ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
発展の最前線を前に目を輝かせるシャニーだが、その光の下で心を打ち砕かれるような事件を目の当たりにする。
翌日、シャニー率いる十八部隊は陽も登る前から西の空を目指して翔けていた。朝一に聖天騎士団の本拠地──ラインヴァイス城に到着しなければならない。
シュティアホルン連峰を北上し、エトルリアとの国境レーミーに近い場所まで三時間。どの馬上からもあくびが聞こえてくる。
「どーしたのさ、みんな元気ないぞ!」
振り向いて仲間たちに声をかけるシャニーは、この時間でももうエンジン全開らしい。
「あんたみたいに元気なのがおかしいんだって」
普段厳しいルシャナでさえ眠気には勝てず、あくびをしながらリーダーのキジが叫ぶような声にジト目を送る。時計に目を落としてランプで照らしてみればまだ四時だ。
「そーかなぁ。ふつーだよ、ふつー」
────出た!
ルシャナ達は顔を引きつらせながら互いに見合わせて口をへの字に曲げだした。シャニーの
「まったく! 仕事だぞ! 気合が──…… 」
誰も返事をしてくれなくて、仕方なく前を向いたシャニーから腑抜けた声が漏れた。背後から仲間の視線が突き刺さって背中が丸まる。
しばらく無言に闇夜を飛び、黎明の空へ光が溶け込んできた頃、ついにレンが始まりを告げた。
「リーダー、目的地付近。一時の方向にラインヴァイス城」
「よーし、一旦降りよ。あの川の付近とか良いんじゃないかな」
普段の空気もここまで。近くの小川で手を拭って気合を入れ、向かうは朝陽が映える真白の城。
◆◆
案内された部屋は絢爛で、これでもかと敷き詰められる煌びやかな色が視覚を刺激する。石レンガで覆われたカルラエ城の灰色に慣れ親しんでいると足元が落ち着かない。相手が来たらどうやって挨拶しようか……。座っていられずウロウロ。
ついにノックする音が聞こえ、誰もが槍でも突っ込まれたかのように背筋が伸びる。
「ようこそお出でくださいました。協力感謝いたします。私が筆頭司祭フェリーズです」
部屋を訪れた金髪の男女。清潔なアップバングで七三に整え、口髭が立派な男性がすっと手を差し出してきた。深みのある微笑みに吸い込まれるようにして握手し、シャニーも部隊を代表して頭を下げる。
「お招きいただき光栄です。天馬騎士団 第十八部隊 部隊長のシャニーです。よろしくお願いします」
リーダーの普段見ない姿を仲間達は呆然と見つめていた。士官服に鎧とマントも羽織った外装が描く凛としたシルエット。フェリーズが着こむ煌びやかな法衣を前にしても負けておらず、立振る舞いも慣れたもの。これが動乱で各国の主要人物を見てきた経験か。いつもは茶化す相手だが、今はちゃんと部隊長に見える。
「詳細についてはヴァルプルギスより説明させますので、私はこれにて失礼させていただきます」
軽い顔合わせを済ませると、フェリーズは静かな足取りで部屋を出ていった。厳かで優しそうな司祭。調べた情報やアルマの警告から、どんな恐ろしい人が出てくるかと思っていたシャニーはほっとしていた。
(これがイドゥヴァの言っていた要注意人物ですか?)
部屋を出たフェリーズは、ドアの向こうにいる若い部隊長を睥睨していた。
穏やかでも隼を内に飼う様な眼。映す機敏さは、確かに剣を見ずとも天賦の才を感じさせる。年の割に凛としているあたりはさすが『八英雄』か。
だが、彼女が言うような雰囲気はまる感じない。多少やんちゃさが見え隠れするが、あの眼なら今回の仕事で
「私は聖天騎士団 筆頭騎士、ヴァルプルギスと申す者。以後、お見知り置きを」
一方部屋の中では、フェリーズに場を任された騎士団のナンバー2、筆頭騎士ヴァルプルギスとシャニーが握手を交わしていた。清楚なブレイズを腰まで垂らす、黒き鋼鉄の女性。
(この人が……イリア最強の────『魔女』……)
全てを見切っているかのような余裕を浮かべる紫紺の眼差しに鳥肌が立つ。戦っているわけでもないのに滲んでくる汗。先ほどの司祭とはまるで違う威圧感。重厚な鎧の軋む音だけでも喉が詰まる。全く隙が無い井手立ちは剣を交えなくとも分かる────とんでもない実力者だと。
事前に仕入れてきた情報以上のものを感じ取った第六感が、ゾクゾクと警告を発してくる。
「貴女らには、現在開拓を進めている最前線基地の警備を担当していただく」
部隊の者たちを円卓に案内したヴァルプルギスは、持ってきた地図を広げて中に書き込んでいく。深い氷のような、静かで聡明な声による手馴れた説明。これだけでも、この騎士の威厳が伝わってきて自然と背筋が伸びる。外部の者と仕事をしている緊張が初陣の十八部隊を引き締める。
「分かりました。警備とは、どこまでを守備範囲として考えれば良いでしょうか?」
頭が真っ白になって何も質問が浮かんでこない。何もかも初めてで固まるミリア達の隣から聞こえてきた緊張を払う声。振り向くとシャニーが守備範囲の外縁をペンでなぞりながらヴァルプルギスと会話していた。士官服を着こむ友がちゃんと部隊長に見える。
最初にしっかり決めておかないと後で責任問題になるので当然の確認なのだが、ここでも先陣を切る憧れの横顔がなんだか嬉しかった。
「賊の討伐、そして作業者の脱走も取締っていただきたい」
「作業者の脱走?」
示された内容に一瞬戸惑った。何だか囚人兵を取り扱うような言い方だ。聖天騎士団管轄領の住民たちと聞いていたのに、何故脱走する者が居るのだろう。
「ああ。我ら騎士団の管轄領の者なのでな」
それだけの返答で取り付く島もない。指示された通りに動くのが傭兵。これ以上は聞いても仕方ないが、直後にヴァルプルギスが念を押すように付け加えた指示は、心の中で更にシャニーの首を傾げさせる。
「ただし、先ほど申した通り聖天騎士団配下の者達だ。取調は我々に任せ、捕縛までをお願いしたい」
「もちろんです。むやみに武器を取ったりはしないように努めます」
ただの考えすぎか。でも、何も喋るなとも取れる。どうにも先行して仕入れてきた情報のせいで、良くない事ばかりを考えてしまう。
あくまで何も知らない。そう自身に言い聞かせ、部屋を出ていく筆頭騎士の背中を見送った。
◆◆
打ち合わせを終え、部屋へと案内された。二週間滞在する事になる場所。暖さえ取れれば十分……そう思っていたが、通された部屋に入って目が真ん丸になる。
(ひゃ~ッ 何ココ! 部屋を間違えたのかな?)
傭兵を滞在させるにはあまりに豪華な部屋。広々として明るく高い天井。ベッドはちゃんと五つあるし、ソファにテーブルセット……調度品まで飾られていて、さながら高級ホテルだ。これが聖天騎士団の力だというのか。
部屋が閉ざされると、漏れ出す疲労感に誰もが座り込む。対外任務としては初陣となる彼女達には、いきなりあの厳格な騎士は重すぎた。
「……って事だから、賊はともかく聖天騎士団の人には自衛以外で武器を使わないでね」
休んでなどいられないからすぐに作戦を確認するが、咀嚼しようもない完ぺきな説明だったのでオウム返ししかすることがない。
筆頭騎士やら、『魔女』やら、カッコいい肩書を持っている騎士は違うと舌を巻く。
「シャニーかっこよかったッス! よっ、さすが部隊長」
「本当?! へへへ……ありがと!」
それでも、必要な情報を聞き出したのはリーダーだ。あの横顔を思い出したミリアが囃し立て、満面の笑みで返すシャニーの顔は先程とはまるで別人。オンオフがはっきりしていると言えば聞こえはいいが、緊張する初陣のはずが、どうにも暢気な二人にルシャナ達は呆れ顔。
「ま、守備範囲を聞いてくれた事はファインプレーだったね」
「見習いの時に、師匠やお姉ちゃんから耳にタコが出来るくらい言われてたからね」
地形を無視して飛んでいける天馬騎士は越権行為に抵触する危険性が高い。ましてどこでも一人で飛んで行ってしまうシャニーは、二人から顔を見れば言われていたくらいで、口調まで真似して言える自信があった。
「まさか脱走者の確保まで指示されるなんて、あたしも思ってなかったけどねー」
賊討伐くらいしか頭になかったから、何も聞いていなければ後で追及されるところ。とは言え、領内の開拓でそんな話が出ること自体が違和感のある話。
一つ前哨戦を終え、大きく息を吐き出しながらマントを外してスタンドにかけるシャニーへ、ルシャナは暇つぶしがてら声をかけた。
「何か妙な話だね。なんで脱走なんかするのさ」
「それはあたしも引っかかったんだよね」
伸びをしながらの返事は間が抜けているが、隣に座った彼女はあの時を思い出すように天井を見上げだす。
「だけど、詮索するなって空気って言うか、あのヴァルプルギスって人すんごい威圧感でさ。はぁぁぁ────」
大きく息を吐き出しながら潰れた風船のように机へ頬がくっつく。味わった事の無い緊張感だった。常に真正面で向き合って圧倒されないようにするだけで精一杯。
「ああ、あんたでも一応ビビってたんだ」
「あんたでもって……なんか、すんごいバカにされてるよーな」
「いやいや、八英雄だし余裕なのかなと思っただけよ」
平然と筆頭騎士とやりとりする姿を意外に凄いと思ったルシャナだったが、目の前で早くも生気の抜けた顔を晒す様子に、やっぱりシャニーはシャニーだったと安堵と呆れが入り混じる。
「ヴァルプルギス……神殿騎士、主戦武器剣。『魔女』の異名を持つ聖天騎士団最強と謳われる騎士」
背後からレンの起伏のない声が聞こえてくる。確かに最強かもしれない。雰囲気だけでこれだけ疲労するほどの眼光。あんな隙のない騎士と斬り結ぶなんて考えたくない。
この前の黒の紳士も恐ろしい井手立ちだったが、あの全身鋼鉄の女
「いやあレンのデータベースの更新はや」
「事前に相手の情報を取るのは普通だと思う。ミリア、何もしてないの?」
メモにびっしり書き込まれた聖天騎士団の情報を覗き込んで感嘆を上げるミリアをじっとレンが見つめる。無言で始まったいつもの追及。
シャニーも内心どきっとして身を起こす。レイサに言われていなければ今頃ミリアと一緒にレンの視線に串刺しにされているところだ。
「ま、私たちの任務はあくまで警備だし、逃走者の処理は相手さんがやってくれるんだから気にする必要ないでしょ」
「そうそう!」
思わずルシャナに同意して声をあげたら、周りの視線が集まってしまった。平素を装ってまた頬を机につけるが、背後から銀の瞳がじっとこちらを見つめているのが伝わってきて全然休憩など出来なかった。
◆◆◆
一時間後に開拓地へ出撃した十八部隊は作戦通りに空中で別れていく。四人で東西南北一名ずつ分かれて空からの哨戒が主な任務。ミリアやレンを一人にするのは心配なので、シャニーとルシャナはやや広めに行動範囲を取ることにしていた。
「あれ、あんた槍使えたの?」
別れ際、シャニーの手に握られていたものを見つけてさも意外そうにルシャナは指をさす。彼女が手にしていたのは投槍。
「使えたのって……あたし天馬騎士だよ?!」
「あ、そうだったね。てっきり槍は使えないもんかと思ってたよ」
天馬に乗っているときはいつも槍を使っているはずなのに。主戦は剣でも“槍も使えたのか”はあんまりだ。哨戒任務なのだから空中から威嚇攻撃できる投槍は普通の選択だし、ルシャナだって同じものを持っているのに。
「これも冗談だよ。緊張ほぐれた? あんたが槍持ってるとこなんて久しぶりでさ」
本当に冗談なのか。笑いながら北の空へ消えていく幼馴染の背に、もの言いたげに視線を送る。
(あたしって、そんなに天馬に乗ってなかったっけ……??)
確かに十八部隊として天馬に乗ったまま戦場を駆けるのはいつぶりだろう。集団での戦闘時はレイサと地上戦ばかり。久しぶりなのだと気を引き締めて天馬を飛ばす。目指すは開拓の最前線、東の空。
「へえ……こんな風に開拓って進んでたんだなぁ」
上空から開拓地を見渡しては感嘆を漏らし、額に手で庇を作って遠くを臨む姿はまるで観光者。世界規模の戦争を駆け抜けた記憶からすれば精神的に楽な任務だ。ずっと気になってきた境界線の向こう側に居ると思うと、自然と視界が広がる。
切り拓かれた森のあちこちに物資が積まれ、たくさんの人たちの姿が見える。遠くには鉱山と思しき削られた山も聳えており、事業の広大さを物語る。この広さを警備するとなれば、天馬騎士が呼ばれるのも道理か────忘れようとしていた事がふと脳裏をよぎった。
「────やっぱり、この規模で動いているのに収支報告が無いのはおかしくない?」
誰に問うでもなく漏れる疑念。アルマに首を突っ込むなと念押しされた以上、もう調べるつもりは無いが、違和感ばかりが湧き上がる。少なくともあの鉱山で産出されたもの全てを、聖天騎士団内で消費しているとはとても思えない。じゃあ一体どこへ……その時だ。眼下から響く怒声にはっと我に返った。
「あ……あれ……」
天馬を止めて見下ろすと、見えてきたのは中央区から外れて走る人の姿。彼の駆ける先には、開拓地の終わりを示す鉄条網が張り巡らされている。
居るはずが無いと思っていたものに遭遇してしまい、上空からありったけ叫ぶ。
「逃走者です! 応援を!!」
高い声は極寒の大地に良く響き、遠くから聖天騎士団の騎士たちが馬で駆けつけて来るのが見えてきた。彼女もすぐさま槍を握り直すと天馬を駆って風を切る。
あっという間に上空から迫る白い騎士。慌てた逃走者がよろけながら更に強く雪原を踏み込む────背後から風を切る音が突き抜け、大地に稲妻の如く刺さった槍が行く手を阻んだ。バランスを崩した男は雪原を滑って雪煙が上がっている。
「待ちなさい!」
それでも逃げようとする男の前に立ちはだかるように、天馬から飛び降り剣を抜く。
「退け!!」
背後から騎兵が迫っている事に気づいた男は、持っていた作業用と思しき小型の斧を振り上げ渾身の形相で襲い掛かった。
切れ上る眦、空を切る斧。眼についた天性のバネで一歩退いたシャニーは振り切られた斧へ一閃して弾き飛ばし、もう切先を男の鼻へ向けていた。
男の背後には馬から降りてきた騎士たちが歩いてくる。こうなっては男も何もできまい。自分の任務はここまで────そう思っていたシャニーは、次に彼らが取った行動に目を見開いた。
「おらっ、大人しくしろ!」
響く鞭打ちの音。目の前で始まった断罪に思わず口元を覆う。まるで奴隷にするかのような仕打ち。
ヴァルプルギスは確かに言っていたはずだ。聖天騎士団の管轄領民だと。絶句している間に男は騎士たちに連行されていった。
「こんな……事って……」
静寂に包まれる雪原でひとり剣を鞘に納め、地面に突き刺さった投槍を引き抜く表情はやるせなさに凍り付いていた。まだ初日。こんなのが二週間続くと思うと胸が塞がる。
その後も何人も逃走者は現れた。その都度、隼が獲物を狙うように捕らえていく。そこまでは仕事だからと割り切った。でも、鞭打ちにする光景を見せられて顔は歪み、もう直視していられずに目を背ける。連行されていく作業者をよく見れば、着ている服はボロボロだ。
(何なの……ここ?! ────まるで強制労働所じゃない!)
ベルン動乱時の嫌な思い出が蘇る。似たような光景があった────西方三島だ。エトルリアから派遣された官吏たちが、鉱山で強制労働を強行して私腹を肥やしていた事件。
あれはロイが壊滅させてくれた。だが、傭兵の自分にはそんな事は出来ない。むしろ……彼らに言われるまま片棒を担ぐ側だ。
(ロイ様ならこんな事……絶対許さない────ッ)
それでも、心は正直だった。見習いの時に憧れた横顔。まるで立場は違っても、一度胸に刻んだ正義は簡単には曲がらない。もうどうにも辛抱ならなくなって、鞭打ちの音を引裂くように駆け出した。
「あ、あの!」
こんなに脱走者がいるのは異常だ。何より、こんな惨い光景を黙って見ているなんて、ぐらぐらする気持ちをこれ以上抑えられなかった。
作業を邪魔するように突っ込んできた若い声へ、騎士達は逃走者に向けていた目つきそのままを向ける。
「なんだ?」
一斉に突き刺さった敵意に身がすくみかけるが、腹へぐっと力を込めた。
「ヴァルプルギス様からは慈悲深い対処をと、お聞きしているのですが」
「だからどうした?」
これでもかなり気を遣って止めたつもりだったのだが、高圧的な態度しか返ってこない。
「お前たちは傭兵だろう。現場にいる俺たちの言う事を聞いていれば良い」
これを言われてしまうと、もう何も言えなかった。契約で縛られた身。どれだけ胸中に修羅が疼こうとも、手を出してしまえば何もかもお終いなのだ。
(傭兵のあたしでは……。ごめんなさい)
詫びるしか出来ない顔は力なくうな垂れて、潤みだす目に唇を噛んで律する事で精一杯。やはり、ロイの様には出来ないのか────。皮肉にも、成果を上げる度に彼女の顔からは表情が消えていった。