常に無月な一護さん   作:一葉 さゑら

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8.錆びつけば 二度と突き立てられず 掴み損なえば我が身を裂く そう 無月とは 誇りに似ている

008-1

 

 その日は奇しくも、満月の夜だった。

 月は欠けども無くならない。それどころか見えなくなるという事も──月が頭上にある限り──ありえない。

 それを厄介ととるか、安心を感じるかは、立場相応に変化していくであろうものだが……今夜ばかりはそんな月光に影を落とされる者達が居た。

 一人は、赤毛の長髪をやや雑に纏め上げた男であり、もう一人は、嫋やかな黒髪を独特な髪飾りで留めている男である。

 二人は深夜にも関わらず人目はばからずといった調子で声をあげる。

 

「──しっかし、『ルキアが力を譲渡したと思われる一般人が大虚を討伐』ねぇ。こっちとら、中虚に仲間を殺されて悲しむのが日常茶飯事だっつうのに、随分とご機嫌なニュースじゃねえか。俺ァ、霊圧感知器の故障か何かでガセネタだと睨んでるけどよ、その辺どうなんです? タイチョー殿。……それとも、お兄様としては、麗しの妹に危険が及んで気が気でもねえって感じですかィ?」

「……任務中だ。物音を無闇に立てるな」

「またまたー。誰が俺らの声を聞くってんですか。……それに、任務だなんて──『捕らえよ、もしくは殺せ』だなんて、死神(オレら)の仕事じゃないスよ」

「──否。少なくとも、風紀を正すという意味では」

「……そーやって」

 

 死に装束を纏った赤毛の男は先の言葉を遮るように言いかけて、口を閉じた。

 と、ほぼ同時に二人の姿がブレ、道路から姿が消える。

 側の錆びた電灯、電柱、屋根、3軒隣のブロック塀。

 そして、とある民家の瓦屋根。

 僅か数秒のうちに1キロメートル近くを移動した二人は同時に、その双眸を同じ方角、同じ勾配に傾けた。

 

「……背面適合113。神経結合率88.5%。霊圧は……言うまでもないスね。はは、マジかよ、ホントに義骸なんかに入ってんじゃねーか」

「尸魂界 東梢局 十三番隊所属──朽木ルキア、か」

 

 

 

008- 2

 

 

 突如、街が裂けた。突然、夜が訪れた。

 平和な日常と言うには大いに余りある、ショッキングな出来事は、空座町に留まらず全世界に響き渡った。

 連日連夜、ニュースや新聞といったマスメディアは熱心に報道をかけた。異常な街の熱気に町民は浮かれ、その報せに耳を傾けた。そのせいか、今や空座町は全国規模のお祭り騒ぎ。テレビマンや写真家はひっきりなしにカメラを回しシャッターを切り、工務店や公務員は調査のためとそこら中に"keep out"のテープを張り巡らせる。

 それどころか、数週間も経てば、全国全世界から様々な人種の、オカルトマニアを始めとした、見るからに近寄りがたい風貌の人々が集まっていた。

 日中は勿論、夜中でさえホテルから溢れた多種多様なある種の『旅行客』が、興奮で迸る異様な眼差しでその裂け目周辺を歩く。『空』座町の名には似合わない光景が広がっていた。

 そんな異常が日常になりかけたある日の朝。

 

「いやー、マジで日本じゃねえみてぇだな。世界観が崩れるぜ。右に目をやれば白人のギーク、左に目をやれば筋肉隆々全身入れ墨(タトゥー)の黒人男。一体この世界はどーなっちまったんだか」

「こらこら、ケイゴ。白人とか黒人とか差別発言だよ。良いじゃないか、賑やかで。ほら、英語の成績悪いんだから練習してきなよ」

 

 浅野啓吾はキョロキョロと周りを見ながら、小島水色は周りに様々なお姉様方に話しかけられながら歩いていた。左手では連絡先の画面を出した携帯をふらふらと見せつけるように振っている。

 その、慣れた手付きに啓吾は顔を顰めた。

 

「てか、お前のその、なんつうか、可愛がられるヤツは、全世界共通なのかよ。まさに全世界を股にかけるってか? ええ?」

「はは……やかましいなぁ。やっかむなよ」

「やっかんでなんかねえし! 羨ましくなんかねえし!」

 

 涙目で縋る浅野を水色はあしらい、「けど、まあ」と鞄を肩にかけ直しながら言う。

 

「確かに、すごい景色だよね、これ。幹線道路が元から無かったかのようじゃない。本当に、何があったらこうなるんだろうね」

「……今朝のテレビでは地割れ説が濃厚だって言ってたけど、まあ、それにしても昨日の俺らは何も感じなかったしな」

「うん。夕方頃に出現、というか消えたというか……まあ、起こったらしいけど。僕も何も感じなかったよ」

 

 別のところは感じてたけど。と水色は口の中で濁した。啓吾はピクンとそれに反応したが、察することもなく、こんな日にも登校を余儀なく促がされる無情さを嘆く。水色は苦笑気味に「仕方ないさ……」と返事をすると、目の前の幹線道路だった何かに掛けられた、簡易設置されている橋を渡り始めた。

 渡り終えたその先に見えたのは、コンクリートの塀に身を預け、黒長髪をパラパラと風で揺らす黒崎一護の姿。その隣には茶渡泰虎の姿もあるが、ふたりとも身長も高く顔も良く雰囲気もタップリであるため、ただそこに立っているだけだというのに非常にオーラがあり、絵になっていた。

 実際、人目を集めており時折スマホを掲げて穴を撮っている若い女性に黄色い声を挙げられている。

 

「やあ、おはよう。相変わらずカッコいいね、二人共」

「聞いてくれよぉ、一護! コイツまた麗しいお姉様とイチャイチャコラコラしてやがったんだぜ!」

「ああ、おはよう、水色、啓吾」

 

 一護は軽く左手を上げて応じた。

 啓吾は一護にも相手にされないことを悟るや否や方向転換し、チャドにだる絡みを始める。それを呆れたように目を向けた一護は水色に改めて、挨拶を返した。

 すると、

 

「さっきまでケイゴと話してたんだけど、やっぱ慣れないよね」

 

 水色はさり気なく話題の共有をした。

 

「あー、確かに、な?」

 

 一護は頬を掻きながら応える。見るものが見れば、生徒が学校の備品を壊したときのようなバツの悪そうな表情。水色は普段、感情表現に乏しい一護が見せるこの表情が好きで、毎日一回はこの話を彼に振っていた。

 

「一護はこの裂け目、なんでできたと思う? 地球の内部運動? 宇宙人による豪快なボーリング調査? それとも超能力者による物質転移能力?」

「……そういう考察は専門家に任せる」

「いやいやー、何週間も経って何もわからないんだよ。いつの間にかできてて、誰もその発生を見てないなんてどう考えても変でしょ、ねぇ啓吾」

「そうだぜ、それに最近よぉ、突然電信柱が折れたりスレート屋根が剥がれたりもするらしいじゃねえか。隣の婆さんが修繕費用で年金がギリギリだって嘆いてたぜ」

 

 啓吾が笑って話すのとは反対に、一護は眉間の皺を一層深めた。絶対なにか知ってるんだろーなー、と思いつつ水色は何もツッコむことはせず啓吾に同調するように爽やかな笑み浮かべた。

 その後も四人は、魔法少女のコスプレをした外国人の集団や、無言で金属探知機を振るう大学生グループを横目に談笑をつづける。

 お決まりのパターンは、その後にすれ違う、怪しげな紋様を施したテナントで水晶占いを行う褐色老爺に絡まれた話を蒸し返す所だが、水色は何かを感じたのか、

 

「……て、あれ? そーいえば誰か足りないような?」

 

 と呟いた。そして、

 

「ねえ、一護────」

 

 水色は言葉を切り、息を呑む。

 黒崎一護は、笑って答えた。

 

「気の所為じゃねえの?」

 

 彼の眉間に皺は無く、穏やかな表情すら感じられる。

 水色は、啓吾と茶渡が一護を見えないような位置に移動すると、

 

「そっか」

 

 と応じた。

 遠くの方で、時刻を知らせる街のチャイムが鳴っていた。

 

 

008-3

 

 

 遡ること、三日。

 

「……こっすいネタ仕込みやがって」

「ネエさ──ん!!! カムバーック!!!」

 

 黒崎一護の自室では二人、もしくは一人と一匹(?)が佇んでいた。二人の手元には『たわけあたって私たはでたたていたく』から始まるルキアからの手紙。

 

「これ、『たわけ』ありきで書き始めただろ……」

「ネエさーん! なんでオレを置いていったんですか! 明るい、強い、可愛いの最強マスコットのオレを!」

「うるせえ、向こう見ず、あざといからだろ。てか、なんだこのヒントの絵。……コンか?」

「オレなわけねーだろ! このすっとこどっこい! 『た』の字が多いんだから狸とかじゃねえの?!」

「なるほどな。……コン、ルキアが家出する理由って聞かれて思い当たることあるか? 腹壊したとか」

 

 手紙をそっと、置いて一護は問う。

 

「オイぃ、ここまできて解読を面倒くさがるなよ! オメーの黒髪がうっとおしくなったんじゃねえの?! いっそオレンジにでも染めて、性格も明るくしろよ! この昼行灯!」

 

 コンは半狂乱状態で喚き散らかす。ルキアの薄情な対応がショックだったのか、一護が気がつくまでの時間稼ぎと、ルキアに便器裏へと磔にされたのが気に食わなかったのか、ところ構わずといった様相で喚き散らかす。

 一護は鬱陶しそうにコンの頭を握りつぶすと、手紙を改めて眺めた。

 状況は二人共、分からない。

 ただ気がかりなのは、ルキアの所在だった。

 やや時間はかかったものの、捻りのないナゾナゾが掛けられた手紙を解読する。

 

「探すな、心配するな、この手紙を燃やせ、自分の身を隠せ、か。……織姫とお泊り会か?」

「天然かよ! 神妙そうな顔でバカ言ってんじゃねえ……いや待て、ネエさんならやりそうでも──って、そうでもねえ!」

「じゃあ、なんだよ?」

「きっと、ネエさんはオレとお前を守るために出ていったんだ」

「……何から?」

「しらねえよ! ──けど、何かから! 確実に! ネエさんはその危険に気づいた、あるいは知ってたんだ。そんで、ソレからオレらを守るために一人で出ていったんだ!!」

「……そう、か」

「ホントに分かってんのかよ! すかしやがって! ああ……ネエさん、もしかして……死──」

「滅多な事いうなよ──死神化してルキアを助ける。そうだろ?」

「……そうだよ!!」

 

 普段は仲が悪い……というか、コンが一方的にイチャモンをつける関係性の二人だが、このときばかりは二人の意見が一致した。

 手紙を優しく折りたたみ、一護はそっと机に置く。

 コンは、ハッとした様子で一護の袖を引っ張った。

 

「けどよぉ、一護。どうやってネエさんを探すんだ? てか、そもそもお前、死神の姿になれねえじゃねえか」

「そうだな、霊体になれれば、霊絡を辿ってルキアを見つけられるんだが──」

「──お困りですか? 一護サン」

「やっぱり出たな、ストーカー」

「うげぇ! 目深帽子三太夫!」

「浦原喜助です、ハイ」

 

 いつからそこに居たのか。直前のような気もするし、数日前にはそこに居たような気もする。ぬらりひょんみたいな男である。そんな奇妙で神妙な様子で窓枠に馴染んだ男──浦原喜助はニコリと笑い杖を掲げた。

 

「てなわけで、時間も切羽も押して詰まってマスから、どうです? 一つ、この杖で死神になるというのはいかがでしょう?」

「頼んだ」

「はい、頼まれました」

 

008-4

 

 

「……というわけだ。赤髪奇天烈眉毛。刀を引いてくれ」

 

 発見したルキアを拘束するため峰打ちを食らわそうと振るった阿散井恋次の刀は眼前に現れた男──一護の眉間の先で停止していた。

 一護が走って駆けつけてみれば、そこには今にも殴られそうなルキアの姿があり、急いで間に割り込んだという経緯である。

 阿散井恋次は当然現れた一護のことを、直ぐにルキアから死神の力を受け継いた男であると察する。

 

「五月蝿えよ、全身黒包帯男。テメエがルキアから死神の力を奪ったっつう人間か? なら、ぶっ殺す!」

「死神ってのは、意外と稼業に精力的なんだな」

 

 一護の軽口にこめかみをピクつかせる恋次。言葉より先に手を出すべく、次の刃を振るおうと、刀を胴の近くまで寄せる。朽木白哉は、任務書と報告書の束を取りだし、一護の確認を取る。

 

「黒崎一護……黒髪長髪、長身、筋肉質で顔面の美醜。そして霊圧。報告通りだ。阿散井、間違いない。ソイツだ」

「なるほどね……」

 

 そして、朽木白哉は悟られぬよう、阿散井恋次は遠慮なく舐るように一護の全身を観察し始めた。

 

(風変わりな死装束に刀は無し。包帯が斬魄刀の役割を果たしているとすれば、始解をすでに習得している……否、卍解か? しかし、それにしては霊圧は街を()()()()程──抑えつけてる可能性もある。日数を考えると常時開放型だと考えるのが通常か……どちらにせよ、ルキアも随分と厄介な者に力を与えたものだ)

(いかにも『通じてます』って感じでルキアと見つめてくれちゃってよォ──。マジでぶっ殺してやりてぇぜ)

 

「一護、来るなといっただろうが! いくらお前と言えどタダでは済まんのだぞ!」

「俺が無事でもルキア、お前がタダじゃ済まねえなら意味ねえだろ。……コンも心配してたぜ」

「いやいや、タダではっつうか、黒崎一護は普通に秘匿死刑っしょ。……ねぇ、タイチョー?」

「阿散井恋次。軽々しく口を開くなと何度も言わせるな。──今回の任務はあくまで朽木ルキア隊員の連行のみだ」

「……承知しております。了承もいたします。ですから、一護──黒崎一護の身の安全だけは……!!」 

 

 ルキアの懇願は、通らない。

 朽木白哉は、任務には無かったとしても、少なくとも黒崎一護の霊圧を絶とうと考えていたし、阿散井恋次に至っては普通に殺そうと考えていた。

 ……そのはずだった。

 街路灯の煌めきか黒い霊圧によりチラチラと影を落とす。実態を持たないはずの霊圧が街に異様なラップ音を響かせる。

 

(霊圧が上がった……感情でリミッターを外すタイプか。やはり、厄介)

「……い、一護?」

「──よく分からねぇ。コンと浦原に煽られてここまで来たはいいが、全く状況が分からねえ……けど、多分。俺はルキアを連れ戻せばいいんだな?」

「たわけっ! 退けと言っているのだ!」

「そうだぜ、えぇ? 痛い目に遭う前に家に帰りな、坊主」

「禿げてんのはテメェだろ。バンダナからハゲがはみ出てるぞ、後退デコ奇天烈眉毛」

「やっぱテメェはぶっ殺す!!」

 

 阿散井が刀を振り上げ、上段の構えで振り下ろす。剣道よりも荒く、恐ろしく鋭く速い剣筋。死神仕込の身体使いは一護が体感する剣速度を倍加させる。

 しかし、一護はその命を刈り取る一撃よりも、荒く、速く、鋭く。阿散井恋次の腹部へ喧嘩蹴りを見舞いした。

 

「──ッガ、フーッ!」

 

 恋次は自分の身体から意識が吹き飛び、腹に孔が空いたと錯覚する。意識こそ失わなかったが、気付いた時には仰向けになりブロック塀に沈み込んでいた。

 白哉は得心したように首を頷かせる。

 

「なるほど……黒崎一護。刀を代償に膂力を引き上げたと見える。確かに、粗暴な輩に斬魄刀は過ぎた代物であるゆえ、正解なのかも知れんな」

「刀だって粗暴な代物だろ。人を傷付けるモノに貴賤はない」

「斬魄刀は己の心。信念。そして──誇りだ。通常の刀と同列に見てくれるな」

「けど、テメーらは、それを仲間のルキアに向けた。なら、お前等の心とか誇りってのは、そういうことなんじゃないのか?」

「言葉遊びをするつもりはない。全ては瀞霊廷、引いては世界のため、大義のためだ」

「……相容れねえな」

「元より、人間と死神は別次元の存在だ」

「──兄様」

「朽木隊長だ。十三番隊隊員、朽木ルキア」

 

 のそり、と阿散井恋次が立ち上がるのを確認すると朽木白哉は、「戯言はここまでだ」と話を切り上げ、その姿を()()()()()

 そして、次の瞬間には、一護の背後に居たはずのルキアを横腹に抱え、2件隣の住宅の屋根に移動していた。

 

「──どうやら、瞬歩を見るのは初めてのようだな、黒崎一護」

「待ちやがれ──!!」

「待つのはお前だよ!」

 

 阿散井が一護と白夜、ルキアの間を跳躍し、一護に斬りかかる。

 白哉の発言を聞いていたのか、踏み込みには瞬歩を用い、飛燕の要領で一護の視界に入らない太刀筋を実現していた。また、先程の攻防から、一護の包帯部分が特に硬化されていることも看破し、素肌が見えている頬を狙う当たり、阿散井恋次の戦闘適性の高さが現れていた。

 

 しかし、黒崎一護もまた、無月である。

 人間どころか、死神の認知速度すらも置き去りにする速さの摺足(すりあし)で拳一つ分後ろに下がり、一撃を躱すなり、今度は右足で一歩踏み込む。そして、左足を阿散井恋次の足元へと緩慢に差し出し、足払いのフェイントをかましつつ軸足を回転させ、その、差し出した足を大きく回した。同時に、上体を下げ、恋次の側頭部をめがけ、円を描くように、左足を蹴りだした。

 ムエタイでも中々お目にかかれない綺麗な顔面キック。チャドに教わった数ある必殺技の一つだった。

 

「うおっ、あぶねっ!!」

 

 対して、恋次。彼も彼で左から右へと振り切った後、死角から迫る蹴りの殺気を察知し、踏み込んだ右足の力を直ぐに抜く。がくんと崩れた身体の直ぐ上を一護の左足が通過し、思わず冷や汗を感じるが、直ぐに左手を地面につくと体の重心移動を利用して、垂直の位置エネルギーを一護に向けた運動エネルギーに変換し、そのままの勢いで刀を再び振るった。

 僅か数秒の間に起こる攻防は、少なくとも熟練の死神とごく一般的な高校生の間に起こるものではない。

 その後も続く応酬は、より苛烈に洗練されたものとなっていった。なお、一護の意識がまだ人間ベースの動きであり、阿散井恋次が避けているからこそ成り立つやり取りでもあった。

 見ていた朽木白哉も思わず眉間をしかめる。

 

「……朽木十三番隊隊員。黒崎一護、あいつは何者だ」

「わ、私にもここまでできるとは知らず……」

「そうか……」

 

 一護は、先日の『無月』を気にしてか、ケリを主体としたアクロバットな動き、阿散井恋次は砂を投げてもおかしく無い程の野性的な身のこなしで攻め上げる。

 ほぼ、やっかみや私怨から一護に突っかかっていた筈の阿散井恋次は、テンションのボルテージが最高潮に到達したらしく、遂に、自身の斬魄刀を解放せんと、解号を口ずさんだ。

 

「ハハァ!! 面白えぞ、黒崎一護!! 『吼えろ』、蛇尾丸! 眼の前にあるのは、手前ェの餌だ!」

 

 振るわれた刀が突如変形する。それはまるで鉈が連なったかのような形状の刀だった。そして、それは自身の間合いを自在に変化させるように伸びて一護に迫った。

 人智の戦闘や間合いを超えた現象に思わずたじろぎ、一護は体を硬直させた。

 

(てつ)(ヘビ)。まさに蛇尾丸だな)

 

 余程驚いたらしく、頓珍漢な思考する一護にすかさず好機を見出した恋次。彼は殊更に笑みを深めると刀を揺らし矛先を一護の眼孔へと向ける。

 そして──、

 

『──これが、【始解】だ』

(……だれ、だ?)

『さあな』

 

 スローモーションになる一護の視界。

 常夜灯や蛇尾丸の反射光がやけに眩しく感じる。

 先程まで気にならなかった阿散井恋次の表情が目につく。

 

(お前は──だれだ)

『はあ? だから、【さあな】つってんだろうが』

(どこから、話してる)

『それも、【さあな】だ』

 

 走馬灯。と言うには呆気ない。

 それに、知らない声も聞こえる。

 ……知らない? 

 

(……な、ぜ?)

『──それだ。その疑問には答えられるぜ? 黒崎一護』

 

 一護はここで、ようやくこの聞こえる声があの──幹線道路を吹き飛ばす一撃を繰り出した──時の声だと気がついた。

 

『ようやく気がついたみてえだな。そして、それこそがお前の疑問の答えになるワケだ』

(つまり、今から俺はあの──『無月』を繰り出すのか)

 

 しかし、無月をしてしまうと、今度は民家すら飲み込んでしまう。珍しい災害や妙な怪奇現象では片付かない。

 

(一護、お前はその体に、死神に、あらゆることに対して無知すぎる)

『──や、止めろ』

(止めろ? それは俺に言っているのか? おいおい、勘弁してくれよ。俺は何もしちゃいねえよ。……自分に言え。お前の体だろう?)

 

 既に片手が上がっていた。

 あとは、呪文のように言葉を唱えるだけ。すると、あら不思議。街は闇に飲まれてしまうだろう。それはもはや、一護には想像すらできない地獄であることは、しかし容易に想像できた。

 

(朽木ルキアか、街か、選べよ、黒崎一護。全てはお前次第だ。それだけの権利(チカラ)がお前にはある)

『──ッ!!』

 

 色が、消える。

 

 (シロ)(クロ)(シロ)(クロ)

 (シロ)(クロ)(シロ)(クロ)

 (シロ)(クロ)(シロ)(クロ)

 (シロ)(クロ)(シロ)(クロ)

 (シロ)(クロ)(シロ)(クロ)

 (シロ)(クロ)(シロ)(クロ)

 

 灰色は無く、有るのは白、あるいは黒の粗密だけ。

 

『(白と黒。どちらが何も無いか知ってるか?)』

 

 色と見れば、白。光と見れば黒。

 

『(月は光っていると言っていいのか?)』

 

 月は昇っていても太陽が無ければ認識されない。

 

『(認識できない、ということは存在しないことと同義なのか)』

 

 有るとは、見るとは、認識とは、忘却とは。

 

『(──そうか。……そうだ)』

 

 黒崎一護は、上げた片手を握り、人差し指をピンと立てた。

 

『(月は、常にある。たとえ見えなくとも、目見(まみ)えなくとも)』

『今なら、俺の名前が分かるか』

(──ああ。……でも)

 

 人差し指の爪の先に何者も見通すことのできない黒い光が球のように集う。阿散井恋次は差し向けた刀の先で起こる、その異常な光が眩しくも暗くも感じた。

 ただ、それ以上に感じたのは危険の二文字。

 

(お前を呼ぶのはまた今度にするよ)

『……そうかい。まあ、今は無い位が、居ない位が丁度いいのかもしれねえな』

(すまん)

『──抜かせ』

 

 その一言と、笑うような気配と共にソレは闇夜に溶け消えた。

 くるり、と一護は黒い光で円を描くように人差し指を回す。ゆらり、と残光が動きの残像を示し、円は描かれる。

 

「──『無月・黒小満月』」

 

 円で切り取られた光景は、阿散井恋次の左手鎖骨の下。小胸筋、鎖骨下筋、僧帽筋。そして、阿散井恋次から数十メートル先にいた朽木白哉の後斜角筋の辺り。

 円で切ったのか、縁を切ったのか。黒い光球からレーザーのように霊力が放たれる。極度に圧縮された霊力は軋むような圧を放ちながら、恋次、白夜を貫通し、雲を蹴散らした。

 そして、一護の人差し指が一周を描く頃には、初めから無かったかのように二人の体には黒い虚穴が刻まれていた。

 

「……ガハッ」

 

 阿散井恋次は何が起こったのか分からず、ただ痛みから膝をつく。

 自覚したころに、その穴もようやく血を吹き出した。

 

「──死神も血を流すんだな」

「なんだと……グッ」

「阿散井恋次。下がれ」

 

 白哉がここにきて、口を挟む。

 また時間稼ぎかと一護が目をやれば、白哉は首のあたりを負傷したというのに何事もなかったかのようにルキアを抱え込んで佇んでいた。霊圧で血管を締め付けたのか血が吹き出す様子もない。

 一護は再び人差し指に(やみ)を集めるが、白哉は次の瞬間には別の家の上に移動していた。

 阿散井恋次の方を見ても既にそこに彼は存在せず、いつの間にか朽木白哉の隣に居る。

 恋次は悔しさを滲ませた表情を隠そうともしていないが、それはそれとして死神の矜持が任務の遂行を優先させたようだった。

 

「鎖結と魄睡を砕くつもりが、逆に砕かれそうになるとは、な。……予定を変更する。お前の処遇は追って連絡するゆえ、それまで大人しくしておけ。……くれぐれも、義魂丸を悪用するなどとは考えることがないよう。貴様が企むたび朽木ルキアの待遇が悪化すると考えるがよい」

「……これは借りだ、黒崎一護。俺はテメーに実力のジの字も見せてねえからな」

「じの字って、お主……」

「うるせぇ!」

 

 呆れるルキアに逆ギレする恋次。

 黒崎一護が飛び上がって迫ってくるのを確認し、獰猛に笑い飛ばした。

 

「テメエの霊圧は大したもんだが、街も破壊し、ルキアも護れねえ。ハハッ親孝行じゃねえか、一護ォ。一つも護れねえお前は、その名に恥じねえ生き様だ!」

「テメェ!!!」

「──あばよ」

 

 ルキアに伸ばした掌は空を掴む。

 瞬歩により移動したようだった。

 一護は直ぐに態勢を立て直し、霊絡を用いて3人の行方を追うが、直ぐに、霊圧の跡が千切れてしまうのを感じ取った。

 

「クソッ!!」

 

 いつも通り、敵をぶっ飛ばしてルキアを連れ帰る。

 そう勇んだはいいものの、出てきたのが人の姿をしていて、一護は迷ってしまった。敵か、味方か。ましてや一護は高校生である。倒すべきかすら迷っていたのに殺す覚悟などできなかった。

 

 空を、見上げる。

 驕らなければ、知っていれば。そんな言い訳が出てくる自分に対して覚える怒りやら情けなさは、満月の夜光が眩しければ眩しいほど、際立ち、腹立たしい。

 浦原喜助が、人を喰ったような表情で話しかけてくるまで一護は綯い交ぜになった感情を処理できず、ただ何も握れなかった両腕をだらりと下げるのだった。





いつも、読んでくださりありがとうございます。
凄い嬉しいです。


一護が、『無月・黒小満月』とかいうシンゴジラめいたオリ技かましてしまいましたが、要するに小さい無月です。セロみたいな攻撃ですが、あくまで斬魄刀の能力で放出しています。
無月自体、『月牙天衝・無月』のような技ですので、月牙十字衝に合わせて名乗るなら、月輪小天衝になるのかなーとか妄想してました。

無月から逃げるなとか思った人はアンケートにその思いをぶつけて下さい。
長い物には巻かれようと思います。


技名の改変アンケート

  • 無月しか認めない(保守派)
  • 今くらいなら……(穏健派)
  • 全てを許容します(寛容派)

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