多旗が少し葉を付け始めた植木鉢を見ながら、口を開いた。
「実は、あの日の後に金屋が月宮さんを見かけて、鴉に追わせているとのことです」
金屋は蝶屋敷付きの女隊士で、敬愛する甘露寺を真似た長い三つ編みをしていた。無惨戦後甘露寺の実家で女中として働き出し、すでに屋敷を辞去していると聞いた。
「……」
「まだ帰ってこないところを見ると、月宮さんを見つけたのではないかと思います」
「……そうかイ」
実弥は、気のない相槌を打った。
「あいつは……もともと鬼殺隊じゃねえし、自分で出て行ったんだ。俺が……止められるスジじゃねぇ」
実弥の冷淡で力の抜けた言葉に多旗が沈黙した。しばらく気まずい間が空いた。
「それは、月宮さんを探さない……ということですか?」
「……」
実弥は答えられなかった。ただ、晶の笑顔が胸に浮かんで胸が痛んだ。
「月宮さんは、新しいものがお好きな方でした。時間が経てば経つほど、後を追うのが難しくなるはずです」
実弥は晶のキラキラした目を思い出した。晶はカフェーの珈琲も活動写真も蓄音機も好きだった。実弥も活動的な方だが、晶は掴まえておかないとふと居なくなってしまいそうな不安定さがあった。
「それに、その、不死川さまは月宮さんとは……」
「……ハッ、夫婦っつっても……」
夫婦の実質など何も無かったと言いかけて、ひどく惨めな気持ちになった。心から信頼していたのに、晶はあっという間に姿を消した。振り向いたらもう飛び立っていて、影さえ残さない小鳥のようだ。だが、その出奔の理由を実弥だけが知っている。到底多旗には話せない。
「……別にイ」
横を向いたまま、ようやくそれだけ絞り出した。
「不死川さま」
多旗は気遣わしげに声を潜めた。
「ご心配なら……」
「ほっとけよォ」
実弥は立ち上がって、中庭に降りた。明るい春の陽射しの下、満開の小手毬が小さな雲のようだ。春爛漫。いつか無惨を斃したら夜桜を観に行こうと話した。幸せな約束だったが、果たせぬままになってしまった。
「あいつが……自分で戻ってくンなら兎も角」
「……不死川さま」
多旗は、実弥の背中に向かって静かに語りかける。
「かつて……約束した女がおりましたが、鬼に殺されました」
鬼殺隊に入隊する者にはよくある過去だが、失いたくない者を奪われた悲しみは、無惨を斃した今になっても癒えずに残る。
「人生で……失いたくない相手など、そう沢山おりません」
弟を諭す兄のような穏やかで厳しい声だった。
「戻ってくるなら喜んで迎えたい相手…………そんな相手は」
一陣の風が小手毬を揺らす。小さな花びらが粉雪のように宙を舞う。
「失ってはいけない人です」