ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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吹雪の中、シャニーは葛藤を噛み砕く様な顔で黙々と剣を振っていた。このままでは、あの人に顔向け出来ない。

ロイ様……あたし、どうすればいいんだろう────

イリアの復興を楽しみにしてくれている彼に、この仕事を話したらどんな顔をするだろうか。
自分はただの傭兵だ。だけど、自分なりの正義がある。憧れのあの人に胸を張れる生き様でありたい。
そんな気持ちを阻む契約と言う名の鎖。
握っているこの剣に正義はあるのか?このまま自身に嘘をつき続けて良いのか────そんな悶々とした想いを仲間達に問うてみるのだった。


第6話 譲れぬ誓い(後編)

 夜が深くなるにつれ、叫ぶ様な吹雪の窓を叩く音が激しくなってきた。

 ルシャナは年下二人と共にトランプで時間を潰していた。ジョーカーを引いて頭を抱えるミリアから視線を外し、窓辺から外を見下ろしてみる。

 ストックヤードに今も変わらず見える松明の灯。こうなると暫くは放っておくしかない。

 

 その灯が険相に差す深い影を一層に濃くする。炎を捉え、ただ一点を見つめて黙々と剣を振るう(あおぐろ)い瞳には普段の朗らかさは欠片もない。

 

「シャニー、そんな顔するんじゃないよ」

 

 近付き辛いそのオーラに難なく入り込んできた黒い影が後ろから声をかける。

 

「あ……レイサさん。何でここに?」

 

「あんたがそういう顔で剣を振ってる時は、ろくでもない事を考えてる時って決まってるからね」

 

 しばらく動きを止めたシャニーだったが、何も返す事は無かった。再び揺らめく炎を断ち切るかのように、彼女の剣は鋭く叫び始める。最初は型のチェックだけのつもりだったが、一の風から四の嵐まで剣技を何度も繋いたら、もうもうと白い息が噴き上がってきた。苦しい────だけど、止められない。

 ふと爆ぜる肩に置かれた手。背後を一瞥すると、腕を組んで眺めていたはずのレイサが目の前に居た。

 

「傭兵に出てたら、こんな事いくらでもあるってシグー(姉貴)ネも昔言ってたよ」

 

 それでも剣を止められない。再び弧を描き始めた刃が炎を浴びて赤く光る。見透かされているの分かっている。だけど、じっとしているとじわっと頭に湧いてくる昼間の光景────悪夢を薙ぎ払うにはこうするしかなかった。

 

「分かってるよ……」

 

 動乱の時だって、傭兵でなければ逃げ出したくなる場面はいくつもあった。だから逃げ出さなくて良い様にと、ディークと自身を鍛えてきたつもりだった。

 だけど、そう簡単には強くなってはくれない。心というヤツは。

 

「頭では分かってる。でも、────納得は出来ないよ」

 

 今握っている剣に正義はあるのか? 本当に、イリアの礎となる為の剣を握っているのか────問えば問うほど分からなくなる。

 

「あんたの気持ちは正しいよ。だけどこれは契約(仕事)なんだ。分かるだろ?」

 

「……」

 

 逃げるな。努力しない人間ほど人のせいにして逃げるもんだ────ディークに良く叱られた。彼の教えをずっと胸に刻み、今も剣を握っているつもりだ。だから逃げたくない。納得出来ないものを、契約だからと言って目を瞑りたくない。どうすればいい? 

 振るう剣の間隔がどんどん早くなる。ガリンッ────その剣が無理やり止められ、あたりに響いた耳を劈く鈍い金属音。

 

「いつもいつも、正しくいられるなんて出来ないよ。もう少し自分を抑える術を身につけないと」

 

 はっとして剣に当たったものを伝っていくと、レイサの鋭い眼光に突き刺されていた。パチパチと松明の爆ぜる音だけが響き、アサシンの眼が赤く染まる。

 しかし、今日の彼女はそれで眉が下がったりしなかった。目に鬼火を燃やし、阻む短剣を激情に委ねて高い音と共に跳ね飛ばす。

 

「────それじゃ、あたしの正義(誓い)に反する」

 

 イリアの民に、信じてくれる人に嘘はつけない。裏切る訳にはいかない。こんな形で復興を進めているのでは、ロイにも顔向け出来ない。復興を楽しみにしてくれている彼への手紙にどうやって書けばいい? 自分たちは頑張っていると書けるのか?

 再び剣を振り始めると、やれやれとでも言いたげに両手を広げるレイサが視界の端へ映る。

 

「あんたが一人救ったとして、それで天馬騎士団の騎士全員、いや領民全体に被害(報復)が行くとしたらどうする?」

 

 瞳が揺れ、剣を止める。契約違反は対外の場合は信頼を落とす絶対タブーだし、イリア内であっても明確な報復対象となる。

 ────どれだけ強くなろうが、千の敵をお前ひとりで相手に出来るか? 

 かつて師匠に問われた言葉が蘇る。

 

「それは……。でも────!」

 

 納得できない気持ちだけが先に口から飛び出てきた。先が続かない。言い返したくても何もない。

 自分の握るこの剣が正義を叫び、結果多くの犠牲を出したら……。今でも忘れてはいない。守ると誓ったのに失われた村の人たちの顔を。

 

「シャニー、焦るな」

 

 剣が下を向いたところを逃さず、レイサはシャニーの両肩をがっちりと掴んで(あおぐろ)い瞳を見つめる。

 

「今のあんたが叫んだところで何も変わらない。出来る事から、一個ずつ積み重ねるんだよ」

 

 何も言い返せずにシャニーは剣を下ろしたまま俯いた。イリア騎士の最下層にいる事は分かっている。ただの傭兵である事も。

 今まで何度も打ちひしがれてきたこの立場。今回も何も出来ないのか。見て見ぬ振りは一番したくない。動きもせずに諦めたくない。でも────ようやくに剣を振る手が止まった。

 

「あたしも、ずっと探してる。──自分を抑える術……」

 

 もう一人の自分と対話しているかのようにぽつりと漏れた渇望。その背中は妙に重く、構えたままの鋒が炎に赤く揺らめく様をじっと青の瞳が見つめている。

 

「あんたは考えるより先に体が動いちゃう子だからねえ」

 

 前からだ。見習い時代からどれだけ周りに叱られても変えられない。よく考えもせずに体だけ、心だけ突っ込んで行ってしまう癖。それ自体は悪いことではないとレイサは笑うのだが、本人にとっては恐怖だった。

 

「それもそうなんだけど……もっと別の事」

 

 ディークに口酸っぱく言われてあの頃よりはマシになったと思っていたが、目の前で誰か苦しんでいるのを見ると思考が飛んでしまう。今回だってそうだった。おまけに、今はさらに厄介なものが()()()()()

 

「戦ってると()()()()()()()から。それをどうやって抑え込もうかって」

 

「ああ、あの時のヤツか」

 

 ぎゅっと胸元を握る。確かに()()のだ。まるで爆弾が埋め込まれているような衝動が。仮面の魔術師と戦った時の恐怖は今も消えない。

 

「この場であれをやっちゃったら、それこそ取り返しがつかないからさ」

 

 飛び出して来ない様に自分を抑え込むので毎日必死だった。一度表に出たら制御できない。

 ────鎖は斬った。だが、制御できるようになるまで使ってはならない

 あの紳士の言葉は、相変わらず何が何だか分からないまま。

 

「そう言う事なら、好きに剣を振ってて良いよ。自信が持てるまで」

 

「うん。そうするつもり。自分を納得させられないと不安でさ」

 

 自信とは自分を納得させること。不安だから稽古する。稽古して結果を出し、自分を納得させる。それしかない。

 しばらく鋭い剣が松明の爆ぜる音を切り裂いていたが、今度はすぐに止まった。

 

「はあ、心を鍛えるって何なんだろうな。まるで成長してなくて辟易するよ」

 

 考える前に体が動いて事態を切り拓いてきたからか、目の前の課題はどうして良いか分からない。

 

 楽天家で普段めったに不満を言わない彼女のため息。天を仰ぐその肩にレイサはもう一度手を置いた。振り向いた瞳はさっきより青さを取り戻している様にも見える。

 

「────だったら尚更、皆のところに戻りな」

 

「え……?」

 

「この際だから言うけど、あんたは独りで何でも出来る子じゃない。独りで居たらいけない子なんだよ」

 

 負けず嫌いで気が済むまでのめり込む。それが今はあだになっている。おまけに今回の任務は常に空と言う誰も干渉出来ない場所で行っている。

 シャニーには孤独が一番の敵。レイサでなくとも彼女を知る者なら誰でも知っている。

 

「心って言うのはいろんな声に揉まれて鍛えられるんだ。自分と会話したって苦しいだけさ」

 

 前向きな朗らかさが彼女の持ち味のはずが、今はすっかり消えている。消し飛ばしてしまったのは他でも無い彼女自身だ。理想を追い求めるあまり現実とのギャップに幻滅して浸かる孤独の毒。

 

「あんたは誰かと居る時が一番に輝く子。皆を照らして、自分も支えてもらいな。あんたに孤独は毒だ。今ここに立っているのは、自分一人の力だと言えるかい?」

 

 悩んでいる姿は今までもあった。その都度、周りが声をかけてきた。その刺激に楽天家はすぐに前を向き、今度は周りを明るく照らしてきた。それが今、形になっている。十八部隊のリーダーとして。

 

 レイサからの問いに、シャニーは目を瞑って思い出してみる。

 

(あたし一人で成し遂げられた事なんて────ううん、もう独りは嫌だよ)

 

 姉達にディークにロイ、そして十八部隊の仲間たち。節目節目には必ず傍に誰かがいた。

 つい最近だって思い知ったばかりだ。独りでは解けないものがあるのだと。それを教え、底無しの沼から引き揚げてくれた仲間達の顔を思い浮かべたら、自然と剣は鞘に収まった。

 

「えへへ、そうだね。戻るよ、みんなのとこに。あー、いっぱい考えたらお腹空いちゃったよ」

 

 悩んだって今の自分にはどうにもならない事を、どうしてあんなうじうじ考えていたのだろう。早く皆の所に戻ってお喋りがしたい。悩んだら、皆に助けてもらえば良かった。

 

「はは、食べられりゃ、とりあえず大丈夫だね」

 

 ニカっと笑う顔はいつも知る顔。再び昇った太陽の肩を抱いてレイサは城へと戻っていった。

 

 

◆◆

 レイサと別れ、部屋に戻る途中の曲がり角。気配を感じてふと部屋と反対側の通路に目を向けてみる。休憩所があり、ルシャナがグラスを傾ける姿があった。

 こんな仕事先でも呑んでいるのにはびっくりしたが、気づけば自然と彼女の横に座っていた。

 

「あんたも呑む?」

 

「んー……じゃあちょっとだけ」

 

 蒸留酒を注いでもらい、お湯で割って冷えた体を温める。やっぱり仲間といるとそれだけで心が落ち着いてくる。

 しばらくコップを回して中を覗き込んでいたが、さっきまで悶々と心の中にへばりついていた重い気持ちがすぐに剥がれて飛び出してきた。

 

「ルシャナはこの仕事、どう考えてる? あたし達、正しい事してるのかな」

 

 いつもの声とまるで違う乾いた声。それを聞いただけでルシャナは思った通り、リーダーが思い悩んでいると確信していた。まだ、こうして相談してくれるようになっただけマシだ。

 

「正しい事をしていると思うよ。そう言う契約だし」

 

 あっさりとそう言うと慣れた手つきでお湯割りを作ってぐいっと傾けだす。

 情に流されず、あくまで契約に従って動く。傭兵のキホンだ。それでも、視界の端には納得のいっていない顔がある。

 

「そう言う意味じゃ────」

 

「そういうもんでしょ? 仕事って」

 

 シャニーに言い聞かせるように被せて言い切る。彼女だって分かっているはずだ。それでもこんな事を言う気持ちだって察してはいる。

 取り付く島もない答えをされて俯いていたシャニーは、一つ酒に口をつけるとふうっと大きく息を吐いて天上をぼんやりと見上げた。

 

「──あたしも、最初はそう思ってたんだ」

 

 言われた通りに動いていれば良い。そう思っていたが、ディークの傭兵団に入ってそれは覆された。

 自分で考えて動かなければ仲間を危険に晒すし、雇い主が何を考えているか察しながら身を振らなければ仕事とは言えない。そう口酸っぱく言われては、いつもこう叱られた。────仕事を舐めるな。

 

「でも、それじゃダメなんだって思うようになってさ。ずっと……それを貫いて世界を救った人を見てきたから」

 

 ぎゅっと胸元のロケットを握り締めた。ディークの小言を自分事として咀嚼出来たのは、凛々しい彼のおかげ。

 誰も取り残さない。喜びの影で誰かが泣くような事があってはならない────二人でお喋りする時、彼はいつもそんな悩みを口にしていた。

 あの時はただ励まして支えてあげる事しか出来なかったが、聞かされる内に自分の心の中に同じ気持ちが芽生えていた。

 

「こんな仕事……ロイ様にとても伝えられないよ」

 

 傭兵に出てくる前の最後の手紙に、書いてしまったのだ。帰ったら、傭兵先の仕事をきっとレポートすると。イリアの発展に貢献できる大事な仕事なのだと。

 それが実際はどうだ。ろくな服も着せず、子供にすら鞭を打つ。そんな連中に加担していると考えるだけで胸が絞られる。

 

「あたしはロイ様みたいなスゴい人じゃないけど……。──想いは同じだよ」

 

 あんなカリスマ性も無いし、心だって強くない。今だってこんなに挫けそうになっている。

 だけど、彼にちゃんと報告できるような仕事をしたかった。このまま自分の正義に嘘をついたままでいたら、頭がどうにかなってしまいそうだ。

 もちろん、それを果たせば天馬騎士団に迷惑をかける事になる。それは分かっている。

 

(ロイ様……あたし、どうすればいいんだろう)

 

 そう考えていた時だった。いつの間にか空になっていたグラスにルシャナが酒を注いできた。

 

「はっ、じゃなかったら好きになんかならないでしょ」

 

 好き────その言葉を聞いた途端に頭がかあっと沸騰してこめかみから血が噴き出しそうになった。

 

「べっ、別にそんなんじゃないよ。憧れの人だよ、ロイ様は」

 

 頑なに否定するシャニーへルシャナは怪訝な眼差しを送った。どうしてこう、壁を作ろうとするのか分からない。いつも、傭兵なんか────とか言って一線引くのだ。普段はガンガン行く彼女がこの事になると妙に慎重で違和感があった。それを聞いたところで、はぐらかされるだけ。話題を元に戻す。

 

「そりゃさ……人間としてはどうかと思うよ。私だってむかっ腹立ってるし」

 

 いけ好かない連中だとルシャナも思っているし、シャニーがぐっと抑えているのも知っている。内心、腸は煮えくり返っているのだろう。それを笑顔と、無心に振る剣で隠しているだけだ。

 

「あんた……迫られたんだろ?」

 

「……」

 

 金髪の騎士が得意げに話す様子を偶然聞いてしまったのだ。

 

 ────あれだけ上玉ならコマし甲斐があるぜ

 

 前後の会話からシャニーの事だとすぐ分かったし、視線を逸らして何も返してこない様子からも間違いなさそうだ。

 ルシャナはしょ気るシャニーの背に手を置いて彼女の視線を引き戻した。

 

「あんたが部隊長なんだからさ。あんたがブレたらバラバラになるよ」

 

「ルシャナ……。ありがとう」

 

 その言葉の意味をしっかり受け取ったシャニーは、静かに頷くとコップの酒を一気に飲み干して席を立った。

 傭兵では出来る事は限られるかもしれない。だけど、何も出来ない訳では無いはずだ。逃げたくないし、誓いを曲げたくない。

 イリアの民を守り、いつかあの人達に胸を張って会える様な生き様でありたい。どうすればいい────胸元のロケットを握り、憧れの顔に心の中で何度も問いかけながらシャニーは部屋へと戻って行った。

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