原神フレンズ大紹介(大嘘)   作:山田太郎2号機

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ノエル・2

 

 

 ノエルに沙汰を言い渡してから暫し。

 待ち合わせの細い路地に着き、ちらと通りを眺める。久々の大通りは相も変わらず活気で満ち、多くの人がせわしなく行き交っていた。

 

 日は中天目指して昇り続け、空もより一層青みを増していく。

 本日の天気は快晴。他国よりも空気の流れが激しいモンドにおいて、今日のような雲一つない空は中々見られるものではない。

 更にその中でも、今日は指折りの外出日和と言える陽気。外出するにはもってこいだ。

 

 日陰故にその陽光を身に受けることは出来ないが、代わりに上を向いてぼんやりと空を眺める。

 吸い込まれてしまいそうなほどに澄んだ空は、ただ其処に在るだけで言いようもない美しさを湛えていた。

 

 

 

 ――思えば、私が嘗て家に閉じ込められていた時、こんな風に空を見上げることはなかった。

 

 物心ついた時から、父は私を己の後継としてしか見ていなかったし、学び舎の輩は父の狂気を恐れて離れ、私は人と友好を深めることすら禄に果たせなかった。

 代わりに送ったのは、廃れるべくして廃れた、モンドにとっては汚点でしかない筈の貴族のマナーを叩き込まれ、外出さえも厳しく制限される日々。

 『お前が次代の旧貴族の指導者となるのだ』と何度も何度も呪文のように囁かれ、無意味な作法を叩き込まれる。その中で僅かでも綻びを見せたら最後、鞭が鳴り、罵声と共に張り手が飛ぶ。そんな生活が続き、幼年の私は傷だらけだった。

 

 ――今なおこうして生きているとはいえ、出来るならあの生活は二度と御免被りたい。

 あの事件から騎士団が介入して父の家督を剥奪し、モンドから追いやらなければ、私は今頃どうなっていたか。

 

 あの時は恐怖のあまり、他のことに意識を割く余裕すらなかった。

 父への反抗など考えもせず、例え無意識であろうが、教えに少しでも違えた瞬間、続く折檻を幻視した身体は固まる。その程度には追い詰められていた。

 ただ毎日が早く過ぎてくれることを願うばかりの日々に、空を見上げ、美しさを見いだすことなど、しようとも思わなかった。

 

 今だってその呪縛から完全に抜け出せたとは言いがたい。

 だがそれでも、自由になったこの身であれば。こうして空を眺め、一時でもそれを忘れてしまえれば。嗚呼、なんと幸せなことか。

 

 

「あの、ご主人様」

 

 

 と、不意に軽く腕を引かれる感覚。

 見ればノエルが遠慮がちに私の袖をつまみ、此方をのぞき込んでいる。その顔には僅かに困惑が見て取れた。

 上目遣いに此方を覗く、可愛らしい彼女の態度に胸が一瞬脈打つが、其処はそれ。貴族式ポーカーフェイスを駆使することで、外面だけは努めて冷静を保つ。

 

 

 

 それに、

 彼女にこれから見せることを考えるなら、今更ふざけた態度を取れる身分でもない。

 

 

「どうしたんだい、ノエル」

「……本当に、このような『罰』で宜しいのですか?」

 

 

 これは罰。そう、罰である。

 私は今、ノエルに対しペナルティを課している。今私がこうして外出しているのは、ノエルの『罰』執行の為だ。

 内容は『昼からの私の外出に相伴する』。ただそれだけ。どうしてこれが罰になるのか、確かにこれだけ聞かされたのでは意味は分からないだろうし、ノエルの反応もごもっともである。

 

 だが、それは通常の人間に付き添うのであればの話に限る。

 モンドの民と私とを、共に奉仕すべき対象として考えているノエルは、恐らく理解していない筈だ。

 貴族の繋がり、血の呪いは、時にその周りに重くのしかかるということを。

 

 

 

 ……正直、この手はあまり取りたくない。

 今から行うのは、ノエルの意思を無視した言わば私のエゴ。彼女を私から遠ざけるため、彼女が守護するモンドを、その民達を都合よく使った茶番だ。

 その道程が過酷なものとなるから『罰』としているが、正直この『罰』自体、ノエルにとって罰とならない可能性すらある。

 

 だが罰の成否はともかく、この経験はこれから先、彼女が物事を判断する教訓にはなる、そんな言い訳を以て、私は疑問視する己が声を黙殺した。

 今日与えた命令はノエルに責を与える目的ではない。ノエルに『私』の本当の価値を示し、奉仕の気を無くさせる為のもの。そう無理矢理自分を納得させた。

 

 先程から困惑から、ノエルの瞳が不安げに揺れている。大方私がこれを罰とした理由を語らなかったためだろう。

 心配しなくても大通りに行けば分かるとだけ伝え、歩みを早める。

 

 頑なに理由を言わないのは、もしこれからの顛末を言えば、優しい彼女はきっと私を止めようとするだろうからだ。

 彼女の奉仕はとても心地よいものだし、今回の件に関してだって、(扉破壊さえ除けば)感謝こそすれ邪魔などとは思ったことはない。

 

 だが、彼女の優しさは元々モンド全員に向けられるべきで、仮に一人に向けるにしても相手が違う。

 そのことを彼女には伝えなければならない。

 彼女に、間違いも解釈の余地も与えずに伝えるには、きっとこれが一番だ。

 

 

「さて、着いたよ」

「え? ……確かにこの先は大通りですが、でもどうしてこんな所に?」

「見れば分かるさ」

 

 

 

 ――嗚呼、それと。絶対に声を出しては、いけないよ。

 

 

 

 最後に念押しして、もう一度ノエルに施した『仕掛け』を確認する。

 ――よし、問題なく機能している。ノエルは『神の目』を持っているから、元素力を辿れる者にだけは効果も薄いが、普通の人々に対しては十二分に効果を発揮してくれるに違いない。

 

 

 

 さて、これからが正念場だ。

 暗く湿った日陰から晴天の石畳へと、私は一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 ――嗚呼。今日ほど。

 

 今日ほど、自分の楽観を咎めた日はありません。

 

 

 

 

 

 ご主人様からのお叱りで、つい見放されたような気持ちになって泣いてしまって。

 見かねたご主人様に『罰を与える』と言われて、メイド服ではなく私服に着替えて此処にもう一度戻ってくるように言われて。

 言うとおりにしたら、今度はよく解らない装置を首から掛けられ、息つく間もなく外に連れ出され、大通りへ続く細い路地までやってきて。

 

 ――ここまで、何の説明もありませんでした。

 

 ご主人様はお優しい方で、同時に目的の真意を重んじる御方です。

 些細な何かを命じる際も、その命令の意図の説明を欠かしたことは無く、私のような従者にも『こういう訳だから』と己の意見を表し、無意味に何かをさせるような命令は一度たりともしたことがありません。

 ですから今回のように、理由を話すことなく何かを命じることなど一度も無かったのです。

 

 だというのに私は、何事もきちんと筋道を説かねば気が済まないご主人様の、そのらしくない行動の訳を尋ねようとしませんでした。

 若干不審さを感じながらも、初めてご主人様と街を一緒に歩けるという事から来る喜びから、それを些事と切り捨てていました。

 

 何故これに『罰』と銘打ったのか、というご主人様の真意を、汲み取ろうとすらせずに。

 

 

 

 

 

 ご主人様が大通りに出て、街ゆく皆様がその姿を見た瞬間。

 ――空気が、変わりました。

 

 

「……お前」

「こんにちは。――このような蒼空の下、皆様に会えたことをうれしく思います」

 

 

 ご主人様を見るなり、皆様の顔がとても険しいものに変わりました。

 私と話す時の優しい顔とは違う、まるで長年の仇を見たかのような、怒りの様相。気付けば道行く誰もが足を止め、射殺さんばかりにご主人様を睨みつけています。

 

 

「ッ! ごしゅ」

「ノエル」

 

 

 咄嗟にご主人様に呼びかけます。が、ご主人様はただ一言、直ぐ後ろの私にのみ聞こえる音量で私の名を呼び、言葉を遮りました。

 

 

――絶対に、喋ってはいけないよ。

 

 

 大通りへ出る直前に仰ったその言葉。それを思い出せと、彼は言外に私に伝えていて。

 慌てて口に両手を当てた私の様子を横目で確認すると、ご主人様は少し笑って、また皆様に向き直ります。

 

 いつの間にか、ご主人様の前には冒険家のサイリュス様が立ち塞がり、皆様と同じ鋭い目を向けていらっしゃいました。

 

 

「――やはり、皆様に不快な思いをさせてしまったようですね。私も今やモンドの民。何時か皆様と仲良く出来ることを願うばかりなのですが」

「良くもぬけぬけと。――二十年の時が経とうと、あの男の罪を我々が許すことなど無い」

「……そう、ですか。残念です」

 

 

 ご主人様はその言葉を聞いて、少しだけ目を伏せました。

 

 いつもの豪快で明るい筈のサイリュス様は何処にもいません。其処にいるのは、ただ敵を見つめる戦士の目をした一人の冒険者でした。

 彼はまるで皆様とご主人様との間に立ち塞がるかのように立っています。その姿は、まるでご主人様の手から、街の皆様を守るかのようで。

 

 ――ご主人様が一体、何をしたというのでしょうか?

 

 分かりません。

 詳細は存じませんが、ご主人様のご実家が、嘗て旧貴族の一員であった家系であるという事は知っています。ですが当のご主人様は全く旧貴族的な考えをお持ちでなく、むしろ出会った時から今のモンドを愛してやまな いお方でした。

 

 それなのに、何故。

 サイリュスさんはどうしてご主人様をここまで敵視していらっしゃるのですか。

 

 

 

 と、其処まで考えたところで我に返ると、既にご主人様はサイリュスさんに連れられ、既に随分と遠くに離れてしまいました。

 慌てて追いかけようと、私も路地から飛び出て走ります。

 

 

「…………?」

 

 

 そこでもう一つ、私に疑問が生まれました。

 

 街の皆様は、普段私に会うと必ず挨拶をして下さります。

 ですが、皆様のいらっしゃる通りを縫うように横切っても、不思議と誰にも挨拶を受けなかったのです。

 ……確かに明るいとは言えない雰囲気ではございましたが、私がどれほど近くを走っても、目が合うほどに近くを通ったとしても、どうやら誰一人として気にしていない様子です。

 

 嫌な予感がしましたが、先程の衝撃が大きく、未だ気持ちが追いついていません。

 これ以上何かを抱えていられる余裕もなく、私には置いて行かれたくない一心でご主人様の下へ走るほかありませんでした。

 

 

 

 

 

 走っている中、何処も彼処も聞こえてくるのはご主人様への数多の罵倒でした。その大半はご主人様の生まれを揶揄した物で、その度に反論したい気持ちになります。

 今まで、モンドの方々は誰に対しても明るく、とても親切な人ばかりと思っていましたし、私もそんなモンドの風土が好きだから、誰であろうと敬意を払い、丁重に皆様に奉仕してきました。

 

 だから、誰もが特定の人間を嫌うこの状況は、私にとって理解が及ばぬもので。

 気付けば私は次第に耳から入ってくる声を遮断し、無心で彼らの間を駆け抜けていました。

 

 

 

 

 ようやく私がご主人様の姿を認めたとき、ご主人様はサイリュス様と共に、ブランシュ様が経営する雑貨屋にいらっしゃいました。

 私が遅れてしまった間に用事も済んだようで、ご主人様の腕には大きな袋が抱えられています。

 しかし、それを渡したブランシュ様も皆様と同じく険しい顔をしていました。

 

 ――あんなに怖い顔をしたブランシュ様を、私は見たことがありません。

 

 

「――のような者にも物を売って下さること、いつも感謝しています、ブランシュ嬢」

「……別に私は、少なくともカウンターに立つ時だけは、誰の敵にも、味方にもならないと決めているだけです」

「だとしても、あの事件は軽々に許せるものではない筈です。……特にその渦中にいた、貴女であれば尚更だ」

「……あの時、アレを実行したのは貴方の父親で、貴方ではないですから」

「お優しいのですね。――だとしても、やはり私がモンドにいる事実は受け入れられない、ですか?」

「…………」

 

 

 ご主人様の、御父様。

 着いた時交わされていた会話の中で、そんな言葉が聞こえたような気がしました。

 

 ブランシュ様はそれきり話すのをやめてしまい。ご主人様はその様子を辛そうに眺めていらっしゃいます。サイリュス様にお話を伺おうにも、ご主人様の命によりそれは叶いません。

 分かるのは、ご主人様が街の方々に快く思われていないということだけ。それが何故かについては、断片的な情報しか得られず判然としないまま。

 

 

「……本日は、この辺りで」

 

 

 ふと、ご主人様がそう仰って、踵を返しました。その際私の方を見て軽く目配せをしたことから、着いてこい、という意味だと理解します。

 

 数多くの敵意の目を一身に受けながら、深々と礼をするご主人様。

 私にはその姿が、とても悲しそうに見えました。

 

 

 

 

 

 元の路地裏を歩く間、ご主人様はずっと無言でした。それどころか、心此処にあらずといった具合で、その姿には日頃の凜々しさは感じられません。いつものように毅然とした雰囲気は欠片もなく、まるで子どもがよたよたと歩くような、そんな印象を感じさせます。

 

 そう、ともすればそのまま、消えてしまうような――

 

 

「ご主人様」

 

 

 だからご主人様の邸宅に着いてすぐ。

 我慢できなくなった私は、ご主人様に全ての疑問を投げつけました。

 

 今回の外出、私が人々の間を走る時に感じた違和感、そして何より、モンドの皆様がご主人様に向けた敵意の籠もった眼差し――

 

 全て意味が分からず、納得の行く結論を出す時間も足りず。

 悩んでいるうちに全てが過ぎ去って、気付けば何処か疲れ果てたご主人様の横で、ただのうのうと彼の荷物を持って側付くのみ。そんな自分を許せるはずがありません。

 だから、ご主人様が今の今まで話してこなかったその理由を、私は聞かずには居られませんでした。

 

 ご主人様は何も言いませんでした。ただ此方を向いて、ひとつ錆びたような笑みを浮かべるだけ。

 その笑顔があまりにも痛々しく、何かを堪えているようなものだと気付いて初めて、ようやく私は自分の出過ぎた真似に気付きました。

 急ぎ謝罪しようと口を開くと、それより早くご主人様が私を手で制し、緩やかに首を振ります。

 

 

「君の疑問ももっともだ。むしろ君のその疑問に応えることこそ、私が課した『罰』でもある」

 

 

 ――故に応えよう、君の疑問に。そして君に教えよう。

 

 自由のモンドで、その自由を奪わんとした貴族の歴史を。

 

 君が主と仰いだその男が、如何に仕えるに値しない存在であるかを。

 

 

 

 ――ご主人様は、何を仰っているのでしょうか。

 これまで、私への罰は私のみに課せられるべきもの、そう思っていました。

 当たり前です。どうして私への罰で、ご主人様はご自身を傷つけねばならないのでしょう。

 

 ――確かにメイド騎士として、そしてそれ以上に、密かにお慕いしている身としては、ご主人様が傷つくことは何より耐えがたいことです。

 

 ですが、ご主人様はそういった意味でこれを『罰』とされた訳でもない筈。

 例え私のような見習いの騎士に、どこまでも誠実であろうとする御方です。そのような御方に、仕える価値がないとは口が裂けても言えません。仮にこの秘めた想いをご存じであったとしても、ご主人様であればそのような形で応えることはしないという確信が私にはありました。

 故に分かりません。ご主人様が仰っている言葉の意味が分からなかったのです。

 

 ――でも、きっと納得のいく説明をいただける。

 そんな考えに頼りきり、私はご主人様の言葉をただ待ち続けました。

 

 

 

 聞いて後悔してからでは、あまりに遅いというのに。

 

 

 

 

 

 これを私への『罰』とした目的。

 通りを出る前に言われた、『声を出してはいけない』の真意。

 そして通りを走っても、私に誰も気付いていなかった理由。

 

 最後に、己が背負う、モンドの民達への罪。

 

 

 

 

 

 ――嗚呼。今日ほど。

 

 今日ほど、自分の楽観を咎めた日はありません。

 

 

 


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