ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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聖天騎士団の情報収集で資料庫に籠るシャニーは蒼白。
真実だった噂。自分達は今からそこへ踏み込む。
そして、欠落する情報……開拓事業の資料を開き、彼女が気づいた違和感とは──


第2話 眩耀の裏に

 誰もいない西側通路を、深い新雪に足を取られながら一人とぼとぼ歩くシャニーは途方に暮れていた。人を疑ってかかれと言うだけでも重いのに、裏を取れだなんて。

 こういう時に頭が切れる人が本当に羨ましい。いろいろとアイデアを考えることは大好きだが、理詰めであれこれ考えるのがどうにも苦手だ。頭の後ろで手を組んで空を見上げるが何も良い案は浮かんでこない。

 

「情報を集めるって言ったって……どうしろっていうのさ」

 

 これは罠だとでもレイサは言いたいのだろうか。イドゥヴァの当たり方は確かに辛抱出来ない事もあるが、だからと言って同じ騎士団でそんな事をする理由がシャニーには分からなかった。

 

「とは言ってもなぁ。今更断るなんて出来ないし……」

 

 万が一そうだとしてもエンジェルヘイローとの交換条件だからもう後戻りは出来ない。レイサと違って情報の脈を知っているわけでもない。答えが見つからずに帰り道がどんどんゆっくりとなって体が悴んできた。

 見上げていた視界を戻すと、ふと映った城の一階部分には軍服を着ていない者たちが往来する姿が見える。詰所がある棟とは反対側の西棟には、食堂や医務室の他に事務の者たちの職場がある。

 

「そうだ……今ならもしかして」

 

 組んでいた手で頭を起こすと鎖が切れたように走り出した。目的地を得た足は速い。中庭を駆け抜けて城のエントランスから普段とは違う方向へ抜ける。騎士では無い人が増えて好奇の視線に苦しくなると早足へ変え、以前迷いに迷った事務棟をするする目的地へと向かっていく。

 ────人事部入出管理室

 

「すいません、聖天騎士団に関係する資料を見せてもらえませんか?」

 

 以前も別件で訪れたことがある場所。ここは様々な資料が保管されている。

 閲覧制限が厳しく、あの時は何の役職も無かったので渡してもらえたのはたった紙切れ一枚。

 

「所属と名前をお願いします」

 

 まるで録音されているかのように同じ問われ方だが、今回はきっと違う答えが返ってくるはずだ。

 ────役職:部隊長

 自分で書くとどうにもむず痒い肩書だが、騎士団の中であれこれ動くにはこれが必要になる。何とも面倒くさいが、姉がせっかく権限を与えてくれたのだから使わない手はない。

 

「第十八部隊の部隊長シャニーさんですね。あなたにお見せできる資料はたくさんありますよ。別室でご覧になりますか?」

 

 やはり部隊長の肩書は思っていた以上に凄まじい。目次だけでファイルが作られるだけの資料を見せてもらえる事になった。

 書類を保管している棚を案内され、指差された先を見上げたら目が点になった。向こうの端から反対側の端まで、足元を見降ろしても、天井を見上げたてっぺんも、すべて関連資料だというのだ。

 

(うっひゃあ……、こんなの全部見てたらおばあちゃんになっちゃうよ!)

 

 とても一人で全部見ることなどできない量。早速目星をつけて引っ張り出しては別室で資料を広げ、情報を頭の中に落とし込みつつメモを取る。

 開く資料のどれもが全く知らない情報ばかりで、いかに狭い知識で仕事をしていたのかを思い知らされる。

 

「ええ……。噂には聞いてたけどこの時こんなに出たの?」

 

 開拓事業は大きな成果を上げる反面、計り知れない犠牲も出していた。自分たちがまだ入団したてのつい数か月前にも大規模な事故があったばかり。

 最近作られたと思われる、まだ紙が白く真新しい報告書が示すものは激甚そのもの。

 あの時は自分のことで精いっぱいだった時期。一般知識としては知っていたが、実際に報告書を見て零さずにはいられなかった。

 

「……ひどい」

 

 それしか言葉にならない。これだけの犠牲を出しても何事もなく今も続けられていると思うと、何か従事者が可哀想に思えてくる。

 

「あ……これってゲベルの言ってた事と同じだ」

 

 別の資料には開拓事業から帰還した者の消息が絶たれている旨の報告がされている。ただの噂だと思っていたのに、公式の文書となると話は別だ。ゲベルがしきりに訴えていた事が現実と分かるとごくりと息をのんだ。

 

「これ、ちゃんと誰か調べたのかなぁ……」

 

 何故消息を絶ったかや、誰がいなくなったのか……その一番知りたいところが記されていないところがなんとも歯がゆい。

 

(あれ……。ちょっと、待ってよ)

 

 だがここで、シャニーは嫌なことが思い浮かんでしまった。この事業に係わったら、消息を絶つ者がいる……自分たちは今からそこに足を踏み入れようとしている……。

 

 ────何を企んでるか分からんから気をつけな。アイツに自分がどう評価されてるか分かってるだろ? 

 

 脳裏をよぎるレイサの言葉。もしかして……。ぶんぶんと首を何度も横に振った。そんな露骨なことをすれば、真っ先に疑われるのは契約の話を持ち込んだイドゥヴァだ。

 

「あああ~、見なきゃ良かった!」

 

 もう何だか気味が悪くなって、何枚もページをめくって適当に流す。そもそも何故、イドゥヴァはあんな不釣り合いな交換条件を呑んだのだろうか……。半分意識が違うところへ行きながらペラペラと報告書を何枚かめくったとき、やたら分厚い報告書の束に指が止まった。

 

「うわっ、すっごい報告書。書くだけで疲れちゃいそうだよ」

 

 これだけ紙を使うということはそれだけ大規模な案件だったということ。

 一体どんな事業だったのかと覗いてみると鉱山の建設についてのもので、莫大な資材と人員がつぎ込まれたことが記されている。

 表には概要が、裏には実際のモノやカネの動きがあるはず……その時だ、ふいに資料の裏側を見てシャニーの口元が困惑を漏らす。

 

「あれ……? 収支報告が無いじゃん、この報告書」

 

 立派に作られた報告書は表だけで、裏にはほとんど何も記されていなかった。

 十八部隊で企画書を作る時だって裏面の必要資金の記載はかなり神経を使うし、部隊長会議でもイドゥヴァが目を皿のようにして見るのはこの部分。記載漏れなんて絶対にありえないはずなのに。

 何か嫌な予感に引っ張られるようにして、次の報告書の束もひっくり返してみる。

 

「こっちもだ。この事業、一体どこにお金が支払われたんだろう。この規模なら相当なお金が動いてるはずなのに……」

 

 ずっと予算担当だから分かっている。お金を使う案件には、必ず報告がいる。本来なら各地からの支援金の使用用途や、事業から獲得した資金の配当先が明記されるはずだ。

 

(もしかしてこれ関係、全部報告無いの……?)

 

 席を立って資料庫に戻る。ずらりと並んだ資料全てを一人で確認など出来ないが、直感がずっと騒いでいる。部隊の仲間に協力してもらってでも見るべきだろうか……。

 

「よう、シャニー。珍しいじゃないか、こんなところで」

 

 静かな部屋に突然響く声。別に悪い事をしている訳でもないのにびくっと肩が跳ね上がった。

 振り向くとアルマが手を挙げて歩いてくるのが見える。ほっと胸を撫で下ろし、思い出したかのように彼女も手を挙げて白い歯を見せた。

 

「あっ! アルマ、ありがとう!」

 

 謝ろうと思ったのに、先を越されてしまいアルマは言葉に詰まる。「何がだ?」苦し紛れに問うてみるがシャニーの嬉々とした顔は変わらない。

 

「とぼけちゃって~。イドゥヴァさんに進言してくれたんでしょ? 通ったんだよ、あの話!」

 

 そんなに提案が通ったことが嬉しかったのだろうか。いや、そんなことは無いはずだ。この朗らかさの裏に隠しているだけ。……そうは思えない満面の笑みで見つめられてアルマは謝るに謝れなくなってしまった。

 

(こいつは……本気でこう言っているのだろうか)

 

 親友の笑顔を見ているとささくれ立った心がどこか落ち着くのだが、今回ばかりは罪悪感に直視できなかった。

 イドゥヴァのあの時の狡猾な微笑みは、いくら自分が入れ知恵をしたとは言え思い出すと虫唾が走るし、その笑みが部隊長会議を使って大勢の前で親友を辱めていると思うと許せなかった。

 それでもなお、シャニーはこんな笑顔を見せてくるのだから心が痛い。

 

「……お前は悔しくないのか? 第二部隊に手柄を取られたんだぞ?」

 

 イドゥヴァにはああでも言わなければ潰れていた案件かもしれないが、結果は結果。親友が汗をかいて取って来た手柄を自分が第二部隊に運び込んだようなもの。あの様子だとイドゥヴァは自身の部隊の案件として動かすに決まっている。

 

「そりゃ……そうかもしれないけど」

 

 それまでの笑みが沈んだ。やはり隠していただけか。そう察してアルマが謝ろうと口を開くより先にシャニーに手を取られ、見せられたのはニコッとした笑顔。

 

「でも、お母さんたちきっと喜ぶじゃん? それ見れたらあたしは十分かな」

 

「……お前は相変わらず純朴だね」

 

 どこまで本心か分からないが、こんな笑顔を見せられたら何も言えなくなってしまった。彼女への詫びの言葉も、イドゥヴァがレネスの為だけにあの案件を飲んだ訳では無い事も。

 彼女を慰め、詫びに来たつもりが救われた気分になっていたのは自分。

 

(だからこそ、お前は私の親友なんだ)

 

 周りが喜んでくれる事が自分の喜びになる。そんな事を笑顔で言う奴が一人くらい居ても悪くない。これ以上悲しませたくない……そんな気持ちにさせてくれる奴が一人くらい居ても……。

 ライバルに違いないが、蹴落とそうとは思えない不思議な人間だった。

 

「で、毎日あちこち飛び回っているお前がどうしてこんなところに?」

 

 無理やりに話題を変えた。こんな空気の固まった場所にいるのはあまりにも似合わない人間。それが本に囲まれている姿には違和感しかない。おまけにドアが開けっぱなしになっている部屋を一瞥すれば、テーブルの上には元通りにできるのか心配になるほどに資料がぶちまけられていて、何か調べ物をしていることは聞かなくても分かる。

 気になるのは、何故シャニーがそんな事をしているのか、だ。おまけに、よりにもよって()()()()で。

 

「今度、聖天騎士団の依頼で警備を担当するからさ、事前に情報を仕入れておこうと思って」

 

 何の報告書かと手に取り、タイトルに目をやったと同時にシャニーから答えが返ってきてアルマの顔が曇る。おまけに、ピンポイントに重要書類を引っ張り出してきているではないか。

 

(偶然なのか? いや、もしかして、こいつは……)

 

 まさか彼女に先を越されるとは想定外で、アルマの表情が珍しく固まっている。

 このままではまずい。早く親友をこの部屋から立ち退かせなければ間違いなく()()()が様子を見に来る。そうなってからでは彼女を守ってやる術はない。

 

「あ、そうだ。アルマ知らない? ここら辺の収支報告って別資料なのかな?」

 

 そんな顔が背後にあると気づいていないのか、シャニーは報告書の真っ白な裏側を指さしてくる。居てもたってもいられなくなった。こんな決定的な所を()()()に見られでもしたらとんでもない事になる。ただでさえ心証が悪いのだ、これ以上は止めを刺すことになるのは間違いない。他の人間なら消えてくれて清々するだろうが、親友をそんな目に遭わせるわけにはいかない。

 ふいに彼女の肩を掴んで立たせると、びっくりする青い瞳を睨む。

 

「シャニー、悪い事は言わない。それより先は首を突っ込まないほうがいい」

 

 突然大蛇にでも睨まれたように固まるコバルトブルーの目。いつになく真剣な眼差しは否が応でもシャニーに不安を植え付けた。関係者が消息を絶つという話を見てから聞かされる警告に、じわっと滲む嫌な汗。

 

「ヤダなあ、そんな怖い顔してどうし────」

 

「もう一度だけ言うぞ、それ以上詮索するな」

 

 重くてへばりついてくる嫌な空気。それを払おうと笑って見せたその声へ重ねるようにして、アルマは強い言葉と共に親友の肩を揺さぶった。

 

「今ならまだ引き返せる」

 

 投げつけられた強烈な最終警告。ここまでされてはシャニーも頷くしかなかった。

 

「わ、分かったよ。よく分かんないけど分かったからさ、そんな怖い顔しないでよ」

 

 少しずつ膨らむ恐怖心。仕方なく周りに広げた資料を片付け始めるとアルマも一緒に手伝ってくれた。

 一通り片付けが終わるとアルマに誘われ、二人は部屋を出て食堂へ向かった。冷え冷えの書庫でぞっとする話をされたので頭の中は甘くて暖かいもの一色。

 

「ぷは~! うーんっ、仕事の後のホットミルクさいこー!」

 

 温かい飲み物を啜っては幸せそうにするシャニーの横顔をアルマはじっと見つめていた。この顔が、部隊長会議でどれだけ抉られているのかと思うと無性に腹が煮えてくる。

 まだ、自分にも人情なんてものが残っていたのかとふっと笑っているとシャニーの声が飛んできた。

 

「アルマ、何か知ってたら教えてよ」

 

 ホットミルクを片手に、シャニーは取ってきたメモを見返していく。やっぱり、最後に尻切れトンボになったあの収支報告が気になって仕方ない。ここまで警告してくるのだから何か知っているだろうとアルマに聞いてみたのだが、彼女は両手を広げるだけ。

 

「さあな。平隊員には他騎士団のことなんか分かる訳ないだろ?」

 

「えー?!」

 

 コーヒーを飲み干すとさっさと行ってしまう親友。絶対知っているはずの背中。八月に来た時だってアルマは同じように首を突っ込むなと警告して来たし、あの時確実に彼女は言っていたのだ、上のやる事と。

 ツカツカ去っていく背中。焦ってミルクを一気飲みしようとしたが目を白黒させて叫ぶ。舌をへーへーしながらもう一度廊下を見ても、もうアルマの姿はなかった。

 

「もう、アルマも意地悪なんだからさー」

 

 絶対にあの顔は知っていた。あそこ迄思わせぶりな事をしておいて肝心なところで逃げ出すなんて。今度顔を見かけたら絶対に逃がしてなるものかと、肩を怒らせてズシズシ歩いていると背後から呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「あ、シャニーじゃん。久しぶり!」

 

 駆けてくる音に振り向くと、幼馴染のセラが手を振りながら向かってくるのが見える。彼女は第五部隊と言うかなり上位の部隊に所属していて、同期の中ではアルマ同様に出世頭と思えた一人だ。

 

「セラ! ほんと、久しぶりだね!」

 

 幼馴染で同じ職場なのに、顔を見たのは二か月ぶりぐらい。シャニーも白い歯を見せながらセラとハイタッチして再会を喜ぶ。その足は出てきたはずの食堂へ逆戻り。

 

「最近ロイ様とは上手く行ってるの?」

 

 二杯目のホットミルクを手に、セラと雑談を始めていた。ところが、セラが早速聞いて来た話に、ひくっと眉が動く。

 

「うまく……?」

 

 どんな答えを期待しているのかイマイチ分からない。ロイは遥か南方リキア地方に住んでいる。ベルン動乱が終わってから一年近く経とうとしているが、あれ以来顔を合わせた事など無かった。

 

「うん、お手紙はやり取りしてるよ?」

 

 年は一つしか違わないのに、世界を相手にしている英雄。憧れの人を手紙で支えてあげたい。その気持ちで文通を続けてきた。だが、それだけだ。上手く行くも何も、顔も合わせられないのでは何も無い。

 セラはじれったくなったのか、今度は単刀直入に振った。

 

「いつかはロイ様のところに行くの?」

 

「行ける訳無いじゃん。仕事あるんだし、そんなヒマないよ」

 

 即答だった。手で払うようにしてシャニーは無いと笑い飛ばす。一度は会いに行きたいと思って休暇申請を出したこともあった。だけど、もう今は毎日朝から晩までイリア中を飛び回る日々。仕事が楽しくて仕方なく、非番の日でも暇なら村の様子を見に行くくらいだ。

 

(そりゃ……行けるなら、会いたいけどさ)

 

 何より、無名なただの傭兵騎士がロイの所に行ったって、一体何が出来ると言うのだろう。

 今更ながらに後悔した。ロイは動乱が終わった直後、故郷へ遊びに誘ってくれていたのに。あの時一緒について行ったなら、今頃違う人生を歩んでいたかもしれないと思うと複雑だ。

 

「いいなあ、最近シャニー忙しそうで」

 

 そんな事を上の空に考えていたら、横からセラのため息が聞こえてきた。

 

「なんで? セラだって忙しそうだったじゃない」

 

 むしろ九月までは逆だったはずだ。毎日忙しそうなセラを羨ましがっていた側。きょとんとするシャニーをセラはじっと見つめている。彼女の視線はシャニーの纏う士官服に釘付け。

 

「私は……もうダメかな、あはは」

 

 第二部隊に配属が決まった時は天にも昇る気持ちだった。だが、第五部隊へ異動が決まった時点でもう先は決まったも同然だった。第五部隊……別名『第二の予備』と言われるその部隊は、イドゥヴァから失格の烙印を押された者たちが飛ばされる団内の左遷先。一度落ちたら、相当の功績を上げないと這いあがれない蟻地獄。

 彼女は出世頭の手をそっと取ると、耳打ちするように顔を近づけ囁いた。

 

「シャニー、イドゥヴァさんに嫌われないようにね。皆心配してるよ」

 

 彼女に言われなくとも、他部隊の部隊長からもいつもそう気にかけてもらっていた。

 でも、彼女と戦わなければ村々から集めた光を黎の世界に広げる事は出来ない。一体どうしろと言うのか……力なく任務へ戻って行く幼馴染の背中を見つめるシャニーの脳裏にアルマの言葉が響いた。

 

 ────それ以上詮索するな。今ならまだ引き返せる

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