011-1
「感じ取れへん霊圧なんて隊長は言わはるけど……おもろいやん。……感じ取れへんちゅうことが感じ取れるなんてなぁ」
軽妙洒脱な様子で尖塔の先に佇む銀髪細目の洒落男は、なんの感情を感じ取らせない表情で呟いた。
瞬間。彼のすぐ右隣の空中に現れたのは、隊長羽織を身に纏った、知的さを携えたオーラを放つ優男。
「……藍染隊長、こんなけったいな場所に呼び出して、どうしたんです?」
「ギン、旅禍の到着は確認したかい?」
市丸ギンは突拍子もない出現をさも当然のことのように受け止め、藍染もまた、同様の態度で言葉を交わす。
藍染の言葉は、質問というよりかは淡々とした声色の確認だった。そして、またギンの問いかけへの答えでもあった。
ギンはやや気だるそうな猫背をぐいっと伸ばして答える。
「──勿論。知り合って間もないルキアちゃんを助けるための侵入だなんて──いじらしい……まるでイナゴや。よくも知らず、理想を押し付け群がる面の厚さ──羨ましいわぁ」
「勢い任せの衝動の結果なんて、たかが知れている。それを美徳と取る文化性の低い環境で育ったというだけの話だよ」
二人はポツリポツリと会話を交わす。まるで答え合わせでもするかのように安定した、終始穏やかなテンポ感。
やがて、二人の目線のはるか先で感じ取れぬ霊圧の揺れが起きた。
「旅禍達はどうやら、門番と接敵したようだね」
「門番は兕丹坊言うことは、旅禍の皆には役不足や。……あぁ、南無阿南無」
「なに、殺されることはないだろう。現代の市井の民は優しいからね」
藍染は、そう言うと腰に下げた斬魄刀の柄を、トントンと人差し指で叩いてみせる。
「──そや。隊長はんの鏡花水月……旅禍には見せに行かなくてもよろしいんです?」
「……これは、いずれはなくなる能力だからね。ならば、なくなる前に『鏡花水月』がなくなった私というものも試しておくべきだろう?」
「……おっしゃるとおりで」
ギンは、心内で嗤う。
藍染は、それすらも見透かしたように苦笑い──、そして、「そういえば」と言葉を投げかける。
「……そういえば、朽木君の様子はどうだったんだい? 君のことだ、既に揶揄いに行ったのだろう?」
「あー、ええ、まあ。行きはしましたけど、てんで駄目でしたわ。アノ子、知らんうちに随分なおきゃんになってまして……」
「ほお? 彼女の朽木家に囚われ過ぎる鬱気が晴れた、ということかい?」
「ああ、いや。ちゃいます。むしろ、それ以外を吹っ切っている、言うんが正しいんやと思います。『お兄様』にかかる迷惑への憂慮以外の心配をまるでせえへん。いくらか揺さぶってもみましたけど、そもそも自分が死ぬなんて思っていない様子でしたわ」
「それは……興味深いね。──と、なると、心の隙を突くにもコツが入りそうだ。……ふむ、そうだ、今から旅禍の様子を見てきてくれないかい? 危険だと感じた時は知らせてくれたまえ。報告次第では万全を期することも検討するとしよう」
「ええ、ええ。委細、承知しました」
「ふふ──期待してるよ」
「……はいな」
トン、と音を感じさせぬ一足でギンは消えた。
入れ違いにトトン、と雛森桃が現れた。
「た、た、大変です!! 藍染隊長! りょ、旅禍が兕丹坊と接敵しました!!」
「──なに、そうなのかい?」
「はい! 総隊長が隊長に招集命令を下されました。至急一番隊隊舎に向かってください!!」
「……それはそれは。流石一番隊、対応の早いことですね。脱帽です。相、分かりました、今から向かうとしましょう」
自然な動きで雛森の肩を抱くと藍染と雛森は同時に消えた。
青天にたなびく白雲を背景に伸びる尖塔。
一陣の風が吹き、幾許かの塵が舞った。
011-2
「通れ! 白道門の通行を、この、兕丹坊が許可をする!!」
尸魂界瀞霊廷西極部、西門『白道門』の門番である兕丹坊は声高々と宣言した。
現世の常識から並外れた体躯から発せられた彼の宣誓は、大気を、大地を揺らし、その大音量に井上と石田は思わず顔を顰める。黒衣を纏った一護は静かに「──そうか」と呟き瀞霊廷に入らんと重心を微かに前倒した。
蒲原喜助の修業が始まり二週間。
八月三日。同日、浦原より尸魂界への侵入経路が整ったと連絡を受け、一護達は各々の修業を切り上げた。そしてそこから三日かけ身辺整理と修業で傷んだ身体の治癒を行い、八月六日出立。同時刻、断界と呼ばれる現彼の挟間に侵入。途中、拘流と拘突と呼ばれる排他機能に追われたり、時空の歪曲により体感の六十二倍の時間を掛けたりしつつも、八月八日に尸魂界に到着した。
その後、黒崎一護、石田雨竜、茶渡泰虎、井上織姫は天国とは程遠い荒廃した景色に何を思ったのか。たじろぐ一護たちの様子を見かねた四楓院夜一に背中を蹴られながら、彼らは瀞霊廷へと向かう。
程なくして、瀞霊廷の門番が一人、兕丹坊に出遭い、衝突。その後、打ち負かした。
そして、先の言葉。つまり、通行許可を貰い、兕丹坊は門を引き上げ──、
「いやいや、ははァ……こら、アカン。アカンなぁ……門番は門開けるためにいてんのとちゃうやろ」
左腕を切り落とされた。
一護は動かした重心を静かに乱入者へ向け、身体をブレさせ、瞬間的に奴の懐へと移動させる。
「破道の一【衝】」
「──これまたアカン。奴さん、破道使えるんかい」
乱入者……市丸ギンは差し出された一護の右腕を右足の裏で踏ん付け、インパクトを地面へとズラす。爆散する床面のタイルを避けるように瞬歩で移動したギンは静かに兕丹坊を見上げた。
「今ので君
ゆっくりと、しかし決して無駄なくギンは斬魄刀を抜いた。
「──ほんなら、兕丹坊。お前が生きとるんは、可笑しいやろ?」
兕丹坊に向かって突き出されたギンの斬魄刀は、一護の掌底とかち合った。
金属と金属が打ち合ったような激しい音と共に霊圧が吹き溢れる。ギンは狐のような笑みを深めた。
「黒崎一護……クン。君、斬魄刀は?」
「……知らねえよ」
「ああ、答えんでええよ。その変な死覇装見れば解るしなァ──大方、纏うタイプの始解言うことやろ? 早数ヵ月で始解に至ってて、瞬歩と鬼道も実践レベルで使えるなんて、才能に恵まれてて羨ましいわ」
ギンは得体のしれない態度を崩すことなく、ちらりと一護の背後を見た。
「ほんなら、後ろのカワイ子ちゃん達も強いんやろなァ。……ボクん瞬歩に対応するくらいには」
一護の腕を振り払う──瞬間には一護は織姫達の前に立っていた。
「ははっ、流石。ケド、狙いはこっちやねん」
ギンは兕丹坊を蹴り飛ばし、門を落とした。
石と石が擦れ、重厚な悲鳴をあげる。ギンは一層笑みを深めて手を振る。
一護は静かに、口を開いた。
「井上……三天結盾で皆を守ってくれ」
「──! 火無菊、梅厳、リリィ!!」
井上は即座に応える。
一護は右腕を掲げ、その肘を反対の手で支えるように掴んだ。
夜一はこの先の出来事を悟り、血相を変え、叫ぶ。
「もう止せッ! ここは一旦退くのじゃ!! 奇襲は失敗した!」
「……奇襲は失敗したなら、今は準備の時間を減らすのが最善だろ、夜一サン。──俺が、囮になる。皆は先にルキアの元に向かってくれ」
右手の先に黒い焔が纏縛する。急激に高まる霊圧にギンは退却の一手を冷静に選択した。
「──【無月】」
無音の豪風は霊圧と共に唸りを上げ、うねり、練上がり、門などなかったんだとばかりに前方を消し飛ばす。
一護は修行前とは比較にならない霊圧操作で無月をまとめ上げ、無尽蔵に突き進む無月を門だけ消し飛ばした後に引っ張り上げた。返す刀のように一護へ迫った無月は纏うように一護の中へと戻って行った。
荒れ狂う馬を操るような動作に込められた、一護の精緻な霊圧操作。味方の夜一でさえも、その才能に一筋の汗を垂らす。
見るべき者が見たならば、一護の行った、自分の身から離れた霊圧の操作という技術が、霊子の隷属に類するモノだと気付いただろうが、今この場、この力量においては石田がやや眉をひそめるに留まった。
……かくして、旅禍の存在、その実力は瀞霊廷に広まる。感知できない霊力の束が瀞霊廷に異様な虚無空間を生み出したことは知れ渡った。
──故に。
一人が、遠くの先では一人が血相悪く咳込み、
一人が、ゴミを
一人が、歌舞く鈴を揺らし一振りし、
一人が、振り返って千慮に沈み、
一人が、沈黙保ち瞠目し、
一人が、目深に笠を下して嘆息し、
一人が、意気揚々と屹立し、
一人が、兀立した場所で瞑想深め、
一人が、深く笑い、
一人が、嗤い、
一人が、
一人人が、眉顰めて一歩踏み出し、
──そして。
一人が一切合切委細些事であると切り捨てた。
「……今だ」
一護が小さく呟く。
夜一は早に「任せたぞ」と託し、残る三人を引き連れ瀞霊廷に駆け抜けた。
「──行かせへんよ」
「それはこっちのセリフだ」
瞬歩で詰めようと踏み込んだギンの足を一護が瞬歩で詰め、踏み抜く。
「あらま、意趣返しや」
「たまたまだ」
「……キミ、護廷十三隊に就職せぇへん?」
「悪ぃが、俺はもう高校生に就いてんだ」
一護は皆が無事侵入したことに安堵する。
ギンはやらかしたと、今後のことを憂いる。
「──そうだぜぇ、ギン。コイツは護廷十三隊にはならねぇ。んなモンになっちまったら俺が叩ッ斬れねぇだろうがッ!!」
そして二人の間を割気振り抜かれた一振りの刀。
刀、と言うにはあまりにもボロボロなソレを見た市丸ギンは、憂いを振り払い即座に離脱を図った。
「次から次に……」
黒崎はじろり、と横目で刀の持ち主を見遣る。
しかし、人影を捉える間もなく、振り下ろされていたはずの切っ先は、横薙に振るわれて目前へと迫っていた。
「──なッ!!」
人間としての常識が一護の身体を硬直させる。
直ぐ側で聞こえた高笑いと共に衝撃が襲い、一護を付近の建物へと吹き飛ばした。
「チッ、思ったよりも軽ィし硬ェな」
刀を肩に担ぎ文句を垂れる男は吹き飛ばした先から目を離さない。
理性から程遠いその本能が残心を勧めている、彼は相手の沈黙を一片たりとも信じていなかった。
程なくして積み上がった瓦礫を振り払い立ち上げる一護に、男は口角をあげる。
「そうこなくっちゃなぁ、旅禍」
「何者だよ」
ギンは既に舞台から立ち去っており、逃した自分に一護は苛立ちつつ尋ねる。
「あぁ?!
「──確かに、そうかもな」
「だがテメェが俺を
「けどよ、夜一サンが言ってたんだ」
拭き溢れる霊圧。
メノスグランデや浦原との修行で浴びた敵霊圧とは比べ物にならない勢いで立ち昇る闘気は一護に暴力の奔流を予感させるには十分だった。
「……『一般隊士なら問題なし。席官なら要注意で、副隊長なら即離脱。もしそれが隊長なら抗え』。俺はてっきり隊長相手じゃあ逃げるのも無理ってことなんだと思っていたんだ」
「ああ?」
「お前、隊長だろ? なら、合点が言ったぜ。──隊長は倒せる相手だってことがなッ!」
「ハハァッ! 俺ぁ、バカは、好きだ、ぜ!!」
一護は煽った。
男──十一番隊隊長【更木剣八】は嗤って応えた。
その頭に鈴は既になく、眼帯もまた取れていた。
技名の改変アンケート
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無月しか認めない(保守派)
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今くらいなら……(穏健派)
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全てを許容します(寛容派)