常に無月な一護さん   作:一葉 さゑら

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1. 我らは 月無きが故に それを無月と

001-1

 

 

 一護という男は、優しく、そして強い男だった。

 

 雨にも負けず、風にも負けず、雪の寒さにも夏の暑さにも負けない頑強な肉体を持っていた。

 

 欲も見えず、感情の起伏も少ない。不器用故に笑うことは下手だったが相手を思いやる気持ちは強かった。

 

 東に病人がいれば、駆けつけて助力し、

 

 西に困った人がいれば、自ら声をかけ、

 

 南に死霊がいれば、怖がらなくていいと成仏させ、

 

 北にいじめっ子がいればそいつをぶっ飛ばした。

 

 髪は黒かった。

 

 そして、長髪だった。

 

 

 

001-2

 

 

 

「刀を寄越せ、死神。お前のアイデアに乗る」

 

 一護は、負傷したユズを避難させながら言葉を吐く。

 事態は深刻だった。

 何時ものように、不良をぶっ飛ばし、霊に感謝され家に帰ったら、見かけない黒揚羽を見つけ、死神を名乗る少女に出会った。そうして、整だの虚だのと教わっているうちにあれよあれよと事件に巻き込まれていた。

 ルキアにかけられた縛道を障子よりもたやすく破り、負傷した家族に手当を施す。

 ──そして、現れた虚をみれば、ユズを庇ってルキアが倒れていた。

 家族に怪我、薄っすらと感じる散っていた整の痕跡、満身創痍のルキア。怒り、遣る瀬無さ、ありがたさ。黒崎一護という男は、そういった様々な感情の奔流に溺れる男ではなかったが、しかし。それでも不思議と虚に対して沸々と許せないという思いを抱いた。

 だから、提案に乗った。ルキアの斬魄刀に刺され、死神となり、虚を討ち、責任を取るために。

 

「……『死神』ではない。『朽木ルキア』だ」

 

 そんな様子に対して、ルキアは安堵からか諦観からか、少し笑みをこぼした。

 

「そうか……。俺は黒崎一護だ。お互い最後の挨拶にならないようにしようぜ……」

「……うむ」

 

 そうして、それ以上の言葉は必要なかった。

 彼女は斬魄刀を静かに突き出し、一護はそれを静かに受け入れた。

 痺れを切らした虚が弱ったルキアを狙った瞬間、光が街路に溢れた。

 ……そして、その次の瞬間。

 虚は、霊圧のレの字も残さず消し飛んだ。

 

「……は?」

 

 ルキアは、目を見開いた。

 

(莫迦な……。私の霊力が全て吸い取られた……! 否! それよりも。なんだ、あやつの状態は!)

 

 ルキアは傷口を押さえながらも死神になった一護から目を離さない。離せない。

 

(斬魄刀が支給されたものより細いなら分かる。太くても理解できる。……しかし、何なのだ、あの姿は! なぜ、斬魄刀がないのだ! ……もしや、既に始解に至ったというのか!!)

 

 それだけはないと思いたかった。

 そもそも、始解とは、斬魄刀と己との対話の中から自己言及を重ねた末に、心身共に揃った瞬間に得られる代物である。何日も、何年も、何十年も、何百年も対話と修練を重ねなければ至れるはずがない境地である。

 それを力を得た瞬間に、その場に置いて始解するなんて言うのは、生まれた瞬間に仏陀が悟るようなものである。

 ぶっちゃけあり得ない。

 

(それに、なぜだ……。あやつから、一切の霊力を感じない)

 

 始解ともなれば、通常時の何倍もの霊圧を生じるはず。それが一護の場合、むしろ減っているようにルキアは感じ取っていた。

 

「……おい、ルキア。虚とか言うのはどこに行ったんだ?」

 

 口元まで包帯が周り、余計表情の読めなくなった天然男が尋ねる。

 

「……う、うむ。とりあえず去ったようだな」

 

 勿論、霊圧によって虚が消し飛んだことなどルキアに分かるはずもなく、彼女はそう言葉を濁した。

 

「……そうか」

 

 一護は行き場のない感情からか、珍しく空に向かって思いっきり腕を振った──空座町の空が割れた。

 瞬間的に大気が消し飛び、雲やチリ、光子すらもかき消され、色の無い空間が出現した。

 その空振りは、一護の通常攻撃──いわゆる『無月』──だった。それ故に、一連の現象は音も無く引き起こされ幕を引いた。

 幸いというべきか、それ故に人々は何か影が通ったような、位にしか思わなかったという。

 

 




頭無月で書きました。

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