬ恋だ。

 憧れの人に変わりはない。だけど、そこまでしか踏み込めなかった。手紙で彼の支えになってあげられれば良い……くらい。

 あまりに雲の上の存在で、天馬で飛んで行ったって届くなんて思えない。身分や立場の差さえなければ……。そこまで考えを巡らせてはっとする。

 

「って! 何を言わせてるのさ!」

 

「純朴だな、君は」

 

 これだけの反応をしておきながら居ないと言って誰が信じるものか。紳士は腹から木管楽器のような深みのある渋い声で笑って見せた。

 何も言い返せずに真っ赤になった顔を下へ向け、シャニーは場の空気を時が解決してくれるのを待った。そこへすっと差し出される皿。上には焼きたてのソーセージが乗っており、紳士はフォークでそれを突き刺すと皿を更にシャニーへ向けてきた。一本もらって口に運ぶ。

 ようやく動き出した時。ついにシャニーは本題を振ることにした。

 

「一か月前からずっとおじさんがここに来るのを待ってたんだ。悩みがあってさ」

 

 毎日ここを訪れては酒を飲み、そのまま寝落ちて閉店と共に追い出される日々。

 本当に惨めだが、今思えばあの時間も必要だったのかもしれないと、最近はようやく思えるようになってきた。

 仲間たちが手を引いてくれなければきっと今日も同じことをしていただろう。指を差してくるのが見える。有る事無い事を言って盛り上がっているに違いないが、そうして弄られるのも何か嬉しい。

 

「今はそれを抜けたようにも見えるな」

 

 何かを迷っていたらしい。紳士はすぐに分かったが、これだけ前を向いて瞳を輝かせている姿からは窺い知れない。すでに吹っ切れた顔からは充実感が溢れている。

 

「うん……ううん……」

 

 それなのに、紳士の言葉を聞いたシャニーは目を閉じ、一度は頷いたもののすぐに今度は横に振った。

 

「最近はやりたいことが忙しくて顔を出せなかっただけ」

 

 悩みを解決出来た訳ではない。それを隅に追いやって余りある程のやり甲斐ある仕事を手に入れたから、朝から晩まで考える暇が無かっただけだ。

 今までもそうだ。悩みがあるとその度に剣を振って気持ちを整理してきた。それが今は、あちこちの村を回って話を聞く時間に代わっただけ。

 一人でいるとやっぱり隅に押し込まれていたものが浮かび上がってくる。剣の道を志す以上は捨てきれない。

 

「ならそちらに気を向ければいい。今の君には不要だろう、『全てを倒す剣』など」

 

「おじさん……どうしてそれを……」

 

 民の声を聞くことに、何故剣が必要なのか。そう問われた気がして、心は整理したはずなのにすぐに良い言葉が浮かんでこなかった。

 それ以上に、自分が何を求めているのかを瞬時に見抜かれたことに驚きを隠せず確信した。

 

(やっぱり……この人は何か知ってる)

 

 ところが、紳士はグラスに半分以上残っていた酒を一気に腑に落とすと立ち上がり、会計をして出ていこうとしているではないか。

 この機会を逃したら二度と会えないかもしれない。無意識のうちにシャニーも店を飛び出していた。

 

「待って! おじさん、教えて! あたしのこの力、どうしたら引き出せるか」

 

 雪道を足早に去ろうとしていた紳士の背中へまっすぐ叫ぶ。彼は背中を見せたまま帽子の下から睥睨してきて、鋭い威圧感がシャニーの喉を締め付けた。だけど退くわけにはいかなかった。イリアの礎となり、民の傍で戦い続けるには、行動を起こしていくしかない。

 何も知らないままでは絶対に後悔する。何もせず後悔するなら、行動を起こして後悔しようと決めていた。今までも、これからも。

 

「……その心は?」

 

「皆を守る剣として身に着けたい」

 

 その願いはずっと変わっていない。ただ違うのは、あの時に握ろうとしたものは全てを薙ぐ魔剣だったという事。

 

「精一杯の天井をもっともっと高くしたいんだ。今までよりも、もっとたくさんの人を守れる剣にしたいから」

 

 敵を倒す為に手に入れる訳では無い。いざという時に民を守る引き出しとして手に入れたい。きっと少し前の自分ならソルバーンのような魔人を倒す為と答えていた事だろう。全ての敵を倒したいエゴに駆られて。

 

 ────付いてこい

 

 静かに歩き出した紳士の背中を、シャニーは胸元のロケットをぎゅっと握ってついていった。

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