ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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副団長イドゥヴァはソルバーン達にとある相談を持ちかける。彼女から渡された写真の人物を、ソルバーンはサングラスの奥から突き刺すのだった。

一方、諦めきれないシャニーは再び書庫へ向かおうとする道中でアルマに稽古へ誘われる。稽古中にふと聞いた一言がきっかけで、シャニーは戦慄を覚えるハメになる。


第3話 抹殺命令

 食堂を出たシャニーは、頭の後ろに手をやってぼうっと天井を見上げながら当てもなく廊下を歩いていた。先ほど釘を刺してきたアルマの言い方が妙に気になる。

 

(調べろって言ったり、詮索するなって言ったり。もーう、みんなどうしろって言うのさ)

 

 アルマは止めろと言ったが、契約主の事はある程度頭に入れておきたい。もう一度書庫に向かおうとした時だ。ふいに赤い髪が視界を横切った気がして走り出す。

 

「あーっ、見つけたぞアルマ!」

 

 振り返って鼻からため息を抜くアルマの顔には、面倒臭いと心の声がありあり浮かんでいる。それを指差してぷりぷりしながら彼女の許へ寄って行ったシャニーは、何か言いたげに口を尖らせ、アルマの顔をじっと覗き込んだ。

 

「……何だ、まだ何か用があるのか」

 

 さっさと追い払いたいと言わんばかりの冷たい態度をとられて、ますます目をギンとしてみたが、すぐにシャニーの眉は下がってしまった。

 さっさと一人で行ってしまったから追いかけてみたが、そう言えば何を聞こうとしていたのだろうか。顎に指を添えて唸りだした彼女からは間の抜けた声が零れた。

 

「うーんと……。無いと思う、たぶん!」

 

 ニコッとしてくる顔に何と浴びせてやればいいだろう。あれだけぷりぷりして寄ってきたのは何だったのかよく分からないが、これ以上彼女をふらふらさせて置きたくなかった。彼女の向いている先には書庫がある。大方、また資料を漁りに行こうとしているに違いなかった。

 

「仕方ない奴だ。なら、久しぶりに手合わせでもするか?」

 

「オッケー! やろー、やろー!」

 

 彼女と手合わせをするのはいつぶりだろう。まだ十八部隊にいた頃だから五月くらいが最後だ。あれから実戦を多く積んできたが、シャニーは国内で精々賊討伐くらいしかしていないはずだ。手を挙げてニッとしたシャニーを連れて稽古場へと身を移す。

 

(腕は錆びついていないようだな)

 

 格の違いを見せて焦らせてやろうと思ったが、やはり腐っても八英雄か。目にバネでも入っているかのような身ごなしだ。細身の剣と槍が演武の様に鋭く、美しく軌跡を描いて高い音を立てる。

 

「やっぱアルマ強いね!」

 

 レベルの高い相手との稽古は自然と熱が入る。互いに動きにキレが増して、疾風迅雷の剣とその風を切り裂く苛烈な槍がぶつかり合って距離が空く。その時だ。あっとシャニーの口が開いて動きが止まった。

 

(そうだ、ちょうどいいや、聞いちゃおっと)

 

 アルマの顔を見かけてからずっと喉に骨が引っかかっていたようになっていた事を思い出した。そう滅多に合えないから、一旦剣を下ろして声を掛けた。

 

「そー言えばアルマ、副団長になるかもなの?」

 

 明らかに剣には不利な間合い。アルマは返事をする事も無く、シャニーが見せた隙を逃さず突っ込んできた。

 

(うっ?! この位置じゃ────ッ)

 

 剣を下ろしていたシャニーは仰天して構え直すも、本能が叫んでくる。この距離では直撃を免れないと。左の剣ではどう踏み込んでも右利きの槍の動線に入ってしまう。辛うじて槍を弾くが剣も跳ね飛ばされ、無理な体勢のまま利き腕を掴まれてしまった。

 

「誰がそんな事を言っていたんだ?」

 

 そこにあったのは勝ち誇った笑みでは無く、何かぞっとするような睨み上げる眼光。ギリっと腕を握る手が強くなった気がして、シャニーはぞわっと髪が逆立った。このまま槍で突かれてしまいそうな程、アルマの目つきは厳しく切れ上っている。

 

「え?! い、いや、イドゥヴァさんが団長になったら右腕のアルマがそうなるのかなってさ、アハハ……」

 

 ウッディが持ってきた噂だなんて言ったら、彼が何をされるか分かったものではない。とっさに誤魔化すと、アルマはようやく腕を放して槍を下す。

 

(ヤッバー……。何か分からないけど、聞いちゃダメな事だったみたい……)

 

 別にただの噂話なのに、何故そんなに怒るのかは全く分からない。とにかくこれ以上触れるのは止めようと思った矢先だった。ふっとアルマの顔に笑みが浮かぶのが見える。

 

「もしなれば、お前の事も自在に出来るわけだ」

 

 副団長まで行けば人事権もある程度掌握できる。部隊長クラスの幹部だって自由に動かせるようになるのだ。もし副団長になったら真っ先にこの十八部隊長を第一部隊に呼ぶだろう。生殺与奪の権を握られる……そんな風には全く考えていない瞳がキラキラ輝きだした。

 

「え! お給金上げてくれるの?!」

 

 脅したつもりだったのだが、シャニーは手を結んで歓喜を上げている。どうしたらここまでポジティブな方向に物事を捉えられるのか、呆れを通り越して羨ましくなってくる。思わずため息をついた。

 

「第一部隊に来ればな」

 

「えー、じゃあいいや」

 

 即答だった。ぶーっと頬を膨らせて意地悪とでも言いたげな目を向けてくる。アルマはそれをじっと見つめていた。仕草はふざけていても、言葉は本心に違いない。入団当時はあんなに第一部隊への配属を熱望していたというのに。半年の間に、まるで見つめる向きが正反対になってしまって残念でならなかった。

 

「何故だ。お前ほどの腕を持った天馬騎士ならどの契約主でも欲しがるぞ」

 

 馬術の実技は騎士団でぶっちぎりのトップ。槍の扱いはもちろん、本気になった彼女の剣は、左右や地の利を合わせなければ先程の様にそう簡単には弾けない。おまけに上級天馬騎士の称号持ちと来れば、傭兵として最上の()()のはず。今頃傭兵ランクだって頂点に近い所に居てもおかしくないのに、実際の彼女の戦績は未だ勝ち無しだ。

 

「あたしはこの仕事が性に合ってるから、今のままがいーよ」

 

 そんな事はまるで頭にないと、手で払って笑う顔に書いてある。確かに居心地はそんなに悪くないのだろう。もっとイドゥヴァ派の部隊長たちが()に食いつくかと思ったが、実際突っついているのは第五のマリッサぐらいだ。どの部隊長も彼女の事を聞くと、すぐあれこれ語りだすからよっぽどインパクトがあったに違いない。

 

「あっ!」

 

 尚更に勿体ない……そうアルマが残念がっていると、ポンと手を叩く音と共に高い声が聞こえてきた。シャニーに視線を移すと、剣を拾いながら指先を向けてくる。

 

「副団長になったら、食堂をオシャレに改装してよ! コレ、十八部隊の総意だから!」

 

 何を言い出すかと思えば。シャニーの目は本気だ。やはり、彼女とは住んでいる世界が別れてしまったのだろうか。こんな人間を権力で脅そうと思う事自体が何かズレている気がしてきた。

 

「……果てしなく純朴だね、お前はさ」

 

 それしか掛ける言葉が見当たらなくて、アルマはため息をついてその場を去った。適任なのかもしれない。希薄となった民との懸け橋となる部隊の長と言うならば。どうしたら彼女の剣を本気に出来るのだろうか。

 

「本気なんだからね!」

 

 そんな事を親友が考えているなど欠片も思っていないシャニーは、握った手を頭上に掲げてアルマの背中に叫ぶ。さっぱり振り向いてくれず、仕方なく下した手に握っていた剣をふと見降ろした。

 

「あの間合い……対策しておかないとなぁ」

 

 苦手だった。右利きが扱う槍の軌道が。左の剣は存在が希少と言うだけで有利な部分もあるが、やり辛い事も多い。ただでさえ、槍相手に剣では圧倒的に不利だ。右の槍相手には霞も、脇構えも苦しい。槍使い相手にわざわざ天馬から降りて剣で戦う機会など無いだろうが、やっぱり直面してしまうと気になる。

 

「ルシャナに付き合ってもらおっと」

 

 もう書庫の事などすっかり頭から吹き飛んで、彼女は小走りに詰所へと戻って行った。

 

 

 

◆◆◆

 

 事務棟へ近づいてくる落ち着いた足取り。今日はやたらと来訪する騎士が多い。事務方は不思議そうに眺めていたが、足音の正体を知るや否やスクっと背筋を立てて会釈する。特段相手が返してきたことは無いが、背中から溢れる、そうしなければならない雰囲気。

 受付は顔パスだ。鍵をサッと受け取ると変わらない足取りで倉庫へと向かう。キャビネットの扉を開け、中へ伸ばしたイドゥヴァの手がピタっと止まった。

 

「……ん?!」

 

 明らかにおかしい。こんな並べ方はしないはずだ。まして、上下逆にして棚に置くなど。先ほど迄の足取りとはまるで違う踏み砕くような音を立て、受付に戻る眼は血走り見開かれている。

 

「ちょっとあなた、この棚の資料を見に来た人間の履歴を見せなさい」

 

 副団長が机にかじりつくように覗き込んできて、ヒステリカルな凄まじい剣幕が迫る。言葉は喉に詰まり、何度も頷いた事務員は閲覧者を記録している帳簿を掴むとイドゥヴァに差し出した。

 ばっと音を立てて開き、最終ページを目指す眼は焦りに満ち、ページをめくるほどに震えが止まらなくなっていく。

 

「……あの小娘っ」

 

 犯人を見つけた途端に憤りが迸った。よりにもよってあの青髪だとは想定外だ。

 

「こうも手が早いとは。レイサかっ」

 

 あの娘にここまで頭が回るとは思えない。まだ十五で本来なら部隊の一番下っ端にいるはずの人間だ。

 すぐさま浮かぶアサシンの顔。役職から外れてますます行動が見えなくなった、あの不敵な横顔を思い浮かべるだけで腹が焦燥に沸き上がる。

 一体何を見たと言うのか──焦って書庫に戻る足を聞き慣れた声が引き留めた。

 

「あいつには釘を刺しておきましたから、これ以上は詮索しないと思います」

 

 振り向いた先にいたアルマの言葉に、差していた朱がふっと和らいでいく。先に来て()()を進めておくように指示しておいて正解だ。

 

「さすがアルマですね。助かりました」

 

 柔らかな笑みを浮かべて部下の好守を称えたのもつかの間、本棚に向けられる鋭い眼光。

 

「ちょっと今晩、あなたも一緒に来なさい」

 

 今日はエデッサで定例会がある。ここまで荒らされては黙っている訳には行くまい。ツカツカと受付に戻っていく背中へ静かに頭を下げてアルマは様子をうかがう。

 

「この棚の資料は全て地下書庫へ移動させておいてください」

 

 受付の事務員にこちらを指さして指示している声がはっきり聞こえてきた。

 地下書庫は騎士団の中でもトップレベルの機密が集まる場所。第一、第二の上位部隊の部隊長以上しか入ることが出来ない。もう二度と日の目を見ることは無いだろう。

 

「……古狐め」

 

 こうなってしまっては親友を庇うことはできない。一歩遅かった。部屋を出ていく背中に精一杯の罵声を浴びせ、アルマも部屋を出ていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 エデッサ城下町は吹雪の中でも明かりが灯って普段通りの活気が広がる。移動の妨げになる吹雪だが、慣れてしまえばこれほど便利なものもない。これ以上のものがあるだろうか。視界を遮り、声をかき消すそれは最強の防護壁。

 

「フェリーズ伯爵。明日からの件、よろしくお願いします」

 

 イドゥヴァが頭を下げる先には、柔和な笑みを浮かべる立派な口ひげを持った金髪の男性がいた。白い法衣に身を包み、清楚に整えられた髪や髭から醸し出される余裕。二重の眼差しはとても優しく、これぞ高僧と言えるような佇まい。

 

「いえいえ、こちらこそ兵を派遣いただいて大変助かりますよ。あなた方に聖女エリミーヌの加護があらんことを」

 

 いつまでも頭を下げる彼女に顔をあげさせ、静かに十字を結んで祈りを捧げる。何かこの空間には似つかわしくない穏やかさ。

 

「少し小耳に入れておかねばならない話がありまして」

 

 彼とは対照的にイドゥヴァは焦りがありありと顔に出ていて、祈りが終わりもしないうちに次の話題を始めようとしている。

 

「どうやら今回派遣する部隊がこの件を嗅ぎ回っているようで」

 

 もっと驚くかと思ったし非難を受ける覚悟は持ってきたのに、首を傾げるフェリーズの反応に戸惑う。

 何の事だか────フェリーズの顔に浮かぶ困惑。それに付き合うことなく、イドゥヴァの視線はフェリーズからかなり離れて座っているソルバーンに向いた。

 

「で、『赫竜』、貴殿にこの娘を消してもらいたいのです。警備中の事故という形でフェリーズ様にも処理していただきたく」

 

()()()良いと言われて黙っている男ではない。それまでの気だるい顔が嘘のように目へ力が籠り、イドゥヴァが手渡してきた写真を奪うようにして手に取る。眼を落した途端だ。ギラついていたサングラスの奥が不機嫌そうに歪む。たいそうな前振りの割に、選りにも選って()()()とは。

 

「これはこれは……物騒なお話ですね」

 

 雲行きは思わしくない。フェリーズが身震いして見せているではないか。

 

「まるで我々が悪しき組織のようではありませんか。これは心外ですね」

 

 事故の多い開拓現場。そこで少しくらい違和感のある事故が起きたとて揉消しようはいくらもある。そう考えたのが甘かったか。

 

「我々は民を救済する立場ですよ?」

 

 柔和な笑みを浮かべてはいても、フェリーズの声には重い怒りが滲む。彼も嗅ぎ回られるのは困るはずだが、随分と余裕なものだ。とにかく、彼を敵に回しては元も子もなく、こうなっては撤回するしかない。

 

「わりい、他をあたってくれ。気が乗らねえ」

 

 おまけに、こちらは堅いと踏んでいたソルバーンまで写真を放って来た。あれだけ興味津々で喰らう気満々だったはずが、既に元の気だるそうな目つきに戻っている。

 

「気が乗らないとはどういうことですか??」

 

「青くて渋いと分かってる実をわざわざ喰う趣味はねえってこった」

 

 この前ちょっとかじってどういう味がするかはもう知っている。()()()いても気づかない状態では何度やっても結果は同じだ。

 いつ喰ってもいいなら、喰い頃を待つのは当然。椅子に体を預けて天井を見上げる視線が戻ってくることは無かった。

 

「イドゥヴァ様、ご心配召されるな。我々は聖女の光をイリアにもたらすため動いている。そうですよね?」

 

 諭すような口調は先ほどの怒りを含んだものとは別人のようだ。穏やかだがむしろ彼の言葉に迫られているようにさえ感じる。「ええ……」何も言わないままには出来なくするオーラ。じっと見つめていたフェリーズの顔に再び浮かぶ司祭の微笑み。

 

「我々は、聖女の光でこの大イリアの地を平定するべく、未来のために身を捧げているのですよ。それとも、あなたは違うのですか?」

 

 本物の狂気を見た気がした。一体どれだけの犠牲が今まで出ているか知らないはずがない。それを、()()()()で全て片付けてきた。

 己の目的の為なら犠牲など厭わぬ聖女の教えそのものか……人間が作ったどんなルールにも優先されて来た聖女の御言葉。イリアの為────この男は心の底からこの言葉を口にしている。

 

「もし貴女が思うような人間ならきっと舞台に上がります。自ら断罪の場に身を捧げる時を待ちましょう」

 

 イドゥヴァが見せた写真の乙女の事など何も分からないのに、どう対処もできるはずが無かった。

 断罪とは、裁かれるべき悪が居て初めて行うもの。舞台袖に居る無害なる者へ行えばただの虐殺に過ぎない。そんな聖女の教えに反する事をどうして出来ようか。

 

「しかし、被害が出てからでは遅いのでは」

 

 どれだけ聖天騎士団の影響力が強くても、外堀を埋められてはイリア最大規模の騎士団を有するゼロットに太刀打ちできない。芽は小さきうちに摘み取るに限る。

 

「その時は、我らも筆頭騎士ヴァルプルギスを出撃させますから、ご安心を」

 

 フェリーズがずっと表情を変えない理由はコレか。それまで焦った表情が解けなかったイドゥヴァにようやく浮かぶ安堵。

 いくら剣に自信を持っていたとしてもあの騎士に勝てるはずがない。自分とて考えたくもない。あの『魔女』と槍を交えるなど。

 

「ヴァルプルギスか……そいつは楽しみだな」

 

 ニッと釣る口元。せっかくの興味に渋い実を与えられてがっかりしていたが、それ以上の獲物が見つかった。あの女が出てくる場面などそうそうお目にかかれるものではない。

 その為なら、青い実でも使い道があるか────写真をテーブルから拾ったソルバーンの視線が、サングラス越しにシャニーを突き刺していた。

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