ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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「ディークさんの悪口を言うな! それだけは絶対許さない!!」
剣の師ディークを貶められ、シャニーは現れた魔人に柳眉を吊り上げた。

髪が真っ白になってしまったシャニーだったが、翌日にはもう前を向いていた。
嘆いても変えられ無い事を悩んでも仕方ない。髪弄りに夢中になっていた時だった。
医務室に突然現れたのは、なんと業火の魔人ソルバーン。
非戦闘員のウッディも居る手前、寝ている訳には行かない。
剣を構えて待ち受ける彼女だったが、彼はまるでその気は無い様だ。

──これで守れるようになったんだぜ?
彼からもたらされる様々な情報。
己の中から噴き出した力の正体に愕然とするシャニーは、決意を叫びながらもどこか怯えていた。


第4話 風の妖精

──── 12月 5日 AM 10: 53 カルラエ城 医務室

 

 ウッディは落ち着かないでいた。幼馴染と二人っきりの部屋は静寂に包まれて仕事がまるで捗らない。

 やはり、髪が真っ白になってしまったショックは計り知れないのか。昨日まであれだけ咲いていた太陽がもう今ではすっかり────と思っていたのも実に短い時間だったからだ。

 観念して与えた鏡を使って、すでにシャニーはベッドの上でせわしく手を動かし始めていた。

 

「シャニー、遊んでないで寝なよ──って、何してんだ?」

 

 彼女の仲間から聞くに、何度も頭を強打しているはず。いくら魔法で怪我は癒えても、内のダメージまで消えたかは分からない。何度も寝ているように諭しているのに。

 仕事にキリをつけ、一体何をしているのかとベッドの方を振り向いてみて面食らった。白い髪に乗っているのはカラフルなヘアピン。

 

「ヘアスタイルを試してるの。この色だと何が合うかなって」

 

 後ろで少しだけ縛ることが出来る長さにまでは伸びてきた髪を弄って遊んでいた。その顔は真剣そのもので、かなり熱中しているように見える。

 

「ねえ、こんなんどうかな?」

「へえ。だいぶイメージ変わるもんだな。かわいいと思うよ」

「よっし!せっかくだし、いろいろ試してみよーっと。ウッディ、レビューよろしく!」

「僕は仕事中なんだが……」

「大丈夫だって! 息抜きも大事だよ!」

「お前の息抜きにしかならないだろ!」

 

 ようやく満足が行くものが出来たのか、見せつけてくるその顔は楽しそうだ。悲痛に満ちたあの時の顔はどうやっても隠して行こうと言うのか。褒めてやったら、はしゃぎ声をあげながら笑って見せてくるから止めるに止められない。

 

「前向きだね……お前は」

「案外悪くないかもーとか思ったり? 嫌になったら染めればいいんだしさ。あっ、ねえねえ! 何色に染めたら面白いと思う?」

 

 絶対嘘だ。顔は笑っているが、こんな顔じゃない。もっと顔じゅうで笑ってこちらまでほっこりするのが、普段知っている幼馴染だ。

 楽しそうに笑う彼女をじっと見ていたら、ふうっとため息をつかれた。

 

「そんな顔しないでよ。生きてるんならどうにでもなるじゃん?」

 

 無理やり自分を納得させようとしているのが痛々しい。何かかけてやれる言葉はないか……そう巡らせていた時だった。シャニーの眦が急に切れ上がったのが見えた。

 

「ウッディ! ──……」

 

 シャニーは幼馴染の名を呼び目配せした。壁に立てかけてあった剣をウッディに鞘ごと放ってもらう。

 

(この気配……間違いない。くそっ────こんな時に!)

 

 受け取った彼女はベッドから弾けるように飛び出し、剣に手を掛けながら扉を睨む。

 こんな強大な気配など一人しかいない。第六感が騒ぐ。今の状態では絶対に勝ち目はないと。

 いくら傷はほとんど癒えているとは言え、体は鈍り切っているのが嫌と言う程分かるし、今は鎧どころかタンクトップ一枚だけ。何よりどこか()()()()()五感にも、()()()()にもまるでキレが無い。

 

「ウッディ、下がってて。──ぶっ放すかもしれない」

 

 ウッディも気配に気づいたのか、ようやく席を立った。

 もう来訪者は扉の前まで迫っていて、窓越しでも分かる高い体躯。やはり間違いない。今の状態でウッディを守ってやれる自信がない。だが、おそらくあの男の狙いは自分だ。

 勢いよく開けられた扉の向こうにいたのは、炭の様に黒く焼けた長身の男。真っ赤な怒髪に筋骨隆々としながら細身を保つその姿を忘れるはずが無い。

 

「お邪魔!」

 

 彼は部屋を見下ろし、目当てを見つけるとズンズンと乗り込んできた。

 

「な、なんですかあなたは! ここは医務室ですよ。関係者以外はご遠慮願いたい」

 

 サングラス越しでも分かる、狙いを定める男の眼。口元に浮かぶ余裕の笑みに危険な臭いを察したのか、すかさずウッディが正面に立って止めにかかる。

 だが、巨体は気づいていないかのように彼を押し飛ばし、真っ直ぐに視線をぶつけて迫ってくる。シャニーは堪らず剣を引き抜いた。

 

「よう、さすがにしぶといな? (セチ)の妖精さんよ」

 

 不敵な笑みを浴びせられても、睨むだけで何もできないことが悔しい。怪我をしていなくてもこの男にはまるで歯が立たなかった。

 霞に構えをとってはいるが、今の状態では剣技を見舞うどころか、相手の攻撃を躱すだけの動きが出来るかさえ自信が無い。どうにも体が渇いて力が出ない。

 

(やっぱり用があるのはあたしか────なら……)

 

 とにかく今はこの場から離れなければウッディが危険だ。窓から飛び出そうと駆け出した。

 

「随分と()()()()()()しちまったようだな? ()()()じゃねえか────?」

「がっ……?!」

 

 高い音を立てて剣が床で跳ねる。動きを読まれたか、回り込まれたと察した時にはもう腹から鈍い痛みが迫り上がってきた。とっさにみぞおちに手が行き、よろけたところをそのままベッドへ押し飛ばされる。

 動けない──ぐったりしていると男の見下ろす視線とかち合ったが、彼は追撃を入れる事も無く、その手はポケットに収まった。

 

「ぐっ……。何しに来たの? あたしを殺しに来たの?」

「買い被んじゃねえよ。今のお前を喰ったところで時間の無駄だ。怪我人はさっさとベッドで寝てろ」

 

 何とか上体を起こしても、剣を失っては万事休すだ。

 だが、それ以上が来なくて意図が読めなかった。目の前の大男、業火の魔人ソルバーンは今もポケットに手を突っ込んだまま、サングラス越しにニタニタ見下ろしてくる。

 その時だ。シャニーの視界にウッディの駆ける姿が入った。向こうに落ちている剣を彼が拾い上げた──その途端だった。

 

「その剣をどうするつもりだ? まさかそんな抜身を()()()()()()()放るつもりか?」

 

 ソルバーンの静かな声がウッディを威圧している。サングラス越しでも彼を睥睨しているのが分かってシャニーは悪い汗がじわっと滲んだ。彼は相変わらずポケットに手を突っ込んだまま鼻で笑っている。

 

「今の状態の妖精(コイツ)に剣を渡したらどうなるか……。──医者のする事とは思えねえな?」

「何だと?!」

 

 初顔合わせのウッディにとってはパニックだろう。勇気を絞ってくれた事はありがたいが彼を巻き込みたくなかった。痺れるみぞおちを手で押さえながらシャニーはありったけを絞る。

 

「ウッディ、剣を捨てて。ソルバーンさん、彼には手を出さないで!」

「言われなくたって民間人に手は出さねえよ。もう少し信用してくれて良いんだぜ?」

「じゃあ、何しに来たわけ?」

 

 ますます彼の思惑が分からなくてシャニーはついに単刀直入に斬りこんだ。

 この男が現れるなど、目的は一つしかないはずだ。どうにも彼は戦うつもりが無いように見えるが、姿勢だけは崩すわけには行かない。ギッと睨み上げると、ソルバーンの口元がニッと吊った。

 

「ハッ、内心ビビッてる癖に凛として見せやがって。これ以上は可哀想か?」

 

(くそっ……来るか────ッ)

 

 びくっと腕が身構える。ついにソルバーンの手がポケットから出たのだ。拳闘を主戦とする相手に手刀で敵うはずが無くとも、もはやこれしかない。

 ところが、すぐに構えが崩れて瞳に困惑が浮かぶ。

 

「お見舞いってな。様子が分かりゃ十分だわ」

 

 その手はサングラスに伸びて、下から現れた黄金の眼が燃え尽きた白をまじまじと舐めるように見下ろし始めた。

 本心は定かではないが、気だるそうな口調からは確かに戦意を感じない。手刀を下したその時だった。ケラケラとした笑い声を頭上から浴びせられて眉が吊る。

 

「へっ、その頭もなかなか似合ってるぜ」

 

(好き放題言ってくれちゃって……ッ)

 

 こんな事を言いに来たと言うのか。だが、ウッディも居る今はさっさと満足するまで言わせてこの場を立ち去らせた方が良い。

 しばらくぎゅっとシーツを握って堪えていると、ソルバーンは顔をあげてようやく背を向けた。彼がサングラスをかけ直して歩き出した、その時だった。

 

「お前! そのことでどれだけシャニーが苦しんでいるか!」

 

 ソルバーンの視線がウッディに向いてしまった。彼は腰が引けながらも魔人を睨みつけているではないか。蒼くなったのはシャニーの方だった。

 

「ウッディ、もう良いんだよ! 止めて!」

 

 焦って彼を止める。彼ではソルバーンに為す術など無い。

 だが、彼女の不安をよそに、ウッディの怒りを聞いたソルバーンの視線は再びシャニーへと向いた。

 

「苦しむ? 何でだ? それこそ、理解に苦しむ」

 

 彼から返ってきたのは、呆れとも嘲りともとれる眠たそうに絡みつく声。怪訝な目と粘るような声を浴びせられ、シャニーは眉をひそめるしか出来ないでいる。

 

()()使()()()んなら、そうなっても当然じゃねえか」

 

 見開く瞳。そういえばこの男は、以前接触した時も似たようなことを言っていた。

 ────()()()んのに何で使わねえんだ? 

 完膚なきまで打ちのめされ、顎を掴みあげられてかけられた一言。

 あの時は何のことだかまるで分らなかった。今も飲み込めたわけではないが、彼の言う使()()()ものが、ヴァルプルギスとの一戦で溢れ出したものらしい事だけは分かる。

 

(この人は間違いなく何かを知ってる……)

 

 黒の紳士に言われた言葉も理解できないまま、結局使ってしまった。

 制御できないまま使うな────その意味を知った今、何でも良いから情報が欲しかった。この力が何なのか、どうしたら制御できるのか。何故────髪が白くなったのか。(くら)()い交ぜの状態のままでは、もう絶対に居られない。既に……甚大な被害を出したのだ。

 

「ソルバーンさん、何か知ってるなら教えてよ。あたし何も知らなくて」

 

 散々弄ばれた相手に頭を下げるのは業腹だが、駆け引きは得意ではないしこの男を逃せばどこで手がかりを掴めるか分からない。

 

「めんどくせえガキだな……」

 

 ソルバーンは頭の後ろを掻きながら舌打ちしたが、これも飛び切りの料理を喰らう為とでも思ったか、正面へ向き直してだらっと喋り出した。

 

「お前はセチの契約者……とでも言えばいいか?」

 

 これで分かったか? ────そんな声が睥睨の黄金から伝わってくる。ますます頭がこんがらがるだけだ。念のためウッディに視線を送ってみるが、視線に気づいた彼は何度も首を横に振って来た。

 

「セチって、風の精霊のセチ?? なんで?」

「経緯はお前しか知らねえよ。お前が振るった力はセチの魔力──それは確かだ」

 

 炎の精霊ファーラ、水の精霊ニニス、雷の精霊トォルに風の精霊セチ。これはエレブ大陸に遥か昔から伝わる精霊の伝承で魔法の源とも呼ばれている。

 学問所で聞いたことはあるがまるで頭が追い付かない。経緯なんて自分が知りたいくらいなのに、まるで身に覚えなんて無い。現実を直視できず、困惑に両手を広げる。

 

「あたしが? 魔力?? そんなわけ」

「チッ、どこまでめんどくせえ奴だよ。()()()()()()()()()()

 

 苛立ちを舌打ちにして寄って来たかと思うと、ソルバーンが背後に回り────凄まじい力で体が引き上げられ、バリバリと引き裂かれる音が耳を劈く。

 

「背中にこんなアザがあって気づかねえとは」

 

 あっという間の出来事でシャニーは悲鳴を上げることもできず、反射的に腕で身を隠すことで精いっぱいだった。スポーツブラの隙間からはっきりと姿を現すアザ。

 

「……随分とトロいんだな」

 

 見下ろすソルバーンから唾棄するように投げつけられた言葉はにわかには信じられない。もっと先にある真実を求めるように傷へ手を伸ばす。

 

「これは小さいころにクマに襲われて」

「んじゃ、それじゃねえの? ”契機”ってのは。ま、どうでもいいじゃねえか? お前は風の異能の具現者。それに違いはねえんだし」

 

 やはり、ただ強い者と戦いたいだけのソルバーンにとっては、異能を使いこなせるか、否かだけしか関心は無さそうだ。人の身の上話になど興味は無いとあっさり弾かれた。

 

「そんなの……信じられないよ」

 

 だが、突きつけられたほうは瞳を震わせていた。この男が嘘を言ったところで何の得もしないことは分かっている。途端に湧きあがる恐怖。違和感でも勘違いでも無かった。得体の知れないものが自分の中に()る。この体の渇きも、もしや────

 

「そんなの聞いたことないし。そんな家系でもないし」

「八英雄……だったか? おかしいと思わなかったのか? ()()()()()()()()()お前さんが、その年で世界大戦で活躍なんてな」

 

 最初はディークの前に出ることさえ許してもらえなかった。それがいつしか戦場を駆け抜け、師の剣について行けるようになり。最後にはベルン正規軍や竜族との戦いの場に赴くメンバーとして、ロイに選んでもらえるまでになった。

 今思えば、うまくいき過ぎだったのかもしれない。周りには大国の主要人物があんなにいたのに。

 

「お前みたいな奴は多かれ少なかれ()()()いる。()()()るものに気づくか気づかないかだけの違いだ。気づかずにいい気になってるとは、お子様……おっと、お子様だったな」

 

 また鼻で笑われたが、湧き上がるのは怒りでは無く虚無感。積み重ねてきた事が自分の力では無い……そんな風に言われたら、どうして良いか分からなくなってしまった。頭がくらくらして真っ白になりそうだ。

 

「そんな……あんなに努力したのに……あたしの実力じゃないって事? 無駄だったって事?」

 

 死ぬ思いもしたし、ディークに覚えが無いほど叱られた。生き残るために随分努力したつもりだった。数え切れないほど振った太刀──そんなものは関係なかったと言うのか。

 

「ハン……。その力を使えるのはてめぇの実力だろ。()()()だと気づく処まで登る事は努力って言わねえのか? ──これで()()()()()()()()()んだぜ?」

「────!!」

 

 頭に電撃が走った。守る為の剣……欲しかった剣を握る資格をようやく得たと言うのか。思わず両手を見下ろす。確かにあの剣は凄まじかったが……本当に守れるのだろうか。

 

「フフフ、ヴァルプルギスとの一戦、見せてもらったぜ。なかなかいいキレをしている」

 

 ソルバーンにとっては飲み込めるかどうかなどどうでも良かった。ようやく目をつけていた力のお目覚め。それだけ。

 青焔を刃に滾らせながら雪原を疾風迅雷に駆け回り、堅氷の騎士の守りを打ち砕いた剣。思い出すだけで血湧き肉躍る。

 

「あんなの自分じゃないよ。あんな恐ろしい力とても」

 

 心の中に腕を突っ込んできて、思い出したくない記憶を無理やり引っ張り出そうとする魔人にシャニーは何度も首を横に振った。

 意識で制御できないまま体が勝手に剣を振り回したあの時。悪夢から目を背けるように視線を切る。

 

「あぁん……? 何言ってんだ、テメェは」

 

 その途端だった。サングラスの下からでもはっきりと分かるほどの突き刺す眼光。まるで千の槍に貫かれたようでシャニーは思わず手を後ろに突いた。

 

()()()()()のはテメェの意志だろ? 今更かわい子ぶるんじゃねえよ」

 

 ────鎖は斬った。あとは君自身がどうするかだ

 脳裏に電撃が走ったように浮かび上がるあの時の光景。あれは……十月だったか。バーで再開した紳士について行き、“眠るもの”を起こすために決断したあの時。彼はあの時警告していた。

 ────力を手に入れることは新たな悩みを背負いこむことになる

 それに対して返した答えは……。そして剣を抜いたあの時もそうだ。

 ────この悪夢を払えるって言うなら何にでも委ねてやるッ

 分かっている。すべて、己の意志だ。

 

「なっ、なんでそれを……」

 

 分からないのは、何故この男がそれを知っているのか、だ。

 

「そりゃ、“同類”なら分かって当然じゃねえか?」

 

 また髪を弄りながら気だるそうにため息をつくソルバーンが口にした言葉に、シャニーは胸を鈍器で殴られた様な衝撃を受けた。同類────魔人にそう言われてしまう意味など一つしか無い。

 だが、彼が続けて放った言葉は、それ以上の驚愕を浴びせてきた。

 

「青く戻ったら喰いごろかと思ったが……その様子じゃ、だいぶ先か」

「ねえ、この髪戻るの? 色、元に戻るの?! どうしてこんなことに」

 

 気づいたらベッドから飛び出していた。ソルバーンの胸倉を掴んで揺さぶり早口にまくしたてる。

 

「エーギルを使い切っただけだろ」

 

 鳥のさえずりのような姦しさに辟易したらしい。胸元への一突きを浴びただけでシャニーはベッドに弾け飛んだ。

 

「お前は若いんだから一週間もありゃあ戻るだろ」

 

 元に戻る。それを聞いた途端に体中の力が抜けてベッドの上で動けなくなってしまった。

 

「早く回復して、俺にその力を見せて見ろ! この前のじゃ全然消化不良だぜ」

「いやだよ。あんなの、もう二度と」

 

 ヴァルプルギスに食いついていたあの霹靂閃電(へきれきせんでん)の剣とやりあえる。そう思うとソルバーンには舌なめずりが止まらなかった。

 だが、当の風の契約者はノリ悪く及び腰。望んで手に入れた力のくせに。

 再び両腕で胸元を隠す彼女に、彼は顔をずいっと近づけた。

 

「自分で決めた道なら簡単に振り向くな。前に道がねえのは当然だろ。自分で創れ、風の妖精」

 

 この様子だと……おそらく“あいつ”は相当怒っているに違いない。一度噴火しなければ吹っ切れないか。じっくり味が染みてから喰らうのも悪くないかもしれない。その為にも……覚悟が必要だ。

 

「ったく、ずいぶんと甘えた事を抜かす嬢ちゃんだぜ」

 

 何の事──そうシャニーが言い返そうとした時だった。ソルバーンはおもむろに背後を睥睨した。ぎょっとしたウッディが眼鏡をずり上げて睨み返すがお構いなし。

 振り向いた彼はウッディが持っている剣に手を伸ばしてそのまま掴み取る。あまりの威圧感に力が入らないのか、ウッディはそのまま渡してしまう。

 

「今回は折らなかったんだな。てめぇの誓いから考えれば、喜ばしい事じゃねえのか?」

 

 コンコンと彼は刀身の根元の部分を指で突いて見せてきて、シャニーは目を見張って固まった。そこは誓いが彫ってある部分だ。

 イリアの礎となり、民を守る剣であれ────彼の言っている事は尤もな事。あの力を使いこなす事が出来れば、強大な力から民を守る事が出来るのは『魔女』と戦って分かっている。でも────

 

「んなら、俺が折ってやろうか? いい証明じゃねえか。守りてえってのは口だけ。実際は、()()()()()()()()()()()()ってな」

 

 その気持ちを見透かされたのか、ソルバーンは不敵な笑みを浮かべてきた。ぐらぐらと腹が煮えてくる。

 

「大きなお世話だよ! あんたに何が分かるのさ!」

「誰にでも分かんだろ。甘えて、逃げてるだけだってな」

 

 逃げる────電撃が走ったように眦が吊り上がった。散々好き放題言われてカチンと来た。

 

「逃げてなんか無い!!」

「踏み出さず、まして向き合いもせず目を背ける────逃げる以外に何て言うんだ? 甘えだろ、んなもん」

「……ッ」

 

 何も言い返せなくなった。無性に腹が立ってきて、腹の中に溜まった怒りを今にも吐き出したくなる。好き放題言われた事────いや、違う。逃げて踏み出せない自分にもだ。

 

「ハン……。それで免許皆伝てか? てめぇの師匠もずいぶんと甘ちゃんだな?」

「────ッ。ディークさんの悪口を言うな! それだけは絶対許さない!!」

 

 自分の無明のせいで大好きな人まで貶されている。もう辛抱ならなかった。

 

「見てなさいよ! すぐに証明してやる! その剣に彫った誓いが本当だって!!」

 

 今まで溜まりに溜まったマグマを全て吐き出すように、眦決して叫んだ怒りが部屋中に響く。それを全身に浴びたソルバーンはニっと口元を吊り上げただけ。

 何も返す事無く剣をウッディに預けると、ポケットに手を突っ込み背を向けて医務室を出ていった。

 

「そんな家系でもねえと来たかよ。ハン……」

 

 扉越しに未だ飛び立たぬ黎いままの妖精を睥睨し、一言吐き捨てると彼はぼうっと火影の中に消えた。

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