常に無月な一護さん   作:さゑら

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012. 我々が無き月を美しく思うのは 我々が無き月を止められないからだ 悚れ無き その月のように 無へと踏み出せずにいるからだ

 

 012-1

 

 粗筋も粗捜しもあったものではない。

 朽木ルキアの死刑には、決定という結果のみが存在していた。彼女に対する取り調べもそれとなく能書き垂れたものであり、貴族の養女に対する敬意など当たり前のように無視されていた。

 捕まり2日も経てば物置の箪笥(たんす)のような扱い。

 物珍しげにふらっと訪れる輩を除けば、彼女を見守るのは頑強な白亜の天井だけである。

 しかし、彼女は不思議と落ち着いていた。

 蛇のような男の蛇のように下卑た甘言にも惑わされず、浅黒い盲目の見透かしたような詰りにも情動を誘われない。貧困層出身のルキアは、かつて霊術学院で賜った、明鏡止水の高説を生臭坊主の(のたま)いでしかないと考えていたが、どうやらそれも改める必要がありそうだと、口の端を歪めた。

 

 遠くの方ではここ数ヶ月で馴染みに馴染んだ漆黒のような霊圧が響いている。彼と出会ってから相当に早い段階で、ルキアはその霊圧を感知できるようになっていたが、その異常性に彼女はとんと気付いていない。

 

 ぐー、そしてぱー。

 

 霊圧の波長に合わせて手を開いて閉めてを繰り返す彼女。

 その度、彼女の【崩玉】は拓いて占めての胎動が生じる。

 その波動は赤子をあやす揺り籠のように、彼女を落ち着かせるのだった。

 

 

「朽木ルキア。取り調べだ、出てこい」

 

 囚われたルキアには隊士としての責務が免除される代わりに日に数回の取り調べが義務付けられていた。

 といっても、先の通り、取り調べは精霊廷としての体裁を取り繕うためのものとして形骸化しており、取り調べ専門の隊士や尋問官が出てくることもなく、ただ単に暇の空いた隊士が同席して時間を潰すように反省を促してくるだけだった。

 しかし、本日はどうやら趣が違うようで、呼び出す隊士の額にはうっすらとした汗が見え、声は緊張で若干の震えが見える。ルキアはそっと取調室に霊圧感知を向けた。

 

「なるほど……」

 

 納得したように呟くと、彼女は正座の姿勢を崩して静かに腰を上げた。鍛えがよかったおかげか、数時間ぶりに動かした脚に痺れや凝りはなかった。

 牢が軋みを上げて扉を開くのを見届けてくぐり通る。無機質な廊下をひたひたと歩き、囚人室、物置、見張り室、看守室、警備室、看守実務室、警備実務室、看守長室、警備長室、等と質素に書かれたいくつものネームプレートと扉を横目に抜け、見知った霊圧へと迷いなく向かう。

 

「よー、ルキア。思ったよりも元気そうじゃねえか」

 

『取調室・柒』

 菖蒲の茎根が墨で描かれた扉に花はなく。

 黒く縁取られた室内では、椅子にドカッと座り、取り調べ用の机に両足を乗せた恋次がニタニタと嗤っていた。監視役の一般隊士は罪人を過剰に煽っているのではないかと不安そうな顔をしている。しかし、一方のルキアは、幼馴染の不器用な気遣いに気づき、強張らせていた体を緩めた。

 

「──何用だ」

 

 監視の手前、ルキアは突っぱねた物言いをしてみるがなんとなく格好がつかない。恋次もまた、そんなルキアを見て内心吹き出していた。

 

「いやぁ、なんだ。何も用もねえんだがよぉ、これから処刑されるテメエに一つ教えてやろうと思ってな」

「一護──旅禍のことなら既に探知している。貴様に教えられなくとも、な」

「……霊圧探知を阻害する術式は施設全体に行き渡っているはずだぜ?」

「阻害はしていても遮断はしていない……そうだろう?」

「……ハッ、洒落クセェ言い方するようになったじゃねえか。死神の誇りだけじゃなくて現世でテメエの出身も忘れたのか?」

「私の誇りなど、叩けば出ていくような甘さでしかなかったさ」

「チッ──」

 

 ルキアの言葉は、どこまでも()かした物言いだった。

 しかし、言うは易し。先程ルキアの話した霊圧感知の困難さは、その場にいる恋次が何より理解していた。席次を持つ者にとって、霊絡を含めた霊圧探知の精度は実のところそれほど悪いものじゃない。それこそ霊圧阻害があったとしていても働く程度には感度は良い。しかし、阻害の壁を突破してその方向。その特徴、その特定を行うことはフーリエ変換を脳内感覚で行うようなものであり、隊長であっても出来ると豪語するのは(はばか)られる、難事であるはずだった。

 

(現世でのことはよくわからねえが、大分成長してやがる……)

 

 恋次は澄まし顔の幼馴染を見て思う。実力もそうだが、胆力、そして死神としての風格が段違いであると。

 

(ひょっとしたら……いや。いやいや、ありえねぇ)

 

「おい、ルキア。ならよ、その大切なオナカマが今誰とカチ合ってるのかも分かってるよなあ?」

「──無論。市丸ギンと遭遇していたことも、今は貴様の敬愛する更木剣八と戦っていることも、委細承知しているとも」

 

 ルキアは、迷わず南南西の方向──今まさにその両者が戦闘を行う方角を向き静かに答えた。

 恋次はその彼女の表情を見てイラついた様子を遂に表立って発露した。

 

「ンだよ、腑抜けやがって! テメエがフカしてるなんてこたぁ、わかってんだよッ。捕まったらそれまで、急に姫様顔晒してんじゃァねえぞ、 オイッ!」

「姫様……か。私はな、恋次。この数か月、あやつと共に過ごして初めて自分の弱さを知ったのだ」

「ああ? テメエは……いや、俺らは何時だって弱かっただろうが! だから強くなるために死神になったんだろうが!」

「いや、恋次。私は思うのだ。強さというのは、弱くない、ということではなく、護られないということでもない。むしろ、弱くて庇護下で、優しい。そういうものなのだ」

「在り方の話なんてのは強さの本質じゃねえ、だから俺は隊長が、更木剣八に……!」

 

 恋次は顔色一つ変えないルキアに悟った顔しやがって、と自覚もしていない怒りを覚える。

 

「──恋次、貴様の言う通り、更木隊長の無茶苦茶な強さには私の言ったような感傷はないのかもしれない。だがな。もしもこの私に、【朽木ルキア】に、もしも、強さなんてものがあるならば。……それはきっと、一護に倣うべきなのだと私は思うのだ」

「一護……黒崎、一護」

 

 いけ好かない黒長髪のスカした表情がルキアとダブる。

 恋次は自身を灼き尽くさんばかりに襲い来る正体不明の怒りを必死に圧し殺す。

 

「だからテメエは、赤ん坊みてえにあいつの真似をするってわけかよっ」

「ははは──まさか。むしろ一護は更木隊長に近いだろうさ」

 

 当たり前のように強くて、だから強い。

 主人公だから、と理不尽な理由を聞かされたとしても納得してしまうような強さが彼らにはあるとルキアは語った。

 

(そしてそれは、きっと兄様にも……)

 

「ならよぉ、ルキア。テメエはアイツを何として倣うってんだよ」

「──反面教師として」

「はあ?」

 

 予想外の言葉に恋次は思わず聞き返す。奇跡的に抑え続けられてきた霊圧がここで初めて吹き出る。

 喧嘩腰の威圧ととらえた監視官は釣られて短い悲鳴を上げた。

 

「霊術学院の教官が『戦争というものは正義と別の正義の衝突だ』と話したことを貴様も覚えているだろう。正義の反対が悪でないように、強さの反対もまた、弱さではないということだ」

「迂遠すんじゃねえよ。ソイツは言葉遊びに過ぎねえだろうが……!!」

「そう思うならば、恋次の強さもまた、一護と同類の物なのかもしれないな……」

 

 羨ましいよ、とルキアは吹っ切れた表情で笑った。恋次は「よく言うぜ」と頬杖を机に打ち付けた。

 

「それよりも、だ。恋次、何か大事な用があってきたのだろう?」

「……チッ」

「優しい貴様のことだ。大方、私の処刑が早まったことでも伝えに来たのだろう? 不器用なトゲ付の言葉で」

「──知ってたのかよ」

「虫を食い殺した蛇が囁いたのでな」

「あの野郎か。……そうだ、上の意向でお前の処刑日を早めることになった」

「ふむ、いつだ?」

 

 恋次は少し口をつぐみ、何かをこらえるような表情をし、一息吐いた。

 

「──今夜だ」

 

 そうか、とルキアは頷いた。

 あまりにも軽妙な物言いに恋次は再び怒鳴りかけたが、これ以上の主張は癇癪でしかないと我に返り、一つ舌打ちをして何を言うでもなく、彼女に別れを告げ監視員に言葉をかけ部屋を出た。その後、ルキアもまた監視員に引っ張られながら退出する。

 

「……普通なら。嘆きの一つでもしていたのだろうな」

 

 誰に言うわけでもないその言葉は、穏やかな表情のルキアを通り過ぎ、宙の泡沫と消えた。

 

 

 

 

 012-2

 

 

 

 剣八と一護の戦闘は、激闘の一戦というにはシンプルで、達人の間合いというには大味過ぎた。

 

 剣八といえば走って寄って斬ろうとするばかりだったし、一護は時間稼ぎのため中距離から小規模な無月を放つばかり。

 

 映像としてはバッティングセンターよりも味気ない。話としても一辺倒。

 

「おいおい……楽しいなあ、オイ!!」

 

 しかし、更木剣八の表情は退屈には程遠く、山田花太郎なら見ただけで失神してしまいそうな獰猛さを存分に発露していた。

 剣八は頬をかすめる無月を気にすることなく一護に近づき、荒々しく刃こぼれした斬魄刀を叩きつける。いつもなら鋸を挽いた時のような感触が腕に伝わるのだが、斬った気配もなく、分厚い鋼鉄を殴りつけたような感覚がじいん、と手首を痛める。

 ブンブンと腕を振り、手首がイカレていないか確かめ、剣八は首を捻った。

 

「……ああ? なんだぁ?」

「──無月」

 

 そんな様子に容赦なく無月を放つ一護。

 黒い斬撃は屋根に立つ剣八の側を通り、空へと消えていく。

 

 無月は本来であれば、霊王宮ですら半壊しうる通常攻撃であるがその本質はその規模には無い。無月、と一護が呼ぶ撃衝と月牙天衝の違いにこそ本質がある。

 月牙天衝とは、黒崎一護が内包する莫大な霊圧を斬月を媒介にして放つ技である。そしてそのユニークな性能は放つプロセスには非ず、その後の放った霊圧を発散せず保持する性能にある。滅却師よろしく、霊圧をまとめ続け、推進する斬衝撃が特徴なのである。つまり月牙天衝は、霊圧を自発し溜め込むことができる死神としての力、霊子を操り攻撃に転ずる滅却師としての力の複合技ともいえる。

 一方で無月とはどのような性質にあるのだろうか。

 それは、端的にいえば、月牙天衝の滅却師的側面を究極的に押し出しつつ虚の力を加えた技である。

 一度、飛び出した斬撃が遍在する霊子に触れた時、その霊子は滅却師的側面によって隷属され、虚の力の片鱗により侵食し一護の霊圧として同化する。つまり、霊子で構成されており霊子の隷属に対して抵抗を持たない物であれば、無月に当たった時点で脱構築し、無月へ再構築及び収斂されるのである。

 

 しかして、この違いは、一護に対し、強烈な戦闘の制約を強いていた。

 

 一護は、寡黙であるがその根底は明確に善であり、少しでも彼を知っているものであれば、百人に百人がその名に恥じぬ優しい男であると答える程度には甘い男であった。

 一護は自分が明確に侵攻者である自覚をしており、また、ギンと相対し無月を放った時点で既に、尸魂界が霊子で構成されており、無闇矢鱈に無月を使い続けた後の悲惨な顛末に勘付いていた。

 ゆえに、更木との戦闘では無月の矛先が建物や地面に向かないようにすることが求められていた。

 かといって、イカれた刀を持つ大男に肉弾戦を挑むほど経験値があるといえば、そうではなく。

 結局のところ中距離を保ちつつ、宙に向かって、無月を放つのが精いっぱいなのであった。

 

「何処までも付き合ってやるぜェ!?」

 

 剣八は一護の葛藤など知る由もない。知るべくとないし、知ろうともしない。剣客の癖して人と人との遣り取りに対しててんで素人で『あろう』とするその悪癖に、遠くの窓際リンドウの花瓶の傍らで眉を潜める隊士も居たりするが、剣八はそれすらも笑い飛ばす。

 どこまでも下品でどこまでも本能的な嗤い声。

 一護は五月蝿ぇ、とゲンナリした表情で無月を振り上げた。

 

「──あっ、やべ」

 

 思ったよりも力が籠もったらしい。そして、剣先が逸れたようだ。

 幸いにも剣八を狙うラインから離れた無月は地平より87度の角度で打ち上がり、隊舎の軒先を消し飛ばし、空へと消えていった。

 ぐんぐんと伸びた無月は減速も減退もせず瀞霊廷の果へと突き進む。雲も、空気も、光さえも霊子に還元し、その動力へと転進させて行く。

 そしてついた先は、沈丁花の墨絵が掲げられた零番隊庁舎、【二枚屋王悦】の寝床であった。

 

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