常に無月な一護さん   作:さゑら

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4. ぼくたちは ひかれあう 無のように 月のように ぼくたちは 反発しあう 無のように 月のように

 004-1

 

 

「黒崎一護、15歳。現在──死神代行」

 

 その日、黒崎一護は、明確に怒りを顕にしていた。

 

「必ず、斬る。その覚悟で来た」

 

 チャドは、そんな一護の姿を久しぶりに見た。

 

 

 004-2

 

 

 茶渡泰虎にとって、自分の体は誇りと驕りの表象である。

 苦痛と非難の暗喩であり、また、自己形成の根底に存在するものだった。

 頑丈で大柄な体。浅黒い皮膚。移民としてのコンテクスト。あるいは、日本生まれメキシコ育ちという無国籍性。

 自分のものだけじゃない、民族単位での共通性を感じさせる身体感覚は、日本という舞台にて、より強調されていた。しかし、それは泰虎にとって厭なものではなく、むしろ、誇らしさすら覚えるものだった。

 茶渡泰虎が誇りを掲げることができたのは、偉大な祖父(アブヴェロ)の魂が確りと受け継がれていたからである。

 

『誰かを守るためのモノであれ』

『ヤストラ』

『その身体は神からの贈り物なのだから』

 

 スラムの片隅の路地裏であっても燦然と輝く黄金のような祖父の精神性が、苦しく狭隘な環境に置かれた泰虎の心身を暖かく、安らかに育て上げたのである。

 友情に厚く、努力を惜しまず、けれども勝利に拘らない。

 勝利は己のものでしかないから。

 人に優しく、人でない物にも優しく。

 茶渡泰虎は、そういう男だった。

 

 だから、目の前のケージに入る小鳥が呪いの鸚哥(インコ)だと知っても、その上で守ることにした。

 だから、小鳥を守るようになって以来、鉄骨が降ってこようが、バイクに轢かれようが、車に衝突しようが、何があろうが、小鳥を守ることを止めようとは思いもしなかった。

 守らなければいけないから、離れようとは考えなかった。

 

『オジチャン、オネガイダヨ』

 

 3ヶ月の災禍を耐えきったとき、インコの母親が解放される。彼の儚い夢を守ろうと、決意した。

 だから、彼は守ることにした。

 守ることができるからではなく、守らなければいけないから、守ることにした。

 守らなければいけないから。

 祖父との約束を。誇りを。

 

 何からも。何からも? ── 一体何から? 

 

(全ての脅威から。この子の願いを妨げる、その全てから、俺はこの子を守る)

 

 愛か呪いか、その両方か。祖父の博愛は茶渡泰虎にその誇りに伴うのに十分な意志の強さを与えた。

 だから、災禍から助けに来たという、隣にいるルキアが血だらけでいるから、小鳥と同時にルキアを守ることにした。その手が届く限りの博愛をもって、見えない驚異を殴り、遠ざけた。ルキアが退けと言っても退くことはなく、殴る。

 浅黒の腕の皮膚が突然裂ける。右肩がずっしりと重くなる。左腿が爆発を起こし炎症する。

 泰虎はそれを見てフッと笑う。

 

(怪我をするのが、俺だけで良かった)

 

 ルキアと協力して虚を殴り、電柱でぶっ叩き、何分もの継戦の末、一護が到着した時にはもう、茶渡泰虎の全身の身体は無事なところのほうが少なく、怪我と血にまみれた満身創痍になっていた。

 しかし、誇りは依然として。以前に増して、燦然と輝いていた。

 

 

 004-3

 

 

「……一護か? 一体、どこから。それに、その格好──」

「チャド、貴様一護が見えるのか?」

 

 一護にバトンタッチしてから、ルキアは直ぐにチャドの手当に移った。意識を保ち、尚且、動くことのできるなんて考えられない程の怪我の量と、そのタフネスさに驚いていたルキアは、彼の言葉に更に驚くことになった。

 

「ああ、それに、相対しているあの化物は……」

「……あれは、虚という悪霊だ。あのインコの中に入っている子供を、あんな風にした原因だ」

「シバタを──」

 

 ルキアは少し迷い真実を告げる。

 チャドは言葉少なに頷くと、再び一護を見た。

 沸々と湧き上がるドス黒い霊圧が閑静な周りの風景を軋ませる。前回抑え込めていた霊力が、親友の怪我と初めて触れる虚の悪辣さに動揺した感情に呼応して溢れ出していた。

 

「へへへ……喰い甲斐がありそうな魂じゃねえか。今まで食っていた死神よりも大分良質な匂いがするなぁ。それに、そっちのデカブツも急にうまそうな匂いを発してきやがって……いいぜぇ、滾る滾る滾るナァ!」

 

 虚はひい、ふう、みい。とその場にある魂魄を指折り数えてニタリと笑う。一護は、それに構わず周囲に散らした霊圧をゆったりと右腕に集め始めた。それは、己が知る中での唯一にして最大の攻撃を放つ準備だった。

 

「てめーが、人を泣かせて、人質を取って、それを利用して、そうやって更に人を傷つけるクソ野郎ってことは分かった。……だが、一つ、訊いときたいことがある」

「……アァん?」

「あのインコに入ってる霊の親を殺したのは、お前か?」

「──くひっ」

 

 肯定するように、陶酔するように嗤う虚の生前は、連続殺人犯だった。

 殺して殺して、終いには殺し返されて。殺し足りないと虚になった。

 正真正銘の悪霊。

 

「しょーじき、そのガキに殺し返された事はどーでも良かったんだぜ。確かにちょっと、カチンとすることはあったけどよ。それよりも、利口な俺はこう思ったのさ。そのガキが俺を殺したってことは、俺のやってることが気に食わなかったわけだ。──だから! 俺を殺したそのガキにも人を殺す歓びを教えてやろうってなぁ! 楽しかったぜぇ。母親をダシに人を殺させるのは! ピーピー鳴いてよぉ。謝るんだぜぇ、赦して下さい、赦して下さいってな!! ぜぇんぶ、手前ェのせいだってのによ! 俺が殺らせてるとか言い訳こいて何回も何回も人をコロスンダカラナ!!」

 

 誰が殺したのか、誰が殺させたのか。

 インコに宿る霊──シバタは涙を流す。

 自分のせいで死んでいった心優しき人々を思い出して。

 取り返しのつかない過去の過ちを悔いて。

 叶わぬ儚い夢を抱いて。

 

「鉄骨を落としたり、バイクに細工して事故を演出したり。あの手この手で殺すのは意外と面倒臭えが、それに見合う絶頂はあったぜぇ……。良い事してる奴が良い事してる奴に裏切られる瞬間が最高にキモチイイッ、てなァ!!」

 

 舌を伸ばして一護を突き刺さんとする虚。一護は避けることもせず腕へと霊圧を集め続ける。

 

「──不思議な気分なんだ。その霊やチャドやルキアにした仕打ちを許せないという義憤。そんな状況になっても、守ると言わなければいけない情けなさ。それが綯交ぜになって俺を冷静にさせる」

「冷静だぁ!? 違うね! そいつはテメェに対する失意の感情だ、死神代行ォ!! 諦観のなかで爆破死ね!」

 

 塀を飛び出した蛭の大群が一護に群がり大爆発を周囲に生む。虚は抑えきれず高笑いをする。しかし、白煙の奥から湧き出したのは黒い霊圧の奔流だった。

 

「俺の奥底の感情がお前の終わらせ方を教えてくれた」

 

 礼は言わない。

 飛び出した一護は虚の口に右腕を突っ込み。霊圧を爆発させた。

 頭を吹き飛ばされ首無しとなった虚。

 身体から宙を舞い、地面に追突──する間もなく、

 地獄の門番の大剣に貫かれた。

 

「ルキアが、教えてくれたぜ。生前の行いは地獄で精算だって。──償わなくていい。せめて、休むことなく苦しんでくれ」

 

 

 004-4

 

 オチを語ることはない。

 子供は魂葬され、チャドはルキアに記憶を消された。

 事件前と変わったのは、チャドが霊視できるようになってしまったこと位である。

 

 語るのは、それを覗き見していた不躾な輩のこと。

 

 それは障子の奥、小さな灯りに燻ぶられ、ゆらゆら影となり映し出される。

 

「はぁー、あの子。とんでもない強さですやん。下手したら副隊長レベルとちゃいますか?」

「……それはどうかな。技術開発局は隠し通そうとしているらしいが、どうやら目盛りが振り切れるほど莫大な霊波がこの辺で観測されたらしいよ」

「ふうん。それが、あの子っちゅうわけですか」

「……いやいや。ただ可能性の話さ。──ただ、残念な事にこの世には未だ完璧は存在しない。未知と未完の産物に満ち溢れている」

「だから、あらゆる可能性を潰す……と。いやあ、その用意周到さ、怖くて敵いませんわ」

「ふふふ、まあ、まだまだ先の話さ。そら、そろそろ朽木ルキアの遺体調査が始まる頃合いだ」

 

 フッと息を吹きかけて灯りを消す。

 影は消え、障子の奥には影はない。

 姿もない、もぬけの殻となった。

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