その日は、宇随と冨岡が連れ立ってやってきた。
緑は日毎に色濃くなり、風は芳しく爽やかになっていく。実弥も宇随も冨岡も、もはや朝起きて夜眠る。あれほど闇に馴染んでいたのに、今は夜が来ると眠くなる。平和になったのだ。
だが、三人の任務はまだまだ残っている。その中でも実弥は相変わらず遠方をひとりで飛び回っていた。
「もうちっとかかりそうだァ」
実弥が言うと、冨岡も答えた。
「俺は……当分先だ」
「そりゃそうだよな。数百年分の幕だ。派手に重てえわ」
数百年も続いた鬼殺隊の終幕をきちんと引くのは、それほど簡単ではない。藤の家紋の家への報告と慰労だけでなく、隊士の治療と回復生活の維持、戦死した者の遺族へはその報告と慰問、葬式の手配。刀鍛治の里人や隠、隊士の今後の生活。各拠点の後始末、柱たちの屋敷の処分。鬼との戦闘の歴史の伝承と保存……残務処理を三人が中心となって分割し、それぞれ黙々とこなしている。まだ終わりは見えないが、ようやく落ち着いてきていた。
そして、生き残った三人の柱は、それぞれに今後と向き合わねばならない。実弥と冨岡には痣の呪いが、宇随には二人の死後の全てが、それぞれの業となる。
「で、お前、月宮はどうすんだよ」
自分で持ってきた手土産のカステラをちゃっかり食べながら、宇随が切り出した。
「このままって訳にはいかねえだろ、輝利哉さまも心配しておられた」
実弥は舌打ちした。
「ほっとくしかねえだろォ。行き先も分からねえんだからなァ」
別れ際の晶とは全然違う冷淡な置き手紙に困惑するばかりで、悔しさと心配に夜もよく眠れずにいる。どこにいるのだろうと思うだけで、胸が苦しい。
「まったく……」
実弥は忌々しげに吐き捨てた。
「俺にはもうどうしようもねえんだよ、クソが」
実弥は、茶をグッと飲んだ。宇随と冨岡は沈黙していた。思い定めると行動を起こすのが早い実弥が探しもせずにいるのは、手がかりが全く無い証拠だ。
「風……不死川さま、それはあんまりです」
三人は同時に声のする方に振り向いた。
初老の下女が興奮のせいか赤くなった顔で、口をへの字に曲げて実弥を恨めしそうに睨んでいる。傍には夫らしき初老の男が必死に女の袖を引いて黙らせようとしていた。下女はサチエといい、息子を鬼に殺された後長く実弥に仕えてきた者だ。
「これだけは言わせていただきます」
サチエは、涙を溜めた目でキッと実弥を見据えた。
「不死川さまは、あんなに月宮さんに甘えてらしたじゃありませんか。いつも背中に手を当ててもらって、月宮さんの作った茶菓子を食べて、話もよくしていて、お土産を持って帰ったりして。不死川さまはお顔も優しくなりましたし、怒鳴ることも減りました。みんな月宮さんが来てからです」
サチエは肩で大きくひとつ息をついた。下女が主人に意見するなどあり得ない。自分を鼓舞して勇気を奮っているのだ。
「それなのに、今更他の方を奥様にだなんて。お家まで買われただなんて。月宮さんがあんまりかわいそうです」
「ハアア?おい」
サチエは黙らない。
「お相手の方がどんな方か知りませんがね、不死川さまには、ちょっと年上で甘えさせてくれて、手応えのある話のできる、月宮さんみたいな方がお似合いですよ。育ちがよくて可愛くて、ちょっと刺繍なんかが得意なだけのお嬢様なんか、不死川さまのお相手は務まりゃしません。おまけにあと数年で亡くなるかもしれないだなんて、そんな旦那の運命ごと引き受けられる女がそんなに沢山いるもんなんですか。そんなことも分からないで、所帯を持つだなんて、私ゃ……」
「おい!ちょっと待てェ!」