ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
気づいたら姉の胸に飛び込んで泣きじゃくっていた。
「──何で呼ばれたか、貴女は分かっているはずよね?」
その時は訪れた。契約違反に対する処罰を団長ティトから告げられることになった。
「信じて!お願い────」
ただ、それしか言えないシャニーへ団長は静かに口にする。
「──それでは騎士団は済まないの。分かるわね?」
ひとりの天馬騎士の将来を決める瞬間が迫っていた。
──── 12月 6日 AM 9: 39 医務室
ウッディはうんざりした顔で机に向き合っていた。
今日はダメだ。もう朝から騒がしくてとても仕事をする気にはなれない。ベッドの上から壊れた蓄音機があれやこれやと騒ぎ立ててくる。
「あーっ、早く稽古したいよお!」
また突然に叫ぶものだから驚いて試薬の瓶を落としてしまった。
「びっくりするじゃないかよ。いきなり騒ぐなって」
「
「……人を誘拐犯みたいに言わないでくれる?」
物言いたげな目をベッドに移すと、黒のタンクトップ一枚の幼馴染が両手をこれでもかと真上に伸ばして今にも飛び出していきそうだ。あの手この手でとにかく脱走しようと仕掛けてくるので目が離せない。今日は扉や彼女の剣に鈴を取り付けて抜かりはないはずだ。
「ダメったらダメ。頭打ってるんだからあと二、三日我慢」
「えーっ! どーせもう壊れてるんならイイじゃん! いっつもそう言うクセにさー」
「自分で言ったら終りだからね? それ」
彼女がこんなにも落ち着かない理由は分かっている。明日は部隊長会議 ────アルマが言っていた処分が下る日。迫る運命の時を前に、いつ来るか分からないノックを静かに待ってなどいられないことは分かる。
「あーっ、天馬に乗りたいー乗りたいー」
それでも子供が駄々をこねるように喚く姿は如何ともしがたい。部隊長になってからその横顔がかなり凛々しくなったように見えていたのだが、どうやら士官服に特別な効果でもあっただけらしい。
ふうっとため息をついて床に零れた試薬を拭いていた時だった。ふいにノックする音が部屋をギンと緊張で貫いた。
「総務部のエニスです」
「え……。ウソ……?!」
思わず目が飛び出しそうになったシャニーは電撃が走ったように背筋を立たせ首を伸ばす。恐る恐るウッディの方に視線をやってみるが、彼も息を呑むばかりで何も返してこない。明日だと思っていた死神の鎌が、一足先にこの首を狩りに来たというのか。
静かに開かれた扉。ついにその時が訪れた。
「シャニーさん、起きてますね」
現れたふくよかな女性は、十八部隊発足の時にティトが読み上げた辞令を持ってきた人だからよく覚えている。この人は総務部長のエニスという人だ。人事関係の責任者でもある。つまり、この人がここに来たということは……。
(ついに……────来たんだ)
名前を呼ばれてシャニーはごくりと息をのんだ。とうとうこの時が来てしまった。もう、逃げられない。
アルマから聞かされているから、どんな処分が下されるかは大方理解している。────つもりだった。今でも心のあちこちから自分の甘えた声が聞こえてくる。罰を受けたくない、どこにも行きたくない……────
(違う! そうじゃないよ!)
訴えたいのはそんな事では無いはずだ。罰は規則や掟からしたらどうしようも無い事。それは分かっている。短い時間だったが、罪については覚悟を決めた。
それでも納得できないままなのは……何故剣を握ったのか────信じて欲しいこの気持ちを誰にも訴える機会が無いからだ。せめて
「シャニーさん? 大丈夫ですか?」
「あっ、はい! 生きてます!」
自分の世界に耽っていたらエニスの声が飛んできて思わず声が裏返る。
焦って飛び出そうとして上半身がスースーする事に気づき急ブレーキをかけた。医務室を自室代わりにして、タンクトップ一枚で自由に過ごしていた事を忘れていた。
急いで上着を羽織り、ブーツを履くとエニスの前まで小走りに駆け寄る。
「ティト団長がお呼びですよ」
分かっていても、どきっと心臓が跳ねた。今更祈ったところで何が変わるわけでもないことは分かっていても、心の中で何度も何度も祈る。姉が少しでも話を聞いてくれることを。弁明の場もなく、知らない所で議論されて処分だけ下されるなんて……悔しくて仕方ない。
「理由は、分かっていますね?」
エニスの最終確認に静かに頷く。
まずは謝らないといけないだろう。でも、姉ならきっと聞いてくれる。例えイリア中から理解されずとも、認められずとも、それでも。
総務部長に背中を押され、静かに部屋を出ていくその後ろ姿を見つめながらウッディはエリミーヌに祈った。
◆◆
医務室という、味方が常に声を掛けてくれる部屋から一歩出たシャニーを待ち受けていたのは戦場だった。
「あの子、西方に出向ですって」
「髪、真っ白よ? よほど激戦だったのかしら」
ヒソヒソと指を差してくる、廊下で出くわす者たち。打ち砕かれた心へ追い討ちをかける無数の眼と声。あちこちから槍のように突き刺してくる。
仲間達は……自分が寝ている間もずっとこの声を浴びてきたと言うのか。彼女たちは命令に従っただけなのに。それどころか、再三止めてくれていたと言うのに。
(誰も庇ってくれるワケ……無いよね)
甘えた事を考える自分にふと乾いた笑いが零れた。イリア最大のタブーを犯した癖に今更何を考えているのやら。
努めて表情を変えず、シャニーはまっすぐ前だけを向いて歩くことにした。
(エンジェルヘイロー、大丈夫かな……)
今の不安は、仲間の処分と、あの企画が打ち捨てられてしまわないか。ただでさえ、イドゥヴァとの交換条件で引き受けた仕事で問題を起こしたのだ。彼女はもちろん、その配下がどんな目を向けてくるかなど考えるまでも無い。
道行く人すべてに信じてもらうことは出来ないと分かっている。あの人にだけは……。姉が今どんな顔で部屋にいるのか。少しずつ、少しずつ部屋への距離が近づくにつれて顔は厳しくなっていく。
「団長、第十八部隊長をお連れしました」
ついに運命の扉の前に立った。先にエニスがノックして外から声をかけている。
「そのまま中に入るように言ってください」
普段と同じ理性的な声が返ってきて、エニスが目配せをしてきた。改めて扉の前に立つ。ひとつ大きく深呼吸してぐっと奥歯を噛みこむと一気に扉を開けて中に入った。
固く閉じられた扉。静まり返る廊下。エニスは奥に消えた若き部隊長へ祈りを捧げた。
静寂に包まれたのは束の間の事だった。どんどん大きくなるブーツの音。
「今日処分を決めるとは聞いていませんよ」
顔に朱が差すイドゥヴァは、部屋の前に着くなり尖った声でエニスに問う。
シャニーの処分は明日の部隊長会議で決めるはずだからだ。こんなだまし討ちが許されるはずが無い。
「入れてください」
団長室のドアノブに手を伸ばそうとしたが、エニスがその体を使って扉の前に立ちはだかってきた。
「団長おひとりでお決めになるそうです。貴女でもダメよ、イドゥヴァ」
思わずブーツの底で床を叩きつける。
あの失態は千載一遇のチャンスだった。副団長である以上、団長の決定への反対はよほどの反証が無い限りは通らない。あの団長の事だ、甘い処分で済ますに決まっている。止む無く廊下で待ち伏せる事にした。
────AM 10: 00 団長室
「第十八部隊長シャニー、参りました」
自らドアを閉め退路を断つ。
吹雪の音だけが聞こえてくる広い部屋。沈黙の空間がその圧で押し潰そうとしてくる。
凍てつく部屋の奥に自分を呼び寄せた人がいる。彼女は待ち構えていたようにじっと見つめていて、シャニーは吸い寄せられるように団長の座る机の前まで歩いていった。
久々の再会。本当なら抱き着きたいはずの団長から、じっと睨むように見上げられて何も言葉が出てこない。長い沈黙の後、表情を変えないまま団長は静かに切り出してきた。
「──何で呼ばれたか、貴女は分かっているはずよね?」
「はい……」
まるで鋭い氷の刃のような問い。心を感じさせない沈着の声に、わっと腹に広がる重く鈍い気持ち。
怒りよりも、大きな疲労を滲ませる姉の声に罪悪感がどくどく湧きあがって来た。きっと聖天騎士団の激しい抗議を一身に受けたに違いない。大丈夫か────喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。誰が……そうさせたと思っている? 今は姉の問いに答え、詫びる方が先だ。
「……西方への出向ですか?」
恐る恐る聞いてみる。自ら口に出してみるとゾクっと背筋が震った。
西方三島はベルン動乱の時に経験しているから、どういう場所かは分かっている。あの時は皆がいたから怖くはなかったが、女一人であの地に行く勇気はさすがに湧かない。
姉は不安に返してくれなかった。ふっと一つ息を吐くと席を立ってしまう。
「確かに、副団長はそれを強く主張しているわね」
「申し訳ありませんでした!」
歩いて行こうとするティトの手を取って深く頭を下げる。ティトはその手を払って先に行こうとするが、シャニーは離さなかった。
「分かってるでしょ? それで片付く────」
「お願い! 部隊の子たちだけはなんとか! 彼女たちは、あたしの命令に従っただけなの!」
「……貴女って子は……」
足が止まり、ティトは思わず妹を見下ろす。
それは僅かな時間だった。驚きに小さく開いていた口を一旦固く閉じると、シャニーの手を引いてまた歩き出した。
「気持ちだけ、留めておくわ」
彼女はそれだけ言ってシャニーの懇願に可否を返すことはなく来客用のソファに身を移す。
手で座るようにジェスチャーする彼女に言われるまま、シャニーもテーブルを挟んで反対側に座った。
「──話してちょうだい。開拓地で何があったのか」
「お姉ちゃん……」
驚きを口元に隠せず見開かれる瞳。姉は最初から弁明の機会を与えるために呼んだらしい。
「事実だけを話して。貴女の見解は要らない」
面食らって反応出来ないでいたら、急かすようにティトが続けて声をかけてきた。
もらったチャンスだ。仲間たちの為にも一つも漏らさずに団長に伝えなければ。この目で見て、この耳で聞いて、この身で感じてきた全てを。
(これがせめてもの罪滅ぼしだ。生き残ったあたしが果たさないといけないんだ)
部隊の仲間や、二度と会えなくなった者……彼らの顔を思い浮かべ、心に誓いを唱えた。まだ────戦いは終わってはいない。
最初は静かに始まった弁明だったが、それは次第に身振り手振りが加わり、しまいにはテーブルに身を乗り出して熱を帯びていく。祈るような眼差し。叫びにも似た口調。怒りさえ滲む身振り。彼女は三十分以上に亘って喋り続け、ようやく言葉が途切れ途切れになった頃には十一時近くとなっていた。
「本当なの! 信じて、お姉ちゃん! あたし達は痛めつけられてる人たちを助けたくて!!」
それだけ訴えても、ティトの氷のような視線はまるで動くことは無かった。ただ、無表情に身じろぎする事も無く激情を受け止めるだけ。まるで壁に向かって叫んでいるような気さえしてくる。
(やっぱり、信じてもらえないの……?)
懇願の眼差しを送り続けていると、ようやくにティトが少しだけ身を乗り出してきた。
「質問に答えて。どうして働いている人たちがイリア人だと分かるの? ──証拠は?」
思わず視線が逸れた。言ってしまえばレイサに迷惑がかかる。レイサは命令に従ったに過ぎず、今の部隊長は自分だ。
証拠は? ────言われることが分かっていたとはいえ、いざ問われるとあまりにも重い言葉。アルマは何とかしろとアドバイスしてくれたが、何も出来るはずはなかった。
「それは……そんなの関係ないよ! イリア人だろうがエトルリア人だろうが、あんなの許せない!」
「証拠は、と聞いているの。貴女の見解は聞いていない」
「そ、それは。それは……」
逃げることを姉は許してくれなかった。それまでの激情は火に土を被せるように勢いを失い、震えた瞳は小さく俯いた。
「……そんなの……──あるはず無いじゃない」
やっぱり信じてもらえないのか。悔しくて悔しくて、腹が震えて揺れる声をぐっと奥歯で噛み砕き、外に漏れ出さないように堪えるので精いっぱい。
どんな罰でも受ける覚悟は出来ている。信じている────ただ、その言葉が欲しい。
紅涙を絞る妹にティトは静かに目を閉じてふうっと息を吐きだした。
冷厳に徹する事が出来ない自分の甘さを叱りながらも、やはりこれ以上は見ていられない。
「……レイサさんと潜入して囚人から聞いたから」
「え……。ど、どうしてそれを」
姉が突然と口にした内容にシャニーは瞠目するばかり。喉元まで出てきて必死に飲み込んだフレーズそのもの。まるで────その場で見ていたかのような口ぶりだ。隠そうとしていた事実をいきなり口にされてどうしてよいか分からなった。
「私は貴女を信じているわ。でも、先に手を出した事を断じて許せないし、証拠が無ければどうも動けないのは分かっているはずでしょ?」
「お姉ちゃん────!」
一気に堰が切れてシャニーは姉の胸に飛び込んでしまった。信じている、ただその一つの言葉だけでどれだけ救われただろうか。己の正義が、誓いが、誰にも理解されない事が悔しくて、苦しくて、叫びたいくらい心を抉られてきた。
たった一つの言葉で、打ち砕かれた心に少しだけ勇気が戻る。
「今は仕事中よ。お姉ちゃんは止めなさい。進歩の無い子ね」
しかし、まだ終わりではないとティトは泣きじゃくる妹の顔をあげさせてハンカチを渡すと、席に座るように促した。
「もう一つ聞かせて。……任務中に天馬騎士団宛に報告書を出したのは、本当なの?」
「本当なのって……出したじゃない! でも、任務を続けろって! お姉ちゃんが……。────ッ。ねえ!」
さすがに質問が露骨過ぎたか。察したシャニーが目に怒りを燃やして聞き返してくる。
「……当たり前でしょ。契約なのだから」
今はそれを詮索する場では無いから被せて黙らせたが、ティトの脳裏には十八部隊の者達の叫びが蘇っていた。
──団長、私たちは聖天騎士団の虚偽報告を書簡にして報告しましたよ。
──そりゃないッスよ団長! ウチら全部報告してるはずッス!
──……私達、報告した。書簡で報告しようってシャニーに提案したの、私だもの
──どうせ
──俺ははっきり見た。皆が処刑されるところを……あいつら許せねえ!!
内外に憂慮は尽きず、特に内患を見極める必要はあるが、まずはシャニーの処分を決める事が先だ。もう、ティトの中で答えは出ていた。
「貴女以外にも既に同じ場を設けているの。五人全員が同じ証言をしたわ。嘘ではないと信じてる」
ティトはシャニーを招集する前に、既に十八部隊のメンバーを一人ずつ
濃淡の差はあるにせよ、語る内容は一様で、誰もがリーダーへの酌量を求めてきた。そして今、六人目の証言者もまた同じことを語った。誰よりも濃く、誰よりも強く。
「もういいわよ。エニスさん」
ずっと外で待っていたのか、ティトが呼ぶとすぐにドアノブが音を立ててふくよかな女性が入って来た。“判決”の証人となるために。それを察したシャニーはごくりと息を呑み、背中も足も震えだしてしまっていた。
(五人……?)
数が合わないことに違和感はあるが、もうそれも意味がなくなる。西方に出向となればもう姉とも二度と会えない。
「第十八部隊長シャニー。騎士団の懲罰令に則り、 12月 31日までの期間、貴女の登城および帯剣を禁止する」
透き通った氷のような声が一人の天馬騎士の人生を決めた瞬間。終わった────そう思って目を瞑っていたシャニーは予想していたものとまるで違う懲罰に、えっと口を開いた。
団長の目を確かめるように見つめるが、ティトは微動だにしない。驚きが顔中に広がっていく。
「お、お姉ちゃん?!」
「明日は部隊の引継ぎの時間をあげる。明後日から頭を整理しなさい」
出向に比べたら罰など無いに等しい処分。おまけに個人に対しての罰であり部隊に対するものではない。
姉が自分を信じて最大限の酌量をしてくれたと思うと言葉が出ない。
「いろいろあったのでしょう?」
そう声をかけてきた姉の顔は団長ではなかった。反発が出るに違いない。姉がまた自分の事で矢面に立つと思うと複雑だった。
「ひぐっ……おねえちゃああん!!」
だけど、もう何も考えられなくなった。生きて帰って来て、大好きな姉の顔を見られて、西方なんて墓場送りも消えた。
心を押し潰そうとしていたものが一気に外され、気づいたら姉の胸に飛び込んで泣きじゃくっていた。
「怖かったよぉ!! もう死んじゃうって、もうみんなに会えないって! 怖かった……怖かった────あああああ!」
「……心配ばかりかけて。本当に……バカな子なんだから」
ここが団長室など忘れ、自分が部隊長だとか、騎士だとか、何も考えられずにひたすら泣いた。今まで抑え込んできた恐怖を全て吐き出すように姉の胸にぶつけて泣き続けた。その頭上へ優しく載る手が撫でて癒してくれる。
どれだけそうしていたかは分からない。気づくと姉に肩を持たれて立たされていた。
「お姉ちゃん……ごめんなさい」
「何度も言わせないで。今は仕事中よ。私は貴女を信じてる。でも、──それでは騎士団は済まないの。分かるわね?」
頭は分かっている。だけど心は正直だった。なかなか首を縦には振れない。ただ、下唇を噛んで俯くばかり。
「……」
「貴女の主張は証拠不十分と言わざるを得ない。判断材料には出来ないわ」
「悔しいよ……!こんなのがまかり通るなんて!」
「……でも、
「ありがとう……ございます」
最悪の未来は回避できたがモヤモヤは拭えないまま。
聖天騎士団のやり方は許せないし、それを訴えても騎士団の中では悪いのは自分の方。
姉があの書簡を見ていないような口ぶりだったのも気になる。主張を続けて詮索を始めれば、信じてくれる仲間やティトに迷惑をかけてしまう。
姉やアルマのおかげで少しは救われたが、処分が降りたら噂を広めている者達はそれ見ろと笑うのだろう。悔しさで胸が押し潰されそうだった。
シャニーが団長室から出て行き、背中が廊下の角に消えた事を確認するとイドゥヴァは団長室へと駆けていった。
彼女が扉に辿り着くより先に、マントを羽織り腰に剣を差したティトが部屋から出てきて視線がぶつかる。
「団長! どういうことですかッ、これでは示しが」
エニスから懲罰内容を聞いた時には耳を疑い、沸々とした怒りが沸き上がった。あの小娘に灸を据えるいい機会だったはずなのに。撤回を迫り怒声を浴びせた途端だ。
「団長の私が決めた事です。決定に変更はありません」
今迄に無いくらい毅然と斬り返された。
「関係者が全員同じ証言をしたこと、聖天騎士団が是正措置を取ったこと。それらを考慮した結果。以上です」
────意見する資格はない
辺りを払うような凛とした眼差しで横を通過していく団長に何も言い返すことが出来ず、小さくなっていく背中へただ拳を握りしめるしかできなかった。
あの時、あの連中が裏切りさえしなければ立場は逆だったはずなのに……。矛先はさらに強く、仕留め損ねた明朗の騎士へと向いていた。