ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
そこに突然現れた刺客と鍔迫り合いになるお話。
10月も半ばになると吹雪く日も多くなってくる。荒れた日は家に籠る人が増えるが、天馬騎士団はむしろ出動の機会が増える。殊の外、国内専門部隊である十八部隊にとっては救助の依頼が急増するし、家に皆が籠っている時こそ彼らの声を聞ける絶好の機会。
最近の吹雪はそんな彼女たちの意気さえも拒否するような猛烈さだった。それがようやくにひと段落し、太陽が久しぶりに顔を出した早朝。朝食を終えた騎士たちがぞろぞろと食堂から雪に埋もれた通路へと出てきた。
「うーん! 今日もおなかいっぱーい」
いつも最後の最後までテーブルにかじりつき、朝のお喋りに花を咲かせている十八部隊も最後尾につけてようやく出てきた。
お腹を擦りながら満足そうに声を上げて気合を入れる部隊長を先頭に厩舎へと向かう。
「これだけ天気が良かったらどこでも飛んでいけるね!」
額に手で庇を作りながら遥か西部の空を臨むシャニーは、朝陽を背に嬉々とした声を上げた。
新人部隊時代の辛抱を晴らすかのように、ほぼ毎日どこかの空を飛んでいる。吹雪の中で天馬を駆っていると、どれだけ防寒をしっかりしていても髪は凍り、体が固まって帰城する頃にはふらふら。今日はそんな心配をせずに空を飛べると思うと心は軽く、陽に照らされる背中はじんわり温かくて翼でも生えたかのよう。
「シャニーは羨ましいッス。あんだけ食べても太らないなんて」
腹が減っては戦ができぬと、横でいつも気持ちよく食べているシャニーを恨めしそうにミリアが見つめる。これが痩せの大食いと言う奴なのか。
天馬騎士は体重制限が厳しく、ちょっとした事ですぐ絞らなくてはいけなくなるので大食いはできない。ミリアは背が高く余計に気を遣っている分、目の前で気持ちよさそうに伸びをする姿が羨ましく映る。あれだけ毎日もぐもぐやっていると言うのに、骨格からして細身の躰は伸びをするとまるで彼女が持っている剣のように華奢でしなやか。
「そりゃあもう毎日ストレスばっかりだし、しっかり食べて補わなくちゃね」
よく食べて、よく寝て、よく笑うがモットーな当の本人は、何も気を付けている事はなさそうな反応を笑顔で返してくるだけ。
「ストレスが聞いて呆れるよ」
人が聞いたら本当かと思うような事をもっともらしく言うシャニーに、ルシャナは両手を広げて茶化してやった。彼女のことだ。どうせ報告資料や予算書の事を言っているに決まっている。
「今日は……西部の村に行く予定だったね」
厩舎から天馬を連れ出すと、シャニーは腰鞄から小さなスケジュール帳を開いて行き先を確認する。でも、すぐにその視線はレンの方に向いた。いつも詳細な航路は彼女が引いてくれているので、スケジュール帳にも“西の一番遠い村”としか書いていなかったからだ。
あまりに大雑把な書き方に、横から覗き込んだルシャナはもの言いたげな眼差しをシャニーへ注ぎ、彼女を苦笑いさせている。
「はい、目標地はレネス。ここから二時間の距離です」
「ひゃー、またここッスか。急がないとおやつの時間にさえ帰ってこれないッスよ」
天馬を使って二時間とはかなりの距離。地図を広げてレンが指さす先はもはやエトルリアとの国境付近だった。
エトルリアに近いから温暖かと言うとそうでもなく、関が置かれる場所は標高の高い山々が連なるシュティアホルン連峰にある。遅くなれば吹雪は苛烈を極めて帰還が困難になる場所で、連峰の麓にあるレネスはそれゆえに騎士団の支援も薄くなりがち。前回顔を出した時も支援物資が尽きかけていて事なきを得ていた村だ。
「おや、これはこれは。新進気鋭の第十八部隊じゃないか」
航路を確認するシャニーたちの背後から聞き覚えのある声が近づいてくる。
振り向いた皆は一様に身構えてしまった。そこにいたのは赤い短髪の騎士。自分たちを見捨て、その後も散々に小馬鹿にするような態度を見せてきた同期。彼女に良い印象を持つ者は、この十八部隊にはいなかった。
「アルマ、どうしたの?」
その例外のシャニーが親友の突然の来訪に声をかけながら歩いて行こうとするのを、前に飛び出して来たミリアが遮った。
「何しに来たんスか!」
「フン、ちょっとは君が戦力になっているか確かめに来た……とでも言えば良いのかな?」
カチンときた。まただ、こいつは顔を合わせたらいつもこうだ。いくらリーダーが何と言おうとアルマは敵としか映らない。
新人部隊時代にも散々に足手まといと人を見下してきた人間。今回も顔を合わせるなり鼻につく嫌な言い方をしてくるものだから、怒りを噛み砕くほどにミリアは歯ぎしりしている。どうしてこんな鼻持ちならない嫌な奴とリーダーが仲良くしているのか未だに信じられなかった。
「アルマ、うちの部隊の子をからかわないでよ。みんな大事な戦力に決まってるじゃん」
背後からかけられた声にようやく剥き出しの牙が大人しくなった。
肩に置かれたシャニーの手がミリアに自信をくれる。嫌味を言われていた時からずっと一緒だった憧れの人に戦力と言ってもらえるだけで嬉しい。おまけに、先を急いで部隊を出て行ったアルマより早く先輩は部隊長に昇進したのだ。誇らしく思えてならない。
「うちの部隊……か。私も早くそう言ってみたいものだよ」
シャニーが先に昇進するとは思っていなかった。まだ部隊長になって半月なのに発言は板についているし、部隊長会議でも一番喋っていると聞く。
(だいぶ先を行かれている気がするな……)
ちょっと前まで自分のことで精いっぱいに見えたのに、見つめてくる青の瞳は朗らかさの中にも鋭気を湛えている様で純粋に羨ましかった。
だが、アルマが漏らした言葉にシャニーは困惑するばかり。こんな所で油を売るような人物では無い事は親友だからよく知っている。
「で、どうしたの? こんなところに。散歩?」
「まさか、お前でもあるまいし」
いちいちむかつく。目がそう言ってまたミリアが飛び出していこうとする。自分のことを馬鹿にされるなら百歩譲って堪えても、敬愛する人のことを小馬鹿にされては黙ってはおれない。
今回もシャニーに肩を掴んで止められてしまい、何故かと問うた視線にリーダーは振り向いてくれなかった。
威勢の良い眼差しを見下ろして冷笑を投げつけたアルマは、今度はじっと見つめてくるシャニーの視線を捉えてからかうように笑って見せた。
「ティト団長のご命令で推して参ったってところだ。十八部隊がちゃんと仕事をしているのか見て来いってね」
そう言えばアルマはティト直下の第一部隊の所属になっていた事を忘れていたが、シャニーの目が点になったのはそんな事ではない。
(……お姉ちゃんが────?!)
まさか姉が監視役をつけるなんて思ってもいなかった。
部隊長になってからは特に叱られた事も無いし、毎日時間が足らないくらい働いてきたというのに。一体なぜ……困惑と驚きがシャニーの顔にはっきり出て、それはすぐに口から飛び出した。
「えー! あたしたち、ちゃんと仕事してるじゃん。ねえ?」
まだティトは認めてくれていないのだろうか。
周りに聞いても皆何度も頷く。毎日あちこち飛び回って一生懸命動いている自信はあった。イリア内のあちこちを回って手に入れてきた内情や嘆願を部隊長会議で時間の許す限り報告してきた。
(うーん……この前の報告がダメだったのかなぁ。せっかく、みんなが託してくれたのに……)
イドゥヴァはもちろん、どこか他の部隊長達の反応もイマイチだった。報告の仕方が悪かったのだろうか。色々頭を巡ってしまう。
特殊部隊としてティトから直々に任されているのだ。どんなに批判を浴びても戦う覚悟はできている。とは言うものの、肝心のティトから監視をつけられるとなるとどうしても不安が募る。
「お前たちは騎士団の『規格外』の仕事をしているから、週報では掴めないんだとさ」
────言っている意味が分からないのですが
会議でもイドゥヴァから突き刺された言葉が蘇る。自分たちの仕事が否定された気がしてがっくり来た。
やむを得ないのかもしれない。既定の報告書は国外への傭兵契約をベースに書式が作られているから、要求事項がまるで自分たちの仕事と合っていないことは分かっている。
でも、これでは納得いかないし、何よりメンバーの士気に係わる。どうすれば……────その時、シャニーは閃いてアルマの手を取った。
「そうだ、じゃあアルマ、これからあたし達についてきてよ」
唐突な誘いに部隊のメンバーも含めてその場の全員が驚く。本気? ──ミリアの顔がそう問うてくるが、シャニーはアルマにニコニコした顔を向けて答えを待っている。
苦手な顔を向けられて一瞬は面食らったアルマだったが、すぐに普段の見高な顔に戻ってシャニーが取る手を引き戻し、バカバカしいと払って見せた。
「何で私が暇な君たちの散歩に付き合わないといけないんだ?」
ミリアが突っ込んでいこうとするのを今度はルシャナとレンが必死に止める。
「まぁまぁ、たまにはいいじゃん? あたし達の監視だと思ってさ」
また仲間に誘うかのようにシャニーが手を取って来た。
ティトには様子を見てこいと言われたが、アルマはあまり乗り気ではなかった。城を出たら数時間帰ってこず、どこで何をしているかも不明な部隊だ。親友に限って油を売っているとは思わない。だからと言って彼女が何をしているかなんてそこまで興味は湧かない。
それでも、親友にこれも仕事と暗に言われ、彼女も仕方ないと視線を切った。
「分かった。準備をしてくる。何時に出発だ?」
「え、アルマが戻ってきたら?」
時間を区切らせようかと思ったが、一応ここは親友のテリトリー。
「……緩い部隊長だな」
最後まで憎まれ口を叩いて去っていくその背中に、ミリアはこれでもかと舌を出す。その横ではシャニーがアルマの背中へニコニコしながら手を振っているものだから、どうにも怒る気が失せてくる。
「シャニー、いいんスか? あんなヤツ連れて行って」
納得いかないと顔がはっきり訴えてくる。ミリアだけでなく、ルシャナやレンも困惑した表情を浮かべていた。
今までどれだけアルマが辛辣な態度をとってきた事か。そんな目で監視されながら仕事をするなんてどうにもやりにくいし面白くない。大丈夫! ──そう言いたげにシャニーはミリアの背中をポンと触れると白い歯を見せてきた。
「あたし達の仕事を見てもらう良い機会だと思って」
シャニーはそれを逆に機会として捉えていた。誰も知らないのだ、自分たちの一生懸命を。
見えないなら見せつけるだけ。分からないなら、分かるまで伝えるだけだ。自分を信じてくれる者たちが語った苦しみや、その存在を、彼らに否定させる訳には行かない。人々の為に戦う事こそが十八部隊の誓い。
「バカにされたくないじゃん? あたしたちの『三誓』をさ」
たった三行の短い言葉。この誓いを手に入れる為にどれだけ悩んで苦しんで、涙に枕を濡らし続けてきたことか。
長く明けない夜を越えてようやく掴んだ道だ。それを、よく分からないだとか、見えないだとか、お偉いさんから好き放題に言われているのは堪らない。
自分たちの信じるものを見下すというのならば相手が誰でも容赦はしない。勝つまで戦い続けると、ぐっと拳を握ったリーダーに皆は頷いた。
「そうだね。荷物持ちは多いに越した事は無いし」
同意を求めるようにルシャナの視線がミリアに向く。二人でニヤニヤしていると、槍を取って来たアルマの姿が見えてくる。今まで散々好き放題された分、少しくらいは仕返ししたってバチは当たるまい。
「悪い、待たせたな」
「来たね。じゃあほら、これ持って」
声をかけてきたアルマにルシャナはポンと大きな麻袋を押し付けた。かなりずっしり来る袋だ。しっかり口が絞ってあり中に何が入っているか分からない。
言われるままにするしかないアルマは天馬に荷物を乗せ、不安な気持ちいっぱいに十八部隊の後ろについて行った。
「おい、シャニー。これは一体何なんだ?」
「へへっ、着いてからのお楽しみ~と言う事で!」
シャニーを先頭にして編隊を組んで西の空を目指す。
最後尾にいたアルマはすぐにシャニーの横につけて後ろの麻袋を指さすが、彼女はニコニコするだけで教えてくれない。
そのこと自体は不安を一掃深めたが不思議な感覚だった。目指すものは同じなのに、ずっと互いに背を向けて別々の道を歩んできた親友と同じ方向を見て飛んでいる。
この感覚も……悪くない。親友と共に見つめる西の空。広がる蒼穹から吹く心地よい風に少しだけ口元が緩んだ。