ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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◆あらすじ

訪問先の村で、騎士団内の誰も知らないであろう十八部隊の仕事内容をアルマは知る。
剣を握っている時とは別人のようなシャニーの姿に彼女は驚くばかり。
その彼女のひょんな一言から、シャニーはとある企画を閃く。


第9話 とっておきの企画

 カルラエを発ってからどのくらい経っただろうか。レンの修正指示に従い、また少し方角を南東へと修正して天馬隊が蒼穹を駆け抜けていく。未だ到着が近づくような空気ではなく、アルマにはただ疑心ばかりが湧き上がる。

 

「リーダー、誤差修正マイナス五度」

 

「オッケー! 何ならオマケで七度くらい修正しとくー? あっちも見ておきたいしさー」

 

 その疑心を煽るかのようなシャニーの声が先頭から聞こえてくる。横では指示を出したレンが小さな頬をぷくっと膨らせていた。

 

「ランチタイム無くなる」

 

「げっ、じゃあ五度で!」

 

 またレンから指示が飛び、シャニーが元気な声で応えて少しだけ方位が修正される。どこかを目指している事は確かのようだが、あまりに時間が経ちすぎている。どうにも緩い雰囲気も手伝って、アルマの辛抱は限界を超えた。

 

「お前達はいつもこんな遠くまで来ているのか?」

 

 少しスピードを上げてシャニーに追いつくと、気持ちよさそうに風を受けて鼻歌をうたう彼女へ問いかけた。もうすぐエトルリアとの国境付近だ。

 

「今日はたまたまかなー。騎士団の管轄地をあちこち廻ってる感じ」

 

 そのたまたまにわざわざ連れてきたと言うのか。ご機嫌な眼差しは指を立ててアルマに笑いかける。

 

「アルマはラッキーだよ! こんな平和な航路はめったに無いんだから!」

 

 なかなか目的地に到着できないことも多い。目的地へ一直線に飛んでいても、眼下で何かあれば急行して事件の収拾を優先するからだ。

 青髪を風になびかせてシャニーが気持ち良さそうに鼻歌をうたう時は良好な旅路の証拠。ここまでトラブルのないスムーズな航路は稀なこと。

 

「本当は管轄外地にも行きたいんだけどなぁ」

 

 鼻歌が不意に止まったかと思うと、彼女は航路から視線を逸らして北の方角を見つめだした。聖天騎士団の管轄領が広がっている方角だ。

 

「騎士団が違うってだけでイリアには変わらないしさ。困っている人を一人でも助けてあげたいんだ」

 

 よく飛ぶ航路も決まってきていて、地図を広げなくても地理が頭に浮かぶ場所も増えてきた。

 でも、いつも境界線付近で引き返さなくてはいけない事が心苦しい。地図上に引かれたたった一本の線を境にして、救う者とそうでない者を分ける違和感。

 

(あの先には何が広がっているのかな。いつか……行ってみたいなぁ)

 

 空から見下ろすイリアは自然とそう思わせる。

 天馬騎士団に所属している以上、境界線を簡単には越えられない。でもきっと、困っている人は一杯いるはず。翼を鎖に繋がれたかのようなもどかしさが、晴れ空の向こうを見つめる瞳を強くする。

 

「よーし! 今日の目標クリアを頑張っちゃおう!」

 

 再び視線を西へと戻して手を突き上げる。今日はこの先でどんな話を聞けるだろうか。ワクワクが笑顔に映えて、天馬を駆るスピードを一段上げた。

 

「困っている者を救いたい……か。ま、それは同意だな」

 

 まっすぐ前を見据えて夢を語るリーダーの瞳を見つめ、アルマはこの旅路をもう少しだけ信じてみることにする。

 

 それから三十分くらい飛び続けただろうか。前方には高く連なるシュティアホルン連峰の山々。これ以上行けば国境に突き返される場所まで来て、ようやくに天馬隊が少しずつ高度を下げ始めた。

 

(ここは……!)

 

 シャニー達が目指している村を見てアルマは思わず目を見開いた。まさかこんな所まで彼女たちの行動範囲だったとは。忘れる訳も無い場所に降り立ったアルマは村の様子を遠くから見渡していた。

 

「ふう~! やっと着いたッス! あー……お腹空いた」

 

 呆然とするアルマの横では、ささっと十八部隊が活動を始めようとしている。

 天馬から降りてうんと背伸びしたミリアの視線は、さっそく降ろした麻袋へ向かう。お腹を擦りながら袋を開けた彼女は、中を物欲しそうに見つめだした。

 

「ミリア、それはダメ」

 

 後ろからお尻を叩かれた。振り向けばレンが小さな口を膨らせている。何だかいつも監視されているみたいで、邪なことを考えると即にレンの声が飛んでくる。普段シャニーがティトに叱られていた光景を思い出してしまった。

 

「分かってるって! いくらウチでもシャニーみたいなことはしないよ」

 

「あたしがいつ物資をつまみ食いしたのよ! もー、監視役が本気にしたらどうするのさー」

 

「そうっスね。シャニーだったらつまみ食いどころか全部無くなるッス」

 

「ん、同意」

 

 向こうからぶーぶーと反論する声が聞こえてくる。

 予想はしていたものの、部隊の様子にアルマは軽くため息をついた。部隊長に昇進したからどんな指揮を揮っているかと思ったが、やはり威厳はなさそうでガッカリと安心が入り混じる。なんとなく、ティトが様子を見て来いと言った意味が分かった気がした。

 

「バカなこと言っていないでほら、決めたように出発、出発! 十四時集合だからね!」

 

 じゃれる部隊長と平隊員共はルシャナにお尻を叩かれて散り散りになった。どうやらこの部隊も第一部隊と同じで副将が厳しい人のようだ。

 準備を先に終えたミリアとレンが東西に分かれ、物資を小さな荷車に乗せて出発していった。残されたシャニーとルシャナが資料を見下ろして何かを話している。

 

「私は何かすることはあるか?」

 

 アルマは手持ち無沙汰になって、二人が顔を上げたタイミングで声をかけてみた。すると、ルシャナが驚きに満ちた顔をした後、ニッと笑ってきた。

 

「おや、仕事熱心だね。さすが第一部隊所属の騎士はマインドが違うね」

 

「当たり前だろ? これだけ時間を使って荷物を運んだだけでは日報に書くことが無い。お前たちとて同じだろう?」

 

 ルシャナは褒めたつもりだったのだが、アルマからは怪訝そうな目で問われてしまった。

 毎日どんな仕事をしたのか、日報に記載して提出する義務がある。十八部隊と違い、傭兵に出ても全員が共同で行動することは少ないためだ。文化の違いに唖然とする二人。

 

「へえ、スゴイ! うちは報告書一枚だけだよ。へへっ、ラクチンでしょ?」

 

 相手がある仕事で日の出ている内が勝負。日報に時間を使いたくなかったから、夕飯の時間で情報共有して最後にシャニーが部隊報告書を一枚書いて済ませていた。

 別に事務方が何か言ってきた事も無く、多少手直しを要求されてもシャニーお得意の「ま、いっか!」で今まで通している。

 

「じゃあアルマ、あたしと一緒に行こうよ」

 

 ルシャナにアルマを任せるのは酷だし久しぶりに話もしたい。シャニーはアルマの手を取って荷車を引き始める。特に会話もなく、肩を並べて歩く二人。

 

「……? 何が楽しい?」

 

 しばらくしてアルマは違和感を覚え、見つめてくるシャニーに眉をひそめた。彼女は今もこちらを見てニコニコしている。

 

「えー? いやあ、アルマと一緒に仕事するの、久しぶりだなと思ってさ」

 

 一体いつぶりだろうか。こうして一緒の道を歩むのは。おそらく新人部隊で共に仲間へ稽古をつけていた時以来。苦い経験をしている間にアルマはイドゥヴァの許へ行き、二人の歩む道は分れた。

 あれ以来、道が交わる事さえも少なくなっていたから何度も第一部隊の詰所に足を運んだ。でも、傭兵に出ていて不在だったり、部隊自体は詰所にいてもアルマだけいなかったりで、今迄まるで会えずに来た。

 

「ねえねえ! 第一部隊ではどんなトコ行ってたの?」

 

 ひと時とはいえ、親友と同じ方向を向いていることがシャニーには嬉しいらしい。

 ここまで人の事に興味津々となれるのはある意味才能か。最初は鼻で笑っていたが、親友の爛々とした瞳に負けた。アルマは適当な外征先の逸話を持ち出して盛り上がる。それは本当に僅かな時間だった。

 

「よっし、アルマ。ちょっと待っててよ」

 

 民家の前に辿り着いたシャニーはアルマに手を振ると荷車を引いて軒先へ向かう。

 

「こんにちはー。おばさーん、差し入れ持ってきたよー!」

 

 民家の玄関先に着いたシャニーが元気な声で挨拶したと思ったら、持ってきた麻袋へ手を突っ込んで何かを取り出す。両手に持っているのは食料だ。

 最近、十八部隊の予算申請が異常に多いと愚痴っては調べろとイドゥヴァが指示してきたが、おそらくはこれが答えだ。

 

「おやシャニーちゃんじゃない。また来てくれたの? 怪我はもう治った?」

 

 顔を出す住民の顔に不安はなく、それどころか聞こえてきた声を待っていたかのように飛び出してきて暖かい言葉をかけている。

 

(あそこの婦人は気難しくてなかなか気を許さない人だったはずだ)

 

 それがあんな笑顔を浮かべているなんて。アルマはその変化にあっけにとられていた。

 ただでさえ、この村は天馬騎士団の管轄領でも辺境にあって物資供給は心許ない。ベルン動乱時には見捨てられたようになっていたから反発も強かったはずだ。特に村長は天馬騎士団と聞いただけで目を吊り上げるくらいに。

 

「うん、元気元気! 寒くなったからおばさんも気を付けてね」

 

 固く凍り付いたものを溶かす暖かい風が吹き込んで夫人に笑顔が浮かぶ。シャニーらしいとアルマは思った。あの飛び込み方は自分では性格的に出来そうにはない。嫌味無くすんなりと人の懐へ入り込む姿は羨ましかった。

 あれをもっと別のことに使えば、今頃イドゥヴァの右腕は彼女だったかもしれない。そう思わせるほどに厄介な力を親友は持っている。

 

「そうなのよね。この村には病院が無いから気を付けているよ。井戸もよく氷るし、子供のいる家は大変よ」

 

 自然な会話の中から出てくる困り事。ささっとメモする間も談笑してさらに続きを聞き出していく。手馴れたものだ。

 

「病院……欲しいよね」

 

 一通り書けたメモを上から見直してシャニーはぽつりと漏らした。

 彼女が住む村にも病院は無かった。ウッディが医学の道に進むまでは知識さえ村には無く、祈祷してもらうことが関の山だったから、厳しい山々に囲まれるこの村の不安は痛いほど分かる。

 

(何も出来ないまま待つなんて嫌だよ。何か出来る事があるはず!)

 

 この状況を何とかしてあげられるのは自分達しかいない。民を守り、彼らに笑顔を取り戻す事。国力向上を任せられた十八部隊の誓いだ。

 

「お薬とか物資の輸送ラインが出来れば少しは解決するかなぁ」

 

 思いつく限りを住民に提案して反応を見る。漠然と聞いても返っては来ないが、こちらから何か提案すれば困っている人からは必ず反応がある。今回も堰を切ったように婦人からはあれこれと想いが飛び出してきた。それを全てメモして、大事な部分を丸で囲っておく。この情報の全てが、手ごわい上層部と戦うための武器となる。

 

「よしっ、今度お城の会議で提案してみる。上手く行くように頑張るから応援してね」

 

 ────頼むよ

 

 その想いをしっかりと受け取って、シャニー達は夫人の許を後にして次へと向かう。

 たくさんお喋りが出来たからか、シャニーの顔には温かい笑顔が浮かんでいる。何と楽しそうな顔で仕事をしているのだろう。剣を握っている時とはまるで別人だ。

 

「毎日こんな感じなのか?」

 

 初めて親友が仕事をする姿を見た。こんな事をしているなどおそらく誰も知らないはずだ。騎士団既定の週報の様式にはこういった活動を書く枠はない。彼らの仕事で評価されるとしたら賊討伐くらいだろうか。

 

「そーだよ。みんなの声を拾って、それを部隊長会議にかけてみんなに動いてもらう。これの繰り返し」

 

 本当に毎日地道で小さな目標の積み重ねだ。

 何も成果が無い日だって当然あって、皆が作った小麦を食べるのに罪悪感を覚える事もある。それでも、部隊の仕事を語るシャニーの顔には充実した笑みがある。

 

「あの会議に出られるのは部隊長のあたしだけだから、責任重大ってね」

 

 ティトがわざわざレイサと部隊長を交代させたのはこれが理由。シャニーはそう思っていた。自分の誓いを信じて発言の機会をくれたに違いない。

 皆のかいた汗を一身に背負う。だから負けられないし、限られた時間での提案は無数の声に順位付けする必要がある。どうやって提案しようか皆で作戦を練る時間は楽しくも苦しい時間だった。

 

「……さっきの話、却下されるだろうな」

 

 ────イリア中に物資輸送を行うための天馬部隊を配置する

 

 ────病院と関係者の教育のための施設を増設する

 

 婦人との会話の中でシャニーがメモして丸で囲った部分にはそう記されている。

 アルマには到底幹部たちが首を縦に振るとは思えなかった。これ以上、国内で金を稼がない人間を増やす話など。

 

「承知の上だよ」

 

 夢を砕かれるような言葉を浴びせられても、シャニーは怒ったり悲観したりする素振は見せなかった。

 それどころか、見つめてくる眼差しは剣のように鋭くなる。

 

「やってみてダメだと分かるのと、やらずにダメと思うのは違うじゃない。アルマだって同じでしょ?」

 

 下手をすれば、現状が分かっていないと叱責されるかもしれない。

 考察が甘く効率が悪いことはシャニー自身もよく分かっていた。この前の会議でもイドゥヴァにこっぴどく指摘を受けたばかりだ。

 

 ────やりたい事ばかり言わないで出来る事を提案しなさい。ここは夢を語る場ではありませんよ

 

 それでも民の想いを背負っている以上は、負けると分かっているからと戦わない選択は無かった。膝を突こうと、剣折られようと、彼らの為に勝つまで立ち上がって向かっていく。それが第十八部隊。

 

「ふっ……その通りだな」

 

 心配は愚問だったとアルマは自身に笑う。そういう人間だからこそ、ライバル同士と認めた仲。

 

「どれだけ剣を折られても、信じてくれる人のために戦い続ける。それがあたしの誓いだから勝つまでは負けないよ」

 

 イリアの礎たれ。思っていた以上に険しい道。大事なのは剣を折られない事ではなく、剣が折れたとしても負けずに向かっていく事。それをできる環境が今はある。

 新人部隊時代に知っていた親友とは違う瞳に、これは俄然面白くなってきたとアルマの口角は自然と上向いていた。

 

「……まぁ、この辺りなら間伐材の輸送用トロッコがあるから、それを使う手はあるかもしれない」

 

「トロッコ? ────ッ!」

 

 独り言のように空を見上げてアルマが零した言葉を聞いた途端だった。頭にビビッと電撃が走って、シャニーはパチンと指を弾いた。

 

「それだよ! それ!! よっし」

 

 忘れない内にと、カリカリ音が聞こえてくるくらいにまたメモを取り始めた。

 使えるネタだと思ったのだろうか。丸で囲んだ場所から矢印を引っ張り、何かをぐるぐると囲んでいる。

 

 ────企画名:エンジェルヘイロー

 

 横に書いてある注釈には、『イリア中を鉄路で結んで物資輸送路を確保する』と書いてある。

 

「あたしってば天才じゃん!」

 

 これだけ大規模な企画なら、また会議室を驚かせることが出来る。早く帰って企画書をまとめたくてウズウズが止まらない。何を書こうか……効果をあれこれ考えていると、どんどん夢が広がっていく。

 

(これを通せれば物資の移送も、病気の人を運ぶのも、全部解決するハズじゃん!)

 

 また指を弾いてニコニコ嬉しそうにする親友にアルマは声をあげて笑って見せた。

 

「おいおい、第一部隊の手柄を取らないでくれよ」

 

「えー! そこを何とかさ~。お願い!」

 

 見上げてきたシャニーが懇願して手をすりすりと合わせてくる。あまりイジメてやるのも可哀そうかもしれない。そう思った矢先だ。先にシャニーに仕掛けられてしまった。

 

「分かった。じゃあアルマからお姉ちゃんに伝えて。その代わり、絶対通してよ!」

 

 意外な言葉を喰らってアルマは一瞬言葉を失った。この規模を成功させれば金一封どころでは無い。下手をすればイリア連合から勲章をもらったっておかしくない規模の企画だ。

 

「お前……」

 

「だって、どこが通したって同じじゃん。皆が喜べばそれでいーよ、あたし」

 

 彼女らしいと思う気持ち半分、怒り半分だった。こんな事を言っているから、十八部隊などと言う、傭兵ランク最下位の永遠に出世できない部隊で満足してしまうのだ。彼女には早く第一部隊に上がってきて欲しいのに。

 

「ハハッ、冗談さ。この案件はお前達が掘り出したんだから好きにしたら良い」

 

 どのみち、第一部隊では役職も何もない平隊員。今の状態で何か発言してもそれこそ消えてしまう。

 

「ありがと」

 

 アルマにからかわれた事にようやくシャニーは気づいて少しだけムッとしたが、アドバイスをくれた親友とグータッチを交わす顔はにこやかだった。

 

「アルマ、ここら辺詳しいの?」

 

「まぁ……な」

 

 地元民なのだから知っていて当然、とは言えなかった。何せこのレネスはアルマの故郷だ。それを親友に言うのが何か気恥ずかしかった。

 詳しいからこそ、村人たちがシャニーへ見せる態度には驚くばかり。彼女と喋っていると皆不思議と自身の弱みや悩みを語りだすのだ。

 一体どれだけこの村に今まで通ったというのか。朗らかな横顔の後ろにどれだけ色々なものを見てきたのかと思うと、彼女の仕事を監視する意味など無いとアルマはもう結論を出す事にした。

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