ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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────罪深き者は自ら上がり、舞台は斉う

剣を引き抜き、彫られた己の誓いを心の中で唱えたシャニーは目に鬼火を燃やす。
開拓地の惨状を訴えたシャニーへ契約主フェリーズが返した言葉とは。


第9話 紅血の思慕 (前編)

 少年に剣を振り上げた連中を鎮めたシャニーは剣を収めた。

 こんなものは現場の暴走に違いない。筆頭騎士ヴァルプルギスに報告して一刻も早く是正してもらわねば。

 まずは少年を乗せて飛んでいった天馬(相棒)を探すべくホイッスルを吹こうとした時だった。

 

「いやあ、お見事ですな」

 

 どこからともなく響く柏手。久々に聞いた気がする木管楽器のような深みのある声。

 はっとして振り向いた先に居た男に、シャニーの眼が見開いたまま固まった。

 

「さすが天馬騎士団随一の剣の使い手」

 

 煌びやかな法衣をまとった金髪の司祭────フェリーズだった。

 突然白の世界に現れた金色の司祭。一体どこから……いや、いくらなんでもタイミングが良すぎる。まるでずっとどこかから見ていたような。

 司祭らしい柔和な笑みはどこかわざとらしく、フェリーズは両手を広げて困惑をありありと示してくる。

 

「しかし少々手荒過ぎませんか? 我が騎士団へ剣を向けるとは驚いておりますよ」

 

 今更ながら、とんでもない事になってしまった。決定的な場面を見られてしまい、腹の中がギュっと搾り上げられる様な感覚に陥る。明確な契約違反を、あろうことか契約主の前で晒したわけだ。

 どうしたら良いか……焦燥に視線が左右していたシャニーだったが、拳を握って一歩前に出た。元から肚を括っていたはずだ。これは同時にチャンスでもある。

 

「開拓の従事者はエトルリアの囚人と聞いていました。しかし、見るからにイリア人です。それに、彼らへの暴行はイリア連合で取り決めた盟約違反じゃないですか。どう言う事ですか!」

 

 現場が暴走して主の思惑と違う方向に進むのはよくある事。フェリーズが指示した訳では無いと信じたい……。もしそうなら、あの牢獄に閉じ込められている人たちを救えるはずだ。彼らの顔一人一人を思い出しながら、ありったけで叫んだ勇気。

 

「なんと、それはそれは……大変申し訳ない」

 

 聞くや否や、フェリーズは目を真ん丸に見開いて、さも驚いたと言わんばかりのジェスチャーを見せて頭を下げだした。

 締め上げられそうな心が少しだけ救われた気がする。

 なら────そう口を開こうとしたところへ被せる様に続けられた彼の言葉は狂気にすら聞こえた。

 

「そのような誤った情報を提供してしまい申し訳なく思います。ですが、我が騎士団では修行の一環なのですよ」

 

「修行??」

 

 にわかには受け入れがたかった。まるで想定もしていなかった言葉に眉を顰めて聞き返す。

 

「貴女も神を信じなさい。この痛みはいずれ、イリアを支えるものを創り上げる」

 

 一体、この司祭は何を言っているのだろうか。シャニーの視線が左右に振れる。

 どう考えてみても、質問に対する回答にはなっていない。無理やり紐づけようとすれば────否定なきは肯定。

 彼は大きく曇天の空へと両手を広げて静かな、それでいて壮年者の威が備わるような堂々とした深い声で語りかけてきた。

 

「ここに映っている光景はその為の試練。神はその功徳をずっと見守っておられるのです」

 

 神による救済を求めて集まった者たちが、一体どんな思いをしているのか、この司祭は知っているのだろうか。まるで自分たちの思想に酔っているかの様な満足感溢れる柔和な顔。

 このままでは濁されて終わってしまう。また一歩距離を詰めながら叫ぶ。核心を突くしかない。

 

「エリミーヌ様は全てを愛せと説いているはず。こんな……子供に鞭を打ったり剣を振り上げたり、とてもそうは見えない! お願いします。どうか一度調べてください。ここで行われている事が、フェリーズ様の望んだものなのか!」

 

 敬虔かどうかと言われたら分からないが、小さい頃から教会に行って説法を良く聞いてきた。でも、この司祭が言うような事を聖女の愛だと説いたものは聞いたことが無い。

 

(お願い……間違いだって言って────)

 

「貴様、無礼であるぞ」

 

 願いは冷然とした声で切り払われた。

 それまで主の後ろで黙していたヴァルプルギスの鋭い紫紺の眼光が、この距離でも突き刺してきて鳥肌が立つ。

 

「シャニーさん、罪を重ねる事はお止めなさい。これ以上はティト団長に報告しなければいけなくなる」

 

 フェリーズはシャニーへ最終警告を発した。彼からすれば、十分な温情を見せているつもりだ。普通であれば、()()()()()()()()()時点で問答無用に拘束するところ。

 彼女の場合はもう少し()()()()()()()()()()()()。柔和な、それでいて重い口調で諭すように語りかける。

 だが、凛と構えた青髪の騎士は押し付けられた温情を跳ね除ける様に手で払ってきた。

 

「元より団長には報告するつもりです。これは人道に反しています」

 

 ────罪深き者は自ら上がり、舞台は(ととの)

 

 柔和の下に滲む嘲りが口角を吊りあげる。どうやら、今回はイドゥヴァの杞憂と言う訳では無かったようだ。()()()()()()()()()()()()というもの。

 

「フェリーズ様、ここはお任せを」

 

「フェリーズ様、お願いです! あの人たちを助けてください!」

 

 主の前に出たヴァルプル(『魔女』)ギスが剣を抜く。シャニーはフェリーズの目をキッと見つめて懇願を叫ぶが、彼は司祭の笑みを浮かべるだけ。

 代わりに返ってきたのはヴァルプルギスの凄まじい闘気。氷のような無表情から突き刺してくる眼光だけで威圧され、堪らず一歩退く。

 その時だ。西の空に天馬隊が見えてきた。

 

 騒ぎを聞きつけたルシャナ達が大慌てで駆けつけて来たのだ。ルシャナは到着するや瞠目してリーダを呼んだ。

 

「シャニー! 何してるの?!」

 

 倒れる騎士、対峙する筆頭騎士。どう曲解しても良くない状況であることは誰の目にも分かった。問いかけてもリーダーからの答えは無い。

 

 振り返る事など、シャニーには出来なかった。ちょっとでも視線を切れば、この距離では気づいてから抜刀しても手遅れになる。剣を握り突き刺してくる眼光だけでも恐ろしいほどに伝わる闘気。

 すっと鋒を向けられてシャニーがまた一歩退く。ヴァルプルギスは静かな、だが重い威圧感を纏った言葉を投げつけてきた。

 

「貴女らに告ぐ。先ほど逃亡を幇助した我らが領民の返還を要求する」

 

 何が起きたのか。リーダーが何をしたのか、ルシャナは大方を理解して苦虫を噛み砕いたような顔をした。あれだけ警告したのに……。

 だが何故か、リーダーの背へ湧きあがったのは怒りでも落胆でもなく安堵。ずっと嘘をつき続けてきたのは皆同じ。

 今まで彼女がやってきたことを傍でずっと見て、共にここまで歩てきた。その彼女が決を下したと言うなら、もう肚を括るしかない。

 

 シャニーも覚悟を決めていた。フェリーズが筆頭騎士を向けてきた意味は一つしか無い。それでも、己の誓いに嘘をついて退く事はもう出来ない。

 ロイの想いに憧れ、自分なりに誓いを果たして彼との約束を守ってきた。今回も頑張ったと胸を張って手紙に書くには────もう逃げる訳には行かない。胸元のロケットを握り、彼に心の中で呟く。

 

(ロイ様、約束守って見せるよ。だから……帰ったらいっぱいお話聞いてね)

 

 生きろ。生きて生きて、いつかきっとフェレに────その約束を果たすためには目の前の絶体絶(悪夢)命を払わねばならない。

 一縷の望みをかけて一歩踏み出し、ヴァルプルギスの目を剣の如く鋭い眼差しで睨み返す。

 

「寛大な処置をしていただけるなら」

 

「勘違いするな。貴女に意見する資格はない。血か死か────いずれかだ」

 

 賽は投げられた。左手が剣を握り、静かに鞘から引き抜かれる。鋭くこすれる金属音が雪原に響き、シャニーは顔の前に剣を掲げた。

 剣に彫られた己の誓いを心の中で唱え、その眼は真っ直ぐヴァルプルギスを捉える。

 

 ────断固、拒否(徹底抗戦)!! 

 

 絶対の騎士の眼光を跳ね退ける様に、コバルトブルーの瞳が再び鬼火を燃やして剣を払った。

 

「みんなごめん。あたし、やっぱり我慢できなかった」

 

「もう遅いよ」

 

 脇に剣を構えてルシャナ達に声をかけると、彼女からは応と共に呆れ笑いが返ってきた。

 

「あいつらめっちゃ殺る気の目してるじゃん」

 

 ここでシャニーが剣を退いたところで、あの騎士も一緒に降ろすとはルシャナには到底思えなかった。相手が剣を振るう大義はいくらでも揃っている。

 こうなれば隙をついてこの場から逃げる事を考えなければ。だが、我慢してきたのは同じ。逃げる前にたっぷりと礼をさせてもらうしかない。

 

「よかろう。ならばこの場で全員断罪してくれる」

 

 鋒をシャニー達へ向けるヴァルプルギスから放たれた死の宣告。

 フェリーズはすでに彼女達へ向けて十字を架け、天への祈りを捧げ始めた。無知とは恐ろしいもの。まさかヴァルプルギスに戦いを挑むとは。十分に時間は与えたが、彼女たちは登った。斉いし舞台へ。

 知る事になるだろう。罪人へ神の救済は決して訪れないと言う事を。

 

「貴女もまた罪人であると言う事を知りなさい。貴女にも、進むべき道を示してあげましょう」

 

「自分の進む道は自分で決める!」

 

 威勢の良い言葉が返って来た。面白いものだ。いつから自分が敷かれたレールの上を走って来たのか、気づいていないらしい。

 

「そうですね。()()させてもらいましょうか────()()()()()()()()ね」

 

 大いなる手の上で彷徨う、若き剣術騎士が必死にもがく様を見下ろすような目で笑い、その手がばっと彼女を突き刺した。

 

「ヴァルプルギス、行け!」

 

「聖天騎士団 筆頭騎士ヴァルプルギス。推して参る!」

 

 主の命を受けて遂に立つ絶対の騎士。彼女は咆哮と共に一歩踏み出し上段から斬りかかってきた。

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