鬼後伝・風月玄TACK   作:十果 円遠

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第3話 星見

 その多旗が顔を見せたのは、小手毬が美しい午後だった。

 

 多旗は風の呼吸の元隊士で、実弥の弟弟子に当たる。恋仲だった女が鬼に殺された後、入隊し頭角を現しつつあったが、度重なる怪我によって徐々に戦闘から外れていった。しかし、殺伐とした鬼殺隊の中にありながら温厚で常識的な性格で、周囲からの信頼が篤く、同じ歳の悲鳴嶼も重用していた。後に悲鳴嶼の推薦で星見の補佐となり、晶と行動を共にするようになっていった。

 

 そんな彼は、無惨戦後痣者となった実弥を気遣い、頻繁に風屋敷にやって来る。

 

 多旗は、中庭に面した広縁で器用に羽織を脱いだ。右肩には深い傷があってやや不自由だが、その後左肘から下も失った。

 

「あのころ、月宮さんが星見をしてくれていたら、この腕を失わずに済んだかもしれませんが」

 多旗は腕をさすりながら笑った。

 

「ハッ、かもしれねえなア。あのころは、おっとり刀で駆けつけて闇雲に闘うだけだったからなア」

 

 鬼と人との闘いは、鬼殺隊の敗北の歴史だ。

 鬼殺隊は、常に鬼にとって有利な夜に、鬼に先手を取られる形で戦いに臨む。これではいつも劣勢から戦いが始まり、作戦も立てられず個人の剣技に頼るしかなくなる。必然的に剣技に劣る者たちは、またたく間に鬼の餌となっていく。

 無残な消耗戦だった。

 

 ところが、星見はこれを見事に引っ繰り返した。

 

「実際、出るって言われた日に鬼が出てきた時は、本当に驚いたぜエ」

 

 晶が鬼の出現を予見したのだ。

 さらに、晶は出現が予見される日を表にして提出してきた。これに基づいて人員繰りが計画され、隊士に任務が割り当てられる。これによって戦いに先手を打てるようになり、鬼殺隊は劣勢からの開始を脱することができたのだ。

 

 それは、鬼殺隊の長い敗北の歴史を変える快事だった。

 

「はは、出ないと言われた日には、本当に出ませんでしたからね」

 

 星見表は、鬼殺隊の生活に長期の予定と休息をもたらした。おかげで隊士たちは計画的に身体を休め、治療し、鍛錬に専念することができるようになったのだ。

 

 柱たちは瞠目し、次に狂喜した。

 

「すごいぞ!宇随、星見とは素晴らしいものだな!」

「毎月の殉死者名簿が少なくなった。実に喜ばしい。南無」

 

 実際、星見の効果は絶大だったのだ。

 

 そして、現実の出現情報によって、予見が当たったかどうか検算される。闘いの後、実際の戦闘に参加した隊士や柱からの情報を晶は熱心に聞き取った。もちろん柱たちは全面的に協力した。

 

 晶は徐々に自信を深め、より緻密な予見を目論んだ。出現時期だけでなく、場所や鬼の強さまでも射程に入れ始めたのだ。当然これも現実の鬼との戦闘の様子によって検算が必須だ。

 

「ただ、私が左肩に深手を負った時……あのときの相手は上弦の肆でしたから、どうなったかは分かりませんが」

 多旗は、左肘をさすった。

 

 ところが、検算ができない鬼がいた。

 

 上弦の鬼たちだ。理由は簡単だ。生き残って情報を持ち帰る者がいなかったからだ。過去百年、柱たちでさえ上弦の鬼たちに常に敗北している。柱がやられたという事実から上弦だったのではないかと推測されるだけで、上弦の名前や血鬼術、出現の時期などあらゆる情報が断片的なものに止まった。このため、上弦に関する検算は不可能だった。

 

「……上弦の出現を予見するのは、あの時点では難しかったからなア」

 

 しかし、上弦が斃せないようでは到底無惨は斃せない。だから、上弦についての情報を少しでも多く収集し、柱数人で当たってこれを斃す……それが無惨打倒のための一里塚だった。

 

「月宮さんは、起点地が不明にもかかわらず、寝食を忘れて頑張ってってくれましたが……」

 

 晶は、まさに精魂を傾けて星見に熱中した。

 

「あいつ、星見に集中し始めると、どっか違う世界に行っちまってたからなァ」

 

 晶が星見に集中しているとは知らずに、実弥が部屋に入ったことがあった。そのときの部屋の様子を実弥は今でも鮮明に覚えている。

 

 部屋の中は、星見の資料で埋め尽くされていた。欄間から欄間へ紐が渡され、そこに万国旗さながらのように紙が吊されていた。実弥には読めない記号や文字が書き散らされた紙の山の中に埋もれて、晶は座り込んでいた。晶はろくに返事もせずニコリともせず、そのまま実弥を追い返した。

 風屋敷の主人で柱の実弥に対して、お世辞にも丁寧な対応とは言えない。

 

 だが、実弥は咎めなかった。

 

「あいつは星見の戦いの最中なんだろ。迂闊に入った俺の方が悪ィ。急ぎじゃねえんだから、後だって構わねえさ」

 

 そして、星見に集中したい時には、部屋の前に折鶴を一羽置くよう晶と取り決めた。さらにその旨を屋敷付の隠たちや下男夫婦にも申し伝えて徹底させ、食事も部屋に運ばせ、手紙や届け物も取り次がず、部屋の外に置かせた。

 

「星見に集中させてくれたと。不死川さまに失礼な態度を取ったのに、全く不問だったばかりか寛大な処置だったと感謝しておられました」

 

「そうかよオ……」

 

 後にこの時のことを晶本人から感謝された。その時の嬉しそうな晶をはっきり思い出す。年上なのに、子供のような笑顔だと思った。

 

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