鬼後伝・風月玄TACK   作:十果 円遠

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第20話 宇随からの情報

 実弥は、中庭をぼんやりと眺めていた。そよ風がかすかに木々を揺らす。雲は徐々に広がり、雨の気配を感じさせる。手持ち無沙汰だ。残務処理も大詰めを過ぎた。

 

「実弥、ご苦労だったね。まずはゆっくり休んでおくれ」

 

 輝利哉は温和な笑顔で実弥に告げた。

 

 もう闇夜に駆け回る必要もないが、朝起きる必要もまた見出せない。やらなければならないことはもう何も無いのだ。

 鬼殺に邁進していた頃は、藤の家を泊まり歩いて任務を熟し、たまの休暇も鍛錬に当てていた。いつもやることは山のようにあったのに、今は起床も身支度も食事も、睡眠さえ時間潰しに過ぎない。

 無聊な日々に実弥は溜息をついた。

 

 小手毬の盛りが過ぎようとしている。

 赤子の爪のような小さな花びらが、そよ風に優しく揺らされて散り敷く。見ているだけで、甘い思い出に引きずり込まれる。なんの想念も浮かばない心には、在るべき人の不在がひどく辛く感じられた。

 

「よ!」

 

 突然小手毬の後方に宇髄が現れた。塀や壁を音もなくすり抜けることなど造作もないせいか、いつも思いもよらない場所から入ってくる。

 

「よじゃねえ。お前、普通に玄関から入れっつってんだろォ」

 

 実弥の渋い顔など気にも留めずに、宇随は広縁の端に上がり込む。

 

「こないだ、また南條邸に行ったんだわ」

 

 実弥は聞こえないふりをしていた。

 

「……月宮の、話をしてた」

 

 脳天にガツンと一撃喰らった気がした。

 

「…………おい、そりゃア」

 

「いや、月宮の音はしてなかったぜ」

 

 気付かないうちにホッと実弥の息が漏れる。宇随は今回も聞き逃さなかった。

 

「ちっと変わった声で……聞きにくかったんだが、多分居場所の手掛かりを掴んだんじゃねえかと思う」

 

「……」

 

 実弥の胸の裡がジリジリと不安に焦げる。組織力のある南條が手掛かりを掴んだのだとしたら、早晩晶を探し出してしまうのではないか。そうなれば――

 

「あの屋敷にまた、囚われるってェのかよ……」

 

「……それならまだマシだろ」

 

「あア?」

 

「南條ほどの家だ。屋敷が赤坂だけとは限らねえぞ。お前を警戒して別の屋敷に連れて行けば――まず後は追えねえ」

 

「……」

 

 金持ちが本宅以外に屋敷を所有することはごく普通だ。産屋敷家も、無惨の襲撃を避けるために定期的に邸宅を変えていたくらいだ。同じく長い歴史を持つ南條に複数の邸宅があっても、驚くには当たらない。

 しかし、そのうちのひとつたりとも所在地を知らない。場所さえ分からないその邸宅の奥深くに囚われたら、実弥一人では到底探しきれない。

 

(どうする……)

 

 実弥は炒られるような焦りを感じながら考えを巡らした。金屋の鴉が後を追っていると多旗が言っていなかったか。

 

(もし……またあいつが手を出したら……)

 

 晶との間に夫婦の実質はひとつもない。そこを指摘されれば、届出が無効になる可能性は十分ある。そうなれば、南條を阻むものは消え失せる。

 

「月宮をとっ捕まえておいて、裁判かなんかでお前との婚姻届の効力を法的に無効にしちまう。で、それが通ってから正式に妻にする。あるいはお前が痣で死ぬのを気長に待つ……ま、派手に途方もねえ手数だがな」

 

 宇随が不愉快な読みを開陳する。

 

(あいつならやる。きっとやる)

 

 晶は南條を嫌っていた。花でも食べ物でも人でも、好きなものが多い晶が嫌いだと言うのだ。心底嫌っているとみていい。

 

(クソッ……)

 

 豪奢で美しいが自由のない黄金の牢獄のような屋敷。学問を尊び闊達な晶が閉じ込められたら、笑顔が消えて俯いて過ごすのではないか。夜には紅玉のようで昼には碧玉のように見える不思議な色の目が、悲しみに曇るのではないか。

 

――お帰りなさいませ、不死川さま

 

 晶の明るい声が甦る。

 

――弟の幸せは弟が決めるんです。兄じゃありません

 

――高いところは、こ、怖くて、足が竦んで……

 

――侘助ですね……ありがとうございます

 

――写真ですよ、不死川さま。もっと笑ってください

 

――玄弥くんは頑張り屋さんですね、ご兄弟は似るのかしら

 

――柱を死なせた星見に価値はありません。頑張ったかどうかなんて!どうでもいい!

 

――まあ、勝ったわ!名前はオハギに決まりね!

 

――七竈の花、嬉しかった……

 

――死者は生者の不幸を願ったりしません 

 

――ご無事で……お帰りを

 

――夜が、明けます

 

「不死川さま」

 

はっきりと晶の声が聞こえた気がした。

 

(月宮……月宮!!)

 

 小手毬の花と宇随が目に映っていたが、もう心付かなかった。

 

(会いてえ!)

 

 花曇りの日の別れも根も葉もない縁談の噂も、どうでもいい。あるいは嫌われ疎まれているかもしれないが、実弥自身がどう思われているかより、晶を暴力や意に染まぬ結婚から守ってやりたい。

 

(探し出す。必ず南條より先に!)

 

 実弥はすっくと立ち上がった。黙って様子を見ていた宇随は、手で顎を撫で回しながらニヤリとした。

 

「おい、小鳥を追っかける話なら、派手に協力するぜ」

 

 

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