常に無月な一護さん   作:一葉 さゑら

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7. 我々は涙を流すべきではない それは無月に対する肉体の敗北であり 我々が無月というものを 持て余す存在であるということの 証明にほかならないからだ

 007-1

 

 黒崎一護にとって、肉親の敵を討とうとする石田という人物は、断じて許せない人間ではなかった。なぜなら、一護自身もまた、母を亡くして以来、何かを恨めしく思った時があったからだ。

 だから、

 

「勝負だ、黒崎一護」

 

 と言われた時も、

 

「死んでやってもいい」

 

 と失敗すらも恐れない無謀さを見せられた時も、一護は不思議と不快感を感じることはなかった。むしろ、心地よかったといってもいい。

 なぜなら、彼のその姿に、覚悟を見たから。

 そして、そんな有り様に当てられて一護は、また、躰の奥、胸の芯がざわめくのを感じていた。真っ黒な長髪をチリチリと焦がすような焦燥感にも似た熱さだった。

 

「もし、この騒ぎが無事に終わったら、頭を冷やして、腹わって話そうぜ」

「……僕はいたって冷静だし、キミとする話なんてないよ」

「いや、冷静じゃないのは俺の方で……それに、話したいことがあるのも俺の方だよ」

 

 怪訝な表情を浮かべた石田は、これ以上何も言うことをないと飛廉脚で飛び去っていく。一護は、便利そうな技持ってんなあと思いつつ、近場の空紋へと駆け出した。

 チャドの一件から、一護の霊圧操作は確実に上達していた。ルキアの胡椒爆弾ノックやら、ウサギのチャッピーちゃんと虚の三太夫銀三郎くん見分けられるかなクイズやらが、役に立ったのかは謎だったが、少なくとも、右腕に十分な量の霊圧を流し込み殴る。

 その一動作だけは、寝ても行えるくらい反射的に行うことができるようになっていた。

 だが、残念ながら、特訓はあくまでルキア基準で行われていたため、『十分な量』とは言っても無月のポテンシャルは全然引き出せておらず、遠く及ばない威力となってしまっていた。

 つまり、一護は特訓と称して自分の力を底上げしているつもりが、その実、上手いこと手加減する練習をしていたのであった。勿論、そうはいっても、彼の右腕は、そんじょそこらの虚なら、ワンパンで灰燼と化してしまうような馬鹿威力ではあるが。

 ──そんなわけで、一護は見かけた虚を千切っては灰燼と化しては、千切っては灰燼と化す、を繰り返していた。

 

 しかし、そんなギャグみたいに大雑把な光景とは裏腹に、虚の数は減る気配を見せず、寧ろ増大していく傾向していた。中に生える空紋の数は増加の一途を辿っており、黒板を引っ掻くような虚の鳴き声も刻一刻に大きくなっていく。

 未だ晴れることのない石田の心。その歪みに呼応するように虚は吠え、宙を舞い、集い始めた。

 

「クソッ、きりがねえ……!」

 

 嘆く一護の眉間の皺が一層深まる。

 と、同時に一護と石田の丁度中央、その上空あたりに縦罅がビキビキと走った。空紋とは違う、嫌な違和感が二人を襲う。

 

「──何だ、ありゃあ?」

「……あ、あれは……。──"メノス"だ……!!」

「め、めのす? ──てか、いつの間に来たんだ、ルキア」

「今さっきだ! いいか、一護。気を付けよ! あれは幾百の虚が折り重なって混ざり合って生まれたとされる巨大な虚──大虚(メノス グランデ)、その出現の予兆だ!」

「なんだってんだよ、次から次に……そいつはやばいのか?」

 

 片手で二匹、もう片手で三匹の小虚を握りつぶし、右足で二匹の中虚を蹴り抜きながら一護は尋ねる。

 ルキアは住宅街のコンクリートブロックによろめくように寄りかかり、冷や汗をツゥーッと一筋垂らし、答える。

 

「ヤバい、なんてものではない。そもあり得ぬ話だ。教科書のお伽噺のような……況やあり得たとして、王属特務の管轄だぞ! とても……とてもじゃないが、一死神の手に負えるような相手ではないッ」

 

 そうしている間にも、罅は空割くように広がる。剥がれた空の破片が虚実の不気味な背反を起こしながら、クルクルと落下する。

 

「……黒崎、どうするんだ?」

「お、おう。石田も戻ってきたのか」

 

 俺が聞きてえよ。お前が聞くな。

 出かけた言葉を飲み込んで一護は5匹の虚を手動で穿ち抜く。無月な一護はクールな男だった。

 こうなっては、どうしようもない。黒崎は握りしめた手と、噴出する黒いモヤを眺めて息を吐く。

 諦観か覚悟か。一護は脱力してルキアの方を振り向いた。

 

「──なぁ、ルキア」

「……なんだ」

「これが終わったら、石田を殴ってラーメン奢らせよう」

「うむ!」

「ちょっとまて! 先程キミは話し合うと──」

「うるせえ! ……だから、早く終わらせるぞッ」

 

 そう言うと一護は一層の勢いで虚を殴り始めた。

 要するに、やることは変わらないし、変えようもない。虚をただ、ひたすらに、ひたむきに、倒すだけ。

 石田もそれを悟ると眼鏡をくいっと押し上げ、黙って弓を掲げた。

 

 

 

 007-2

 

 

 しかし、現実は留まらない。尋常ならぬ音を立てて、メノスグランデは顕現する。空をドレスのように身に纏い、カーテンを開けるように手をかける。理不尽とも呼ばれるような巨大という暴力がヌルリと顔を出した。そして、その畏怖を示すように、電柱に括り付けられた街灯に群がるように群がる虚がメノスグランデに喰い殺された。

 

「遂にお出ましか──」

「ええ。ついでにアタクシ達も、満を持してのご登場デス」

 

 しれっと一護の隣に立ったのは浦原商店が主、浦原喜助だった。一護達の周りでは、ジンタ、ウルル、テッサイが虚を各々で蹴散らす様子が広がっている。ウルルとジンタの無邪気な暴力性に慄きつつも、一護は浦原の方を見やる。

 

「……浦原さん」

「ほら、行った行った。この辺のザコはアタクシ達がどうにかしてあげますよ。だから、あちらは任せてもいいですよね?」

 

 閉じた扇子でメノスグランデを指す浦原喜助。

 一護は怪訝そうな目でその姿を見つめる。

 

「アンタ、いつもいつも、タイミングが良すぎるだろ。ストーカーか何かか?」

「なぁに言ってンすか。逆ですヨ、逆。アナタの方がアタシの周りを駆けずり回ってるんです──ほら、無駄口を利いてるひまなんて無い。……そうでしょう?」

「……後で色々聞かせてもらう」

「どーぞ。できるものなら」

 

 ゆらり、一護は体を傾けると、メノスグランデの方へ駆け出した。その言葉に浦原は「不器用ですねぇ……」と呟き、右手に持つ扇子で右肩を軽く2回叩いた。

 

「……それで、貴女は行かなくていいんですか、ルキアさん?」

「──一つだけ聞かせてもらおう。あ奴はメノスグランデを倒せると思うか?」

「そりゃあ、思ってなければ行かせないでしょう。そのくらい貴女だって分かってるはずですが」

「なる、ほど──」

「──それよりも、貴女が気にしなければいけないのは、心配するべきことはこれからのこと……つまり、この騒ぎが終わってからのことじゃないンですか?」

「……ふん。それこそ愚問だな。聞かれるまでもない」

 

(そう、考える意味すらないのだ)

 

 ルキアはうつむいて言葉吐き捨て、浦原喜助はサングラスの奥を見せず、そんな彼女を見つめていた。

 

 一方、一護と石田は途方に暮れていた。

 メノスグランデのデカさ、という暴力に対し何をしたら良いのかがわからなくなっていた。ハンマー片手に高層ビルを破壊してくれと言われたような状況で、何からするべきかと、二の足を踏んてしまっていたのだ。

 

「……殴って倒れるイメージが全く湧かないな」

「僕だって、射抜いて穿てるなんて思っちゃいないさ。だけどやるしかない。そうだろう?」

 

 毅然として、強気な発言を放ったものの、石田も弓を掲げない。そんな二人を他所に、メノスグランデは今まさに罅から足を踏み出し、街を蹂躙せしめんたる一瞬の間にあった。

 

「分かった、こうしよう。僕が弓矢であのメノスグランデとやらを引き付ける。その瞬間に一護、キミがあいつの仮面を殴り砕く。これでいこう」

「アホなこと言ってる場合かよ。そのビジョンが浮かばねえっつってんだよ」

 

 とはいえ、事実から述べるなら、一護にとってそれは十分可能である。何なら初撃でメノスグランデの腹を殴っても撃破できる。

 無月な一護にはその程度の膂力が当たり前のように存在していた。

 しかし、彼はそれを自覚できていなかった。

 小中虚をそこらの不良と同程度の認識に置きながらも、メノスグランデをただそのガタイの良さのみで自分より格上だと怖気づいていた。近づいても、おもったより迫力ねえな、なんて思いながら。

 それゆえに、というべきか。正しい格付けを終えたのはメノスグランデが先だった。

 一歩を踏み出そうと片足を上げたメノスグランデはその状態のまま、二人の方を見たまま固まっていた。

 久しぶりに外に出たらロケットランチャーを構えたムキムキの軍人さんが立ってた時のようなビビり方をメノスグランデはしていた。

 

「なんか、様子おかしくねえか?」

「いや、待て。こちらを見てないか?」

 

 たらり、と冷や汗をかき武器を構える二人。

 引き金に手を置かれたと更に焦るメノスグランデ。

 宙で見守る小中虚の軍勢。

 数時間に感じられる位長い瞬間の後に動き出し沈黙を破ったのは、またしてもメノスグランデだった。

 

「なんだ、あれは──口に光が収斂していくぞ! 避けろッ、一護!!」

 

 飛廉脚でビルの屋上に避難する石田。

 歩法を知らないため道路沿いに走り出す一護。

 

「────!!!!!」

 

 虚閃(セロ)

 極光の巨閃が一護を飲み込まんと発射された。

 

「一護──!!」

 

 思わず叫ぶ石田。

 メノスグランデのセロは長く続いた。

 三秒、五秒、十秒。傍から見れば虐殺にも見える猛攻の時間は続けば続くほど、徐々に違和感を表出していく。

 

「……一護サン。やはり、アナタは──」

 

 浦原は目深く帽子を被り直す。

 

「なんだ、コレは──。あれ程の霊圧に飲み込まれながら一護の霊圧に揺るぎがない、だと……」

(それどころか、黒崎の霊圧が急激に大きく、広く膨れ上がっていく。これは、締め切っていた蛇口が開くのとも、違う。まるで夕時雨のような──なんなんだ一体……この、ゆとりのある広がりは!)

 

 浦原と石田とルキア。三者三葉の驚きとは裏腹に、一護は不思議なほど落ち着いていた。人魂を紙切れのように消し飛ばしてしまう必殺の閃光の中にいるにも関わらず、起きて直ぐの布団のような心地よさを覚えていた。その極度の緊張からの緩和は、一護に半覚醒状態の冴えと緩やかな高揚感、そして不思議な浮遊感を付与させていた。

 まるで、瞑想の極致。あるいはフロー状態。

 麻薬と電気信号のチートを持ってしても尋常では辿り着くことのできない領域へと、一護は擬似的に到達した。

 

『ようやく、かよ』

「……」

『無視か、それともまだ聞こえてねえのかは、この際どっちでも構わねぇ』

「……」

『大事なのは、テメエの使い方が成っちゃいねえってことだ。ぶんぶん棒きれ回すことすらできず、手足を無様に泳がすだけ。──を、そんな児戯でいつまでも満足してもらっちゃあ困んのさ』

「……」

 

 ぼぉっと、一護は虚閃の先を見上げた。

 

『とはいえ、今からそれを教えて──を扱えるほど、お前は器用じゃねえ。だから、これは体験版だ。目をかっぽじってよく、見とけ』

「……」

 

 意識か無意識か。黒崎一護はそろりそろりと腕を挙げ、

 

『これが、当たり前。通常技ってヤツ。詰まるところの【無月】って訳だ』

 

 

──下ろした。

 

 月も無くなる一撃。

 虚閃は闇に裂け、大虚は音もなく真っ二つに割かれる。

 それが終わった時、石田やルキア達が目撃したのは、大通りに走る巨大な地割れと、光を反映する全ての大気を消し飛ばして現れた、暗黒の宇宙。

 それを成し遂げた当の本人──一護は物言わず、静かに立ち尽くすだけだった。


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