常に無月な一護さん   作:一葉 さゑら

2 / 12
2. 人が希望を持ち得るのは 月が目に見えぬものであるからだ

 002-1

 

 

 空座町が黒に染まった、その次の日。

 朽木ルキアと黒崎一護は弓沢公園にて対峙していた。

 ルキアは物珍しそうにブランコに座り、一護は傍の柱に寄りかかっていた。

 

「……というわけで、今の私は尸魂界に帰ることができぬ。故に暫くはこの街に身を潜めることにしたのだ」

 

 と、まあ初めは、急に転入してきたルキアに対する諸々の追求がその目的だったが、やがて、二人の話題は昨日のことへとシフトしていく。

 

「なあ、ルキア。死神の力ってのは、何なんだ。霊力とは何が違うんだ?」

「そうだな……分かりやすく言うならば、自転車と自動車だな。動力が違うのだ。普通の人間は自己存在を確立するのに必要十分な量の霊力しか蓄えない。それは、魂魄に付随する極僅かな量だ。お主のように勘のいい輩だったとしても、本来であれば、その量は精々死神の絞りカスである現在のわたしと同程度以下になる」

「……勘のいい、か」

「わかりやすく、霊感の良い、と言い直してもよいのだが、まあ、それに対して死神はその魂魄に動力を内包しているのだ。それを霊圧を燃料に動作する機関、鎖結という」

「なら、今のルキアはその鎖結が故障しているってことか?」

「たわけ、故障などしておらぬ。そも鎖結は決して治るものではない。私のはただ消耗しているだけだ」

「そっか……良かった」

 

 ふう、と息を吐く一護。長髪黒髪のせいか、落ち着いた目つきのせいか、動作の一つ一つに憂いがあった。対して、ルキアは苦虫を噛み潰したようような表情で「そうでもないこともある」という。

 譲渡された死神の力が少しであれば問題なかった。半分でも問題はあっても隠し通せた可能性があった。

 しかし、現実は小説よりも漫画よりも奇妙な物で。ルキアはすべての力を彼に渡してしまっていた。

 ブランコを揺らし、ルキアは続ける。

 

「おそらく、尸魂界の死神からしたら観測できたはずの私の魂魄を見失っているはずだ。つまり、今の私は死人として扱われているはずだ」

「なるほどな……一度死んだ人間が生き返ることはないように、死神も一度死ねば終わりってワケだ。もし鎖結が回復しても帰るに帰れない──もしかしなくても、ヤバイよな、それ」

「うむ、ヤバい。危機的状況だ。しかし、心配するな、一護。利口なルキアさんはそのあたりの目処はつけておる、とりあえずの所は問題ない。問題なのは私の将来ではなく、お前のこれからのことだ」

 

 そして、ルキアは少し口を噤んで、開いた。

 

「貴様には、私の力が戻るまでの間、死神の仕事を手伝って貰いたいのだ」

「ああ、いいぜ」

「……即答、か」

「まあ、お前には家族を助けて貰ってるしな。それより、俺の中にあるこの力はお前のものなんだろう? だったらあのときと同じように返すことできないのか?」

「それは──」

 

 無理だ、と言いかけた所でルキアのポケットからけたたましい音が響いた。

 

「虚だ! 一護、この辺で霊を見たことはあるか!」

「それなら、まさにこの公園で見たことがあるぜ」

「──あそこだ!」

 

 ルキアが指す先を見れば、5歳くらいの子供が化け物に襲われる姿があった。化け物の顔には──仮面。

 

「おい、ルキア。どうすればいい?」

「じっとしておけ」

 

 直後、一護は後頭部に衝撃を受けた。

 ルキアが持つ肉体から魂を引きずり出すグローブで掌底を食らわしたからだった。

 ヌルリと、一護の魂と肉体が分離する。

 現れたのは、昨日と同じあの姿。

 

(やはり、霊圧がない。しかし、なんだ、このざわめきは。私の中のナニカが、虫の知らせのように何かを訴えている)

 

 魂の感触はあった、しかし、魂の構成要素がまるで感知できない。ルキアにしてみればそれは、まさに霊を触るかのような、形のない物を触っている気分だった。

 そして、虚はまたしても一護の莫大な霊圧にあてられて、塵となった。

 

「……またかよ。なんなんだ、一体」

 

 一護は殴られ損だな、とションボリした。

 

 

 002-2

 

 

 一方、尸魂界。

 その中の瀞霊廷。

 その中の技術開発局は、てんやわんやだった。

 

「これはヤバいですよ、マジでヤバいです。洒落にならないヤバさです!」

「その、使われない脳髄が溶け出したかのような語彙は何かネ? 私に新しい脳みそを寄越せと言っているのかネ? 状況を、平易でなくてもよいが明快かつ端的にいいたまえヨ」

「だから、ヤバいんですよ! 現世が軋みを上げるレベルの霊圧が感知されてます!」

 

 技術開発局局長、涅マユリの苛ついた表情にもかまわず、技術開発局副局長兼通信技術研究科霊波計測研究所研究科長の阿近は悲鳴にも近い声を上げた。

 初めは彼も機械の故障を疑った。それはそうである。霊力の集まりやすい尸魂界や虚圏、地獄ならまだしも、現実世界において霊波の観測なんて早々ヒットしないからである。それがどうしてこうなっただろうか、いくら機械を変えてデータのチェックを重ねようが、結果が変わらないのである。

 言うまでもなく、その霊波の正体は黒崎一護のものだった。1つ次元の違う霊圧はその次元以下の者には感知できないが、阿近の手元の機械はしっかりと観測の仕事を果たしていた。霊波の強さを示す目盛りは限界一杯まで振り切れ、観測地点を示すサーモグラフも最大値を示す箇所が多すぎて何が何だか分からない感じになってしまっていたが、しかし、それでも()()()()()()()という役目だけはしっかりと果たしていた。

 阿近は、疲労困憊の表情で言う。

 

「見て下さい、この数値を。並の隊長の卍解時どころか、総隊長のだって……」

「滅多なことは言わないことだネ。私は人の発言の責任を負う趣味はない。しかしだネ、その観測したという日付に見覚えはあるヨ。……確か、そう──朽木ルキアの死亡推定日時に近いナ」

「いえ、しかし、彼女は副隊長ですらありませんよ」

「だがネ、観測地点も中々近いところがあるヨ。……まるで、慌ててその霊波から逃れようとしたかのような」

「では、朽木ルキアはこの霊波源に殺害された、と?」

「……あるいは、アア……」

 

 そこで言葉を留めると、涅マユリはニタリと笑みを浮かべて耳を回し、その中身を引き出した。臓器に付随して粘液が滴り落ちる。一部は跳ね、阿近の頬へ伝う。

 ギコ、ギコ。ギコ。

 右に回し、左に回し。マユリは笑みの表情のまま耳を弄ぶ。

 

「……阿近。このことは上に報告しなくてもいい。が、しかしだネ。もしも今後その地点の付近に新しい種類の霊波が現れたら、真っ先に知らせるんだ、いいネ?」

「分かりました、涅隊長」

「ヨシ。──それでは私は少しばかり用事ができたから外に出る。……くれぐれも、見逃してくれるなヨ」

 

 隊長羽織を翻すとマユリは横に控えたネムを従えて部屋から出ていった。

 カシャリ。自動ドアがしまった5秒後、阿近は脱力し「嫌な予感しかしねえなぁ」と呟き、頬についた粘液を拭った。





感想、評価ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。