010-1
「──以上が、今の一護サンの現状っス。まあ、控えめに言ってバケモンっスねぇ」
「人の息子を化け物扱いすんじゃねえよ」
「いやいや、バケモンでしょ、これはもう。アナタみたいなお父サンの前で言うのもなんですが、常軌を逸してるっスよ」
真っ昼間の昼下り。
古臭い三間構成の面影を残す間取りの浦原商店の一角で、またしても、ヒソヒソと話す怪しい不審者がいた。
「息子が家出して早10日。友達ん家に泊まりに行くとか言ってたけどよ、実際のとこどんな調子なんだ?」
「友達の家って……処女の言い訳みたいっすねえ……気色悪っ」
「ひとの息子になんて物言いしやがる」
「──ッス。……まあ、実際も何も、さっきの言葉の通りですよ」
浦原は、茶飲みを大袈裟に掲げてみせる。
確かに──実際に、一護は意外にも、テッサイの授業にのめり込んできた。
一護にとってテッサイの授業は引き込まれる物だった。人類史という題材こそ興味はなかったものの、死神という人間よりも遥かに高い視座で語られる人類史は新しい視点での考察も多かったためである。
王も帝も教皇も商人も市民も奴隷も、為政者も芸術家も哲学者も建築家も全て押し並べて人間の型枠に嵌めて評価してしまう死神の人類史はいっそ、痛快ですらあった。そう、時には厳しく時には慈愛をもって語られる歴史の節々での事象は、人類の枠組みで産み出された教科書だけでは知ることのできない叡智に溢れていたのである。
そこに伏線を回収するのように霊力や死神と虚の話も交じってくるのだから、元々勉強が嫌いでないこともあり、最終的に一護はかじりつくようにテッサイの教えを請うた。
ある時、浦原は一護に対しそれとなくヒアリングしたことがあった。調子はどうか、得るものはあるか、継続できそうか。そんなことを聞くと、彼は嬉しそうに答えた。
『いや、面白いぜ、浦原サン。今なら鬼道を発動するってことの凄さが分かるよ』
『まあ、テッサイは死神の中でも鬼道の扱いはトップですからね』
『マジで!? テッサイ先生凄え!!』
『尊敬しすぎて、テッサイが絡むと子供っぽくなっちゃってるじゃないですか……』
『いやでもさ。90番台の詠唱とかできる死神って本当に存在するのか? あんなん人類の結論に一歩足踏み入れてるじゃん』
『テッサイは詠唱破棄できますよ』
『テッサイ先生!? もう人智超えて釈迦じゃん!』
いえ、死神です。
とは言わなかった。
代わりに浦原は、
『まあ、90番台の鬼道を詠唱破棄できる程度にはテッサイは人が好き過ぎるから、あのお勉強も話半分に聞いた方が良かったりするんですけどね』
『……そうなのか?』
『はい。人の倫理観には少々、毒が強いですから』
と、釘を刺すように伝えた。
その後、浦原はテッサイを呼び寄せる。
『どうです?』
『ハイ。そうですね……。鬼道の習得度としては破道の一『衝』と縛道の一『縛』が完全詠唱という条件付きで発動できるようになられました』
『十日間で二種も扱えるようになったんですか。さすが、才能あり余ってますねぇ……』
『えぇ……しかし、問題もありまして』
『と、言いますと?』
『彼の技──【無月】の力とでも言えばいいのでしょうか? ソレが必ずといっていい頻度で鬼道の威力に乗ってしまいます』
『はい?』
『衝を打てば山を揺らし、縛で囲えば締め切ります……嬉しそうにできたと報告して下さる手前、黒崎殿には失敗と言えませんでしたが』
「
「ウハハ、うちの息子つえー!」
「開き直らないで下さいよ! 尸魂界は一応、故郷ですからねっ──いいんですか、息子が自分の実家を壊すかもしれないんですよ?」
「いいんじゃね? ──って、怒るな怒るな」
一心は浦原を宥める。
浦原も浦原で、本気で焦っていたワケでもなく、溜息を一つ吐くとその場に座り直した。
「鬼道に斬魄刀の霊圧が乗っちまうなんてのは良くあることじゃねえか。なら、次は斬魄刀の扱い方を教えてやりゃあいいだけの話だろ?」
「それがそうもいかないんすよ。斬魄刀は本来支給された浅打から徐々に自分の魂を載せていく必要があります。なぜなら、死神は魂だけの存在ですから」
「あー、そんなこと習った気もすんな。あれだろ? 寝食を共にすることで斬魄刀に己が宿るとかなんとか」
「えぇ。てか、一心サンも刃禅して卍解を習得したんですから、身を以て知ってるでしょ──斬魄刀の実体化くらいのこと」
「……まあな。ただよぉ、斬魄刀ってのは己の精髄を染み込ませるいわば自分自身じゃねえか。一護にそんな時間あるのか?」
「いえいえ、ですから、問題はそこの前なんですよ。つまりですね、斬魄刀は己そのものと言いつつ、実の所自分とは似て非なる存在なんですよ」
「そりゃそうだな」
一心は自身の斬魄刀を思いだす。
確かに自分の魂、精髄、誇り、そういったものの象徴であり抽象であり鏡のような奴ではあるが、しかし自分そのものとはいえないな、と。
「ようは、浅打には強制的に自分の中に別人格を生み出させる道具でもあるわけです」
「あー、飲み込めてきたぞ」
「──はい、一護サンの斬魄刀は浅打が自身に適応したものではなく、自身の中から生まれたものです。それゆえ常時開放型なんて代物になっているのかもしれませんが、ともかく、実体化できるか分からないんですよ。なぜなら、その斬魄刀は『自分自身』デスから」
「つまり、卍解が望めないっつうことか?」
「まあ、一護サンにそれが必要かどうかは置いといて、そうですね。それどころか刃禅が成り立たないのであれ以上の応用も望めないですね」
どうしたもんすかねー、と薄ら笑いを浮かべる浦原を見て、ふと一心は気付いた。
「……あれ? んん?」
「どうしました?」
「いや、そうだな……一つ聞きたいんだが」
「はい」
「一護の斬魄刀って鞘はあんのか?」
「──あ」
斬魄刀は、鞘と刃にて成り立つ。
ともすれば、教科書の1ページに記載されゆる事項であった。
浦原は二度三度、瞬きを繰り返すと、ポンっと、右手で左手の平を打った。
「……。……、……。……。……ははぁ、なるほど。わかりました。ありがとうございます、一心サン。流石、一護サンの肉親とあってよく理解していらっしゃる。お陰様で今後の予定が決まりました」
「お、おお? おう、まあ親だからなっ!」
「ええ、親ですから」
010-2
「……と、いうことで、修行デス」
「え? テッサイ大明神御先生は?」
「神扱いですか。いやまあ、神ではあるのかもしれませんケド。絆されてますねぇ……つくづく。しかし残念ながらテッサイの授業は一先ず終わり、今日からはアタシと修行デス」
「えー」
「えー、じゃない。というか、『えーじゃない』というアタシの返答ありきで返事しないで下さい。そんなチャラけたキャラクターじゃないでしょ、貴方」
ペシペシ、と閉じた扇で一護のおでこを軽く叩く。
それもそうだ、と長髪を揺らして黒崎は笑った。珍しく、無邪気な笑顔だった。織姫が見ていたなら鼻血を出して拝んでいたに違いない優しい笑みだった。
「それなら、今日からはどんな修行をするんだ?」
「ええ、死神の大きな技能4種『走・拳・斬・鬼』の内ですね……」
「おう」
「走──」
「おう」
「──と」
「おう?」
「拳と斬と鬼デス」
「なるほど、走と拳と斬と鬼ですか。って全部じゃないっすか。いらんフェイントもしてるし」
「まあまあ、ちゃんと強くしますから。それでは着いてきてください」
がぱり。
漬物床野安置室を開くような気軽さで床扉を開けた浦原は、コチラです。と言い、するすると床下へと入っていった。
色々言いたいことはあったが、一護は持ち前の無口さをもってソレを封じ込めると一度肩をすくめ、浦原に続いていった。
床下の巨大な地下空間に関して一頻り浦原と一護が言い合った後に始まったのは、『走・拳・斬・鬼』の内の『走』についての説明だった。
「──とまあ、こんな感じで走るのが瞬歩なわけです。要は、高速戦闘用の歩法デス。利点は、霊力を用いた運動エネルギーの操作ですから、身体感覚で運用できることですかね」
「そういえば、前に石田が使ってた瞬間移動みたいなやつ、アレも瞬歩だったのか?」
「いえ、あれは飛廉脚と呼ばれる別の技ですよ。死神と違って霊力が少ない、いわば人間用の
「へぇ……なるほどな」
霊子を固めるというトリックは、応用すれば空中で瞬歩を用いることが可能になるのだが、それは隠密機動の秘技でもあったため浦原は口を閉ざした。
ちなみに
地団駄を踏むようにして瞬歩の練習をする一護をみて、懐かしそうに微笑む浦原は、キリのいい瞬間を見極めて一つ疑問を投げかける。
「さて、尸魂界にいる死神に対峙しなくてはいけない一護サンですけれど、アナタのアドバンテージとは何でしょうか?」
戸惑いつつも、一護が答える。
「突然、何を……いや、そうだな。経験値や技量は負けてるし、霊圧の強さは分からない。──けど、多分、防御力ならいい勝負できるんじゃないか? この前戦った阿散井とかいう死神の一撃もあんま痛くなかったし」
「なるほど、不正解です」
ぴし、と浦原は持っていた扇子を開く。
そこには達筆な字で『不正解』の文字。
「また、端的に否定してくれるじゃねえか……じゃあ、一体何なんすか?」
「若さ、です」
「はあ?」
「まあまあ。では、死神の平均年齢をご存知ですか?」
「今んとこ出張ってきてる奴はみんな普通の大人位の年齢だし、戦闘職だし、やっぱ、いいとこ三十半もいかないんじゃないんですか?」
「あははは。そんな、人間じゃないんですから……。──二百歳は超えてますよ。なんでしたら、隊長クラスになると更に数百歳は加算されると見ていいでしょう」
「──マジかよ。……あぁ……そういやぁ、ルキアが年齢そこそこ行ってるみたいな話をしてたような気もするな……。いや、けど、浦原さん。その割に大人らしい死神に会わないのは何でなんだ? いいとこ三十代の容姿だったぜ? それに言動だって数百年生きたにしては幼かったし」
「そりゃあ、大人も一皮むけば、子供と変らないからじゃないですか? 死神は人間みたいに取り繕う文化がありませんからね。子供おじさんと子供おばさんだらけですよ」
アタシも含めてね、と自虐する浦原喜助。
恥ずかしそうに扇子をあおぎ、浦原は言葉を続けた。
「ともかく、君は若いんです」
「なら余計不利なんじゃねえの? それだけ経験豊富ってことだろ?」
「いやいや、だからこそ、有利なんですよ。なぜなら、体感速度は生きてきた時間に反比例しますからね。つまり、若いほど、時が経つのは遅いですから、ね」
「……と、言うと?」
「簡単な話、15歳の貴方と750歳の死神の間には、単純計算にして『50倍もの体感時間の差がある』ってことです。勿論、個人の脳味噌や気質によって差はありますが。けど、どうしたってその差は埋まらないんです」
「なのに、隊長クラスは平均年齢が高いのか?」
「おや、いい質問ですね。そうです。長生きは
「ふーん……なるほど、な」
「アラ、ノリの悪い反応ですね」
「──この二週間、どれだけその手のノリ食らったと思ってるんだ、いい加減慣れたぜ」
「あらら、それは残念。……けど、その慣れは危険ですねぇ? しっかり一回一回把握して咀嚼して判断して切り捨てて貰わないと。それこそが、貴方の利点──『若さ』なんですから」
「あぁ? あ、ああ。そういうことか」
「はい、そういうこと──つまり、体感時間が長い分貴方には死神との戦闘中、思考時間という何よりも重用なファクターにおいてアドバンテージを持っているのです。それこそ、百倍も」
例えば、それは、学生時代の3年間と社会人の3年間のような違い。とでもいえば、ピンとくるだろうか。尤も、黒崎の場合は小学生と中学生の対比にしたほうが分かりやすいのかもしれない。
どちらにせよ、浦原喜助の話は、要するに、3年間の儚さは過ぎってしまった後に実感するという定型文の類型だった。
「まあ、ルキア救出に必要ってんなら、俺はやるだけだ」
「えぇ、その通りデス。……ひとまずは、瞬歩。次に近接格闘術、そして剣術。合間に鬼道。そして刃禅。……やることは沢山ですよぉ?」
「……あぁ、迷惑かけるな」
「──アハハ。……いいんですよ、アタシらの仲じゃないですか」
どんな、仲だよ。と一護は冗談めかして地面を蹴った。
ただの蹴りにしては、一護の体が勢いよく進む。
「才気に溢れてますねぇ」と浦原喜助は嬉しそうに笑った。
朽木ルキア救出作戦まで10日を切った昼下がりの会話だった。