ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
配属されて1か月が経つある日。今日も木の上で寝るレイサにシャニーは昨日と同じ提案をしていた。
いつまで経っても基礎的な稽古ばかりでは、いつ正式な配属になるか分からない。
早く、少しでも早く正式な部隊に配属されて外国で飛び回りたい。
ただでさえ焦るそんな気持ちに火を点けるような話が幼馴染からもたらされた。
──エレブ新暦1000年 5月
やっと他の新人隊員たちも天馬の扱いに慣れてきたようで、稽古の最中に落馬する事も稀になってきた。
それでも相変わらず基本的な反復が続く毎日。初陣を踏む事は、まだずっと先なのか。
いい加減シャニーも退屈な毎日に限界を感じており、そろそろ実践的な稽古をしないと体が鈍ってしまいそうだった。
「ねぇ、レイサさん! そろそろ訓練のレベルを上げようよ」
今までも何度もそう提案してきた。だが、帰ってくる台詞は決まっていた。
「そんなにやりたかったら、アルマみたいに一人でやってきな」
そんな事、出来るわけがなかった。他の隊員が一生懸命やっている場所と離れて、自分ひとりだけ違う稽古をするなんて。
彼女たちを見ているとついつい、おせっかいをしてしまう。
「シャニー、無理に私たちに合わせなくてもいいじゃない。あんたはもう実戦を経験しているんだし」
何度かルシャナは自分にそう進言してくれた。他の仲間たちもそれに賛成してくれる。
仲間達からしても、無理に自分達に合わせさせるのも悪いし、何より一人だけ突出した者が居るとやり辛いのだ。
皆シャニーにとっては大切な親友だし、関係は悪くない。
しかし、実力差は実戦経験者と未経験者では火を見るより明らかだった。
必然的に、未経験者は経験者の技を盗もうとする。相手の稽古の邪魔をしてはいけないと思いつつも、群がってしまう。
シャニーも頼られているのだからと精一杯教えてしまい、結果何もできずに一日が終ってしまう。
なぜ、部隊長が教えないのか……不満を出来るだけ見せないように振舞っていた。
最初は互いに妙な気遣いが働いていた4月。
しかし、成長は目に見えて現われていた。精鋭部隊の人間達を眺めているより、目の前で稽古し教えてくれるほうがやはり吸収は早い。
そうなれば、更にシャニーの周りには人が集まった。
「ねぇ、こんなときはどう動いてるんスか?」
前から稽古を頼んでいたミリアがシャニーとくっついているのを見て、他の隊員たちからも次々声がかかる。
「オッケー、任せて任せて!」
シャニーにも生き生きした笑顔が映える。
ミリアの稽古に付き合ったあの夜がきっかけとなり、人に教える楽しさや難しさ、人に頼られることの嬉しさを知り、1か月が過ぎてそれが当たり前になっていた。
レイサは木の上に寝転がり、顔に被せたバンダナの下から眺めては笑みをこぼしてみていた。
水さえやれば簡単に芽を出してくれるのだから、こんな簡単な事はない。
だが、こういう草は放っておけば野生化して思わぬ群生へと発展することもある。
そうならないようにきっちり世話しなくてはいけなかった。
◆
夜番との交代時刻までの任務が終ると、シャニーはいつものように城から少し離れた小高い丘に向かった。
いつもここで自分だけの稽古をしてきた。
いくら見習い時代に多くの戦場を経験したとは言え、今は新人として基礎的な訓練に明け暮れる日々。
実戦から離れることで、少しずつ腕が鈍ってくることが嫌というほど分かる。それを食い止める為に、彼女は彼女なりに鍛錬していた。
「あれ? あれは……?」
だが、今日はいつもと違った。いつも誰もいない特等席のはずが誰かいる。
走って寄っていくと、そこには槍を持ったアルマが居た。
いつも部隊とは別行動ばかりして皆に心開こうとしないが、夢を語り合ったあの日からよく声を掛け合う仲。
それでも、このように自分を待っているのは初めてだったのでシャニーは最初目を疑った。
「なんでアルマがここに?」
「一緒に稽古をしようと思ってさ。邪魔になるか?」
「まさか! アルマぐらいの腕の持ち主なら、存分に稽古できるよ!」
思っても居ない相手から願っても無いような提案をされて、シャニーははしゃいでしまった。
アルマもそんな無邪気なシャニーを見て口元が緩む。
二人は暮れ行く春の夕日を浴びて思う存分、互いの技を相手に見せ付ける。
最初は稽古のつもりのはずが次第に熱が入っていき、終いにはとうとう本気でやりだしてしまった。
暮れ行き闇に包まれていく中、電光石火の剣と、闇夜を切り裂かんとばかりの強力な槍。それら二つが空中を華麗に舞う。
卓越された武は、踊りにも似たような綺麗な打ちあいを見せては互いの声が響き、武器同士がぶつかり合う音が暫く続いた後、ようやく二人は武器を下した。
「やっぱり、アルマ強いね」
「ふ、そういうお前もたいした実力だな」
互いの実力を認め合う。稽古の途中から分かっていたかもしれない。そうでもなければ、全力で相手の稽古に挑んだりできない。
暫く二人は丘に寝そべって空を眺めていた。
イリアに到来した短い春。それが紅に燃え、闇と溶け合うその様子は美しいの一言では片付けられない。
「お前さ、姉に憧れて天馬騎士になったって言ってたよね?」
突然口火を切るアルマの声で、半分寝かかっていたシャニーははっと我に返る。
こういう気持ちのいい風が吹く丘で寝そべると、勝手に目が閉じてしまう。
「え……あぁ、そうだよ」
「じゃあ、もう目的は達成されたのか?」
「うーん……。いや、今のあたしには、天馬騎士としてしたいことがあるよ」
アルマはシャニーの言葉を聞いてもっと知りたくなったのか、体を上半身だけ起こすと未だに寝そべるシャニーのほうへ顔を向けた。
「そのために、稽古もしっかりしている、と?」
「うん。困っているイリアの人を救ってあげたいから。賊がいつ襲って来ても大丈夫なようにしておかないとね」
シャニーが騎士として今誓いにしていることは、困っている人を見かけたら、きっと助けてあげること。
もし荒くれ者に襲われていたら助けてあげたいし、いざ傭兵に出て行ったら少しでも名声を得て、報酬を多く貰わなければならない。
イリア傭兵はある程度ランク付けがあり、そのランクに応じて報酬の額が決まってきてしまう。
稽古を必死にするのも、全ては民を救うため。それは自分の両親が、命を賭してでも生涯誓い続けたものでもあった。
「そうか……。ふ、お前は純情でいいね」
アルマは軽く笑った。彼女は羨ましいのだが、シャニーはバカにされたと思ったようで膨れている。
「だから、ド素人の新人部隊の連中にも武技を教えてるわけか。同じイリア民として、助けたいから。それでこうして時間外に。お人よしなヤツ」
「そんな大層なことして無いよ。あたしも見習いの時に色々な人に教えてもらって、ここまで生きてこれたから。自分も何か出来るなら、してあげたいとは思うよ。アルマは違うの?」
シャニーの言葉に、アルマは即首を縦に振った。
全然違う。生い立ちも、稽古に精を出す理由も、そして誓いも。
「私が稽古する理由は単純だよ。力さ。力が欲しいのよ」
「ちから?」
「私はね、人を従えて歩きたいの。欲しいのは、人を動かす力。権力だよ」
シャニーは、いきなり出た権力という言葉に一瞬表情が固まった。
面食らった様子の彼女の反応を楽しむかのように、アルマは更に続ける。
「権力を得るには、それ相応の力が必要だ。だから、まず実力で他が認めざるを得ない状況を作らなくちゃいけない。私が新人部隊を抜け出しているのは、あんなお遊びの稽古では、いつまでたっても上達しないから」
────力が欲しい。お前もそうだろう?
アルマの目がそう問うてくるが、シャニーはよく分からなくて困った顔をしていた。
人を従えて歩くというよりは皆と仲良くやりたいし、力を求めるあまり、皆から浮いて仲間はずれになるなんて嫌だった。
それならまだ、人の上に立たなくてもいいから、姉達のように皆から慕われる人間になりたかった。
「あたしには難しいかも……。だって、権力なんか要らないし」
シャニーは手で髪をボサボサと弄りだす。
難しい話をされると、ついついこういった不必要なことをあえてして、気を紛らわそうとするクセがある。
そんな彼女を見つめるアルマの眼差しは今も槍のごとく鋭い。
「……私は最初に、イリアを強国に変えるといったよね?」
「うん」
「そのとき、皆はどう反応した?」
「驚いたような……馬鹿にしたようなそんな顔してたね」
アルマが叙任式の日に新人の代表としてティトに騎士宣誓をしたあの時。
彼女は本来のイリア騎士の誓いを、信条と異なる為に一部口にしなかった。
その代わりに、彼女は宣誓した。自分だけの誓いを。────腐ったこのイリアを強国へ変える
そのときの一同の顔は十人十色だった。
新人達はとにかくあっけにとられていたし、先輩騎士や幹部達は驚いたような顔をしたあと、多くは蔑んだような苦笑いをしていた。
若気の至りか、と。誰も本気にしていなかった。
「そう、力がなければそんなものさ。でも、もし同じ言葉を、団長が言ったらどうなると思う? 皆ぺこぺこ頭下げて同意するよ。考えの違う人間を動かすことが出来るのは、権力しかない」
例えその同意が心からのものでなくとも、相手が目上の人間ともなれば否定するものはまず居ない。
組織の幹部なんて、皆地位や名声、そして権力の欲しい人間ばかりだ。
ましてイリアでは、自分の価値は、名声や実力からなるランク付けで決まる。
名声を得るには、それなりの力を持った人間の集まる上位の部隊に配属されなければならない。そうなれば、自然と団長に顔を覚えてもらわなければならなかった。
団長として権力を、指揮を振るえば騎士団単位でイリアを動かせる。
今や天馬騎士団はイリアでも三本の指に入る大きな騎士団だ。それが動けば、当然他の騎士団も何かしら反応をとらざるを得ない状況を作ることが出来る。
「力の無い奴がいくら吼えても、戯言程度の認識。力を持てば、権力を持てば、人は動かせる。でも、権力を得るには、実力だけじゃダメなんだ」
今まで考えもしなかったことの連続に、シャニーは頭がこんがらがっていた。
ただ漠然と、困った人を助けたい、もっと剣や槍の扱い方をうまくなりたいと稽古に励むばかりで、名声とか権力とか、そんな事は頭にはなかった。
もっとも、入団したての新人が、そんな事まで頭の回ることのほうが珍しいのだが。
アルマの話の続きを知りたい瞳が一度は彼女を見つめるが、ふいに弱弱しく逸れていく。
「人を動かせるのって権力だけなのかな……。だって、あたしは別に権力なんか無いけど、部隊のみんな、あたしの言うこと色々聞いてくれるよ?」
今の十八部隊の半分はシャニーが稽古を仕切っているようなものだった。そして、その中で色々指示を仲間にするが、皆嫌と言った事は無い。
そんな嫌がるような要求をした覚えも無いが、権力も無い自分が人を動かしているのは事実だった。
権力を持ち、本来指示をするべきレイサは、それを木の上から黙って見ているだけ。
「それは、お前が皆と敵対していないからだろ? 権力があれば、敵対している人間だろうと何だろうと従えることが出来る。そのためにも実力と……金が要る」
ごくりと固唾を飲み込んだ。金……これまたとんでもないものが出てきたと彼女は思った。
イリアの者は、いや、どの国でも金ほど人々から重要視されるものは無い。
特にイリアは貧しい国柄から、やむを得ず金を得る為に傭兵をしているのだ。命を危険に晒して。
どんなに敵対する者でも、金を積めば大抵は首を縦に振る。振らざるを得なくなる。
イリアで金を貰うという事は、それは即ち金を渡す側の命を貰うということでもあるのだから。
もし金で動かない堅物が居たとしても、周りの動く者達を味方につけて潰してしまえばよかった。
大抵の人間なら、金と名誉さえ与えておけば自分の言いなりになる。アルマは既に知っていた。
それはイリア内だけでなく、見習い修行をした地、ベルンでも同じことがなされていたから。
金で買えないものは無い。人の心など金で買えるし、力でどうにでも動かせる。
汚い表現かもしれないが、否定は出来まい。
もし、自分を汚い女というならば、そんな汚い手に引っかかる者が悪いのだ。アルマはそう考えていた。
どうも納得のできなくてシャニーの眉は歪んだまま。
やり方が強引過ぎると思った。もっと、皆が納得する方法があるのではないか。シャニーはそう考えていた。
そういった考えを持ち、実践する者を見習い時代にずっと見てきたし、その者に傭兵とは言え仕えていたのだから。
その人は、今や世界の英雄として名を馳せている。
今でもたまに騎士団経由で手紙が来るし、マメな彼は見習わなくてはと思った一人だった。
「あたしは、やっぱりそういうのは分からないかなぁ。きっとどこかで無理が生じるし」
アルマはシャニーが納得しないことを別段苦にもしてないようだった。
シャニーは人に愛されたい、人を愛したいこんな性格だ。自分の考えがシャニーに分かってもらえるはずは無い。国を変えたいと願うなら、覚悟を持って欲しいだけ。
せっかく同じ夢を持つ者同士。細部まで共感してもらえればそれ以上は無いが、ここまで自分と正反対な人間に、そこまで求める事は不可能だ。
「なら、お前はお前なりのやり方で頑張ればいい。私は私の考えを貫くし、理想を追求し続けるだけさ」
アルマはそう言って立ち上がると、天馬に乗って宙に舞い上がった。
「でも、夢が同じなんだから、出来る事は皆で一緒に頑張ろうよ!」
下から聞こえるシャニーの声に彼女は口元で笑みを作って答え、その場を後にした。いい稽古仲間が出来た、その嬉しさを胸に秘めて。
「そうだね。あたしもあたしの理想を追求し続ける! ……って言えるものを掴まないとな」
未だ固まり切っていない、自分だけの誓い。十のための一。まだまだ考える時間が必要のようだ。
しばらく坐して心を落ち着かせた後、薄明りの中で再び剣を振るい自問を繰り返した。
◆
「えぇー!? もう初陣経験したの?!」
カルラエ城にある食堂の昼間。賑わう中にもかかわらず響き渡る若い声に周りはギョッとしている。
ティトはその声が誰だかすぐ分かり、穴があったら入りたい気分だった。
「団長の妹さんはホント元気ですね」
イドゥヴァの言葉から蔑みを感じ、それに拍車をかける。顔が真っ赤になるのが分かった。
自分のことで無いにしても、妹がこういうことで有名人である事は恥ずかしい。
(もう少し淑やかにしてよね……!)
当の本人はイリアの家庭料理である肉入りの唐辛子スープに舌を焼きつつ、幼馴染の連中と話していた。
そこで、第二部隊に配属されたセラが先日配属後の初陣を踏んだことを聞かされたのである。
「シャニー……声デカイよ」
ウッディが周りの視線を気にしながら彼女の口に手をやる。
彼女も言ってから気づいたらしい。あ、という表情をして、回りをきょろきょろする。
周りの視線が矢の嵐のように降り注いで肩をすぼませた。
「……で、ホントなの?」
シャニーは確認するように、シチューをほおばるセラのほうを見つめなおす。
「うん、賊討伐任務だったよ。それがさ、うちの部隊長がいい人でさ~」
同期の親友はもう戦場へ出ていてシャニーは愕然とした。それなのに、自分はいまだ初陣どころか、実戦的な話すら程遠いところに居る。
どんどん仲間から置いていかれている。そんな気持ちが、彼女の心の中を駆け巡っていた。
「セラのところの部隊長って誰だっけ?」
「イドゥヴァって言う超ベテランの人。“最初で心細いかもしれないけど貴女達は私の後ろで援護をしてくれればいい。危ないから隊列を乱さずに私について来い”ってさ。結構統率取れててカッコよかったなー。あれ、シャニー?」
セラがウッディと話し込んでいる隙に、シャニーはいつの間にか居なくなってしまっていた。
昼休みの終るギリギリまで食堂で話し込むのが彼女らの日課であるのに。
「どうしたんだろ、アイツ。食べすぎで腹でも痛くなったのかな」
「シャニー……」
セラは茶化したが、ウッディにはその理由が何となく分かっていた。