実弥は、晶を探し回った。
とりわけ南條の動きは気がかりだった。追跡の進捗だけでなく、万一晶が屋敷に連れてこられることも考えられる。
「探索は忍びの十八番だぜ」
宇随はそう言ってムキムキねずみの一匹を南條邸に放ってくれた。これで何かあればすぐに知らせがくるだろう。実弥は、宇随の兄貴面に密かに感謝した。
そして、思い当たる場所を次々に訪ねた。
毎月墓参りに訪れていた天徳寺、古本屋の『九曜書房』、玄弥たちと慰労会をしていた洋食屋、晶の好んだ豆菓子屋、天文研究所……そうやって尋ね歩くうちに、晶が出奔し、実弥が捜し回っていることは鬼殺隊界隈にまたたく間に広まった。
それからというもの、風屋敷には処々方々から晶の行方に関する情報が持ち込まれた。
曰く、某県の元藤の家紋の家によく似た女中がいる。曰く、知人の紹介で学校の先生をしているらしい。曰く、両親の墓所のある遠方の寺で見かけた……。
実弥は、これはと思うものは実際に出向いてみた。しかし、全て無駄足だった。
それは宇随の推測が正しいことを示していた。
――お前にだけは分かる、そんな場所
実弥は、歯がゆくてならなかった。
宇随の読みが正しければ、晶へ続く扉の鍵は実弥一人が握っていることになる。それなのに、その鍵の在処を失念している。心当たりに脚を運び外れる度に、自分への苛立ちが募った。
青嵐の吹く日だった。緑の梢はザワザワして、かぐわしい若葉が落ちる。茶屋から新茶の香りが漂ってくる。あの血戦で戦死した者たちが嗅ぐことのなかった新緑の香りだ。
実弥は『すばる』を訪れた。
晶は、鬼殺隊で活躍する前は『すばる』で女中として働いていた。当然既に連絡し、晶から接触があれば留め置くよう依頼してあった。
だが、晶と個人的に親しい者もいるはずだ。ひょっとしたら内密に手紙や連絡が届いているかもしれないと期待したのだ。
「|日羽(ひわ)が仲良しでしたよ」
主人は愛想良く教えてくれた。
「ですが、今日は冨岡さまがおいでで、話しこんでいるところです」
「……冨岡ァ?」
「鬼殺隊のこれまでを纏めて文章に残しておかれるそうで……」
話しながら、とある襖の前まで来た。
「冨岡さま、失礼いたします。不死川さまがお見えでございます」
「……不死川?……どうぞ」
部屋の中から返事があって襖を開ける。机を挟んで向かい合わせた二人がこちらを見上げている。机の上には数枚の紙。畳の上にもたくさんの書き散らした紙があった。
冨岡の前には一人の女が座っていた。スラリとしていて座り姿も美しい。手をついて実弥に挨拶すると、何か言いたげに冨岡に視線を送った。優しげな横顔にゆったりした三つ編みが似合っている。なかなかの美人だ。
「不死川、どうした?……めずらしいな」
冨岡は思いがけない来訪者を気軽に迎えた。
「……日羽って女に、用があるんだが」
女は実弥をハタと見つめた。切れ長の目は吸い込まれるような深い青で、煌めく金色の粒が混じっている。晶の目も珍しい色だが、その友達もまた珍しい。
「これが日羽だ。日羽千歳という。日羽、不死川は知っているな?」
日羽は、冨岡に向かって微笑んで頷いた。実弥にはもう一度手をついて頭を下げた。
「あんたにちっと聞きてえことがある」
日羽は、ニコと小さく微笑んで、実弥を見上げた。
「月宮晶を知っているなァ?」
日羽は、再び頷く。実弥は日羽の間の違う受け答えに気がついた。
「オん?お前……」
「この娘は口が利けないんだ」
冨岡が日羽の前にまだ余白のある紙を差し出した。見れば辺りの散らばった紙には、女の文字が書き散らしてあった。
「……そうなのかィ」
道理で知らないはずだと実弥は納得した。『すばる』にはよく来ていたのに、日羽を見たことがない。口が利けなくては接客できないから、裏方に回されていたのだろう。
「月宮から……なにか言ってきてねえか?手紙とか鴉とか」
日羽の表情が動いた。
「来ているのか?」
冨岡が驚いて尋ねる。
「なんて書いてあったんだァ?」
日羽はサラサラと紙に鉛筆を走らせた。
『何も。本を一冊いただきました。持ってきます』
日羽はスッと立って部屋を出ていった。
「……で、お前はなんでここにいンだよ?」
実弥は机の近くに胡座を掻いて座った。
「……鬼殺隊の歴史を纏めている」
「そりゃお前に任された残務処理だろうが。それとあの女がなんか関係あんのかァ?」
冨岡が口を開きかけた時、日羽が戻ってきた。
一冊の本と一筆箋。薄い本はだいぶ傷んで『万葉集』の文字が擦れている。
『本は小包で届きました』
「いつ頃だ?」
『はっきりとは。たしか桜が咲いていた頃』
さすがに書くのが速い。
「屋敷を出た頃か」
冨岡が日羽の手元を覗き込む。日羽は小さく頷き、さらに筆を走らせる。
『でも、その少し前に会いました』
「それで?」
『元気がなかった』
日羽は目を伏せた。長いまつ毛が目元に陰を落としている。ややあって日羽は再び書き出した。
『やっぱり不死川さまに打ち明けられない。ご結婚されるなら、お邪魔になってしまうからと』
「あいつ、やっぱりそんな噂を信じてたのかよォ」
日羽は実弥を見上げてふるふると小さく首を振った。
『今回は噂かもしれない。本人に直接聞いた訳じゃない。でも、いずれは縁談が持ち込まれると』
日羽の手がピタと止まった。
「どうした?」
日羽はチラリと実弥を見てから、一気に書いた。
『不死川さまが自分をどう思ってくださっているのか分からないし』
日羽は、さらに書き足した。
『既に亡くなった不死川さまの想い人はとても美しい方だったと』