鬼後伝・風月玄TACK   作:十果 円遠

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第5話 藤襲山の思い出 1

 葉桜が美しくなると同時に藤が咲き始めた。鬼殺隊にとって藤は特別な花だ。

 ここ、藤の家紋の家『松野』からは藤襲山がよく見える。『松野』には今回を含めても、三回しか来たことがない。一回は最終選別の時と、もう一回は晶と来た時だ。

 

 晶が風屋敷に来た頃だった。鍛錬を終わった実弥に晶が穏やかな様子で話しかけてきた。

 

「謹んで申し上げます。不死川さまの鬼を狩る率が落ちています。ご不振なのではと思います」

 

 傍にいた隠が驚いてヒュッと変な音を立てて凍りつき、実弥はカッと目を剥いた。

 

 そのころ実弥は深刻な不振に陥っていた。鬼が狩れない。指揮も悪く、隊士が負傷する。実弥自身も怪我が多かった。いつも通りにやっているつもりなのに、何が悪いのか分からない。益々激しく過酷な鍛錬にも励んでいるし、休養もとっている。だが、思うような成果を挙げられない。実弥は不振の理由を考え続け、試し続けた。それでも抜けられない奈落の沼。

 

(なんでなんだ……)

 増え続ける失敗と負傷者。

 

(どうやって鬼を狩ってたんだ……思い出せねえ……)

 自分自身の不甲斐なさに苛立ち、苦しんでいた。

 

 無論、風屋敷もピリピリした雰囲気に包まれていた。もともと怒りっぽい実弥は始終不機嫌で、ため息をついて舌打ちばかりしている。だから隠たちは腫れ物に触るように接していたのだ。

 

「――……」

 実弥は言葉もかけずにジロリと晶を睨みつけたが、平伏している晶はそのまま続けた。

 

「あの、今日の夕方、四時から六時までの間に真東においでくださいませ。出来るだけ遠い方が良く、最低でも十三里以上遠くです」

 

「……何の話だァ」

 今回も負傷者を出して腐っていた実弥は、胡散臭い話に顔を顰めた。

 

「不振を抜ける話です」

 晶は少しだけ顔を上げた。

 

「そして、そこの近くの神社で水を、可能なら酒を飲んで、食事をとって、ゆっくり過ごしてお戻りください」

 

「ハッ、トボケてんじゃねえぞ。真東の神さまがなんかしてくれるってのかよォ」

 

 そう嘲笑ったが、すぐに黙った。実際のところ、自分自身で出来ることは全て手を尽くした。もうやれることがない。だから苦しんでいるのだ。

 

「はい。神仏ではありませんが」

 

 呆れるばかりのキッパリした言葉に、実弥は乗ってみることにした。

 

 

 晶の指示に従って神社を経由して任務に赴く。

 深夜になって、星見の予見通り鬼が現れた。既に一帯で数人を喰い、凶暴になっている鬼だ。隊士たちを指揮し、追い詰める。

 

 実弥は不思議な感覚に包まれた。身体が軽い。体から力みが抜けているのに、上手く力が乗っている。昨日まで粘った泥が身体中に纏わりついている気がしていたのに、今日は晴天の下を元気に走り回る子供のような気分だ。

 

「うおりゃあッ!」

 

 裂帛の一撃で鬼の頸を斬る。巨大な頭がぐらりと傾き、地響きを立てて落ちた。爽快な感覚。

 

〈戻っ…………た!)

 

 実弥は掌を広げて信じられない気持ちで見つめた。何が起こったのか分からない。

 

「風柱さま!」

 尊敬と信頼に満ちた目で隊士が駆け寄る。

 

「おう」

 実弥の脳裏には、晶の顔しか浮かばなかった。

 

 

 

 実弥は喜び驚いて、急いで帰宅した。晶には土産に饅頭を買った。貴重な提案をしてくれた礼だ。

 

 ところが、晶は既に外出したという。隠から晶は天体望遠鏡とかいうものを見せてもらいに出かけて、翌朝帰宅予定だと聞かされた。

 

 脚絆のベルトを外しながら、実弥は憮然とした。

 

(まあ、待ってろって言ったわけじゃねえけど……)

 

 鬼殺隊の中で柱は近寄り難いほどに尊敬されている。だから、柱が話しかけたりすれば、隊士たちは誰もが最優先で対応する。もとより蔑ろにしたり、軽んじる者などいない。

 

 だから晶も、実弥の不振に関心を寄せ、提案の首尾を当然気にしているものと思い込んでいた。

 

 ところが、晶にとってはそうではなかったらしい。実弥の首尾の優先順位は、天体望遠鏡とかいうものより下だったのだ。その淡泊な態度に、実弥は肩透かしを食らった気分だった。

 

 どうやら晶は鬼殺隊に馴染もうとしているらしく、警護の隊士や屋敷付の隠たちと積極的に交流する。本を貸しあったり、甘味を食べに行ったり、休憩時に話しかけたりする。勿論、実弥にも戦闘報告時や休憩時に話しかけてくる。

 

 実に結構なことだ。

 

 しかし、晶はあまり実弥を特別扱いしなかった。隠と談笑して休憩が終わると、さっさと部屋に戻る。実弥の休憩など待っていない。実弥がたまの休日を過ごしていても、必要以上に話しかけてくることもない。

 

 実弥は妙な気分だった。楽しげに晶と談笑する隠や隊士たちが少し羨ましい。

 

 星見という変わった権能を持ち、明るい晶。もの珍しい上に話していて楽しい。皆、晶に興味津々なのだ。

 

 だから柱たちでさえ、戦闘の報告に託けて会いにくる。あの無表情で愛想のない時透まで来た。それなら、同じ屋敷に暮らす実弥は特に親しくてもおかしくないはずではないのか。

 

 そうは言っても、柱の自分から積極的に近づくのも変な気がする。しかし、待っているだけでは、晶は寄ってこない。 

 

(なんか……ねぇかな。欲しいもんとか好きなもんとか……)

 

 実弥は口実が欲しかった。

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