ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
今回はシリアスとは無縁なのほほん回です。
週末を迎える金曜日の午後。普段なら一日中城を空けている十八部隊のメンバーが珍しく自分たちの詰所にいた。今日も村々を巡りたいところだが、飛び回って集めた情報をまとめる時間はどうしても必要だ。
人々の困っている事を解決してあげることも騎士団としては大事な任務のはずなのに、この十八部隊配下の四人しかそれを企画する人間が何故いないのか本当に謎だった。
「あー。なぁレン、魔法でさ、頭のイメージをポンッと企画書に出来たりしないの?」
おかげで資料作りまでやらないといけないので時間がいくらあっても足らない。
ペンを握りすぎて手に力が入らなくなったミリアは冗談のつもりで振ったのだが、レンはムスっとしている。
「じゃあミリアが魔法を使えるようになればいいと思う」
「拗ねるなよー。冗談だろ?」
凸凹な会話をしながら資料作りに戻る。大変でも、本人たちにとっては俄然やりがいがある仕事。イリアの中が変われば、それはすべて自分たちの残した軌跡となる。
とはいえ、動いていないと死んでしまうような人間にとって、ずっと座っての作業は拷問に等しい。シャニーの口元はどんどんへの字に曲がっていく。
「はぁぁぁ……」
それでも今日は金曜日だ。週末を前に明るい話題が出てもいいはずなのだが、いつも頼まずともその話題を振る役回りのシャニーが今日は湿っていた。もう嫌だと言いたげに机へ顎を乗せてぶう垂れながら、いかにも声をかけて欲しそうなため息を漏らす。
「シャニー分かるっスよ、ウチもお腹空いたから焼き菓子を仕入れてきたッス」
ぴくっと視線だけがミリアを捉え、彼女が持っている焼き菓子を追いかけていく。手にしていた焼き菓子を机にとろけたまま動かないシャニーの口に放り込んでやる。嬉しそうに頬張りだして元気が戻るかと思ったのも束の間、飲み込んだら彼女はまた萎びたように背中を丸めてしまった。
「そっちも譲る気ない?」
目は再びミリアが持っている焼き菓子を追い始めるが、もう無いと言わんばかりに口に放り込んでミリアはそのまま村の巡回に飛び出して行った。
再び机に潰れたシャニーが物言いたげに見上げて来て、ルシャナは仕方なく声をかけてやる。
「どうしたの、シャニー。また剣の振りすぎ?」
悩みがあるとすぐに剣を振って心を落ち着かせようとするので、よく腕が張って唸っていることがある。茶飯事なのでわざわざ聞くことも最近はなくなってきた程で、今回もいつもの事だろうと思ったのだが、シャニーは首を横に振っている。
「じゃあ何、おなかすいたの? 眠いの? それとも男?」
こんなだらけた姿をティトが見たらなんと言って怒るだろうか。
これだけ言えばどれかは当たるだろうと呆れをありあり含んだ口調で聞いてみると、彼女はうんざりと周りに広がる資料を指さした。
「違うよぉ、これだよ、これ」
積み上げられているファイルはどれも騎士団へ提出が義務付けられている報告資料だ。
今日の彼女のふやけっぷりには着ている服が泣いていた。今でも彼女の士官服姿は見慣れないのに、資料の山に囲まれ、机に顎を乗せて情けない姿を晒す彼女を自分の部隊長だとはとても周りに紹介できない。
別に記載する内容は大したことは無いのだが、それを妨げるものを指さして今にも泣きそうな眼差しで助けを求める姿は、どちらが部隊長なのか分からないくらいだ。
「レイサさんに、“ここに書いてあるコレ、中身何ですか? ”って聞いてもまるで覚えてないんだもん」
「ああ……あのやっつけ感満載の報告資料ね」
────白紙はマズいからとりあえず何か書いてあればいい
引継ぎの時ですら、レイサはそんな適当なことを言っていた。
他の部隊ならともかく、新人部隊の週報に書かれていることなど誰も気にしないから大丈夫だと。
でも、正式な部隊になった以上はそれでは済まないし、引継ぎ前と後で書いてあることが逆転しても困るからレイサにいちいち内容を確認していた。
六割くらい出来ていれば良いかと提出したら、事務方にあれやこれやと聞かれて往生して以来、きちんとやるようにしている。
「結局一から調べないと中身が分からないから週報一つ書くのも大変でさ。昨日何か家に着いたら日付変わってたよ」
帰ったらもう寝るだけしかできないと彼女はぶーぶー怒っているが、別に日付が変わるまで詰所にいた訳では無い事はルシャナも知っていた。二十二時過ぎに終わって、そこから剣の稽古をして帰るからますます遅くなっているだけ。稽古を少し我慢すれば良いと言いかけてやめる。そこに関しては聞く相手ではない。
まるで骨など無いかのように机にとろけていたシャニーは、ピンと何かに閃いて席を立つ。
「はっ、そういえばルシャナって副将じゃん! 予算書を……」
十八部隊ではずっと副将が予算書を作って来た。
どこの部隊も副将が案を作って部隊長は承認するだけ────レイサにそう言われていたし、団長の妹だから多少は許してくれるだろうという不純な動機で。
数字の扱いは大の苦手で今まで散々ウッディに叱られて来たから、いつか担当を変えてやろうと意気込んできた。まさに今がその時と予算書を手にしてルシャナへ突き出す。部隊長になったのだから今度は自分が渡す番……そう考えたのは甘かった。
「予算書なんて部下から話を吸い上げて部隊長が作るもんでしょ? どこの部隊もそうだよ」
レイサが言っていた事と真逆の事をあっさりと言われて突っ返されてしまった。
そんな筈はないと反論しようとしたが、回覧待ち資料の箱からルシャナが引っ張り出してきた資料を突き付けられて口元が歪む。それは部隊長会議の資料にくっついている他の部隊の予算書だ。どれもサインは部隊長だけ。
「はっ、ははは……やっぱりそうだよね、そうだよね~……」
まんまとレイサに騙されてきたことを知っても怒りすら湧かず、目の前に積まれた仕事が減らずに苦笑いしか浮かべられるものが無くなった。ふらふら椅子のほうまで歩いて行くとそのままお尻をぶつけるように座った。
予算書も指を折って計算していたような奴だ。これだけの報告書を作成していたら日付が変わるでは済まない。剣を握っている時とあまりにも違う情けない姿に、ルシャナは仕方なく積んであったファイルの一つを取ってみる。
「まぁ、あんたが部屋の中に居ても何の価値も生まないし、分担できるところは分担しようよ」
外で飛び回り人の話を聞いてこそ、この笑顔は活きる。皆国外への派遣状況ばかりを気にしているから国内の報告など誰も目に留めない。確認済──事務方が右下に押したデカいハンコをもらうだけなら適当になっても仕方ない。
今日だって貴重な晴れ。冬に突入したイリアは吹雪くことも多く、こんな晴れの日に城の中に閉じこもっているなんて辟易するのだが、何事にも締め切りと言うものがある。
「さすが心の友!」
助け舟を出してくれた幼馴染に、シャニーは両手を合わせて女神でも崇めるかのようだ。
ルシャナに任せるとてきぱき片付いて行くのは入団する前から知っているから目の輝き方も違う。
「だけど、仕事の丸投げは信頼を無くすよ」
「わ、分かってますよ。ちゃんと整理してから渡しますよ」
まるまる頼る気になっている部隊長にきつく釘をさす。相変わらず厳しい女神だった。丸投げされたらどんな気持ちになるかは当事者として思い知っているから、シャニーは何も言い返せない。
「それでよし」
ニコニコしながら報告資料の半分を自分の机に持っていくルシャナの後姿を、もの言いたげな目で見送る。どちらが上官か分かったものではない。ミリア達だってルシャナにはビビっている。
「それにしても天馬騎士団に入ってこんなにたくさん事務仕事することになるとは思ってなかったよ」
仲間に手伝ってもらっていると思うだけで少しペンがスムーズに動く気がする。
入団する前は一年ほぼ外国を飛び回っているイメージだった。実際他の部隊はそのはずなのだが、まさかこんな特殊な部隊に配属されるなんて。
平隊員のうちから夜に予算書と睨めっこしては、これが天馬騎士かと嘆いたが、あの頃が懐かしく思えるくらい机に拘束される時間が増えてしまった。
報告資料が終わったら、今度は承認待ち資料にサインする作業が待っている。
「ま、そんだけあんたがエラくなったってことでしょ?」
隣で一緒に作業をするルシャナに服を突っつかれた。最近ようやく体になじんできた感じがする純白の士官服。半年前の自分にこの格好を見せたら何と言うだろうか。まさか入団一年目から部隊長に任命されるとは思ってもいなかった。
部隊長と言っても部下はたった三人で同い年と一個下しかいない部隊だから、権限だの威厳だのそんな話とは無縁で、団員証に肩書が有るか無いかぐらいの差しかないのだが。
それでも、私と一緒に戦って欲しい──そう期待の言葉をかけて姉が騎士団の幹部と認めてくれたと思うと、この服に袖を通すと身が引き締まる。
そんな自分が今何をしているのかを思うと複雑だ。
「でさ、部隊長になるとどのくらい給金増えるの?」
辺りに広げていた資料を退けてルシャナの顔が近づいてきたと思ったら、あまりにも生々しい質問を飛ばしてきた。
「へっへっへ、そんなに知りたければ教えてやろう!」
腐れ縁で何をするにも一緒だったルシャナだから隠し事何てできるわけの無い間柄。シャニーは昇任時に総務からもらった待遇明細を机の奥から引っ張り出してルシャナに見せてやった。
「苦労に見合って────」
「ふふ、イイものを見せてもらったよ」
ちょっとばかり給金が増えても、こんなに事務仕事が山積みになるなんて聞いていない。愚痴を言いかけたシャニーだったが、その前には不敵に笑う顔があった。嫌な予感がする。
「手伝ってんだし、弾んでよね」
案の定のセリフが返ってきてぽっきりと首を折る。まだミリアがいなくてマシだと思うしかないと諦めが漏れた。
「何、だったら部隊長、私が代わってあげようか?」
意地の悪い笑みを浮かべてくるルシャナにぶんぶんと顔を横に振る。この部隊を結成する時に皆誓ってくれたのだ。お前の背中について行くと。エラくなりたいと思ったことは無いが、リーダーとして部隊を引っ張っていくのも何だか悪くないと、部隊長になってから思うようになっていた。
だったら早く手を動かせとルシャナに手先を突っつかれ、口を尖らせながら渋々資料を仕上げていく。やっぱりどっちが部隊長か分からない。
◆◆
しばらく事務作業の時間が続き、机にかじりついては背伸びが繰り返される。
二時間くらい経っただろうか。カリカリと机に向かう静かな部屋のドアが開き、元気な声の帰還報告が聞こえてくる。
「お疲れッスねえ。今度の休みに温泉でも行かないッスか?」
見回りから帰ってきたミリアがみんなに差し入れを渡しながらシャニーのところに来て肩を揉みだした。
甘いドーナツを一口して幸福を顔いっぱいに広げていたところに聞こえてきた天国への入口。温泉──それを聞いてシャニーの瞳が輝き、机の上にミリアが広げたパンフレットに目を釘付けされる。見回り中に見つけてきた秘湯らしい。
「行く行く! あー、久しぶりにゆっくりしよっと」
何か、団長選出戦あたりからずっとトタバタとして息つく間もなく十月まで走ってきたような気がする。部隊を預かるようになって朝から晩までずっと飛び回る生活に変わり、ゆっくり休む時間なんてなかった。
たまには癒しを得たくなって、もう頭は温泉に浸かる自分しかいない。想像するだけで癒される気がして、目の前に積まれた資料などもう見えていない。
「みんなも行こうよ!」
それまでの重苦しかった表情はどこへやら。椅子を跳ね飛ばし、拳を突き上げて音頭を取りだす。早速周りにいる連中を誘い、次の非番の日に遊びに行くことにした。一体どんな温泉なのだろうか。席に戻っても皆と想像を膨らませるばかりで、ペンの動きが完全に止まっている。
リーダーのご機嫌が元に戻って嬉しそうにするミリアだが、ふいに首根っこを捕まえられて部屋の真ん中へと引き戻された。
「ところでさ、あんたその温泉、どこで見つけてきたの?」
振り返って髪の毛が逆立った。ルシャナの怖い顔が目の前にあって、聞いて欲しくない所を突っついてくるものだからミリアは蛇に睨まれたように小さくなる。
「いや……通り道に……」
ますます角の生えた顔が近づいてきて、眉間にしわを寄せ始める。
「温泉探しにぶらついて、焼き菓子買って来ただけとかじゃ……ないよね?」
何度も首を横に振るが信じてもらえるはずも無く、ミリアも資料との戦いの場へと駆り出されていくのであった。