ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

82 / 135
◆あらすじ

閃いた企画を通したいが、イドゥヴァは絶対に反対する。
彼女の右腕であるアルマにシャニーは口利きをお願いし、そして尋ねてみる事にした。
────イドゥヴァさんってやっぱり、あたしの事……嫌いって言ってる?  


第10話 ふるさとの母

 それからも次々に民家に足を運んでは話を聞いてを繰り返す。

 天職を得たかのように、シャニーは休む間もなく朗らかな笑顔で住民と話し続ける。

 彼女についていくこと二時間。集合時間まであと一時間程度まで差し掛かった時、シャニーが次に向かう先を指さした途端にアルマの足取りが止まった。

 

「ここは……」

 

 それだけ口にすると、ぼうっと焦点の合わない眼差しで遠くを見つめ出す。

 隣にアルマが居ると思って喋っていたシャニーは、反応が返ってこなくてようやく立ち止まり、あたりをきょろきょろし始めた。

 

「? どーしたの? お腹痛くなったの? 大丈夫?」

 

 まるで地面に突き刺さった槍のようにその場から動かなくなっていて、シャニーは荷車から手を放してアルマの許まで戻って来た。

 別に怪我をしたようでもなく顔色も悪くない。おまけに返事もないものだから顔の前に手をかざしてみる。いつも通りすぐに睨まれた。

 

(相変わらず怖い顔するなぁ)

 

 もう少し遊び心のある反応をしてくれてもいいと毎回思うのだが、この堅物相手にそれを求めるのは酷か。

 でも、いつもはっきり断定形で返してくるアルマが珍しく要領を得ないことを口にした。

 

「ああ。どうやらそうかもしれないな」

 

「そうかもって……そこのおうちで温めさせてもらおう? 時間結構かかるし」

 

 自分の事なのにどこか他人事のような答えを返されてに眉をひそめる。

 

「いえ、結構。お前だけで行ってくれ」

 

 手を引っ張ってアルマを民家の方へ連れて行こうとしたのだがあっさり払われてしまった。

 

「えー! ホントに大丈夫? けっこー時間かかるよ。ここの人、足悪いから」

 

 大丈夫だろうか。残りの一時間はきっとこの民家で終わってしまう。この家の住人は体が悪いので、困りごとを聞く以外にあれこれと生活の手伝いをしているのだ。

 もう一度アルマの手を取って引っ張ってみるが、キツい一言を浴びる。

 

「私が痛いのは頭だ。部隊長なのに威厳が無くてどうやって団長に報告しようかとな」

 

「ちぇー、まーたそうやってバカにしてさ。じゃあ、もう知らないんだからね!」

 

 その間ずっと寒いところに居たらもっとお腹が痛くなりそうなのに。口を尖らせて首を傾げながらも、シャニーは言われたとおり一人で目の前にある民家へと向かう。

 

「こんにちはー。天馬騎士団のシャニーでーす。あっ、おばさん!」

 

 挨拶している最中から、民家の窓越しに住人の女性の顔が見えてシャニーは大きく手を振った。

 厳冬の中に咲く太陽を見つけると女性はゆっくり、ゆっくりと玄関へと近づいてくる。鍵を開けて迎えてくれた顔は嬉しそうだが、それ以上外へ出て来ない。住人の女性は足が悪く、日常から苦労しているのは顔に刻まれた深いしわからも見て取れる。

 

「元気してた?」

 

「まぁシャニーちゃん。いつもお疲れ様。最近髪伸ばしてるの?」

 

 シャニーはここの女性は特に気にかけていた。冬場は水汲みや雪下ろしと言った日常生活すら、足の悪い彼女には困難になる。

 幸い、女性の血色は悪く無く、ほっとして返す声のトーンが高くなる。

 

「えへへー、ちょっとねー。たまにはポニーテールとかしてみようかなーって」

 

 玄関先での談笑は冷える。女性がシャニーを招き入れようとした時だった。彼女は視界の端に映ったものに驚いて目をぱちくりさせた。

 それに気づいていないのか、シャニーは外套を脱いで剣を壁に立てかけると、ぐるぐると腕を回し始めている。

 

(さってと、今日もやっぱり水汲みからサクッと片付けちゃいますか!)

 

 今日はどの家事から順番に片づけようかと色々頭を巡らすが、やっぱり元気があるうちに重労働は先になんとかしておきたい。

 足の悪い女性にとって一番の大敵は水くみだった。共同の井戸から自宅まではまずまずの距離があり、足を引きずる彼女にとっては一杯運ぶだけでも重労働。それを前回の訪問の時に聞いてシャニーは手伝っていた。極寒の地では一度汲んでおけば氷って腐らないので倉庫に汲めるだけ汲んでおくのだ。

 

(うひゃ~……こりゃあアルマにも手伝って欲しいくらいだよ。筋トレだよ、コレ)

 

 この倉庫の空き具合からして、今日はだいぶ頑張り甲斐がありそうだ。一度はあんぐり口が開くが、失われた民の信頼を取り戻すには小さな事でもあちこちでちょっとずつこなしていくしかない。

 

「よっし、じゃあ始めるよー! 今日は何杯くらい運べばいいかな?」

 

 ────イリアの礎となる

 

 自分が立てた誓いを守るべく気合を入れて声を掛けたのだが、女性は意外な答えを返してきた。

 

「ありがとう。でも、英雄さんにうちの世話をさせるなんてとんでもないわ」

 

「へ??」

 

 彼女はシャニーの手を取ると暖かい部屋に行くようにと案内してくれる。

 

(英雄って……一体何のコト? 八英雄の話かなぁ。……何で知ってるのかな)

 

 いきなり英雄なんて呼ばれて一体何があったのかと困惑するばかり。八英雄の話なんか、こんなイリアの田舎にまでは届くわけないはずなのに。

 

「へーきだよ! この為にあたし来たんだし。ちゃっちゃと頑張っちゃうからさ!」

 

 女性は家の中に戻る様子も無く、リビングでお茶をしようという雰囲気では無さそうだ。前回と同じように桶を両手に取ってみるが再び女性に止められてしまった。

 

「あの赤い髪の子にしてもらうから大丈夫!」

 

 彼女が指さす先を見てますますシャニーの顔が疑問で埋まる。アルマはここに来たのは初めてのはずなのに、何故いきなり指名されているのかまるで分からない。

 

「え、でもあの子は……」

 

 十八部隊のメンバーでは無いから一応ストップをかけてみるが、女性は食い気味に笑いかけてくる。

 

「良いの良いの、あの子働いてないみたいだし、あの子を呼んで来てもらえない?」

 

 女性の懇願の仕方は普通ではなく、何か自分に水汲みをさせたくないのかと違和感ばかりが膨らむ。

 そんなにアルマの仕草に目のつくものがあったのだろうか。でもきっと、アルマに話を振ったら文句を言うに決まっている。

 それでも女性の面前で断るわけにもいかず、何かよく分からないまま言われた通りアルマの許に帰って来た。

 

「アルマ、あのおばさんがアルマのこと呼んでるよ。知り合いなの?」

 

「……ふう」

 

 どうやらシャニーは拒否できなかったらしいことが分かり、諦めるしかなさそうだとアルマは大きく息を吐き出す。

 

(え、何だろコレ? どういう状況なの??)

 

 問いかけにも返さずにアルマは目を瞑ってしまった。どうすれば良いのか困惑を浮かべ、シャニーは彼女と民家へ交互に視線を送る。民家の方には今も様子を窺う女性の姿が見える。

 足が悪いのを忘れていた。これだけ寒い中、あの場所に放って来たのはまずかったかもしれない。アルマに回答を急かす。

 

「大丈夫? ツライなら断ってくるけど」

 

 アルマも腹痛を訴えているから重労働は避けたいはず。体調が悪いと言えば女性だって気は悪くしないだろうと思っていたらアルマが先に動き出した。

 

「いや……、行こう。お前は先に行っててくれよ」

 

 ────ついてくるな

 

 そんな背中が民家へと近づいていく。だが、何も答えてくれなくてシャニーは気になって仕方ない。詮索するなと言われたらもっと気になるのが人の性。

 

(へへへっ、ちょっとくらいならバチ当たんないよね~)

 

 アルマは後で怒るかもしれないがこっそり後ろをつけていくことにした。

 レイサがやっていた仕草や動きを真似して距離を縮め、玄関先の横にある大木の裏を陣取る。木の幹からそっとアルマを見上げるが、こちらを睨んでくる素振は無い。完ぺきな尾行にガッツポーズしながらニシニシ笑う。

 

 アルマがノックすると待っていたようにドアが開き、住人の女性が足を引きずりながらアルマに近づいていく。

 

「アルマ……もっと顔を良く見せてちょうだい」

 

 呼び捨てにする女性を邪見することもなく、静かに迎え入れるアルマの優しい眼差しは騎士団では見た事など無い。目を見開いたシャニーはようやくピンときた。

 

(そっか……あのおばさん、アルマのお母さんだったんだ。それでアルマ、照れてたんだね)

 

 よろける足元を預けるようにしてアルマに抱き着き、抱きしめている。

 ようやく全部が繋がったように思えて、親友の照れ屋をシャニーは小さく笑った。視界の先では今も、小さくなったように思える母の背にアルマはそっと手を添えている。

 

「母さん、私は大丈夫。もっともっと稼いで、楽をさせられるようにするから心安らかにして待っていてください」

 

 ここに帰ってきたのは何年ぶりだろうか。見習い修行より前から家を出て修行に明け暮れてきた。家を出る時も同じことを言って、止める母へ振り返ることもなく飛び出して。

 次にここへ帰るのは、志を果たした時。そう決めたはずだった。今はまだ何も成果を出せていない。無念の帰還にアルマの口調には普段の威勢は無かった。

 

(アルマにも『護りたいもの』があったんだ。……ちょっぴり誤解してたかも)

 

 その様子にシャニーはようやくアルマがあれだけ頂点に固執する理由の一端を知った気がした。

 あんなに他人に厳しく接して、それ以上に自分へ過酷を課して精鋭部隊の最前線まで務めているのに、あくなき向上心は今も団長しか見つめていない。それは、この弱々しい母の為だったというのか。騎士団で見せる厳しさとのギャップにシャニーは唖然としてしまった。

 

「貴女は私の自慢の娘。お願いだから無茶なことだけはしないでね。帰ってきてくれることが、私にとっての希望よ」

 

 ────分かっています

 

 言葉にせずとも母をより強く抱きしめて想いを伝える。

 口にできなかった。もういくつも無茶を通してきたし、既にその無茶のレールに乗った以上、引き返すことなど叶わない。抗う術のない二度と帰れぬ道を今歩んでいる。とても母には伝えられないが、これ以上ここにては零してしまいそうだ。

 

(次会う時は……全ての歪みを正した時だ)

 

 名残惜しさを払うように母から距離を取ったアルマは、何度も何度も見慣れた納屋に水の入った桶を運び込み、別れの挨拶もせぬまま生家へ背を向けて歩き出した。いつまでも手を振る母の優しさを背に受けながら。

 

 家が木々に遮られ見えなくなったころ、まっすぐ前を見据えて歩く視界の端から突然現れた存在にアルマはひどく驚いて立ち止まった。

 

「えへへ……見ちゃった、見ちゃった」

 

 思わず騎士剣にかかった手を下す。いたずら好きな青い瞳が木陰から出てきて笑っている。この口ぶりからするに先ほどのやり取りを全て聞いていたらしい。

 

(全く……このお節介のバカは……)

 

 この性格だから先に行けと言って素直に行くとは思っていなかったが、まさかここまで首を突っ込んでくるとは。

 こういうヤツだからこの仕事が出来ているのだろうとは思いながらも、人の気持ちも知らないで無邪気な顔を見せる親友に口元をへの字に曲げた。

 

「お前……。盗み聞きとは騎士の風上にも置けないな」

 

「まあまあ。お腹痛いって言ってたから心配してついて来ただけだよ」

 

 もっともらしい事を言う。こうやって首を突っ込むから要らない苦労を背負い込むと言うのに、目の前の顔はどうしてこんなにもニコニコしていられるのだろう。

 アルマは何も返さずツンと視線を切って歩き出し、シャニーもまた彼女と肩を並べて歩き出した。

 

「アルマって優しいんだね。ちょっと見直したよ。『護りたいもの』があったんだね」

 

 新人部隊にいる時は血も通っていないぐらい冷徹な顔しか見たことが無かった。それが、護りたいものの為に己を殺していたと知った時、シャニーにはアルマがまたひとつ大きく見えていた。

 

(今のあたしじゃ、アルマには勝てないかもしれないなぁ)

 

 自分だって護りたいものの為には剣を折られようが戦う覚悟を誓いにしているが、いつも高い壁に跳ね返されて心が折れる事もある。アルマはそれが無いように思えて羨ましかった。

 

「……母はイリアの縮図のようなものだ。だから、護りたいし、変えたい」

 

 全て見られてしまった以上、もう隠している必要はないと集合場所へ向かう道中でアルマは色々身の上を語りだした。傭兵で夫を亡くし、医療や栄養が不十分で体が不自由でも、救いの手を差し出せる余裕のある者は少ない。こんな状態を是として生きるくらいなら、何が何でも変える。夢は近づくにつれ目標と変わっていった。

 

「あたしも、出来ることなら何でもするよ。『民の傍にあれ』あたし達の誓いだからさ」

 

 民の困窮を聞き、解決策を訴える仕事を正式に部隊の任務として一か月。六月頃から種蒔きはしてきたもののイドゥヴァの壁が高すぎる。

 なかなか成果が出ずに挫けそうになるが、アルマの話を聞いて俄然使命感が湧いてきた。彼らを救ってあげられるのは、国内専門の特殊部隊である十八部隊しかいない。そう意気込んでいるとアルマが立ち止まり、シャニーと向き合うとさっと手を差し出した。

 

「私もお前たちの事を知れてよかった。団長には良く言っておくから安心してくれ」

 

 ────こいつは、これからのイリアに絶対に必要な人間だ

 

 彼女にとって、シャニー達が仕事として汗をかいているものは同じに映った。ライバルであり、同士であり。進む道は違えど、いつか必ず道は交わる予感はしていたが、今回で確信出来た気がする。

 

「おーっ、アルマも認めざるを得なかったようだね! へへへっ、お姉ちゃんからご褒美貰えるかな~」

 

 見たこともない優しい顔にシャニーは嬉しそうに手を取ったが、その顔はすぐに逸れてしまった。

 

「お姉ちゃんより……イドゥヴァさんに上手く言ってくれないかな」

 

 いつも会議で報告してもあれこれと意見をつけられて却下されてきた。影響力の大きい人だから、イドゥヴァが反対したら彼女になびく者達はもう誰も手を挙げてくれない。

 自分ではどうにも出来ない力を前に、誰もいなくなった会議室の机に何度悔しさを叩きつけた事か。

 

(顔に泥を塗ったから……? いや……それだけじゃない気がする)

 

 今でもよく分からなかった。なぜかイドゥヴァは自分の顔を見るだけで顔を怒らせるようで話がしにくい。

 団長選出戦で顔に泥を塗った形になった事は分かっているが、あれだけ明確に敵意を向けられるとやっぱり言葉に詰まってしまう。

 仲間の汗と村人たちの想いを無駄にしてしまう自分の無力を思い知らされる瞬間。同じ士官でも、最下級の自分と副団長ではとても敵う気がしない。そんな人とうまくやっているアルマのことが羨ましく映るほどに。

 

「……善処する」

 

 藁にもすがる思いで絞り出した言葉をアルマは拒絶しなかった。だが、こればかりはやって見せるとは言えず歯切れが悪い。シャニーのように彼女を敵に回すわけにはいかなかった。

 

「ねえ、アルマ。イドゥヴァさんってやっぱり、あたしの事……嫌いって言ってる?」

 

 心細さが自然と上目遣いに現れる。そんな目で見てはいけないと分かっていても、あれだけ明確な敵意を向けられてはどうしても心は警戒してしまう。

 

「ああ。良く思っていないようだな」

 

「……そっか。やっぱり、団長選出戦かな」

 

「さぁな……。さっぱり分からん。すまん」

 

 しょんぼり肩を落とすシャニーを見てやるせない思いに駆られる。嘘を言ったつもりはない。イドゥヴァはいつもシャニーへ敵を見る様な暴君的な態度を浴びせているし、会話でも小娘だとか青髪だとか、まともに名前で呼んだことは無い。

 

(あの人は一体何を考えているのだ)

 

 的確だった。信を背負って強くなる、愛し愛されたい性格の弱点。明確な拒絶に弱い彼女へ確実に毒を流し込んでいる。それが何故なのかアルマには分からなかったし、シャニーにも言わないで置いた。団長選出戦何かよりもっと前……それこそ入団式の時すらイドゥヴァがそんな眼光を浴びせていたとは。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。