TS衛生兵さんの成り上がり 作:まさきたま(サンキューカッス)
「なるほど」
自分の前に格式の高いスーツを着た、彫りの深いハンサムな男性が座っていました。
あれから鍛えたのでしょうか、自分が知っている彼よりガタイも良くなっていました。
「シルフはサバトの為に、『敗北』を選んだわけか」
「はい」
「事情を聴いて納得した」
ここはエンゲイ議事堂の議長室。
世界平和連盟の議長、アルノマさんの部屋でした。
「彼女があんな愚策を取るとは思えなくてね」
「……いえ」
「教えてくれてありがとう、小さな小隊長」
世界平和連盟は、戦争を防ぐことを目的に組織された多国間連盟です。
自分は世界平和連盟の設立に、オースティン官僚として参加しておりました。
「アルノマさん。ですがシルフの決断は、表沙汰にすべきではないと」
「ああ、私もそう思う。命も名誉も失ったシルフが、唯一守れた
世界平和連盟が設立された日の夜、自分はアルノマさんから声を掛けられました。
曰く、個人的に話をする機会を設けたいと。
「アルノマさんは、シルフ・ノーヴァとはどんな関係だったんですか」
「残念ながら、ただの友人だったよ。一度、口説いてみたんだがね」
「く、口説いたんですか」
この会談は極秘裏に行われました。
お互いに護衛を遠ざけて正真正銘、二人だけの宴席でした。
「シルフほど魅力的な女性を、口説かないのは失礼だろう」
「それで、どうなったんです」
「曰く『歳の差がありすぎだ、身の程を知れ愚か者』と」
「彼女らしい」
アルノマさんの立場を考えれば、
それでも席を設けたということは、よほど話がしたかったんだと思います。
「君はとても悪辣な罠を仕掛けたね。シルフに同情する」
「仕掛け人は、ベルン・ヴァロウですよ」
「実行役は君だろう。つまり君は、私の親友と友人を殺したわけだ」
自分と別れてからの、アルノマさんの動向。
表に出せなくなってしまった、天才シルフについての話。
「よく誘いに応じたね、私に恨まれていると思わなかったのかい」
「アルノマさんからのお誘いなら、いつでも応じますよ。世界平和連盟の議長ともあろう人が、私怨で人を害さないでしょう」
「なるほど、肝が据わっている。シルフが言っていた通りだ」
アルノマさんは据わった目で、自分を見つめます。
自分を射殺さんばかりの、鷹のような鋭い目つきで。
「私の大切な人たちを殺したことについて、何か言うことはあるかい?」
「別に、何も」
そんな殺意の籠った瞳を、自分はひょいと受け流します。
もしかして、謝るとでも思ったのでしょうか。
「謝りませんよ。悪しきは戦争です」
「く、くくっ! そうか」
兵士は、敵を殺したことを謝れません。
殺さなければ、骸を晒したのは自分だからです。
「君はシルフと同じことを言うのだな」
「彼女の部隊にいた時に、教えられたことですので」
「正しい。君の言ったことは、実に正しいよ」
では戦争の被害者が糾弾すべき罪は、どこにあるのか。
やはり戦争そのものにある、としか言えません。
「だから、戦争を起こさないための組織を作りたかった」
「それがこの、世界平和連盟という訳ですか」
「ああ。『彼女』に託された遺志でもあるからな」
アルノマさんはそう言って、グラスにお酒を注ぎました。
……彼女とは、まさか。
「『彼女』の遺志?」
「ああ、シルフの遺志さ」
アルノマさんはそのまま、自分のグラスにもヴォック酒を注ぎます。
その銘柄は、シルフやゴルスキィさんが好んでいたものでした。
「……待ってください。では世界平和連盟の構想って」
「シルフ・ノーヴァの発案だ。生前の彼女が、私に構想を語ってくれた」
アルノマさんは話を続けながら、濃いヴォック酒をちびりと口に含みました。
合わせて自分も、ヴォック酒の雫を舐めます。
そしてアルノマさんは、ポツポツと思い出を語り始めました。
それはフラメール・エイリス軍が、エンゲイ奪還に成功した際の話。
当時オースティン軍はベルン・ヴァロウが首都攻略に失敗したことで、戦線が崩壊し始めていた。
一方でエンゲイ奪還戦で、アルノマ率いる義勇兵は大きな戦果を上げた。
そしてアルノマ・ディスケンスは時の人として、一躍有名人となった。
『やっとオースティン軍を追い出したぜ!』
『このままフラメールの全領土奪還だ』
アルノマは、戦勝に沸くエンゲイ市民の歓待を受けたが……。
シルフ・ノーヴァは離れた場所で、独りヴォック酒を飲んでいた。
『どうしたシルフ、勝利の立役者がずいぶんと静かじゃないか』
『アルノマか』
『手柄を立てたなら、もっと騒ぐのが礼儀だろう』
この日のアルノマは、さすがに浮かれていたようで。
仲間と共に祝杯を挙げ、歌を唱っていたそうだ。
『そうだな、お前は騒ぐべきだ。勝勢は決した』
『ではなぜ、君は祝杯をあげない?』
だからこそアルノマさんは、シルフが嬉しくなさそうなのが気になった。
この勝利の何が不満なのかと、絡みに行った。
『この戦争、どうなると思うアルノマ』
『戦争がどうなるか?』
シルフの問いに、アルノマさんは疑問符を浮かべた。
先ほど言ったじゃないか、勝勢は決したと。
『オースティン軍を国外に追い出して、フラメールに平和が戻る』
『そうはならないよ』
連合軍はこのまま、オースティン軍を追放することができるだろう。
そうすれば平和が戻ってきて、万事解決だ。
『今度は連合軍が、オースティンに侵攻することになる』
『……どうしてだい? そんなことをする必要はないだろう』
『あるんだよ、アルノマ』
しかしシルフは、そんな夢物語を切って捨てた。
戦争は、まだ終わらないと。
『オースティンは講和を飲まないだろう』
『な……』
『となると、戦い続けるしかない。オースティン国民が、最後の一滴の血を流すまで』
ぐびり、とシルフはヴォック酒の瓶を呷った。
その指先は、かすかに震えていた。
『どうして』
『かつてオースティンは、どこかの愚かな国に講和を蹴られたからな』
オースティンは二度、講和交渉に失敗している。
一度目はシルフ攻勢の際、サバトに無条件降伏を拒否された。
二度目はフラメール・エイリス侵攻の際、停戦を拒否され国土を犯された。
『つまり、オースティンは疑心暗鬼になっている』
『それは……外交努力でどうにか』
『それが出来なかったから、オースティンはフラメール領内に侵攻してきたんだろう』
そこまで言うとシルフはコトン、と空瓶を机に置いた。
そして厳しい顔で、アルノマにこう聞いた。
『オースティンに侵攻する覚悟はあるか、アルノマ』
『いや、侵攻させない。講和を拒否されようと、連合側が攻め込まなければ戦争が終わる』
『ああ、君は素晴らしく凡愚だな』
アルノマは、外交とは信頼の上に成り立つと考えていた。
だから信用を失ったのであれば、信用してもらえるよう行動すればいい。
オースティンを国外に追い返したら、それ以上追撃しない。
これで戦争を終わらせることができる、と。
しかしその意見を、シルフは凡愚と切って捨てた。
『我々が侵攻しなければ、オースティンは再び攻め込んでくるだろう。立て直す時間をくれてありがとうと言ってな』
『そうさせないよう、外交努力すべきだ』
『外交努力ではどうにもならんさ。どの国も自国の利益を最優先に考える』
『欲に囚われないのが理性であり、礼節だ! 各国が平和を追い求めれば、互いに尊重し合えば……』
そんなシルフの意見に、アルノマは強く反発した。
彼女の言う通りなら、戦争はずっとなくならない。
『理性がある者が君主となり、協力して平和な世界を創造していけば─────』
『ふふ、どうしてお前のような愚か者が、義兵団のリーダーなのだろうな』
『どういう意味だ、シルフ!』
『軍人であれば、オースティン侵攻に悩みはしないだろうに』
そう言って反論するアルノマを前に。
シルフ・ノーヴァは優しい目をしていた。
『貴様はそのままであれ、アルノマ・ディスケンス』
『……シルフ?』
『貴様はただの民なのだ。もう十分に頑張った、お陰でフラメールは救われる。もう手を汚す必要はない』
アルノマがシルフから、そんな優しい言葉をかけられたのは初めてだった。
その態度に面食らい、アルノマは黙り込んだ。
『お前は義兵団など組織しなければ、気の良い男でいられたのだろう』
『……』
『あいつだって戦争に巻き込まれなければ、片田舎で芸人をやっていた。みんなそうなんだ』
流石のシルフも、少し酔っていたのかもしれない。
あるいは勝利に浮かれて、口が軽くなっていたのかもしれない。
『駄目だよ、アルノマ。人間の理性を信用してはいけない。人とは欲望を追い求める獣であり、理性とは『出る杭を打たれないためのブレーキ』にすぎない』
『じゃあ、どうすれば』
そこでシルフが語った内容こそ。
アルノマ・ディスケンスが設立した、世界平和連盟の骨組みであった。
『戦争をすれば損をする枠組みを作ればいい』
『一体、どうやって』
『世界中の国で連盟を組み、国際法を整備するんだ』
理性で戦争を起こさないようにするのではない。
利益を追求する者が、戦争を起こさない方が得と思わせる制度を設計すること。
『国際法を破った場合、他の国が全て敵になる。そんな枠組みが出来たら、戦争はなくなると思わないか』
『……っ!』
確かに、それなら最も合理的に平和を維持することができる。
若き天才シルフの語ったその内容は、アルノマに衝撃を与えた。
『オースティンに侵攻することになったら、お前は手を引けアルノマ』
『シルフ……』
『そして国内で、世論を動かせるほどの人気者になってくれ』
多国間連盟が実現すれば、戦争は起こらなくなる。
地獄の狭間で苦しむ人もいなくなる。
『戦後、私はそんな枠組みを実現させるつもりだ。その際に協力してくれないか』
『あ、ああ。喜んで協力しよう』
『ありがとう。お前ならそう言ってくれると信じていた』
その時のシルフは、トロンとした目をしているように見えた。
いつもの刺々しい雰囲気はなく、酒で頬を赤らめ微笑んでいた。
『アルノマ、貴様の甘っちょろい考えは嫌いではない。軍人はな、お前のような者たちを守るために戦っているんだ』
『……』
『もう少しで戦争は終わる。そしたら今度こそ、平和を作り上げることができる』
シルフ・ノーヴァはアルノマにとって、一回りは年下である。
だというのにアルノマは、いつしか彼女の妖艶な雰囲気に当てられていた。
『貴様の愚かしさは罪ではない、むしろ民衆にとっては好ましかろう』
『シルフ』
そう呟くシルフの頬に、一筋の涙が通っていた。
見れば彼女の手に、
『……悪しきは、戦争なんだ』
頬を伝う水滴が、細い絹糸のような長髪が、アルノマの瞳に映った。
その
『なぁ、シルフ・ノーヴァ』
『なんだ、アルノマ・ディスケンス』
気付けばアルノマは、彼女の手を握りしめていた。
『その夢、私にも背負わせてほしい』
『ん?』
シルフの真っ白な手の感触が、伝わってくる。
そしてアルノマは、彼女の睫毛の長さまで見える距離に肉薄した。
『君に惚れたんだよ、だから』
『……おぉ』
そんなアルノマの告白を受けたシルフは、きょとんとしたあと。
やがて意味を理解したのか、小さく噴き出した。
『ふふ、フラメール人がすぐ口説くというのは本当らしいな』
『本気だ、安っぽい誘いじゃない』
『そうかそうか、私も捨てたものではないらしい』
シルフはそう言うと、酔っぱらった顔のまま。
ヴォック酒の空瓶で、軽くアルノマの頭を小突いた。
『歳の差がありすぎだ、身の程を知れ愚か者』
それがアルノマさんとシルフ・ノーヴァの関係でした。
アルノマさんも彼女の鮮烈な光に、焦がれた一人だったのです。
「その後、私は彼女の言う通り、オースティン侵攻には参加しなかった」
「……」
「最後に、美味しい所だけもっていかせてもらったがね」
そしてアルノマさんと抱擁していた自分からは、よく見えなかったのですが。
シルフはアルノマさんと目が合うと、軽く手を振るサインを送っていたそうです。
後は任せた、とでも言いたげに。
「彼女は最後まで、シルフ・ノーヴァだった」
「ええ」
「惜しい。あまりにも惜しい人物だった」
きっと彼女は、夢をアルノマさんに託して死んだのでしょう。
祖国を想い、祖国のためだけに苦難の道を歩み続け。
そして悪魔の策に嵌りながらも、最後まで輝きを失わなかった。
「良ければ自分が従軍していた時の、シルフの話もしましょうか」
「そういえば、小さな小隊長はシルフの部下だったか」
この極秘会談が始まる前。
自分はアルノマさんに、聞きたいことがたくさんありました。
「やはり癇癪は激しく、何が地雷になるか戦々恐々としたものです」
「ふふ、こっちも同じだった。シルフの機嫌を損ねないよう、ずっと頭を悩ませていた」
自分と別れた後のこと。義勇団を立ち上げた時の話。
だけど結局、そんな話をする暇は少しもなくて。
「ヨゼグラード攻略戦の時の、ソリ作戦はシルフの発案で……」
「ああ、彼女らしい博打策だ」
自分とアルノマさんは、時間の許す限り。
次の日の朝まで、天才シルフ・ノーヴァについて語り続けたのでした。
いつも応援ありがとうございます。
TS衛生兵さんの戦場日記の第七巻が7月30日に発売です。
よろしくお願いいたします。