ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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シャニーが犯した契約違反問題で団長のティトが奔走する回。
契約相手のフェリーズからは妙な提案をされるし、団内では副団長が火を噴いて怒鳴っているし。
騎士団の中ではシャニーを妹として扱わないと決めてきたティトも、今回ばかりは可愛い妹の為に必死になるのでした。


──── 11月30日 PM8:06
聖天騎士団から抗議文が届いた。
警備契約で赴いていた第十八部隊が契約違反を起こして騎士たちを傷付けたと言う。
この規模の違反は前代未聞。どんな報復措置を取られるか皆目見当がつかない。

遅れて帰還したシャニーに事情を聞こうとしてティトは絶句する。
純白の服は赤茶色に染まり、意識を失っていたのだ。おまけに、あんな見た事も無い状態で。

真っ青になりながら、ティトは何の情報も無いまま聖天騎士団の本拠地を目指すのだった。


第3章 恋歌千里を翔け
第1話 内憂外患


──エレブ新暦 1000年 12月

 

 真冬のイリア。猛烈な吹雪が凍り付いた窓を叩きつける。すでに固まり切った窓はどれだけ風に吹かれようとも音を立てることもなく、静寂を破るきっかけさえも失った団長室。

 広い部屋でティトは机に座って頭を抱え続けていた。彼女が見つめる先には一通の書簡。刻印された紋は聖天騎士団のものだ。

 

「あの子は……どうしてこんなことをしてしまったの?」

 

 今すぐにでも聞きに行きたい。もう時間が迫っている。だが、妹は今も眠っている。

 部隊長会議まで後十分。どうすればいい? このままでは結果は見えている。あの人は間違いなく攻勢を仕掛けてくるに違いない。

 今回はさすがに守ってやれる自信が無かった。

 

──── 12月 1日 AM 1: 07 ラインヴァイス城

 

「誠に申し訳ございませんでした!」

 

 空と紺の髪が揺れる。ティトとイドゥヴァの正副団長が二人揃って聖天騎士団の本拠地ラインヴァイス城へ謝罪に出向いていた。

 主眼は十八部隊が引き起こした契約違反問題。契約違反だけではなく、聖天騎士団所属の騎士に大きな被害を出した大事件。すぐに火消しをしなければ、あっという間にイリア中へ噂が広がってしまう。

 

(どんな報復で来るのかしら……)

 

 おかげで何の想定も準備できていない。

 選りにも選って妹が喧嘩を売った相手が、聖天騎士団のフェリーズだなんて悪夢だ。この計算高い男は一体何を仕掛けてくるのだろうか。一方的な案件はどれだけ足元を見られるかまるで底が見通せない。ティトは最悪を覚悟して頭を下げていた。

 

「まぁまぁ。同じイリア内の事案で良かったじゃないですか。頭をお上げください」

 

 ところが、筆頭司祭フェリーズは相変わらずの柔和な笑みを浮かべだした。

 司祭特有の落ち着いてソフトな口調で随分と温かく迎えられたと思ったら、事件については意に介さない様な口振りだ。

 それでも簡単に厚意に甘えるなど出来ない。

 

「この度は私ども天馬騎士団の第十八部隊が契約違反を犯し、何とお詫びすればよいか」

 

 聞くところによれば聖天騎士団の開拓区から作業員達を放出し、騎士を負傷させて筆頭騎士にまで攻撃を加えたという。

 前代未聞の行いに聖天騎士団からは即日で抗議文が届き、こうして真夜中にもかかわらず正副団長が駆け付ける事態となった。団長に就任して以来、ここまでの大事件は初めての事。普段冷静なティトも、乾いた喉がヒリヒリして落ち着かない。

 

「覚悟は出来ております。どのような処罰も受諾いたします」

 

 副団長イドゥヴァも再度深く頭を下げて許しを請う。いくらも乗り越えてきたからか、その仕振りは落ち着いている。

 そんな二人が持ち込んだ重い空気などどこ吹く風。フェリーズはポットへ茶葉を数さじ入れると、湯を注ぎこんで立ち上る香りに鼻を楽しませている。

 

「いえ、特に何も貴女方に要求するような話はありませんよ」

 

 彼のあまりにもあっさりした答えに、頭を下げたままティトは困惑を浮かべていた。莫大な補償金、下手をすれば管轄地の一部譲渡を要求されても呑むしかない程の致命的な案件のはずだ。

 その不安を笑い飛ばすようなフェリーズの声が頭上から降ってきた。大罪を犯した者へ称号を授けると言うのもやはり妙に映る。

 

「同じイリアの民ではありませんか。『妖精(シャニー)』の独断だと理解していますよ」

 

 現場の暴走は往々にして起こるもの。声をあげて笑うフェリーズは席に着くと静かに紅茶のポットを手に取る。

 良い香りの茶を注ぐ音が部屋を包み、その香りを満喫して一口しようとした時、彼は何かを思い出したかのようにカップを口から離した。今も頭を下げる二人に目を下す。

 

「ただ……ひとつ希望があるとすれば、──『妖精』を我が騎士団に頂けないか……と言う位でしょうか」

 

 ぴくっとティトの頭が揺れた。想定していた最悪の中でも一番に恐ろしいカードを切られ、腹にわっと黒く重いものが噴き上がる。

 

(あの子に何を仕掛けるつもりなの?!)

 

 天馬騎士団に所属するシャニーは、今のままでは直接フェリーズが手を下す事は出来ない。騎士団間に運営の絶対不可侵の掟があるからだ。

 移籍させて向こうで拷問するつもりなのか。このカードだけは絶対に切りはさせまい。気づけば上体をばっと上げていた。

 

「フェリーズ様、それだけは。何卒寛容な処分をお願いします」

 

 もう一度深く、深く頭を下げる。何度も揺れる空色の髪。妹の過ちは許される事では無いが、今気を張らなければ、もしかしたら二度と会えなくなるかもしれない。

 騎士団内で彼女を妹として見る事はしないと決めてきた。だけど今は話が別だ。

 

「ハッハッハ────ティト団長。よほど妹様が可愛いと見えますな」

 

 その様子が無様にでも映ったか。フェリーズはまた大きく腹から笑って見せてきた。

 

「勘違い召されるな。私は彼女を買っているのですよ。いやあ、良い騎士をお持ちで羨ましい」

「え……?」

 

 響く拍手。彼は誰にするでもなく大きく手を叩いている。

 本心なのだろうか。少なくとも彼の目には皮肉は乗っていない。でも、相手はフェリーズだ。自身も苦い思いをさせられた相手。どうにも疑心ばかり湧き上がる。

 

(シャニーを……? あの子が何を?)

 

 チェックメイトすら狙える状況でわざわざナイトを取りに行く理由が分からない。

 伝え聞いただけでもゾッとする程の大きな被害だ。フェリーズの怒り心頭ばかり予想して来たのに、この態度は意外でどう反応すればいいか困る。

 

(もう目を覚ましてくれたのかしら……)

 

 一体開拓区で何が起きたというのだろうか。本当はシャニーに聞き込みをしたくても、彼女はずっと目を覚まさなかった。目の前には今も絶体絶命が広がっているが、妹の顔がよぎって不安が膨らむばかり。

 そんな事ばかりを考えていたら、頭上から救済を与えるかのようなフェリーズの柔らかな声が降り注いだ。

 

「我が騎士団の筆頭騎士を退けるその実力、称賛に価しますよ。だからこそ欲しい。いかがですかな?」

 

 にこやかなフェリーズの横ではヴァルプルギスが静かに頭を下げている。この騎士に妹は戦いを挑んだというのか。聖天騎士団最強と言われる堅氷の騎士に。

 

「ヴァルプルギス様。今回の非礼、誠に申し訳ありません」

 

 どのような戦闘となったのかは分からない。それでも、顔も服も赤茶色に染まる程に、妹の負傷は激しかった。目の前にいるヴァルプルギスの様子からして、その時点から既に聖天騎士団が妹へ温情を掛けた事は優に想像できる。それを受けてのフェリーズの言葉。

 

(この人は……本気なのかしら)

 

 困惑に渦巻くティトの頭に冷然なる騎士の声が語りかけた。

 

「いえ。私も久々に全力を出せる相手が見つかって嬉しく思う。さすが八英雄。彼女と共に聖天騎士団を守る事が出来るのは光栄だ」

 

 もう既に譲渡することが決まっているかのような口ぶりに焦りが募る。再び視線を戻すと、フェリーズが回答を待ってこちらをじっと見つめていた。

 如何かと聞かれても困る質問に戸惑っていると、頭を上げるイドゥヴァが視界の端に映った。

 

「是非そうして──」

「申し訳ありませんがそれだけは致しかねます。私どもの騎士団でも大事な戦力なのです」

 

 ようやく喉から飛び出してきた言葉。そのままの勢いでイドゥヴァの声をかき消して依頼を退けた。

 本来なら契約違反に対する報復措置の提案だから拒否する権利は無い。だが、いくらそうだとしても、騒ぎを起こした騎士の譲渡など聞いたこともない。

 ただでさえ良くない噂が見え隠れする相手。そんな場所へ妹を出したくはなかった。いけないと分かっていても、団長より姉としての感情が滲む。

 

「ほお……戦力……ですか」

 

 想定通りの答えに、予想外の理由。フェリーズは口元をうっすら吊った。

 

「聞く処によると国内案件専門部隊ですよね、第十八部隊は」

 

 十月から新設された部隊と聞いていた。

 年の途中からの追加とは珍しいと思っていたが、蓋を開けてみればただの国内治安維持部隊。肩透かしも良い所……いや、それどころか困惑さえした。

 

「ええ。国力向上の任を与えています」

 

 ティトからはそう返ってくるが、体の良い名前を付けたものだ。

 一騎当千と言える働きを出来る程の剣。あの剣の使い道とは到底思えない。

 

「国内に留めておくには惜しい。第一部隊で稼がせてはいかがですか? 天馬騎士団の運営のお話なのでお気を悪くされたら申し訳ありませんが、今回の事故に対するコメントだと思っていただければよろしいかと」

 

 天馬乗りとしての空中からの槍術、遊撃に加えて、それがおまけとすら思える地上で旋風の如く躍る剣。あれを欲しがらない顧客はいないだろう。

 少なくとも聖天騎士団は欲していた。絶対零度の守りの剣に疾風怒濤の攻めの剣が加われば駒は揃う。

 

「厳粛に受け止め、騎士団内で検討いたします」

 

 だが、ティトは変わらず頭を下げ、返してくる言葉はつれない。ここだけは絶対に譲らないということか。

 

「我々も感謝していますよ。現場の暴走を知ることが出来、良かったと思っています。『妖精』への処罰は望んではいません。精々、労っていただきたい」

 

 フェリーズからのまさかの言葉に、ティトは内心胸を撫で下ろしていた。

 開拓区での暴行はシャニーの嘆願通り調査し、現場での逸脱した指示によるものと結論付けられたらしい。すでに是正措置が取られ運営は改められている旨をフェリーズから聞き、ひたすらに平身低頭するしかなかった。

 

(後は団内をどうするか……ね)

 

 とにかく、最悪は乗り切った。それどころか無風で済ます事が出来るとは思ってもみなかった。

 相手が相手だけに未だに信じられないが、それよりも目の前にまだ残っている課題────頭を下げつつ横で同じように垂れる濃藍の髪を一瞥するのだった。

 

 

 

◆◆◆

──── 12月 2日 AM 10: 15

 

 机を叩きつける音が第一会議室に響き渡り、第三以下部隊長たちのギョットする視線が副団長イドゥヴァに注がれる。

 彼女は青筋を立てて怒鳴り、団長の提案に懇々と反論を続けている。

 

「今回の事件は、シャニー部隊長のあまりにも愚昧で常軌を逸した稚拙な行動が原因と言わざるを得ません!」

 

 彼女がここまで怒るのも無理はない。フェリーズが穏便に終わらせてくれたからいいものの、普通ならどんな報復を受けるか分からなかった。

 聖天騎士団と今やり合うような事があれば、騎士団間の力関係が崩れて内戦に発展しかねない。ベルン動乱前ならともかく、今の天馬騎士団に聖天騎士団とやりあう力は無い。天馬乗りと言う専門性は、一度崩れた戦力の回復を困難なものとしていた。

 

「厳罰が相当と思われます! 降格はもちろん、叙任の取り消しも視野に入れるべきかと」

 

 さすがに度が過ぎている。ざわつく幹部たちにイドゥヴァの鋭い眼光が飛ぶ。それ以上は部隊長達も何も言わなかった。代わりに向こうで始まるひそひそ話。

 あまりにも酸鼻な嫌われた者の末路。騎士団の中で一番力を持っている者にケンカを売れば、遅かれ早かれこうなることは誰しも予感していた。

 

「落ち着いてください」

 

 だが、ティトは動じる素振りも見せずに毅然とした態度でイドゥヴァに待ったをかける。

 

「フェリーズ様は仰っていたではないですか、処罰は望んでいないと」

「それでは我が騎士団内の示しがつきません!」

 

 すでに騎士団内には噂が広がっている。契約違反を犯し、あろうことか契約主に刃を向けた行いはイリア騎士の誓いに真っ向から反するもの。

 最年少の部隊長が犯してしまった若気の至りと同情する声もあるが、大勢のベクトルは言わずもがな。彼らが厳罰を望んでいる訳では無くとも、これを後ろ盾にして邪魔者を排除しようとしているのがありあり伝わってくる。

 

「規則から考えても謹慎が相当と考えます」

「甘いですよ。せめて西方三島支部への出向が妥当かと思います」

 

 出向────それを聞いて部隊長達がまたどよめいた。

 天馬騎士団ではリキアと西方三島に連絡所を設けている。そこは本国の傭兵部隊と契約者との連絡役を担うだけの実質の左遷先。特に西方三島の連絡所は、一度辞令が降りたら二度と戻れない流刑の地とも呼ばれている。

 叙任剥奪やら出向とは、とにかく近くに置いておきたくない思惑がはっきり見える。

 その後もイドゥヴァの怒声とティトの反問が繰り返されるばかりで、部隊長会議はそれだけで終わってしまった。

 

 

 

◆◆◆

 十一時過ぎ。再び団長室に戻ってきたティトは、仕事机ではなく来客用のソファにふらふらと倒れこむ様にして腰を下ろした。

 ラインヴァイス城への登城から今まで一睡もできていない。どっと疲労が足から肩へと上がってきて、思わず首を預けて天井を見上げる。

 

「あの子がめったな事で武器を振るうとは考えられない……」

 

 運び込まれたときの妹の様子を思い出すと、居てもたってもいられなかった。

 どうしても八月の時の記憶が蘇って心が崩れそうになる。あの時は二週間も目を覚まさなかったのだ。おまけに、今回はあの時には無かった()()()()()()()()()()まで起きている。

 本当なら目を醒ますまで傍に居てやりたいが、恐らく目が覚めたら以前の様に穏やかにベッドで寝ている何て出来ない。

 なんとか会議は乗り切ったが処分を決められた訳では無く、それも疲れに拍車をかける。イドゥヴァは辺りを憚らずかなり強硬な態度だった。決定保留────このままでは流刑を免れない。

 

「シャニー、私は貴女を信じているわよ」

 

 何としても話を聞きたかった。早く医務室へ行って様子を確認しなければ。そう必死に心がせがんでも、体はもう言うことを聞いてくれない。寝そべったが最後、瞼が閉じるまで時間はかからなかった。

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