ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
新任務の国力向上活動に邁進するシャニーは、その作戦会議中にとある人物を見かける。それはずっと再会を待ち望んでいた黒ずくめの紳士。
自身の中に眠る力をどうしたら引き出せるのか──彼に剣の悩みを打ち明けた。
手伝ってくれると言う彼にシャニーは覚悟を決める。
──目の前にチャンスがあるのに、飛び込まずに後悔はしたくない
彼はシャニーを持っていた愛刀で一閃して去って行った。
……鎖は斬った。あとは君自身がどうするかだ────そう言い残して。
騎士団内ではティトの協力もあって大型案件の企画に成功する。
それで勢いに乗った彼女は部隊長会議で次々提案を進めるが、資金面を突かれ、イドゥヴァに多くを否認されてしまうのだった。
厳しい剣幕に乗せた感情のままの攻撃を受けながらシャニーには怒りと疑念が膨らむ。
──どうしてイドゥヴァさんは、あんなにあたしの事、嫌ってるんだろう……
団長選出戦で顔に泥を塗ったから……だけではない気がして心は燻るばかりだった。
それでも活動を続けていたある日、アルマがティトの命として監視役に就くことになった。
シャニー達は彼女に自分達の仕事を知ってもらう為に仕事先へと誘う。そこは偶然にもアルマの故郷だった。
故郷で母と再会したアルマは、シャニー達が故郷や母、そしてイリアの人々の為に奮闘している姿を知り、彼女たちの仕事を認める事にした。
そして彼女がぽつりと漏らした言葉からシャニーはとっておきの企画を閃く。
エンジェルヘイロー────イリア中を鉄路で結び、物資や病人の輸送を行う超大型案件を。
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◆1話のあらすじ
エンジェルヘイローを通すべく部隊長会議に臨むシャニーだが、事前情報からするに副団長イドゥヴァは今回も渋い顔をしていたらしい。
あの企画は人々の為にも何としても通したい。どうしたら良いのだろう……そう考えていた彼女にイドゥヴァが持ちかけた裏取引とは──。
第1話 白と黒の騎士団
──エレブ新暦1000年11月
カルラエ城第一会議室。今日も定例の部隊長会議が開かれていた。
だが、円卓に座った者たちは自分のスケジュール帳を覗き込んだり、部下からの報告書へ目を通したり、会議が始まるとは思えない空気。
「本日の重要案件は、聖天騎士団からの支援要請への対応についてです」
早速に議長のイドゥヴァは皆が揃うや定刻を待たずに切り出した。
主題は、今月の中旬から二週間に亘る、イリア北東部の聖天騎士団管轄領における開拓事業の警備契約。
もちろん外国との傭兵契約を主な任務とする部隊がその任に着くことは無く、副団長イドゥヴァの視線は第十八部隊長へと向いている。彼女の眼はすでに確定的な回答を待つだけの余裕に満ちたものだ。
「それでは事前の手筈通り……シャニー部隊長、よろしくお願いしますね」
その議案はすでに九割は終わっているも同然だった。他の部隊の長には良く分からないだろう程度の軽い説明で済ましたが、指名されたシャニーはやや唇を噛みながらも立ち上がる。
(これも……みんなの為だ。あの案件は絶対に通したい)
今も納得できたかと言われたら嘘にはなる。だけど、イドゥヴァに突き付けられた条件を呑むしか選択肢はなかった。それでしか、今の自分にはあの人たちの笑顔を守ってやれる術がない。
「はい。さっきのお話はお願いします。イドゥヴァ副団長」
────まただよ
部隊長達に呆れとも取れる顔が浮かぶ。イドゥヴァは大事な案件の時は対象の人間と事前に握っていることが多い。
いつもの朗らかな顔が消えて唇を噛んでいるあの若い部隊長の反応はあからさまだ。イドゥヴァのように鉄仮面を被れる人間ばかりではない。あの年で毒牙にかかるとは──そう憐れむ者さえいた。
────────1時間前
第二部隊の詰所へ続く廊下をブーツで叩く音が近づいていく。アルマはそのまま迷うこともなくドアをノックして中へと入っていった。
(やれやれ、随分と難題をお願いされたものだ)
恩にはしっかりと報いてやらなければならない。出来る事は限られているが、自分にしか出来ない事を親友は託してきた。善処すると答えた以上は果たさねばならない。
「失礼します」
部屋に入ると刺々しい空気が広がっている。どいつもこいつも、毒牙にやられて中毒を起こしているのか、敵を見るような視線があちこちから突き刺さった。
だが、見慣れた顔だったのか部隊の者たちはすぐに視線を外し、それ以上の威圧を浴びせることもなく事務仕事に戻っていく。
アルマの目的は彼女達ではない。視線の先には、奥で二つの宝玉を掌の上で転がして暇を潰す副団長。まっすぐ歩いて行き頭を下げた。
「副団長、本日の会議でシャニーたちがシュティアホルン連峰の物資輸送について報告するとお聞きしましたが」
資料へ目を通すイドゥヴァに、自身へ視線が来る前に用件を切り出す。
「ああ……これですね」
読んでいた資料を手に持って振って見せるイドゥヴァの顔は明らかに乗り気ではなく、それどころか明確な敵意をもって資料を蔑む様に見下ろしている。
(何故ここまで、この古狐は執拗なんだ?)
その理由の大方は知っているつもりだが、ここまでの怒り具合はそれだけでは説明がつかない。
十八部隊の案件の時はいつもそうだ。今回もこのままいけば間違いなく潰されるし、それだけで済めばマシな方だ。この不機嫌具合だと、どれだけの叱責をシャニーへ浴びせるつもりなのかも分からない。最初は叱責でも、そのうち個人攻撃になって倒れていった部隊長は枚挙に暇がないらしい。
「そのお話……ぜひお通しいただけないでしょうか?」
「……何ですって? アルマ、何を言っているのですか?」
ギリっと目じりを吊り上げ、シャニーへぶつけるつもりだったのであろう尖った声がまっすぐに突き刺さる。
それでも、アルマはひっくり返すべく耳打ちを始めた。ティトが反対するとは思えない案件。副団長が頷けば彼女の息がかかった者たちは反論しないはずだ。
聞かされた内容にイドゥヴァは一瞬驚きを見せたが、ピンと来てアルマを見上げた。
「確か……あなたの故郷でしたね」
静かに頷く彼女にイドゥヴァは内心驚いていた。
(この女にそんな温情があるとは、一応血は通っているようですね)
戦場では殺戮兵器の様に敵を薙ぎ倒し、騎士団内では仮面ではないかと思うくらい、常にポーカーフェイスへ心情を隠すこのアルマが郷愁に駆られるとは。
しかし、仮面のまま口にした提案は決して故郷の為だけでは無かった。
「はい。それに、この鉄路を木材の輸送だけに使うのは勿体ないかと。……聖天騎士団との関係上重要ではないでしょうか」
はっきりと口角が上向くのが見えた。イドゥヴァは企画書に再び目を落とし、アルマもライバルたちの苦心が凝縮された一枚をじっと瞰ろす。そこには、あの時シャニーのメモ書きの中でぐるぐるに囲まれていた名前がはっきり大きく記されていた。
────企画名:エンジェルヘイロー
イリア中を鉄路で結び、支援物資の全土への展開と停滞の防止を目的とする、
もちろん必要となる資金も動員数も莫大。国内案件にそこまでつぎ込む必要は無い──外征至上主義者のイドゥヴァが却下を喰らわせるだろうとアルマも最初は諦めていた。
「なるほど……それは名案ですね。聖天騎士団とはこれから手を取って行かねばなりませんしね」
その逆転の一手は、シャニーたちの提案に出てくる間伐材輸送用のトロッコだった。この鉄路を聖天騎士団の開拓事業で物資輸送に使えば効率は格段に上がる。ゴミ箱へ行くはずだった資料が金脈に変わった。
「良いでしょう。ふふふ……感謝してもらわないとね、シャニーさん……!」
……────
「ええ。あなた達が報告してくれた案は必ずいい形に持っていくようにします」
シャニーの不安そうな顔と、イドゥヴァのにこやかな笑みが不釣り合いに会議室へ映る。空を飛ぶくらい望み薄だった承認が下りて、ほっと胸を撫で下ろした。
(みんな、承認下りたよ! やったんだ……良かったぁ……)
静かに席に着くシャニーを見下ろすイドゥヴァの眼差しはいつまでも笑っていた。
どれだけ反抗の目を向けようとも、あの時とは立場が違う。昔はよくこの会議室で、この小娘の母親と言い争ったものだ。あの女と戦った時はあちらの方が団長で勝ち目はなかった。今はその逆。親の因果が子に報うとはよく言ったものだ。それでも……やはり血は争えないか。
「イドゥヴァ副団長!」
会議後、部下を引き連れて詰所へ戻ろうとするイドゥヴァを背後から若い声が呼んだ。この場にいるこんな若い者は一人しかおらず、何よりも呼ばれたイドゥヴァにとっては忘れるはずも無い声。
振り向けばやはり青髪を揺らしてシャニーが駆けてきており、イドゥヴァは怪訝そうに目を細めた。
「どうしましたか、シャニー部隊長」
「あの……本当にあの村に鉄路を延ばしていただけるのですか?」
どうにも心配になってシャニーは確認しに来ていた。聖天騎士団との契約を引き受ける事と企画の承認は交換条件。
だけど、あまりにも不釣り合いな条件に思えた。何か、押し付けるだけ押し付けて何もしてくれないのではないか。そんな不安がどうしても拭えない。
(良くないけど、やっぱ……何か信じられないよ)
普段、人を疑う事なんて考えもしなかったのに。どうにもイドゥヴァの言う事は不安をかき乱す。彼女が自分の事をどう評価しているかなんて、これまでの会議で浴びせられてきた心を突き刺すような言葉の数々で思い知らされているから、今でも信じられなかった。
「お話した通りですよ。それとも、私を信用できないのですか?」
そうだ──とは言えず、視線を逸らしながら首を横に振る。
だが、目は口程に物を言うもの。イドゥヴァに本心があっさり読まれて不機嫌な顔がさらに歪む。
「正直、調査不足のこの企画で通ると思った貴女の資質には首を傾げますが、アルマから詳細については聞いていますからね。心配は無用ですよ」
ツカツカと去っていく副団長の背中に頭を下げながらも、奥歯をギリッと噛みこんで震える拳を抑えることで精いっぱいだった。ここまで好き放題言われて何も言い返せない悔しさをぐっと飲みこむと、シャニーは仲間に報告するべく詰所を目指す。
◆◆
部隊の詰所に戻って仲間たちに提案結果を報告したシャニーは彼女達から集中砲火を受けていた。
「……で、あんたはまんまと手柄をイドゥヴァさんに持っていかれて、代わりに厄介ごとを押し付けられたってわけ?」
ことさら、副将のルシャナの剣幕は厳しい。
提案したと言っても会議ではほとんど話題に上がらず、イドゥヴァと握っただけになってしまった。十八部隊が足で稼いできたと伝えることだって大事なのに。
「そんなに怒らないでよ」
シャニーが返した声はため息交じり。どれだけ苦労をしてイドゥヴァと裏で握ってまで通したのか仲間たちは知らないし、そんな事言えるはずも無い。
言われていることは尤もだとも分かっているけども、今は守った者たちの笑顔だけを思い浮かべた。
「レネスの人たちもこれで少しは楽になるはずだしさ、良かったじゃん」
「そりゃそうだけど、人が好すぎない? あんた」
ニコッとして返されてルシャナは一瞬息が詰まったが、すぐにギッとリーダーを睨む。自分だけではない、ミリアやレンの一生懸命さえイドゥヴァが涼しい顔でウマい所だけ持って行ったのだ。
「ごめん、ごめん。今度はもっと上手くやるからさ」
幼馴染の怒りは分かるし気持ちも同じだがシャニーには苦笑いしかできない。
飲むしかない話だった。仮にイドゥヴァからの提案を跳ねのけていたら、この案件だって通らなかったに違いない。村の人たちの顔を思い出すと、頷くしかなかった。
「あんた達の誓いは守ったわけだし、良かったじゃないか」
「良かったけど気に入らないッスよ。あのアルマにも借りを作っちゃったわけだし」
横からレイサがフォローしてくれるが、すかさずミリアが口を尖らせたまま不満を漏らしている。イドゥヴァは言っていた。
────アルマから詳しいことは聞いています
彼女がこの案件を通すことに一枚噛んだことは間違いない。仲間は不満そうだが、シャニーは心の中でアルマに手を合わせる。親友は約束を守ってくれた。同時に、団長選出戦の時の自分の行動をどうしても思い出してしまう。
(あの時……イドゥヴァさんに投票していたら、こんなに目の敵にされなかったかもしれない……)
だけど、すぐに首を横に振った。そんな、自分の誓いを折ってまでなびいていたくはない。
「それより、次の任務の計画を練るのが大事」
取り上げられた手柄はどれだけ不満を漏らしても返ってこない。レンに促されてシャニーは持ち帰った依頼書を会議用のテーブルに広げて見せた。
「聖天騎士団からの依頼で、開拓地の警備任務だって」
聖天騎士団とはゼロットのイリア連合騎士団やこの天馬騎士団と並ぶイリアの三大騎士団の一つ。エトルリアから移り住んだフェリーズ伯爵を筆頭司祭とする、魔法や弓に騎兵といったエトルリア的戦術を得意とする騎士団だ。
あの騎士団は開拓事業にかなりの資金と人材を注いでいて、警備に回す人員さえ不足するくらいであるのは今回の依頼を見ても分かる。
「何で他の騎士団の警備なんかをうちが下請けみたいに引き受けるんだろうね」
首を傾げるルシャナ。イリア内で傭兵だなんてまるで下に見られているみたいで面白くない。
イリアの中で金が動くだけの仕事だからイドゥヴァが回してきたに決まっていたし、そんなに遊んでいるように思われるのはやっぱり癪に障る。
だが、レイサは若い彼女達とはまるで違う見方をしていた。
「あの騎士団は色々黒い噂があるからね。白と黒の騎士団って呼ばれるくらいにね」
間違いなく、意図がある。レイサは彼女たちに警告するように雇用主の悪口をサッと口にした。
エミリーヌ教による救済を広げつつ開拓事業を急速に拡大するフェリーズの手腕は称賛される一方、司祭たちの法衣の色を揶揄して蔑称が作られるくらい、そちらの話題には枚挙に暇が無かった。
「まぁでも、ウチらの誓いからしたら断わる理由もないッスよね」
難しい話は分からないと言わんばかりにミリアが白い歯を見せた。
イリアの礎たれ。イリア内の仕事は当然果たすべき任務。むしろ初の傭兵任務で彼女やレンは気合が入っているようにさえ見える。
「警備だから特に前線に出て戦うワケじゃないとは思うけど、補給状況は分からないから武器のメンテは忘れないようにね」
依頼書の中を読む限りはどこかの戦場の最前線に立つような任務では無いようだ。あって襲撃してくる賊への対処くらいか。
そんなに難しい案件ではなさそうと、シャニーから皆への指示も特に無く打ち合わせは自然に解散しはじめる。彼女も席に戻り依頼書へのサインをしようと机の引き出しに手を掛けた時だ。
「シャニー、これ。いない時に届いた」
静かに近づいて来たレンがミリア達に見つからないようにそっとシャニーの手に何を握らせた。
見なくとも手に伝わる感触だけで何か分かる。ふっと優しい笑みを浮かべるレンにウインクして感謝を伝えると、机の下に隠しながら見下ろした。
(ロイ様からだ! 今回は何が書いてあるんだろうな~)
ロイとの文通はずっと続いていた。最近はよく愚痴を聞いてもらう。聞かされても面白くないだろうとは分かりながら、ついつい甘えてしまうのだ。今日だってまた書きたい事が中を読む前からいっぱいに頭へ湧きあがって来る。
(あ……そうだ。傭兵に出るんだし、しばらくお返事出来ない事、書いとかなきゃ)
依頼書へのサインも忘れて、封書から手紙を取り出して読もうとした時だった。
「シャニー、ちょっと」
良い所だったのにと、ぶうっと頬を膨らせたがレイサの目は笑ってくれなかった。手招きされ、彼女の歩くままについて行く。最初は廊下に出るだけかと思ったが、人目を避けるようにして裏道を抜け、あっという間に周りに誰もいない城外の西側通路まで引っ張り出されていた。
一体何事かと声を掛けようとしたが、振り返ったレイサを見つめてうっとした。そこにあったのは、いつもの飄々とした眼差しではなかったからだ。
「あのイドゥヴァが回してきた仕事だ。何を企んでるか分からんから気をつけな」
「ええ……? 何それ、どういうこと?」
いきなり厳しい眼差しでレイサから振られた話に困惑するばかり。レイサからすれば、本当はここでピンと来て欲しいのだが、人を疑うことを知らない彼女では無理か。
「言葉のまんまだよ」
突き出した指でシャニーの肩を突く。本当は彼女だって薄々気づいているはずだ。それをどこかで否定して隠そうとする、この甘さをあの毒蛇に狙われていることまでも。
「あんただってアイツに自分がどう評価されてるか分かってるだろ?」
何も言い返せずに俯いた。さっきだってはっきりと言われたのだ。
────貴女の資質を疑う
何処に改善点があるかの指摘や問題への叱責なら、いくらでも受けて修正しようと思えるが、あれだけストレートに攻撃されるとさすがに心が疼く。だからこそ、今回の案件だってアルマに口利きをお願いしたのだから。
「私もちょっと探りは入れてみるけど、あんたも情報を集めといた方が良いよ」
傭兵先ではすべての権限が雇用主に移る。天馬騎士団の保護から外れた状態になるのだ。あの白と黒の騎士団の支配下で。
「特に……開拓事業まわり」
言うだけ言うと、レイサは跳躍してその場から消えてしまった。