ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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ギラつく断罪の剣。助けを求め叫ぶ少年。
今行くッ────シャニーは振り下ろされる剣を目掛けて天馬に鞭を入れていた。

契約満了まであと二日と迫った日、シャニーは逃走常習犯の少年を見つけてしまう。
だが、実情を知ってしまった彼女にはとても捕らえる気にはなれなかった。
追いつく前に、彼が鉄条網を越えて行ってくれたなら……そう考えていた時に事件が起こる。
騎士達は少年に剣を振り上げたのだ。しかも、あの騎士は見覚えのある顔……。

シャニーは剣を抜き、静かに自問する。これは────守る為の剣か?
その答えを叫び、彼女は飛び出した。



第8話 雪花旋風の如く

 (あおぐろ)い空。目の前は蒼くとも、向こうを臨めばどんどん鈍く霞んでいき、雲の下の方は真っ黒だ。いつ吹雪が来てもおかしくない。

 

「ダメだよ……手を出しちゃダメだ……」

 

 胸をギュッと掴みながらシャニーは震える声で自身を抑え込む。

 何故、あんな外道が大手を振って歩く姿に何も出来ない、何も言えない────心が抉れて真っ赤なマグマが溢れだしても飲み込むしか出来ず、空色の瞳がどんどん黎く濁っていく。

 

(あたしの剣は……やっぱり何も守れないのか────ッ)

 

 今日もあちこちへ天馬で飛んで行っては聞こえてくる鞭打ちの音。

 左手が震える。もう必死に力を込めていないと、すぐ柄へ手が伸びてしまいそうだ。目を瞑っても、耳を塞いでも入ってくるこの音が頭にこびりついて離れない。

 

「ご苦労、君の眼は優秀だな。ハハハッ!」

 

 労いの声は毒を浴びせられているようなもの。聖天騎士団の騎士に脱走者を引き渡し、天馬に戻る足取りは鉄球を引きずる様に重い。やっと解放されて空へと戻っても、腹に煮えた油でも放り込まれた様にぐらぐらが収まらない。何も遮るはずの無い空さえも、今は(あおぐろ)き独房にさえ思えてくる。

 

(あと二日……後二日で終わるんだ……。────何で終わるの?)

 

 いつの間にか無責任な事を呟く心に嫌気が差す。

 目の前に映らなければ良いのか。これは悪夢何かでは無い。今も起き続けている現実────いや、悪夢そのものだ。今まで知らなかっただけの、現実と言う名の悪夢なのだ。その悪夢を自身の剣は払えずにいる。これで良いのか────

 悪夢は再び、逃れられない現実を突き付けてきた。目の前に見えてきたのは、もう何度も見た後ろ姿。

 

(あの子……また逃げ出したんだ)

 

 逃げ出したくなる気持ちは痛いほど分かる。それを捕えなければならないシャニーの眼差しは弱っていた。特に天馬へ加速を指示する事も無く、惰性で滑空していく。このまま……追いつく前に彼があの鉄条網を越えて行ってくれたなら。

 

「お前、今度と言う今度は許さん!!」

 

 無情にも、追いつく前に騎馬兵が押し寄せて少年を押さえつけ始めている。青筋を立てて怒鳴りつけ、子供相手にもまるで容赦が無い。

 シャニーは呆然と馬上から見下ろしていた。あんなに轟々とした怒気を浴びせられているのに、こんな遠巻きに眺めているしか出来ないと思うと視界が霞んでくる。

 

(あたし……何の為に居るんだろう。……────ッ?!)

 

 金属をこすり上げる音が耳を劈く。はっと視界に色が戻った刹那、乾いた声が飛び出した。騎士が少年に向かって剣を引き抜いていたのだ。

 押し込めた心の奥から、燻り続けていた炎が噴き出して体が前傾する。今飛び出さなければ間に合わない。でも、次に彼らの邪魔をするような事があれば────

 

「助けてお姉さん!!」

 

「────ッ!」

 

 視線が合ってしまった。叫ぶ少年の頭上では騎士が剣を振り上げている。

 今行くッ────気づいたらもう天馬に鞭を入れ、鎖を引き千切る様に突撃していた。

 

「────やめて!!」

 

 絹を裂くような悲鳴と共に響いた鈍い金属音。振り下ろされた剣を槍で受け止め、そのまま騎士に天馬ごと体当たりして吹き飛ばす。自身も飛び降り、死を前に震える少年を引き寄せた。何度も頭を撫でてやり、震える体を擦りながら抱きしめる。

 

「子供に武器を振るうなんてどうかしてるよ! エミリーヌ様の教えにそんなことないはず!!」

 

 吹き飛ばされた仲間を介抱する騎士たちの眼光が一斉に突き刺さる。

 飛び出してこようとする彼らに槍を投げつけ、響き渡る天馬の(いなな)き。少年を乗せて瞬く間に飛び立った。

 

「貴様ぁ! 契約主に向かって槍を振るうとは何事だ! 追え!!」

 

 下から騎士たちの怒声が聞こえてくる。背後を一瞥すれば六、七人が馬を駆って追いかけて来る。その手には弓が握られて、考える間も与えぬと言わんばかりに威嚇の一矢を放って来た。背後を取られた状態で弓を相手にするのは、天馬騎士にとっては絶望的。

 

(くそっ、このままじゃマズい。この子だけでも……────ッ?!)

 

 ジュンッ────矢音が頭の横を突き抜けていった。稲妻の如く走った第六感が身を伏せさせ、旋風にも似た人馬一体の裂空で射手に的を絞らせない。

 それでも、少年を乗せて動きが制限されたままでは長くは持たない。

 後ろ目に牽制して距離を測り、振り向きざまに投槍を放つ────一人落とした。後……六人。

 

(多いな……。こうなりゃ肚括るしか無いか────ッ)

 

 どこかに降ろしてやろうと思ったが、このまま低空飛行していては二人とも危ない。

 

「いい? この子が降りるまでしっかり掴まってるんだよ!」

 

 少年に手綱を握らせ、鐙の場所を指さすと相棒を信じて高度を下げる。

 

 バカめ────舌なめずりしながら射手が弦を引き絞る。撃ち落としてくれと言っているようなものだ。

 次の瞬間、彼の眼が見開いた。突然天馬から宙へと開いた青き雪中花。自身の走路に被せるように降ってくる天馬騎士の手には剣が握られていた。

 

「貴様、いい度胸だ。この数を相手に一人で来るとはな」

 

 倒れた射手の横に着地したシャニーは声にはっと振り向いた。追走してきた騎士たちが距離を詰めてくる。

 

(あいつ、あの時の……!)

 

 あの顔……思い出した。いやらしく頬を擦ってきたあの騎士だ。剣を握る手に力が籠る。

 それに反応してか、彼は馬上から射手に命じて距離を空けさせている。剣は届かず、弓を引き絞れる標的との最短距離。

 

「そっちこそ説明しなさいよ! ここにいる作業者、皆イリア人じゃない! 騙したの?!」

 

 何故知っている? ────騎士の顔が疑念に歪む。だがそれも束の間事。彼は鼻でせせら笑うと嘲りの目を向けた。

 

「それが何か問題なのか?」

 

 遊んでやるには良い相手だと思っていたが、こうなってはこの女も()()()()と同類だ。いや、むしろ裁かれるべき存在となった今、剣を捨てたところでもう遅い。この女は()()()()()()のだ。

 

「何?!」

 

「ここは我ら聖天騎士団の管轄地だ。貴様ら天馬騎士団の連中が口を挟む余地は無い」

 

 地の利は全てこちらにある。騎士たちに満ちる自信を支えるイリアの掟。

 この女は理解していない。この場を裁く全ての権限は聖天騎士団にあり、彼女に許された権利は何も無いと言う事を。()()()者は断罪せねばなるまい。

 

「貴様は色々知りすぎた。構わん、この場で始末しろ! 天馬に乗らぬ天馬乗りなど怖れるに足らん!」

 

 騎士が槍を構え、周りの射手もゆっくりと弓を掲げて矢を番い始めている。

 来るのか────身構えたシャニーだったが、騎士はふいに射手達の前に構えた槍をかざして待ったを掛けたではないか。

 

「……それとも、その剣を捨てて俺の下に来るか?」

 

 粘着質な虫唾の走る視線を馬上から舐めるように浴びせてくる。柳眉を吊り上げて睨んでいたシャニーの口元が、ギリっと怒りを噛み砕いた。

 

「もう……許せない────!」

 

 聖天騎士団相手に武器を振るうな──そう部下に指示したはずだが、これ以上は辛抱ならない。イリア騎士にも係わらずイリア民を苦しめ、挙句葬ろうとした事を見過ごすことなど。

 剣を握り直して顔の前に掲げ、誓いを唱えて自身に問う。

 振るう剣の総てはイリア民のため。この剣は、守る剣か────

 

「天馬騎士団 第十八部隊長シャニー、参る!!」

 

 (さけ)ぶ剣を陽に構え、鋒が後ろに流れるほどの電光石火で騎兵目掛けて一気に距離を詰める。

 それを射手が黙って見ているはずがない。一斉に弓を引き絞り始めた。

 

「蜂の巣にしてやる!」

 

 陽の構えのまま一点突破に駆け抜け、照準を合わせる間を与えない機敏な身のこなしは流星か。若き隼の貫く様な眼光が射出前の僅かな目の、腕の動きを見切って飛び込んだ。

 

「避けただと?!」

 

 渾身が外れて雪原を抉る。その横を飛ぶように駆けて来る白き騎士の鬼火燃える眼が迫る。射手は驚愕を叫び、堪らず防御姿勢をとった。

 

一の風(アインス)翔刻の青嵐(イクシード・アクセル)!」

 

 すれ違いざまの一閃。既に次を捉えたか、描いた弧を突き破るが如く吹き抜けた青き颯は、もうあんなに遠くにいるではないか。その刹那、時まで斬れた様に遅れて襲う激痛。右腕と足を押さえて射手は倒れて転げまわった。

 

「くたばれ小娘!!」

 

 怒声と共に射手の照準を察知した第六感が横手へ振り向く。三人が横腹を狙って引き絞っているのが見えた。そちらに意識を残しながら正面を一瞥すれば目の前には林。刹那高く響いた弦の弾ける音。一発では終わらない。三人がかりの一斉掃射が突っ込んでくる。間一髪で木の裏へ滑り込んだ。直後に聞こえる幹へ突き刺さる音からするに、浴びせられた矢は十を下らないか。

 

(クソッ、アーチャー三人なんて流石にキツいよ。どうする……)

 

 何とか身を隠したが長くは居れない。とは言え、いくら矢躱しを心得ていたとしても三人係りをそう何度も相手など出来ない。

 カンッ────頭を預けていた木の幹越しに、鋭い音が衝撃となって襲って来た。思わず顔をしかめて目を眇める。

 

「大人しく出てこい! そこに居るのは分かっているんだぞ!」

 

 何度も劈く音が耳を崩してくる。音はどんどんキンと響くようになってきて、狙いが絞られてきている事を伝えてくる。

 

(落ち着け……相手はアーチャーだ。少しでも時間差を作れれば……)

 

 胸元のロケットを握り締めて大きく息を整える。

 弓は両手を使う武器。足か、どちらかの手の腱一つ傷つけることが出来れば無力化できる相手。剣技で一気に近づけさえすれば片が付くはず。

 コンッ──再び矢が幹へと突き刺さり、頭上から木に積もった雪が落ちてきた。

 

(────これに賭けるしかないか!)

 

 一か八かだ。アーチャーは距離を詰めながら包囲し始めている。どの道このままでは蜂の巣だ。

 今だッ────また一本、威嚇射撃が幹に突き刺さったタイミングを狙ってシャニーは幹へ渾身で突っ込んだ。

 

「何?!」

 

 噴き上がる雪煙。木の上の雪が崩れ落ち、それが連鎖を呼んで周りの木々の雪が滝の如く雪原へ雪崩れ込む。

 完全に標的を見失ってアーチャーたちは焦燥をあたりへ突き刺した。

 

「くそったれ、どこに行きやがった!?」

 

「後ろだ!!」

 

 仲間へ叫んだ時には、霞と構えた剣を一閃せんと渾身を込める紺碧の瞳が目と鼻の先まで迫っていた。いつの間に目の前に────身構えた時には既に颯の如く消えていた。

 

二の颯(ツヴァイ)万華の流星(ジリオン・ミーティア)!!」

 

 声が遅れて聞こえるほどの疾風迅雷。疾きこと風の如く、三人の射手は現れては一閃し飛び出していく太刀風に為す術なくその場に伏した。

 

 後はお前だ────相対する騎士へシャニーは再び陽の構えを取る。

 

「小娘が味な真似を。さすが部隊を預かるだけはあるな」

 

 わずか数分の出来事に騎士は焦っていた。もう自分以外に誰もいない。

 迂闊だったか。天馬騎士など、地上に居れば丸腰でただの村娘だと思っていた。このような剣を扱う天馬騎士など聞いたことが無い。おまけにレフティなど相手にした事も無かった。

 

「無駄な抵抗は止せ。俺の女になれば、今ならヴァルプルギス様に報告しないでおいてやる」

 

 だが、状況的有利は変わらないはずだ。何より、こちらにはカードが何枚もある。既にこの女は契約違反を犯した身。もはや後ろ手に縄で縛ったも同然────そう考えていたのは彼だけのようだ。

 シャニーは鋒を向けると嘗め回すような声を払い除けた。

 

「ヴァルプルギス様に会わせろ! お前じゃ話にならない!」

 

「ならば分からせてやろう!」

 

 突撃して執拗に馬上から槍を突き向けてくる。

 さすがに歩兵と騎兵、剣と槍では攻め込むことはできない。半身になって相手の槍を避けてはいるが、どんどん後ろに押されていく。

 

(ちっ、槍相手に剣で戦う事になるなんて!)

 

 苦手な右の槍。おまけに騎兵が扱うロングスピア相手とは最悪の条件だ。位置取りに神経を研ぎ澄まし、霞に構えて避けながら隙を窺う。

 霞からの後の先(カウンター)を狙っても、浅い位置では馬上の男までは届かない。青髪が宙に舞う。一方的にやられるばかりで騎兵の声にどんどん驕慢が乗る。

 

「どうした! 逃げるだけか! 槍に剣で挑むなど愚かな奴!」

 

 背後には林が迫る。追い詰められてしまえば一巻の終わり。この足が止まった時が決着の時。

 眼についた天性のバネで粘着質に襲う槍の尽くを避け、突き向けられた槍に剣を打ち付けて一歩前に踏み込んだ。終わりだッ────悪あがきの様な反撃に騎士も一歩引き、馬に突撃を命じて渾身を揮う。

 

(今しかないッ、行くぞ!)

 

 それを柳の葉のように躱したシャニーは、林を前に馬が避けようと横腹を見せた瞬間を逃さなかった。

 刹那に馬の左脇──槍の死角に滑り込む。慌てた騎士が覗き込んだ時には反抗の一撃が切り裂いていた。

 

三の颪ッ(ドライ)────逢魔の閃光(エクリプス・カレイド)!!」

 

 悪夢を払う一閃。(まなじり)決した青き隼の眼が、脇構えから騎士の喉めがけて天を衝く。

 ザンッ────鋒が煌めき、視界に万華鏡の如く星が走った騎士は一撃で馬から転げ落ちた。立ち上がろうとするが、呻く顔へ鋒を突き付けられ、怒声が降り注ぐ。

 

「まだやるか!」

 

 喉をやられて声が出ない。こんな若い娘を前に一部隊が全滅するなど許されるはずもない。何とか立ち上がろうとする騎士だが槍も手元に無く、もはや為す術がなく俯いた。

 

 ひとまずの戦闘を終え、シャニーは剣を払い鞘に納めた。問題はこの後だ。

 

(この事態をヴァルプルギス様にお伝えして止めてもらわないと)

 

 何かの間違い──きっと現場の暴走に決まっている。歪んだ悪夢の様な光景に早く終止符を打ちたい。まずは飛んで行った相棒を探さなくては────

 

「いやあ、お見事ですな」

 

 その時だ。どこからともなく響く柏手。久々に聞いた気がする木管楽器のような深みのある声。

 はっとして振り向いた先に居た男に、シャニーの眼が見開いたまま固まった。

 

「さすが天馬騎士団随一の剣の使い手」

 

 煌びやかな法衣をまとった金髪の司祭────フェリーズだった。

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