ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
聖天騎士団の嘘を暴く為、シャニーは遂に行動に出る。
脱走者の中に見た顔、それは間違いなく聖天騎士団の説明とは違う顔つきだった。
裏を掴めば、それを突破口にこの惨状を変えることが出来るかもしれない。
完全なグレー、いや……もはや────黒に近い領域に足を突っ込む事になるがやむを得ない。
彼女はその手のプロの力を借りる事にする。
そこで手に入れたネタを使って次の行動に出ようとする彼女だが仲間たちの反応は厳しい。
遠回りでも筋を通すべく別の手に出るが、返って来たのは思いもよらない命令だった。
翌日、レイサやルシャナに諭されてつかの間の笑顔を取り戻したシャニーは、いつもより低く飛んで現場をぐるっと見下ろしていた。是正措置をとってもらう
「貴様!! これで何度目だ!」
数日前に捕らえた脱走者がまた起こした企て。騎士たちは顔を真っ赤にして怒鳴り、以前より厳しく打ち付けている。何故ここまでしなければいけないのかまるで分からない。見ていられず、視線を切るしか出来ない。
(ごめん……あたしにもっと大きな力があれば……)
すぐにでも腰に差した剣を引き抜いてあの悪夢を払ってやりたい。夢に出てくるのだ、あの鞭の音が。皆を守る剣を志したのに、今の自分には何もしてあげられない。無力さに打ちひしがれ、捕まえておきながら彼女は心の中で謝っていた。
「はぁ……頭がどうにかなりそうだよ」
大抵のことはお喋りしたり面白い本を読んだり、ふとしたきっかけが無くても切り替えて前を向いていられるが、これは度を越していた。
いつも引き返していた境界線。その外で起きていたのがこんな事だなんて。うな垂れながら天馬にまたがって空へと戻る。ふと、胸元のロケットに目が行った。
(ロイ様、あたしどうしたら良いんだろう。ロイ様なら、どうやって守ってあげるの? 教えて……ロイ様……)
こんな非道はとても彼への手紙に書けないし、相談だって気が引ける。親身になって悩みを受け止めて来てくれた彼へ、今回こそきっと飛び切り良い報告を出来る──そう意気込んできたのに。
(あたしみたいな傭兵なんかじゃ、何も出来ないのか────ッ)
下手な真似をすれば騎士団の信頼を落とす事になる。それは分かっている。激情に委ねられたらどれだけ楽だろう。
正義を貫くのは力ある者の特権か……首に鉄球でも吊り下げられているかの様にまとわりつく葛藤。堪らず自身の太腿へ拳を打ち付けた。
その時だ、怒りに切れ上がっていた
投槍で威嚇し、すくんで動かなくなる脱走者の許へ急降下して傍まで歩いていく。
「手荒な真似はしたくない。大人しくして、お願いだから」
凛とした姿は崩せない。弱さを見せれば隙ができる。例え心が震えていても、これが──仕事なのだ。
(ごめんなさい)
心の中で謝り続けながら男に縄をかける。彼らには悪魔と映っているのだろう。逃げ出してくるには事情があるはずだ。それを聞きたくても、聴取は禁じられている。
白昼の悪夢。それでも
「あれ……あの顔────?!」
その時、男と視線が合いシャニーははっと口元を手で覆う。
────エトルリアの顔じゃない奴が混じってる
レイサの言葉が蘇る。今までヘルメットに隠されてきた顔。あれは間違いなく……イリア人。
◆◆◆
「あ~……マジ、しんど。ったく、天馬に乗って仕事出来る連中が羨ましいよ」
その夜、調査から返って来たレイサは見るからにヘトヘトだった。確かに、この広大な開拓地は歩兵にとっては毎日が地獄の鍛錬かもしれない。
寝転がって一休みしようとしているのを起こすのは申し訳ない。そう一瞬よぎったが、もう時間も余り残されていない。シャニーはドタバタ走って行ってレイサの手を取った。
「レイサさん、おかえり!」
「なんだいシャニー。丁度いいや、足揉んで────」
「ちょっと助けて!」
言うや否や、応も否も返すことさえ許さず部屋の外へと引っ張り出した。どこまで行くのかと背後から視線を感じるが、ぐいぐいとお構い無し。ストックヤードで足を止めて振り返ると、腰を叩くレイサから物臭な先制を浴びた。
「剣の稽古なら付き合わないよ。腰痛いし、足もダリーし」
「何よ、
まるでやる気のないレイサに口を尖らせたシャニーだったが、次の瞬間真っ青になって両手を上げていた。
「誰が年寄だって? あん? この口か?」
「も、もう言いまひぇん……」
真っ赤に光った目に背後へ回られて首に短剣を当てられていた。おまけに頬をこれでもかと抓られ、涙目になりながら許しを請う。
ようやく解放されると、頬と首筋を擦りながらその場にヘタレ込んだ。事ある毎に命を張った遊びを仕掛けられては堪らない。
「……で? 何でこんなとこ来たの」
「あっ、そーだったよ!」
いつまでも座り込んでいるとレイサから呆れ半分の声が飛んできた。ポンと手を打ち、左右を確認してからシャニーは耳打ちを始める。
見る見るうちに眼光を厳しくしたレイサは、シャニーの目を突き刺すように見つめて真意を問うた。
「あんた……本気なのか?」
「だって、もし本当なら彼らは天
出来る事と言ったらこれが精一杯か。彼女なりに考えた限界だと察してレイサは仕方なく首を縦に振った。問題は裏を取ったとして、それを
ちょうど今日、その場所を特定して来たばかり。ヘトヘトになった甲斐もあるというものだ。
「その格好じゃ目立つ。それに着替えな」
いったんシャニーと共に部屋へ戻ったレイサは、予備の服をぽんとシャニーへ投げつけた。皮鎧にマントにブーツだなんて夜の仕事には不向きだ。
「へへっ、何かプロって感じ!」
「ハッ、あんたがプロねえ」
潜入服に着替え、自身を見下ろして得意げにするシャニーをレイサは笑った。ここまで似合わない人間も珍しい。やはり地を這う黎ではなく、その黎を払う晴明の空が彼女の生きる道か。
このじっとしていられないド素人を連れての潜入はどうにも不安だが、一つ頷くとシャニーも真顔になった。ここから先は戦場──二人は闇夜に溶け込む。
◆◆
レイサの幻術で景色に溶け込んでいるとは言え、聖天騎士団の連中とすれ違う度にシャニーはごくりと息を呑む。おっかなびっくりやっていてもレイサは構ってくれない。声を掛ける事も出来ずに、意を決し騎士の正面を横切る。彼女についてするする雪原を抜けた先に小さな建屋が見えてきた。
「あんたはここでじっとしてな。良いか、動いたら蜂の巣だよ」
岩陰に隠れて待つように指示され、振り向いた時にはもうレイサの姿は無い。一体何が起こる……静寂に包まれた暗黒の中で、建屋の入口を見つめていたその時だった。入り口で見張りをしていた守備兵が、糸が切れたように突然バタバタと立て続けに倒れた。
「やっぱスゴイや。さすがポイズンマスター」
「そりゃあ姉貴が生きてた時はこっちが本業だったからね。行くよ」
痕跡を残す訳にはいかない密偵の仕事に欠かせない毒の数々。レイサの指先に光る仕込み針の威力にシャニーは舌を巻いた。あんな針の先に数滴たらした液体でこんな事になるなんて。褒めても、レイサは涼しい顔でもう先へ鋭い目を向けている。
(この人が敵じゃなくて本当に良かったよ……)
レイサを見つめていると、潜入服で口元まで覆いながら同じようにやれと目で指示してきた。
問題はここから。意を決しそのまま施設に入る。道中の警備兵に飛びついては麻酔針を使って眠らせ、何かを転がしていくレイサの後をついて行く。
「潜入は十五分が限界だ。その間になんとかするよ」
「ねーねー、何コレ?」
「バカッ、早く来るんだよ!」
転がしたものから何か煙が出てきた。様子を眺めるだけで済まず、猫の様に突っつこうとしたらレイサに手を引っ張られた。あんなところで一緒に寝たら大変なことになる──道すがらそう説明を受けて毛が逆立つ。本当にレイサは歩く毒薬庫だ。
「なっ……何、ここ……」
ようやくたどり着いた牢獄。思わず息を呑んだ。これでもかと人が押し込められ、不安げな目を向けてくる。部屋全体に広がる恐怖と嘆きの空気が極寒に凍り付いて四方から槍の様に降り注ぐ。心を押し潰されないようにするだけで精一杯だ。
(これ全部……あたし達が捕まえた人達なの……?)
彼らの絶望を作り出したのが自分達だと思うと、胸が引き裂かれそうでとても視線を合わせられない。横からレイサに突かれ、彼女は時計に指先を当ててくる────時間が無い!
(あたしが言い出した事なんだ。しっかりしなきゃ)
しょ気る心に鞭を打ち、前を向いて目当ての顔を探す。虚偽報告は重大な契約違反だ。そこを突破口に是正措置を取ってもらえれば、鉄格子の向こうにいる人達を救う事が出来る筈。今やっている事は十分グレーを超えているが、このまま正義を曲げ、ロイに顔向け出来ない仕事は続けられない。
「あの、すいません!」
小走りして早速声をかけた横顔。相手もこちらを覚えていたらしい。一度は振り向いて、目を見開き驚いて見せたが、すぐに視線を切られてしまった。
「なんだ。何を言われても、もう作業をするつもりはないぞ」
ぶっきらぼうな態度はどこか捨て鉢気味にさえ聞こえてくる。覚悟はしていた。こんな態度を取られても仕方ない事をしたのは自分だ。イリアの人を幸せにしたい────そう『三誓』を掲げて十八部隊の先頭に立ってきた自分が、彼らを踏みにじった結果が目の前の怒り。
「それとも、処刑しに来たのか?」
きっと死を運ぶ白い騎士としか映っていないのだろう。わっと心に広がる涙を胸元のロケットを握って堪えた。
「いえ、あなたはエトルリアの囚人というのは本当なの?」
「アイツらはそんな風に言っているのか」
時間は無い。相手の言葉に応えてあげられない苦しみを払って質問を投げつける。それを聞いた男が視線を戻してきた。彼の目には怒りとも殺気とも取れる煮えたものが浮かんでいたが、すぐに屠所の羊のように力を失って笑いだした。怒りをぶつけたところで何の意味も無い……そんな諦めが滲んでいる。
「はっ……、白と黒の騎士団ね……」
力なく漏れた渾名。憎しみを浴びせてくると言うより、どこか哀れなものを見る様な目を彼は向けてくる。この渾名、そしてこの目……騙されているとでも言いたいのか。
「じゃあやっぱり」
「ああ、俺はイリア人だよ。俺は……というより、皆だな」
乾いた笑いを浮かべながら見渡す男。その周りにいた者たちから一斉に視線を向けられる。助けてくれ────そんな声があちこちから聞こえてくるようでシャニーは呆然と立ち尽くすばかり。ずんと罪悪感が頭の上から肩の上から、あちこちから圧し掛かってくる。
(あたしは……何の為にここにいるの? 何を信じれば……良いの────?)
突き動かしてきたものが砕け散る様にその場に膝から崩れる。堪えきれなくなって伝う涙。何もかも許せなくなってしまった。彼らの嘘も、それを信じた自分も。何より、彼らのやる事を黙って見ているしか出来ない自分が。
「お前さんたちも仕事だろうが悪いことは言わない。さっさと帰った方がいい。洗脳されちまうぞ」
泣いていたら、何も知らずにここに来た事を囚人は察したのだろうか。最初の刺々しい口調とはまるで違う声で警告してきた。変わらない。いつも会う村の人々の優しい声と何も変わらない。そんな守るべき者たちに、一体自分が何をした?
「洗脳……って?」
罪悪感に押し潰され、
「俺はフェリーズ卿の説教を聞いてエミリーヌ教に入信したんだ。で、イリアに聖女の慈愛と光をもたらす為だってこの開拓事業に進められるままに参加して……このザマよ」
囚人の疲れた声が聞こえてくる。時計を気にしながら外を警戒するレイサはちらりと牢獄のほうに目をやる。案の定、あの天真爛漫は涙に暮れていた。
(何が……エミリーヌだよ)
レイサは内心聖女を罵った。あの顔を一体何回涙に濡れさせたら気が済むのか、この宗教は。相手の喜びの中に自身の喜びを見出す彼女には、地獄で焼かれているような気持ちに違いない。その彼女へ囚人たちは絶望と言う現実を突きつけている。
「土地は拓けて、鉱山も出来て……なのにちっとも潤う兆しも無いしな。聖女の光なんて幻想にしか思えねえよ」
にわかには信じがたい現実を受け止め切れずに、シャニーは降り注ぐ視線を前に罪悪感で何も言葉を絞り出せずにいた。
周りの囚人たちも口々に声をかけてくる。どうやら聞く感じ、どの人も似たような境遇らしい。イリアの極寒に絶望し、聖女の光を求めて立ち上がった者たち。待ち受けていた光はあまりにも眩耀なるものだった。
(この人たちに……何もしてあげられないのか、あたしは────ッ!!)
聖天騎士団のやり方、そして自分の無力に、胸の奥からぞわっと青い焔が噴き上がって来るのを感じる。契約とは言え、人々に絶望を植え付ける片棒を担いだ自分が許せない。その怒りに止めを刺すように、囚人は力なくうな垂れて乾いた声で笑った。
「……今のが聞かれたら消されちまうな、ハハッ……」
これが宗教か? 言論統制は厳しく、エミリーヌを疑うような真似をすると速攻処刑だという。
────お前はそんな事しないでくれよ
その場を後にする時に皆が向けてきた眼差しに、シャニーは振り向くことが出来なかった。
◆◆◆
「やっぱり、消されてるね、相当数」
城に戻るなりレイサに重い言葉を掛けられた。今回見つけた囚人たちが氷山の一角であることは優に想像できる。死人には口は無いのだから。
「もしかして、開拓事業に関わった人が消息を絶つって言うのは……」
「ああ。この事実を揉消す為に何かしら組織が動いているって事だ」
今でも信じられない。ここがイリアなんて。朝起きて日差しをいっぱいに浴び、仲間と楽しくお喋りをするイリア。広大な蒼穹に吹く風へ身をいっぱいに預けて飛んできたこの世界が──イリアなのか。
(こんなの、許せるワケ無いじゃない! イリアをこんな国にしたくない────ッ)
たった一本の境界線を越えた先には、紺碧が続くあの先には何がある……その答えが────これなのか? ギリッと握りしめた拳。革グローブが怒りに唸る。
「まずは……みんなに話をしよう」
二人の秘密にはしておけない。仲間達だって辛い気持ちを堪えてきたのだ。事実を伝え、今後の動きを図る必要がある。
部屋に戻ると、仲間たちの焦燥とした視線が突っ込んできた。
「シャニー! どこに行って────って何、その格好?」
ふらっと居なくなった事を怒っているのだろうか。ギンと角を生やして迫って来たルシャナに一瞬うっとしたが、運が良い事に彼女の興味は潜入服へ移ってくれた。ハーフトップにサバイバルパンツ……レイサと同じ。改めて自身を見下ろし得意げにしてみせる。
「へへっ、似合うでしょ?」
「いや、さすがに無いっスね」
「ん、全然」
期待していた答えと正反対でシャニーは目を点にした。まさかここまで木っ端みじんにされるとは、相変わらずミリアもレンも容赦がない。口をあんぐりさせていたら横からレイサの腹を抱える声が止めを刺してきた。
「────って、違うよ! みんな集まって。話がある」
ふいに真面目な顔になったシャニーは仲間とテーブルを囲む。事実を伝えると彼女らもショックを受けたようで目線が落ち着かない。信じられない気持ちと、どこか予想通りの怒りと。そんな濁った空気が淀む部屋に広がる沈黙。
「これはとんでもない事に首を突っ込んじゃったよ、あんた。どうする?」
一度鐘を鳴らした者は二度と平穏には帰れない────レイサの眼が答えを問うてくる。
(ロイ様やディークさんは、いつもこんな気持ちだったのかな)
己の目指すイリアはこんな色ではない。嘘や絶望を熔かした混沌を覆いつくす、こんな
「決まってる。収容されている人達を何とかして救い出さなきゃ」
知らなかったとは言え、罪もない人たちに武器を向け、痛めつけられているのに見て見ぬ振りをしてきた。これは彼らへの贖罪だ。イリアの礎たれ。己の誓いに反した行いに気づいた今、迷う事など無い────
「私は反対だよ、シャニー」
だが、速攻でルシャナから返って来た声は思いがけず期待していなかったものだった。
「ルシャナ……どうして」
困惑の碧眼が幼馴染を捉えるが、周りから注がれている眼差しも自分に味方するようなものではないと知った時、急に心細くなった。
「逆にこっちが聞きたいよ。この人数で一体何が出来るっていうのさ」
レイサを含めても今この場にいるのはたったの五人。相手の戦力規模など計り知れない。この城の絢爛さを見ても、兵数はもちろん武装だってとんでもないレベルに違いない。
一番に分かっているはずだろ────ルシャナの視線が突き刺さる。
「冷静になりなよ、リーダー」
先走る気持ちをまっすぐな言葉で窘められ、シャニーは思わず言い返そうとしたが、その時ふと師匠の声が聞こえてきた。
────どんなに強くなろうが、千の敵をお前ひとりで相手にできるか?
冷静に周りを見ろ……見習い時代からずっと言われて来た事だ。何も変わっていない。先走ってしまう事も、言われるままにしか動けない事も。
「くそっ! 傭兵のあたしじゃ……何も出来ないのか────ッ」
悔しくて、もどかしくて、何も出来ない無力に思わず拳で机を叩く。
ヴァルプルギスにだってとっくに調査の依頼は出している。だけど、調査すると返答されて以来、彼女からは何の音沙汰も無い。もう執れる手は何も無いのか。
「天馬騎士団に事情を連絡して指示を待つのがいいと思う。その間にデータを集めとく」
震える肩にそっと置かれた手。振り返るとレンが銀色の瞳で静かに見つめて、小さい口が優しく笑っていた。気持ちは同じ────そう伝えてくる仲間の表情はすぐに前を向かせてくれた。
「ありがとう、みんな。まずはそうしよう」
涙を拭き、仲間たちを見つめる。
あんたは独りで何でもできる子じゃない────レイサに昨日言われたばかりの言葉が蘇る。
頭脳明晰でも、絶対的な実力者でもない。それでもついてきてくれるこの八つの瞳を大事にしよう。そう心に誓って、シャニーは抜きかけた剣を収めたのだった。
◆◆◆
二日後────
「ちょ……、どう言う事?!」
書簡を握るシャニーの手が震えていた。それはすぐに怒りへと変わり、握りしめられた手紙が悲鳴を上げ始める。あれだけ何枚にも実情を認めて送ったというのに、天馬騎士団の回答はたった一枚。そのまま任務を続けろ────無味乾燥で冷然とした命令だけ。
立てかけてあった剣を手に取り、マントを羽織る。
「こんなの納得行かない。
「待ちなよシャニー」
すぐに突っ込んでいこうとする体は、またしても副将にがっしり肩を掴んで止められた。
「下に書いてある事をよく読みなよ」
一度はくしゃくしゃにして放り捨てた手紙を受け取り、指された部分へ目を落とす。
──契約の反故は許されない
──契約期間中は例外無く、契約主の命を絶対とせよ
──他騎士団の運営への意見、及び管轄外地での越権は断固禁止する
「天馬騎士団も手が出せないって事か。ちくしょう!」
契約外の行動は自省せよ。厳守出来ない場合は厳罰に処す────脅し文句で締められた命令。これには今まで我慢していたミリアも辛抱ならぬと吼えている。
するりと手先から書簡が滑り落ち、視界に残ったのは無意識に握られ震える手。それをすぐに取ったのはレイサだった。
「シャニー、私達は出来る限り全てをやりきった。あんたは立派に誓いを果たしたんだよ」
ばっと振り向いて来たシャニーの瞳は
「切り替えよう。あの人達の為に精一杯、あんたは力を尽くしたんだ」
言い聞かせながらシャニーの背に手をやって出撃の準備へと向かう。
結果は見る前から分かっていた。契約は契約。こんな早打ち、
契約満了まで後三日。こうなればもう、この任務と早く離れるくらいしか、レイサに祈れるものは無かった。