美しい季節をよそに実弥は、晶を捜し回った。
屋敷にじっとしていたところで晶が帰ってくるとは思えない。それなら、はっきりした当てがなくても、探し回っていた方が確率が上がる。行き違っていることもあるかもしれない。
その一方で、『お前だけには分かる場所』について考え続けた。
晶とは約二年、風屋敷でともに過ごした。それは鬼殺隊の歴史最後の二年間であり、激動の季節でもあった。晶は剣を振るわなくても、その星見の力によって柱たち隊士たちを守り支えた。そんな晶を実弥は信頼していたから、晶との思い出はたくさんある。
南條との一件では、実弥は法律上の夫となって晶を取り返した。
玄弥との一件では、晶が玄弥を悲鳴嶼から引き取って星見の補佐とし、一時とはいえ風屋敷の近くに住まわせた。
決戦後、傷心の実弥を晶は献身的に慰めてくれた。
だが、それらはいずれも他に登場人物がいる出来事で、実弥だけが分かるとは言いがたい。実弥にだけ分かる、となれば
(俺とあいつだけの思い出や会話とか……?)
途方もなかった。
晶とはよく広縁で茶を飲んで話をした。柱として日々の任務の様子を報告することも多かったし、根を詰める晶を慰めてやったこともある。また逆に、任務で疲労困憊の実弥のために晶が手当てをしてくれたことも一度や二度ではない。ふたりだけの思い出も会話も数えきれない。絞るのが難しいほどだ。
千代紙、白詰草、豆菓子、屋根の上、数々の本、猫のオハギ、白い花たち、手当て、写真、玄弥……
「こんにちはあ」
考えを巡らしていると、玄関の方から聞き覚えのある声が響いた。
金屋だ。甘ったるく語尾の長い話し方が鼻につく。それでいて細部をよく記憶していて、内容もまともなのだ。
「実は、ずいぶん前に月宮さんを見かけたんですう。四月の……解散の頃でしたあ」
やはり記憶は正しかった。多旗から聞いた覚えがある。
「どこでだ?」
「植野ですう」
躑躅で有名な音津は植野からほど近い。
「話しかけようとしたんですが、人が多くて近づけなくて……急いで鴉に探索させましたあ」
実弥は僥倖を喜んだ。実弥も旧悲鳴嶼邸から戻った後、爽籟に付近を探索させたが、空振りに終わった。いくら爽籟が優秀な鴉でも、数日経っている上に方角もわからない状況では無理もなかった。
「でもお、鴉が一羽しかいなくて戻れなくてえ。つい昨日戻ってきて……」
鴉が知らせに戻っている間に晶が動いてしまったら、本当に見失ってしまう。戻って来れたのは幸運だったくらいだ。鴉を二羽以上にするしかないが、鬼殺隊が解散した今、鎹鴉もちりぢりになってしまっていて、適当な鴉は簡単には見つからない。
「今、どこか分かるのかァ?」
「今現在は分かんないです。これまでの足取りのいくつかはっきりしてるんですけどお……」
金屋はちょっと視線を落とした。
「けど、なんだ」
「……現れた場所に関連性がないように思えるんですう」
「ハッキリ分かってんのはどこだア」
「……阿曽(あそ)、伯方(はかた)、太淀(おおよど)しばらく置いてまた太淀ですぅ」
実弥は小さく呻いた。確かに関連性がないように思える。
「場所が飛び過ぎてませんかあ。西から東に向かっているってくらいしか……」
「太淀には二回行ったのか?」
「分かんないですう。長く滞在したのかも。今現在ここにいるのかも分かりません……」
金屋は、残念そうに俯きながら、長い三つ編みの先をいじった。
「ごめんなさい。かえって混乱させてしまっただけで……」
「そんなことはねぇよ。ありがとなア。助かったぜ」
金屋はパッと顔を輝かせた。褒めることの少ない実弥から礼を言われたのが嬉しかったのだろう。
「風……不死川さまのお役に立てたんなら嬉しいですう!また何か分かればお知らせに来ますねー!」
立ち去る金屋の後ろ姿が、弾むように駆けていく甘露寺に重なる。生きてさえいれば、伊黒と一緒に幸せになれたのかもしれないのに。
「金屋」
実弥は、つい呼び止めた。
「はぁい」
そばかす顔が振り向く。
「……甘露寺の分まで、幸せになれよオ」
金屋は一瞬目を丸くした後破顔した。
「はい!恋……甘露寺さまの分も、桜餅を食べてえ、素敵な方と添い遂げますう!不死川さまも、早く月宮さんと幸せになってくださいね!きっと見つかりますよお!」
やっぱりこいつは苦手だと実弥は小さく舌打ちした。
硝子越しの夜の庭は静まり返り、花びらが音もなく散っていく。もはや鬼を恐れる必要のない夜。煌々と輝く月が美しい。皆が待ち望んでいた平和で美しい夜だ。
実弥は目が冴えて眠れずにいた。金屋が挙げた地名を反芻する。
阿曽、伯方、太淀、太淀……。
実弥は月を見上げながら考えた。
何故その順番なのか。西から東へ移動しているだけか。何故同じ場所に二度続けて訪問したのか。長期滞在か。そこに何があるのか。伯方から太淀まで相当距離があるのに、一挙に移動しているのは何故か。その時に行かなくてはならない理由があったのか。もしそうならそれは何か。実弥はじっと考えた。
(あいつのことだ。闇雲な訳がねぇ。何か……俺が気がついていねぇ理由があるはずだ)
その隠された法則性が分かれば、自ずと次の場所の予測もつく。実弥は腕組みをして立ち上がり、広縁に出た。
(これは小手毬です)
幻の中の晶が微笑みかける。
小手毬の花びらが風に舞って、広縁の前にうっすらと散り敷いている。月の光に白く照らされ、春の雪が積もったようだ。庭では、小手毬が満開を過ぎ、かすかな風にさえ枝を揺すられて散っていた。
花の名前など興味もなかったが、晶に教えられ、白い花ばかり詳しくなった。
その瞬間、脳裏に稲妻が閃いた。
「そう、か……!」
実弥は暦をチラリと見た。緑の美しい季節はあと少しで終わり、梅雨の時期に入る。
「とすると……次は王子島か紗倉山…………だな」