ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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「あたし……一体どうすれば良いの────ッ?!」

契約と誓いの間でシャニーは葛藤する。
命令は絶対。誓いに反する蛮行の片棒を担がねばならないのか……


第5話 譲れぬ誓い(前編)

「はぁ……エミリーヌ様。本当にこれが貴女の聖堂騎士団なんですか?」

 

 憂鬱な朝が始まって、空の上でシャニーはらしくも無くぼやいていた。

 活気あふれる作業場の声や、木を切り倒す斧の音ならいくらでも聞いていられるが、傭兵が聞く事を許されているのは鞭打ちの音だけだ。

 

(まだ契約、始まったばっかなんだよね。胸が痛いなぁ……)

 

 聞きたくない音を自分で探さないといけないなんて心が重い。契約期間は二週間。まだこんな日々が十何日も続くと思うと、思わず天馬にまたがったまま天空を仰いだ。

 

 その姿は三日経っても変わらない。成果が無く叱られても良い。脱走者が視界に入らないように祈りだしていたが、天邪鬼なもので青き隼の眼は次々異常を知らせてくれる。

 

「サボるな小僧!!」

 

 昨日からもう耳を塞ぎ、目も瞑って視線を切るようになっていた。

 今日捕まったのはまだ子供。自分とおそらく三,四つしか違わない。子供までこんな労働をさせているなんてやはりおかしい。あの筆頭騎士が言っていた事と、現場のありようは別世界だ。もしや────現場の暴走か? 

 

(こんな子に鞭打ちなんてしないよ……ね────ッ?!)

 

 そんなわずかな希望さえも打ち砕く鞭の音。自分が打たれているかのようで、頭がどうにかなってしまいそうだ。

 初日に釘を刺された。傭兵なら言われた通りにしろ────でも、もう抑えようとしても抑えきれなくなった。手にした投槍をぎゅっと握りしめ、飛び出した足はそのまま鞭の軌道に入る。

 

「待ってください! さすがに見ていられません」

 

 突然視界に槍が入ってきて鞭が絡みつく。騎士たちは目を見張り、槍の根元へと視線をやった。そこに居たのはまだ若い天馬騎士で、途端に目じりが吊り上がった。

 待て────血の気の多い部下が弓を向けようとするのを止める手。リーダーと思しき金髪長身の騎士が、視界に入った青き花を不敵な笑みで見下ろしていた。視線がかち合った途端、シャニーの柳眉が吊り上がる。

 

「子供にまで鞭打ちなんて。領民ではないのですか?!」

 

 人々をこんな迄して働かせるなんて、完全に人道から外れている。領民なら言わずもがな、仮に奴隷だとしたって、イリア最大の騎士連盟────イリア連合の中で扱いは取り決めがなされているはず。目の前で起きているのは明確な()()()()だ。

 

「なんだ、反抗するのか?」

 

 ところが、騎士はシャニーに向けて騎士剣を突き付けてきた。鞭が槍に絡まっている彼女には為す術なく、首に鋒が触れる。

 可愛い顔をしながら凛と睨むように見つめてくる表情は騎士の支配欲を刺激した。見下すようなとろんとした目が嘲笑を浴びせてくる。

 

「傭兵の分際で。──契約、心得ているだろうな?」

 

 ────所詮、契約が全ての操り人形

 

 あまりにも強力すぎるカードを切られて思わず歪む口元。騎士の後ろで不安げな眼差しを送ってくる子供と視線が合っても、何よりも強い拘束を前に何もしてあげられない。契約違反ギリギリのグレーに踏み込んでいる自覚はある。しばらく、首筋に剣を当てられたまま騎士と少年を青い瞳が行き来する。

 

(ごめん……)

 

 目の前の子供一人、自分の剣は救えないのか────無力な自分と受け入れがたい現実を前に、シャニーは思い切り目を瞑って視線を切った。その仕草が騎士の男には堪らなかった。

 

「良い心がけだな」

 

 騎士の鼻から抜いた笑い声にはありあり嘲りが含まれていた。まじまじと舐めるように見下ろす。こんなに若いのに士官服を着こむとは随分と優秀なようだ。だが、こうしてオイタをしでかすとは、()()()()()()()()()()()()()()

 

「サービスだ、教えておいてやる」

 

 剣を収めた騎士は距離を詰め、彼女の頬に指を通しながら耳元で囁く。

 

「こいつらはエトルリアから連れてきた罪人だ。領民では無いから安心しろ」

 

 何を安心しろと言うのか。キッと睨み上げると、騎士は嬉しそうに笑い返してきた。彼にとってはこの反抗的な顔が堪らなかった。頭の先からつま先まで見下ろして、その笑みはますます顔へ広がっていく。イリア人特有の小顔にサファイアの如き明眸が輝き、弓の様に細くしなやかな躰。天馬騎士らしい容姿端麗な姿は征服欲を掻き立てた。

 

「なんだ、そいつを助けたいのか?」

 

 睨んでくる瞳が震えたのがありあり伝わってくる。

 

「なら、お前も少し世の中を勉強するか?」

 

 ぞわっと背筋に寒気が走って、シャニーは脳天から槍が突き刺さったように一瞬固まった。その騎士は躊躇いも無くサイドスリットに手を伸ばしてきたのだ。

 

「止めてください!!」

 

 反射的に跳ね除け、思わず剣に手がかかる。

 ────抜いてみろ

 騎士の目がそう言ってくる。ギリっと奥歯を噛みこみ、睨み付けて拒絶を示すまでしか出来なかった。

 

「なんだ。そいつも助けられるし、初心なお前も勉強できて一石二鳥だろう」

 

 こんな屈辱を受けたのは初めてで、頭は怒りとパニックで吹き飛んでしまいそうだ。ロイの軍にいた時はこんな事、一度だって無かったのに。これが本当に聖女エミリーヌと通じる騎士団とは信じられなかった。

 

「ああ……()()は契約には無かったか。ははは!」

 

 相変わらず侮蔑を吐き捨ててくる騎士から視線を外しても、そちらには先ほどの少年が映る。彼は不安げな眼差しをこちらに向けている。助けてくれと嘆く目が胸に突き刺さり、心は正義を叫んでいる。それを阻む、契約と言う強大な壁。傭兵には決して突き破れない、破ってはならない壁。

 

(あたし……一体どうすれば良いの────ッ?!)

 

 鞭打ちされて連行されていく間、ずっとシャニーを見つめてきた少年の目。脳裏に焼き付いて離れず、その後も続く二目も見られない光景を浴び続けた彼女の顔はどんどん険相を増していった。

 

 

 

◆◆◆

 

 その夜は吹雪となった。ルシャナやミリア、そしてレンの三人が集まって心配そうに窓辺を見つめていた。

 今もさっきと変わらない姿勢のシャニーが座っている。両肘をテーブルに突いて、組んだ手先をじっと見つめて動かない。頷きあった三人は彼女の許へ歩いていき、ルシャナが大きく息を吸い込んで声をかけた。

 

「お疲れ、シャニー」

 

「──ッ」

 

 ビクッと肩が跳ね上がった。いつの間に考えに耽ってしまっていたのだろう。仲間の声にさえ驚くなんて、自分の余裕の無さに嫌気が差す。

 

「あ、ルシャナ。お疲れ様」

 

 改めて仲間たちの顔を見上げたら、彼らは外から戻ってきたように表情が凍り付いていた。普段の談笑する姿が無く、三人は並んでじっと見つめてくる。四人も居るのに静かすぎる部屋。パチパチと暖炉の火が爆ぜる音だけが時を刻む。

 

「どうしたの? みんなそんな顔して」

 

 すぐに間が持たなくなってきょとんと首を傾げる。すると、寄ってきたルシャナに脇腹を突かれ、それはこっちのセリフと腰に手を当てて顔を覗き込んできた。

 

「あんたがそんな顔してたら、みんな心配するに決まってるだろ?」

 

「あ……ごめん」

 

 ルシャナの後ろでもミリアやレンがこくこく頷いている。リーダーが夕飯も取らずに考え込むなんて、それだけで不安だった。彼らの不安を一身に浴びたシャニーはふと目を閉じて自身を叱った。

 

(あたし、リーダー失格だよ。しっかりしなきゃ)

 

 見習い時代。ディークの背中を見て、リーダーになったらきっとこの背中の様になると意気込んでいた。なのに、仲間に心配されるのでは世話が無い。一つ息を吐いて目を開けると、今も覗き込んでくる幼馴染へ苦笑いを返す。

 

「ダメだな~、あたしすぐ顔に出ちゃうからさ」

 

 頭をかきながら詫びて茶化そうとしてみるが、彼女たちの表情は変わらない。普段の朗らかさが消えた切歯扼腕(せっしやくわん)の横顔。あんなものを見せられて今の笑顔が本物だ何て、誰が思えると言うのか。

 

「そんな怖い顔しないで欲しいッス。きっとみんな同じ気持ちっスよ」

 

「え……?」

 

 地獄を見てきたのはシャニーだけではない。西でも、北でも南でも、どこでも同じ惨状が広がり、同じ怒りを噛み砕いて過ごしてきた。それが仕事だから。だけど、この部屋の中だけならお互い気持ちを吐き出したって良い筈だ。

 

「大方、脱走者のことを考えてたんだろ?」

 

 ルシャナに問われて、最初はなぜ分かるのかと驚いた眼をしたシャニーだったが、察するとまた俯いてしまった。一体何をしに来たのか分からなくなってくる。

 

「うん……。領民じゃないって言ってたけどそう言う問題じゃないよなって。あんな奴隷を扱うみたいなやり方でイリアが拓かれて行くと思うと、何か複雑でさ」

 

 こんなに大規模に開拓が行われるなら発展は間違いない。その手伝いを出来る仕事を与えてもらえて何という名誉か。……そう抱かせた、最初に広がったあの光景を思い出し、持っていき場のない怒りに拳が震える。連行されて行ったあの少年の顔が脳裏に浮かぶと、今でも腹が煮えくり返る。連中にも、何も出来なかった自分にも。

 

「領民じゃないって言うのも、どこまで本当か分からないけどね」

 

 いきなり聞こえてきた、その場に居ないはずの声。いや、正しくは居るはずなのにずっと行方をくらましていた声だ。

 突然背後に現れた黒い影。もう誰も驚くこともなく振り返り、早速ルシャナが指をさす。

 

「あっ、サボリ魔!」

 

「しょうがないだろ? 私は天馬に乗れないんだし、元から別行動じゃないか。アサシンが部隊に居たら怪しまれるだろ?」

 

 全然警備任務に顔を出さないから実質四人の十八部隊。その五人目のメンバー。レイサは濡れ衣だと笑って見せるが、元教え子達からの視線は厳しい。

 

「レイサさん、情報ください」

 

「ハイハイ」

 

 とても元上官への態度とは思えずにレイサは両手を広げるが、レンの冷たい言葉に止めを刺され、テーブルへ歩いていきシャニーの横に座る。

 

「情報たって大したものは無いよ。警備が厳しくて近づけないし」

 

 ()()()()()()が本業のレイサはこの一週間弱、ずっと開拓地内を探り続けていた。

 騎士団で闇の仕事をこなしてきた彼女でさえ跳ねのける堅い守りは、とても開拓地のそれとは思えない。

 

「ただ、作業してる人間の中に……明らかにエトルリアの顔じゃない奴が混じってる」

 

 びくっとシャニーの目が震えたのが分かった。伝えたらこうなることは分かっていたが、彼女はリーダーだ。強く肩を抱きこむ。

 

「分かってはいると思うけど、契約は守りなよ。あんた達は騎士団の代表として来てるんだからね」

 

 感情だけで動いて良い時とそうでない時がある。たとえ正義がどこにあろうとも。ルシャナは両脇にいる年下二人の肩をポンと叩き、二人も顔を見合わせながら渋々ながらに頷いた。これが、イリアに生まれた傭兵の性。

 彼らはそのまま飲み物を取りに席を外し、レイサも仕事に戻ろうと立ち上がる。堪らずシャニーは手を掴んだ。

 

「レイサさん。この開拓事業、──本当に大丈夫なのかな?」

 

 どうにも胸騒ぎが収まらなかった。ここまでして人を集めて、まるで奴隷のように働かせる。これだけでも納得がいかないし、自分だって一歩間違えていれば酷い屈辱を受ける所だった。それをレイサに話すと、彼女は眉間にしわを寄せた。

 

「そうかい。そりゃ辛い思いをしたね」

 

 彼女も理解を示してくれた。こんなやり方は意見すべきだ────そう言いかけた時だった。レイサの鋭い視線が返ってきた。

 

「でも、それが傭兵って奴だ。あんただって、分かってるはずだ」

 

「それは……そうだけど」

 

 そう言われては何も言い返せなかった。下唇を噛んで力なく俯く。傭兵は契約が全て。今回は既に決まっていた契約で内容を交渉する余地は無かったとは言え、対外的には何の言い訳にもならない。

 だが、シャニーが不安を覚えていたのはその事だけが理由では無かった。

 

「でも、おかしいよ。この事業のお金……どこに行ってるんだろう。収支報告書が無くて済む規模じゃないよ」

 

 事前に騎士団で調べてきたこの事業の概要。事業に関する資料のどれにも金の動きを示す収支報告が無かった。これだけ動員して、彼らにまるで還元していないのなら相当な収益となっているはずだ。それを聞いたレイサはふっと笑って見せた。

 

「ハハッ。半年間、あんたに予算を勉強させた甲斐があったよ」

 

 反応に困って眉が下がる。何かあった時、団長に声を掛けやすいから……何て理由で押し付けられた仕事──の、はずだった。まさかそれが勉強の為だとは考えた事も無い。でも、結局今も部隊のお金は自分が管理しているが、半年以上やってもちっとも数字に強くなったようには思えなかった。

 

「そうかな? あたし、数字が苦手なの、ぜんぜん克服できてないけど」

 

「ぱっと見てオカシイって思えるってのは隊長として大切な事だよ」

 

 二人とも同じ推測に行きついていた。でも、一体どこへ流れているかは、レイサでも調べようと思うと途方に暮れる。とにかく守りが堅すぎるのだ、この騎士団は。

 少なくとも、シャニーがどうにかできる相手で無い事だけは確かだ。彼女にちょっかいを掛けた騎士の話からしても、こちらから手を出したら逃げ場のない状況になるのは間違いない。

 

「シャニー、妙な気を起こすな。あんたの仕事や正義を決めるのは、今は連中なんだ」

 

 シグーネを傍で見てきたレイサは厳しい。師にこう言われてはシャニーも黙るしか出来なかった。納得など出来ない────ただ、その気持ちだけが握りこむ拳から滲む。彼女は唇を噛んで立ち上がると、何も返すことなく部屋を出ていった。

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