ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
入団して1か月が経とうとする4月の終わり。
見習いの時には気にならなかったイリアの正義にシャニーは疑問を覚える。
今まで信じてきたイリアの正義は、本当に正義なのか。他国からどう思われているのか。
レイサから言われた正論に納得できないまま終えた夜勤の先で、同期のアルマに悩みを打ち明ける。
ニイメが来てから一週間後。
昼食を終え、自部隊の管理地まで戻ってきてきょろきょろしていたシャニーはいつもの場所まで来ると、木の上を見上げてぱっと笑顔を浮かべる。
「ねぇ、レイサさん」
彼女は木の上で短剣を使って果物の皮を剥いている。手馴れたものだ。
「なに?」
「あたし達のやってることって、正しいのかなぁ」
いきなりな質問に上体を起こす。ニイメが説教をしに来てからずっと、彼女の振る剣に曇りが生じていたことがレイサは分かっていた。
切った実を一切れシャニーに放ると彼女はナイフをしまい、木から飛び降りる。
「正しいことって?」
「ニイメさんに言われたこと、あれからずっと考えてたんだ。でも、考えれば考えるほど、何か怖くなって」
シャニーの瞳にいつもの輝きが無い。
よく食べて、よく笑って、よく寝るを信条とする彼女が、こんな風になるのは珍しいことだった。
「だってさ、あたし達はイリアの人たちを養う為に戦う。でも、他の国の人から見たら、あたし達って、よそから来た殺人鬼じゃないのかな」
「何が言いたいの?」
見習い修行中もずっと考えてきた事だった。その都度、イリアの為には仕方ないのだと自身に言い聞かせてきた。
けども叙任騎士となって現実と向き合わなければならなくなると、仕方ないと言って逃げてはいられない。
飲み込めないこの気持ちこそがニイメの言う“一”だとしたら、このまま剣を振っていて良いのか。
「あたし達が民の為にって言っているのは、しなくちゃいけないけど、正しいというわけではないんじゃないかなって」
傭兵として他国の戦争へ参加する。そのことが他国の人間にとってどう映るか。それは言うに及ばない。
シャニーは何となく気付いていた。民を養う為に。それはイリアにとっては動機ではあっても、自らを正当化する事は出来ないのではないかと。
「シャニー。イリアは他国に行って仕事をしなければ、皆飢えて凍え死んでしまうんだよ? 分かってる?」
「分かってるよ……。でも、結局あたし達は誰かを犠牲にして生きながらえているってことだよ。それじゃ、盗賊と変わらないよ」
シグーネも言っていた言葉を、こんなヒヨッコが言う。
しかし、レイサは今回は首を縦に振らない。本当は振りたい。だが、その前に考えさせることがある。
「それがどうした? 多かれ少なかれ、どこでもそうでしょ。手段が違うだけさ」
明らかにシャニーの眼差しが変わる。もっと美しいことを言って欲しかったのだろうか。動揺している。
「いいかい、シャニー。他所から持ってきた正義やら正当性などに、力は無いんだよ。私たちには、私たちの正義がある。それを守ればいいだけさ。その国の事を何も知らない人間が、どの面引っさげて他国を非難できるのさ?」
何も言い返してこないがとても納得できた顔ではない。他国とイリアでは考え方もルールも違う。他国の正義が、イリアの正義とは決していかない。
でも、シャニーはベルン動乱で様々な国を回って彼女なりに色々勉強してきた。
イリアだけが、何かおかしいようにも感じてしまう。国の存亡をかけて、他国に良い様に使われる、そんなイリアが。
「……ま、でも考えることも大事かもしれないね。イリアは他国に行って戦争をしなければ、皆飢えて凍え死んでしまう。他国から見れば、戦争を、死を運んでくる傭兵団でもある。……誰が悪い? 何が正義?」
レイサの質問にシャニーは答えられなかった。どんなに考えても、答えが出てこなかった。……何か悔しい。
そんな妹分の肩をポンと叩きながら、レイサはその場を立ち去っていく。
「あんたはイリア騎士さ。でも、それ以前にイリア民だ。戦うことだけがすべてじゃないよ。それだけじゃ……無責任かもね」
“一”の重みが、そして見えにくさが、レイサの言葉から嫌というほど伝わってきた。
言われたことを鵜呑みにして従っているだけでは、今のイリアの二の舞。
こいつがここで考えるのをやめるなら、その程度の人間だとレイサは差し出した手をここで引くことにした。
(それにしても、あんたはいい姉貴を持ったもんだよ。こんなに、考える時間をくれたんだからね)
レイサは中庭を歩きながら団長室の窓を見つめる。
彼女はティトが哀れに思えていた。あんなにイリアの事を想って、何とか良い方に向かおうとしているのに。
それなのに、今の国は手段を選んでいられないほど貧しく、騎士団も再建された方が少ないという有様。
イリアの民の貧しさを救える数少ない騎士団の長として、彼女には大きな期待を寄せられている。
変えたいと思っていることでしか、民を救えない。きっと彼女は悩んでいるだろう。
そしてあんな性格だ。誰にも悩みを告げずにいるのだろう。この頃部屋に篭りっきりなことが多い。
姉貴が団長をしていた頃に見せていた慎ましい笑顔が、今のティトには無い。
いつも堅い彼女だから、その笑顔は力だった。それは、妹シャニーの笑顔とはまた違う力を持っている。
何とか彼女の力になってやりたい。溜め込んでいたら、いつか……。
◆
その日、シャニー達は初めての夜勤だった。いつ賊が暴れだすか分からない今の荒廃したイリアでは、騎士団は二十四時間体制を強いられていた。
「ふあぁぁぁ……」
不謹慎にも声をあげて大きなあくびをする。
こんなときにもし敵が襲ってきたら危険だとは分かっていても、ベルン動乱で夜通しの番を経験していても、眠いものは、やはり眠い。
なんとかして目を覚ますべく剣を振る。
「216……217……218…………219…………22……」
近くにいたレイサは嫌な予感がして、シャニーを見るとやはり寝ていた。立ったままで。
傍にいたミリアに視線で命じ、彼女は目を輝かせてポケットからヘアゴムを取り出すと、シャニーの額で思い切り弾いた。
「あいたぁ!」
目を白黒させて飛び起きる彼女に、他の隊員たちは笑いを隠せずにあちこちで口を押えている。
「まったく、どうしてイリアには剣を振りながら寝られる奴が多いんだろうね。しっかりあんたの姉さんに言っといてやるからね」
「うわぁ! お姉ちゃんには言わないでよぉ。後でくどくど言われちゃう」
「ダメだよ! あんたには夜の良さが全く分かって無い!」
シャニーも他の面子も、レイサの様子がいつもと違うことに首をかしげた。
きょとんとする彼女たちを置き去りにしてレイサはシャニーの首根っこをひっ捕まえると、どこか分からないが指をさし始めた。
「あんたさ~、考えてもみなよ。深夜はみんなが寝てる。真っ暗な闇でお宝が一人輝いてるんだよ? あー、こういう月がきれいな日は盗賊魂が騒ぐ!」
目を爛々とさせているのはレイサだけ。なんだ、そんな事かと周りは散っていく。
未だに盗賊稼業から足を洗っていないのか、そんな事がティトに知れたらそれこそ大目玉だ。
賊討伐をする騎士団の部隊長が盗賊だなんて。
毎夜毎夜、寒さに、賊に震えながら人々は暮らしている。
他の国では賊の討伐部隊などが定期的に出ているが、イリアの騎士団はとにかく復興資金を稼ぐ為にひたすら傭兵に出向いていた。
民を養う為と言って外へ出て行って、結果民を守ることが出来ずに彼らは震えている。
矛盾しているとシャニーは思った。
戦うだけでは無責任……そういう意味もあるのかもしれない。
シャニーは自分でも、この頃良く考えるようになったものだと感心していた。
◆
ようやく夜勤が終わり、シャニーはふらふらと部屋に戻る。
暖かい暖炉の前で冷え切った体を癒す。そして、さっき振っていた剣を磨こうと……青くなった。
どうやら持ち場に置いてきてしまったようだ。渋々と寒い外に戻る。すると、皆がいなくなった場所に一人の人影があるのを見つけた。
「あれ、アルマじゃん。どーしたのさ」
シャニーは剣を見つけるとアルマと一緒に休憩室まで帰ることにした。
「ねぇ、イリアの傭兵ってさ、他の国から見たらどう思われているのかな」
シャニーはアルマに悩んでいることを打ち明けてみる。
独自の考えを持っているアルマなら、きっとこの質問に答えてくれると思ったのだ。
「簡単な話じゃないか。良く思われて無いよ。死肉を喰らうハイエナってね」
「……。やっぱりそうだよね。あたしさ、お姉ちゃんに憧れて天馬騎士になったんだ。そんでさ、イリアを守るんだーって、漠然としたこと考えてたけど……こんな他国に憎まれる仕事だったなんて」
「……それがどうした?」
アルマの一言に、下を向いて歩いていたシャニーは目を大きく見開いて彼女を見つめた。
レイサもアルマと同じような反応。やっぱり、自分がおかしいのだろうか。
「だって、憎まれるって事は……正しいことをしているわけじゃないってことじゃない。自分の国を守るために、他の国を犠牲にするなんておかしいよ」
「だから、それがどうしたと聞いているんだが」
────正しいことをしているわけじゃない……それがどうした?
アルマの目が真っ直ぐ自分を睨んでいて、シャニーは何も言えなくなってしまった。
そんな彼女にアルマはあっさりと言い切って見せた。
「正しいこと? いつも正しく居る必要なんて無いじゃないか。私達は、しなくてはいけないことをしているだけ。それが正しかろうと悪かろうと関係ないだろ。必要なのだから」
「それは……そうだけどさ」
「お前はベルン動乱で、正義正義の流れの中で修行していたから仕方ないかもしれない。だけど、私は正義なんて無いと思ってる。第一、正義って何なんだ?」
シャニーはその質問にも答えられなかった。アルマも答えられまいという顔をし、唐突に質問を変えてきた。
「……お前は、エトルリアが何故こんな弱い国を征服しないのだと思う? あれだけイリアを見下した貴族が多いのに」
「え? そりゃ……戦争をすれば世界の強弱バランスが崩れるから……?」
「違うね。こんな国を占領したところで、何も旨みが無いからさ。それどころか、戦争になったとき自国の叙任騎士より安く戦力を調達できるんだから、奴らは重宝してる。必要があれば、自国の軍には被害が出ないよう、イリア騎士を最前線に立たせて囮にするってことだってあるらしいし」
シャニーには身に覚えのある話だった。
事実、姉もエトルリアに雇われ、アルマの言うような形で使われて自分達と西方三島で対峙するに至ったのだから。
あの時は幸い、こちらの将も、現地での姉の将も優れた人間だったのでそれは回避できたが。
「恵まれた国の言うことなんか、放っておけばいい。皆自己中心なんだ。ありもしない正義に……騙されるな。そして、振り回されるな」
自分は騙されているのか? シャニーは自問してみるがすぐに首は横に振られた。
アルマの言葉は何となく分かる。皆自分こそ正義。そんなものに信憑性など無いのかもしれない。
それでも、イリアを評価するのは他国だ。
「でも……やっぱりあたしは、憎まれるより、凄い国だなって言われたいよ」
「なら、自分が信じる正義とやらを進めばいい。他人にとやかく言われるものではないだろ」
常識など都合よく他人が作ったものだ。
他人に何と言われようが、自分の正義は自分で決める。
決めなければ、他人の作った正義など拠り所にはなりえない。でもその為に何をすればいい?
何も言えないで居るシャニーに、珍しくアルマは更に喋りだした。いつも無愛想な彼女が、まさかこんなに話すなんて。
「私は、こんな腐った国は変えたいと思ってる。こんな、他国の脛をかじらなくては生きていけないような国」
「あたしも、それは思ってるよ」
遠くを見ていたアルマの目が揺れてシャニーを見つめる。
同意してくれるとは思っていなかった。今まで、自分の考えに賛同してくれたものなど殆ど居なかった。
「イリアを他国に負けない強国に育てて、今まで見下していたやつらに吠え面をかかせてやるんだ。そのための傭兵稼業なら、私は他人に何と言われようが知ったことじゃない」
やはり彼女の考えている事はスケールが大きいと思った。
思っていても、他の人なら無理と諦めることを平気で言うし、誰も考えもしないようなことも、人目を気にせず涼しい顔でやってみせる。
ちょっと危険で同意できないところもある。けれど、
────イリアを強い国に
シャニーはアルマの夢に賛同していた。
「あたしは、皆が戦わなくても良いようになって欲しい」
その言葉に、アルマは返してこないどころか鋭い目付きで睨んできたが、すぐにシャニーは頷いた。
その目が何を意味しているかすぐ分かったから。
────なって欲しいではない、そうするんだ。自らの手で
「……夢見てるだけじゃダメだよね! あたしも頑張らなくちゃ」
同じ夢を抱く者同士、心を開くまで時間はかかることはなく、彼らは空が色を取り戻す時間まで話し続けた。
この正反対の二人が交じり合うこと。これが後の天馬騎士団に、そしてイリアに大きな意味を持ち、新たな色を残していく始まりであった。