鬼後伝・風月玄TACK   作:十果 円遠

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第8話 哀哭

 玄弥を思い起こさせるものが蝶屋敷には多すぎる。玄弥だけではない。死んでいった柱たち、隊士、隠、そしてお館さま。それら全てがまだいきいきとした残像を結び、彼らを失った悲しみを引き起こしていた。 

 

 しかも、もはや生きる意味など全く無いのに、彼ら全てがその全存在の重さをかけて実弥の幸せと長寿を希っている。何故自分なのか。答えのない重たい問いが心にのしかかっていた。

 

 時折あの決戦の方が夢ではないかと思ったが、指が二本欠けた右手がいやでも辛い現実に引き戻す。

 

 屋敷では、一人でふらりと退院してきた実弥を皆が驚いて出迎えた。喜び驚く周囲を他所に、私室で呆然としていた。

 

「不死川さま」

 実弥は、入ってきた晶をぼんやりと見た。

 

「おかえり……なさいませ」

 

「月宮……」

 

 晶は、無惨戦の前にはお館さまの元に日参し、作戦について助言を求められていた。直前にはほとんど帰ってこなかったほどだ。星の運行から日時や規模、闘いの展開を予見していたのだろう。

 

「お前……知ってたのか?玄弥や伊黒が、お館さまも、みんな死んじまうってことを」

 

 星見がなんでも予見できるわけではないことは、晶からよく聞かされていた。だが、尋ねずにはいられなかった。

 

「……玄弥は死んじまったぜ、俺の目の前で。ハハハッ」

 

 晶の顔からサッと血の気が引いた。実弥は乾いた声で笑って続ける。

 

「あいつ、鬼なんか喰ってやがったから、俺の後を追いかけて……鬼殺隊なんかに入ったから……」

 

 鬼の目になった玄弥の顔が浮かぶ。

 

「鬼みてえに崩れてよ、骨も何も……跡形もねぇ」

 

 あの発狂しそうな悲劇的な瞬間は、悪夢となって甦り、繰り返し実弥を苦しめる。

 

「……けどよオ、そんなら竈門の妹は鬼になったのに、なんで人を食わずに済んだんだろうな。なんで人に戻れたんだろうな?ハッ」

 

 声に狂気がこもっている。実弥は目を剥き出して叫び続けた。

 

「鬼にならずに済む人間がいたんだ!なんでなんだ?何が違うんだ」

 

「不死川さま」

 

「なんでお袋は違ったんだ。あんな愛情深い人が。どうして生き残ったのが俺なんだ。俺にもっと上手くやれってことなのか。俺が、もっと強かったら、利口だったら、お袋は死なずに済んだのか!」

 

「しな……」

 実弥は晶に詰め寄った。

 

「あんな夜がなかったら……玄弥は!」

 

 ホロホロと崩れながら、ありがとうと最後に呟いた弟。思い出したくもないのに、一寸たりとも遺忘を許さないあの光景。

 

「玄弥まで死なずに済んだんじゃねえのか!」

 

 実弥は晶の肩を掴んで絶叫した。

 

「教えてくれよ、月宮!神だの仏だのは、何してんだ!これも星が示してたのか!なんもかんも決まってんなら、なんで生きなきゃなんねえんだ!こんな、こんな目に遭うために生きろってのかァッ!」

 

 実弥は跪き、顔を手で覆って叫んだ。

 

「うわあああアアアツッ!あああーーーーッッ!」

 

 血を吐くような慟哭だった。見開かれた目から涙が噴き出る。母を殺したあの明け方。崩れていく玄弥を留めようともがいたあの夜。何故あんな悲しい結末だったのか。他の道があったのなら、何故その道を選べなかったのか。その自責は、実弥を激しく苦しめ絶望の底に叩き落とす。

 

「不死川さま」

 晶はかがんで実弥の背中を撫でた。

 

「…………分かりません。誰にも…………」

 晶は静かに語りかける。

 

「…………人は世界の一部に過ぎないのです。星の暗示も世界の理も、ほんの一部分しか理解できません。世界を思う通りに動かせるわけでもありません」

 

 実弥は涙に濡れた目で晶を見上げた。

 

「私の姉も、弟も精一杯やったのに、それでも叶わないことがあった……だからといって精一杯でないと言ってしまっては、死んだ者の生き様も魂も救われません」  

 

 晶は涙を溜めた目で優しく語りかけた。

 

「不死川さまも……玄弥くんも、お母さまも……皆精一杯やったのです。それ以上にやれることはありませんでした……人は、星の暗号を全ては読めず、星の光の中でその人なりに懸命に生きるだけです」

 

 実弥は呆然として震えた。

 

「……それでも」

 晶は唇を噛み締めながら続けた。

 

「悲しくないわけでは……ありません」

 晶は実弥の背中を撫でた。

 

「悲しくて…………死んで……しまいたいくらい」

 背中の手が温かかった。

 

「…………だから」

 晶の目で涙が盛り上がった。

 

「泣いて」

 晶の目から涙が落ちる。

「泣いてください。私と一緒に」

 

 再び涙が込み上げた。抱えきれない悲しみも後悔も、重たくなりすぎた自分の命も投げ捨ててしまいたかった。

 

「うあああアアァーッ!!あああアアァァッ!」

 

 実弥は哀哭した。

 

 悶え苦しみながら目が溶けるほど泣いた。泣き疲れて眠っても、頬を伝う涙で目覚め、また泣いた。蝶屋敷では一滴も流れなかった涙が滂沱のごとく溢れ、白い夢の中を歩くように悲しみと涙の海に溺れた。

 

「兄ちゃん!」

 

 

 

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