常に無月な一護さん   作:さゑら

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6 .そう、 我々に運命などない 無知と恐怖にのまれ 足を踏み外したものたちだけが 無月と呼ばれる濁流の中へと 堕ちてゆくのだ

 006-1

 

 

 その日は快晴だった。

 雲一つない、ドス黒いまでの青が隅まで満たしていた。

 季節柄、地形的にも空座町ではそう珍しい天気でもないが、この日ばかりはその青さの意味合いは少しばかり違った。

 

「勝負だ、黒崎一護」

 

神父のような姿に身を包んだ青年が右手を掲げる。この手には、コイン程度の大きさのタブレットが握られていた。

 

「──これは、撒き餌さ。これを砕くと、内包された霊圧が解放されてこの町一帯に撒き散らす。それにつられて虚が集まってくる」

「町一帯……街全体を巻き込む気か?」

 

 空座町の真ん中で相対する二人。

 黒崎一護は、長い黒髪を風にたなびかせて問いかける。

 石田雨竜は眼鏡のブリッジを上げ、答えた。

 

「そうさ。……なに、心配はいらないよ、この僕が全ての虚を滅却するからね」

「……そういう自信(こと)を聞きたいんじゃねえ」

「自信? 違うね、事実だよ。僕は、この証明のために生きてきた」

 

 右手に持つ小さなタブレット状の物、撒き餌を石田は掲げた。そして、

 

「黒崎一護。君も死神を名乗るなら、世界の守り人と言うならば、やってみせろよ!」

 

 石田は死神に対する怒りか、己への奮起か、声を荒げてそれを壊した。

 甲高い音が空へ溶け込む。

 一護は事態が既に手遅れになってしまったことを瞬時に把握し、静かに義魂丸を飲み込んだ。割けるように生身から、包帯に死装束姿の一護が現れる。

 

「コン。危ないから下がっていろ──それから、石田」

「……なんだい」

「この勝負に俺が勝ったら、どうするんだ?」

「その時は死んでやってもいいさ。煮るなり焼くなり好きにしてくれよ」

「相、分かった」

 

 偶然にも一護の背後の空間に皺が入る。魄動が乱れ皺は更に収斂し、空間が耐えきれなくなりそこに(ヒビ)が入った。虚の現世侵攻のための出入り口、空紋である。

 収斂から実に数秒と経たずに空紋から頭をのぞかせた虚、それを一護はノールックで叩き潰した。

 そして、石田を射抜くように視て、一つ要求した。

 

「頭を冷やして、話をしようぜ。互いにな」

 

賽は投げられた。

ルビコンの対岸はまだ遠い。

 

 

 006-2

 

 

 滅却師による虚の滅却は、魂魄の成仏を意味しない。

 これはつまり、現世に存在する魂魄の量が多くなり過ぎてしまうこと、そして、それが尸魂界と現世の崩壊を招きかねないことを意味していた。

 滅却師は、それを知っていて虚を滅却していたし、その行動原理となる『悪霊である虚を成仏させる必要はない』という考えは、人間的には不思議じゃない思想だった。が、しかし一方で世界の調停者を担う死神からしてみれば、それは不都合極まりない話だった。

 故に、この話は幾度とない、滅却師と死神の衝突を生み出した上に、最終的には滅却師を絶滅寸前まで追い詰める結果を招くことになった。

 石田は、そんな悲劇を師匠から聞き、冷血か純粋か、それならしょうがないと思った。石田は、師匠に滅却師の修行をつけてもらう時間が好きだったし、それを聞いた場所である山に咲く花々が嫌いじゃなかったから。世界と共にそれらがなくなるのは寂しいトコロがあると感じたからだった。

 

「──14匹目!!」

 

 一転、現在。

 石田は、死神は不必要とすら言い切る。

 それは、世界の崩壊なんて知ったことではないという自暴自棄からではない。

 

「ようやく……追いついたぞ、石田っ」

「15匹目! 見たか、黒崎! 空紋が現れた瞬間に、遠距離から射貫く。これが弓を得物とする滅却師(クインシー)だけに許された殲滅速度だ!」

 

 愛すべき時間──師匠との修行、を死神によって破壊された故の自棄(ヤケ)、でもない。

 

(僕は、この騒動、この証明を絶対に成功させなければならない。そして、僕は──!)

 

 そう、石田雨竜には、覚悟があった。

 封印指定されていた 道具(撒き餌)を用いたとしても達成しなければならないと誓ったことがあった。

 

「こうして、話すのは、初めてだね、死神……朽木ルキア」

「……うむ」

「ここに来た理由は大体、分かっているよ。そして、それが無駄だってこともね」

「──何?」

 

 あれから、時間にして2時間が経過しようとしていた。

 広範囲の索敵範囲を実現するため、石田は、見晴らしの良い河川にかかる橋の上にいた。虚の討伐こそ順調だったが、あの後、飛廉脚で一護と別れ、ひたすら神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)である弧雀を放ち続けた石田は、引き金を引き続けた指は血だらけ、肩は発射衝撃により外れかけるほどの消耗、息も絶え絶えと言ったボロボロの様相だった。

 しかし、追いついてきた朽木ルキアと黒崎一護にはそれを悟らせまいと、乱装天傀(らんそうてんがい)という、『無数の糸状に縒り合せた霊子の束を動かない箇所に接続し、自分の霊力で自分の身体を操り人形のように強制的に動かす超高等技術』を駆使し、暴れる心臓も震える声と手先も強制的に落ち着かせていた。

 石田は、得物である弧雀を構えたまま、ルキアを横目で見る。

 

「おおよそ、滅却師による虚の討伐が世界のバランスを崩すだとか、それが死神による僕の粛清を招くだとか、そんなことを言いたいんだろう?」

「分かっているのなら、何故止めぬ!」

「……理由は2つある」

 

 石田は、自分より東南方向530m先に現れた、約束3m程度の空紋。そこから這い出した虚の仮面を破壊すると、ルキアに向かって2本指を立てた。

 

「1つは、僕の使った撒き餌は、不可逆ということ。効力が切れるより他、僕にも止める術はない。そして2つ目」

 

 尸魂界に所属する、()()()()()が現れたことで、石田雨竜は、初めて本当の自分の目的を告白した。

 

「死神が、粛清に来る。それこそが僕の狙いだったからさ」

「……なに?」

「聞こえなかったか? それとも理解できなかったのか? だから、僕は『死神が僕を殺しに来るのを待っている』と言ったんだ」

「──それでは、貴様は、自殺目的でこの街を巻き込んだというのか? そんな、自棄(ヤケ)でっ」

「自棄? 違うよ。それに、自殺でもない、僕の狙いは憎くて仕方のない、トロい死神を粛清することだ。粛清に来たと思いこむ死神を、殺して、殺して、そうして、祖父を殺した死神に同じ気持ちを味わわせてやるんだ!」

 

 一転、現在。滅却師(じぶん)が虚を殺し続けても良いとする理由。

 それは、石田雨竜が、そもそもこの騒動が終わったらもう虚を討伐する気が無かったからだった。

 石田は、今日より先、自分の力の全てを死神への復讐だけにしか使わない、そういう悲痛なまでの覚悟があった。彼にとって、世界の崩壊より優先するべき時も居場所も、既に世界には存在していなかった。

 今まで平和極まりないと思っていた街に眠る絶望に、絶句するルキア。一護は、そんな彼女を隠すように前へ出る。

 

「……ルキアに代わって、もう一回、訊く。自暴自棄じゃねえ、自殺でもねえ。その復讐がこの街を巻き込む理由になると、本気で思ってんのか?」

「くどいぞ、黒崎。答えはイエスだ! それだけの実力が、僕にはあると、信じている!」

 

胸を張り答える石田を一護は静かに見つめる。

そして一度、目を瞑り、開き、睨み直した。

 

「石田。俺は、お前の自信の程は聞いてない。俺は……俺は、学校や公園で、タツキや井上、チャドの霊圧が消えかけた瞬間すら感じ取れねえ! そのハンパな実力が! 手前ェの復讐に十分だって、本気で言ってんのかって訊いてるんだ!」

「な──!」

 

 普段、滅多に感情を表に出さない一護が声を荒げた。瞬間、一護を、中心に霊波が広がる。溢れた霊圧がビリビリとルキア、石田を巻き込んで伝わる。前髪がなびき、一護の怒りの形相が石田を威圧した。

 石田は、すでに無関係の人々を巻き込んでいたということに驚き、即座に霊圧感知をする。しかし、出した霊絡は、一護の霊圧が真紅に染め上げ、かき消した。

 

「もう、問題ねえよ。俺も詳しくは何があったかは分からねえけど、無事解決したみてぇだ」

「そ、そうか……」

 

 石田は、安心したように息を吐いた。一護の言葉と霊圧により乱れた霊子操作が、乱装天傀を一部解き、石田の手先が痙攣した。

 

「……二人には後で謝罪しよう。気がすまないと言うなら好きなだけ殴ってくれても構わない。……けど、無事ってことは、好都合。僕はまだこの戦いを降りるつもりはない」

「……殴るつもりも、今更止める気もねえよ。ただ、お前が本気で周りを巻き込むつもりがないって言うんなら、こんな下らない戦いも止めだ」

「何? 下らない、だと?」

「お前が死神を殺す、それで死んでも構わないって言うなら、俺はそれでも構わないって言ってんだ。『下らない』っていうのは、そういう意味での『下らない』だ」

 

 一護は空を指した。

 白い雲一つない澄み渡った空──その中に一際大きい線が入っている所を。

 

「……俺はただ、石田がこの街を悲劇に巻き込もうとしている、その一点だけが許せねえんだ」

 

 今までも何度か見せた、一護の哀しそうな目にルキアは気付いた。

 憐れみとは違う。純粋な哀しみの目。まるで、迷子の幼児が母親を探すような伺いと不安と、絶望の発露。

 朽木ルキアは、その目に二人の人物を思わず重ね合わせた。

 一人は、朽木白哉。

 

(兄様と顔を合わせる時、あの人は、いつも私を見てなんかいなかった。何か遠くの絶望と貴族という身近な柵を、孤高に翫ぶ、強いお方だった)

 

 そうして、もう一人は──。

 

(一護、お前はそんな顔をしてくれるな。その感情は、見ていて辛い。どうしようもない理不尽に圧殺されているようだ)

 

 ルキアは自分を奮い立たせるように頬を叩いた。

 

「一護、もう、時間がないぞ! 浦原喜助が霊波の集中を感知している」

「ああ。──手短に言う。石田、協力だ。じきに、虚の増殖に討伐が追いつかなくなる」

「……僕は」

「もう、手遅れなんだ。俺も、お前も。勝負というには二人で済む領界をとっくに超えちまってる。……この手が守れると勘違いした過信が、井上とチャドを危険に晒したんだ。──頼む、今だけは協力してくれ」

 

 石田はガリィッ、と奥歯を噛み締めた。

 彼には、もう分かっていた。

 自分の行為が、井上織姫と茶渡泰虎を始めとした、多くの人々を傷つけてしまったことを。

 あるいは、これ以上の継戦が只の我儘だということを。

 黒崎一護の言い分が、合理的で理性的で正義的だということを。

 しかし、石田はまた、ここが己を己たらしめる核心的なモノの分水嶺だと言うことにも気付いていた。

 きっと、一護に従ったとしたら、自分は二度と死神への復讐を行うことができなくなる、ということに。敗北感からでも傷付けた人々への罪悪感からでもなく、自分が再び納得してしまうから。

 

 復讐は良くない、何も生み出さない。

 悲しみを乗り越えることが人生で、その先に成長が待っている。

 

 そんな言葉に、今までの人生で出会わなかったワケじゃない。

 ただ、石田はそうなってしまうこと──祖父の死を穏やかに受け止められるようになってしまうことを成長や改心として捉えること──を、これまで血を吐く思いで拒否し続けてきた。

 それを生き甲斐として、生き抜いてきた。

 

(復讐に殉じることは何も怖くなかったというのに、復讐を諦めることの方が怖いだなんて。……僕はまだ、覚悟が足りなかったということか)

 

復讐という本能か、滅却師としての理性か。

 際限のない矛盾に囚われてしまう善性を、石田の父、竜玄はかつて『滅却師としての才能のなさ』として表現した。

 

「石田、お前のじいちゃんは死神の欠点を補う存在として滅却師を主張したんだろ? それって、死神と滅却師の協力関係をじいちゃんが望んでたってことじゃないのか? なあ、お前の復讐はじいちゃんが望んでたことなのかよ……」

「……」

 

 石田は眼を瞑り、弧雀を下ろし、一度、二度、三度、深呼吸をした。

 

「……いいや、違う。僕の祖父は、復讐なんて事を望むような人間じゃなかったさ」

 

 出血し痛む皮膚を霊糸で覆い、神聖弓の引き金に指を差す。

 

(この復讐が正しいか正しくないかなんてのは分からない。けど、師匠がそれを良しとする人間かどうかは明白だ)

 

 宙に発現した空紋は、とうに十を超えていて、いつ、どこからどこへでも虚が出てもおかしくない状況が出来上がりつつあった。

 

「この行為感情は僕の勝手な自己満足だよ。そして、──黒崎。お前に言われなくても祖父の行動原理くらい僕は分かっていた。だから」

 

 そして、神聖弓を掲げ、過去一番の勢いで引き絞り、

 

「そんな僕の行為と祖父の願い。どちらを優先するか? ……そんなの決まっている」

 

 矢を、放つ。

 

「僕は滅却師だ。その誇りにかけて、虚を殲滅する」

 

 協力するなら勝手にしろ。と不器用に言い回した石田の弓はルキアと一護の背後に現れた虚へと着弾し滅却した。

 

 

 

 006-3

 

 

 薄暗い部屋。

 

「……隊長、怒られても知りませんよ?」

「ウルサイヤツだネ、阿近。黙って観測し続けるんだ。いいカ? 黙ってだ。それは、ワタシ以外の誰にも報告せず、連絡せず、相談するなってことだヨ?」

 

 灯りに照らされる影。

 

「ほら、始まってるよ、ギン」

「なんや、偉い楽しそうやな、隊長」

「始まりの瞬間はいつになってもワクワクするものさ」

 

 そして、遂に収斂を始める巨大な空紋。

 さまざまな思惑が交差しながらも、終わりと始まりは直ぐそこに迫っていた。

 




新作アニメPV公開のお陰か、日刊で良い所に居たらしく、沢山の感想、評価を頂きました。
ありがとうございます。
正直、滅茶苦茶参考にしてます。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
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