「いいか、今回の極地派遣任務は補給が非常に限られており、また通信手段も限られる。済まないが、拠点となる本艦を守りながらの調査任務となる。良いな?」
初めて受注するタイプの任務で緊張するが、何より一番緊張しているのは実行する彼女たちだろう。何もかもを見据えた様に振る舞えば、多少なりとも己自身を欺ける。判断ミスは許されないから、思考のノイズは極力取り除きたかった。だなどと考えているからだろうか。後ろの異変に気付くのが遅れてしまっていた。
『後方にテレポートドライブのゲート発生!これは…ゲートそのものが本艦に接近しています!』
『ダメです!振り切れません!』
オペレーターの叫ぶような声とともにモニターに映される、巨大な赤黒い門。ヴァイス出現の兆候であるそれだが、妙な事に何も現れる気配はない。ただゲートだけが全速力で航行するこの船に追い付かんと迫っている。まるで津波のようだった。
「…は?」
思わず間の抜けた声が出てしまう。出てきたものがあまりにも予想外だからだ。ヴァイスですらない、トラベルオーダーの技術体系とは大いに異なる外観の、巨大な"舟"が見えたのだ。銀色の金属質な素材で外殻を構築しているそれは、月を切り出し推進機を取り付けたムーンシャードとは明らかに違い、もっとこう、SFでよく見るような、宇宙戦艦の如し造形だ。
…前言撤回しよう。なんだこれは。艦首のある前部ブロックこそ辛うじて舟だとわかる造形だが、中央は菱形の巨大な金属柱が支える、艦首の数倍はありそうなサイズの円環があり、空洞を補強するように艦首と後部を細い金属の棒が何本も走っていた。大方剥き出しの重力発生装置だろうか。そして後部ブロックは魚の骨のように、上下に反返る金属が突き出していた。
「舞、シタラ、ジニー、直ちに撤退し本艦付近で警戒に当たってくれ!これは異常事態だ!」
舟はゲートの向こうから動かず、ただただこちらを見据えるように佇むが、ゲートの迫る勢いは止まない。この辺りで意識が途切れるように視界が白くなっていく。思い出せるのはこの限りだった。
◆ ◇ ◆ ◇
そして、ジリジリとした日射で目を覚ました。パンツ以外は裸一貫のようだ。そして左腕には、先程までにらめっこしていた金属の材質でできたこれまた菱形の物体…インプラントとでも呼ぶのだろうか。とにかくそんな感じのものが埋め込まれていた。癒着でもしているのだろうか、周辺の組織が痛々しい様相だったので異物感を覚え咄嗟に掻いてしまうがびくともしない。万が一爆弾でも仕込まれていたら。そう思うと無理に外さない方がいい気がして、一旦無視することにした。
ここは海岸なのか?波が打ち寄せる砂浜に転がる自分は、どうやら漂着したわけではないと、カラッカラに乾いた身体と喉が雄弁に語っている。であれば…テレポートドライブによるものか。緊急脱出装置が働いたなら、何処か辺鄙なシャードに投げ出された可能性も否定できない。
「誰かいるのか!聞こえるなら返事をするんだ!」
掠れ気味の声で叫んでみるも、めぼしい反応はなく。他の皆とは離れ離れになったのかもしれない。喉の乾きに耐え切れずに、まずいとわかっていても海水を手で掬い、口に含んでみると、驚く事にそれは塩っぱくなく、飲み水として利用できそうだった。少々硬めである事に違いは無いが、どうやら汽水らしい。
「…んな馬鹿な」
トコトコ、と足音を立ててこちらへ寄ってくる生き物は、丸っこい鳥のような姿で、特徴的な丸みを帯びた太い嘴でクックルル、と鳴いている。警戒心の欠片も無さげだ。俺はこの生き物を知っている。知っているだけなのだ。何せ、現物は遥か昔、地球時代に滅びているはずなのだから。
その生き物はドードーと呼ぶ。モーリシャス島に棲息した草食性の飛べない鳥で、地表に営巣するせいで、島に人間がやってくると成体は狩猟され、卵は持ち込まれた犬猫やネズミの餌食になり瞬く間に滅んでしまった、人が滅ぼした生物の代名詞的な存在だ。であるならば、ここは時代再現の行き過ぎたモーリシャスシャードなのだろうか?
腹が空いた。思えば意識が目覚めるまでどれほどここに放置されていたのだろう。今目の前にいるこの鳥を殺して食おうかとも考えたが、動物の生食が持つリスクを侮るべきではない。知っているというのに、散々えりに口を酸っぱくして言われたものだ。津軽弁だから断片的にしか意味を理解できなかったが。ジビエならまがせろ、なんて言ってたっけな。
などと考えていると、ドードーはその辺の草を啄み、草の実を食べているようだ。なるほど、ここはベリーが豊富らしい。高鳴る腹の虫を抑えながら、より注意深く観察すると、こいつが食すのは赤、青、黄、紫の果実で、白と黒の果実には手を付けていない。毒性があるのだろう。
必ずしもこの鳥と人で受け付ける食材が同じという確証はないが、自分も果実を摘むと、口いっぱいに頬張る。小気味よいシャキシャキとした食感と共に、果汁が溢れ出す。仄かな甘味と酸味を覚えるが、水分に反してさほど糖度が高いわけではないようだ。ドラゴンフルーツか何かを食べている気分だ。そしてこれは、当然ながらベリーでは一時凌ぎにしかならない事を意味する。…どうして長期的に生活する事を前提に考えているのだろうか?しかし、あまりにも手つかず過ぎる自然の風景が、助けなど来ないであろうという爽やかな絶望感を燻ぶらせてくるのだ。
手頃な石と木の棒を拾い上げ、適当な草で結び付けて簡易的な石斧を作る。少なくとも素手で木を殴るよりは賢明な手段だろう。木を切り倒すついでに岩塊を叩いてみると、ガラス質の尖った石が飛び散る。冷やっとしたが、これは使えるかもしれない。
今度はこの石を使って、槍とつるはしを作ってみる。…尖った石の棒と木の棒をT字に結びつけた物体をつるはしとはとても呼びたくはない。しかし実際、不思議なことに効率よく石を砕くことができる。ただ、この方法だと細かくなりすぎて大きな岩塊としては使えないようだ。気分は原始人だ。
目の前のドードーを狩ろうかとも思ったが、生き残る術を伝授してくれた彼(?)を殺すのは偲びない。多分これもえりだったら躊躇いなく殺れたんだろうが。何にしてもベリーよりもっと栄養価の高い…肉を食わない事には生き延びられない気がする。
モーリシャス島には何が棲息していたんだ?ネズミや犬猫は人が持ち込むまで存在しなかった。ではその役割をしていた生き物は何だったのだ?仮に観光用のシャードだったなら、資料が何処かにあったはずで、己の不勉強を呪う。
頭を抱えたその時、絞り出すようなドードーの断末魔に振り向く。
ここがモーリシャス島だったらどんなに良かったか。己の眼前にいるのは、ドードーの腸に顔を埋めている小型犬ほどの二足歩行のトカゲ…恐竜だ!
咄嗟に槍を構えて交戦の意思を示す。今度こそ殺るか殺られるかだ。その小型恐竜はこちらに向けて甲高い鳴き声を上げると襟巻きを拡げ…顔めがけ何かが飛んできた。飛び道具だと!?
見てから避けるには遅く、顔をスライム状の粘液で覆われる。前が見えないが間違いなく奴が迫っているのはわかる。こうなれば破れかぶれだ!聴覚を頼りに槍を投げつけ、当然ながら外れるが着弾地点と奴の足音のズレで相対位置を割り出す。
「ホモ・サピエンスをナメられては困るな!」
奴が迫った瞬間に左拳を突き出し、奴を腕に噛みつかせる。鈍痛が走るが、毒に頼るくらいだ。食い千切るほどの力を奴は持っていないはず。
噛まれた腕を思い切り振りかぶり、恐竜ごと地面に叩きつける。砂浜では大した威力にならないだろうが、姿勢を崩せればそれでいい。
「じゃあなエリマキ野郎!」
霞む視界でも何とか視認できた首の骨目掛け、石斧を全力で振り下ろす。動かなくなるまで何度も叩きつけると、ボキ、と鈍い音と共に左腕が開放される。…毒液を洗い流そう。
海?の水で顔を洗い、再び取り戻した視界に広がるのはかなりの惨状。幸いにも左腕は軽傷だったが、無残に食い荒らされたドードーの屍と、首があらぬ方向にねじ曲がった恐竜の屍。貴重なタンパク源をゲットと相成った。そうでも考えないとやってられん。ふと投げた槍に目をやると、一度の投擲で折れて使い物にならなくなっていた。信頼性に難ありだ。
改めて首を圧し折ってやった恐竜に目をやると、このフォルムは何処かで見覚えがある。確か恐竜の映画で見たような…同じようにエリマキを持ち、粘液を顔に掛けて、デブを貪り食っていた。ディロフォサウルスだったはずだ。アレ脚色が強くて本当は4メートルあるし襟巻きもないし毒液なんか吐かないってマニアに突っ込まれてたのは知っている。
こいつ食えるのかな…食うしかないか。再び、石斧を振りかざした。
パチパチと薪の燃える音に癒やされる。目の前では焚き火に、解体した肉がこんがりと焼けている。如何せん状況が状況で初見の食材なのだ、念には念を入れて多少焦げるまで火を通す。しかし、肉以上に重要な資源を今の今まで失念していた。皮だ。石斧だと肉を切るのには苦労したが、皮を剥ぐのはそう難しくなかった。皮があれば、もっといろいろな道具が作れるだろう。焼けたであろう肉を木の串で貫き、かぶりつく。何の味付けもしておらず臭みに顔を顰めるが、贅沢は言っていられない。だが鶏肉が好物の自分にとって、恐竜が主食になるであろうことは幸運であった。食感は概ね安物の鶏肉のそれだが、それでも腿の肉は大変美味であった。肉の油だけでもだいぶ味が出るものだ。
一段落ついてふと考える。遭難したのは俺だけなのか?そうだとすれば寂しいが、その方が良いに決まっている。考えたくはないが、あのゲートの向こうにあった舟の中、という可能性さえある。むしろ下手なシャードに飛ばされるよりよほど筋が通っている。
もし舞たちも巻き込まれてしまったのであれば…とにかく無事でいてくれ。まだ一日もしていないが…この空間は異常だ。
小型の肉食動物は夜行性な気がしてならず落ち着かないが、鳥目なんて言葉もある。恐竜がそちらであることを祈る。日没後は下手に動かず、明日への英気を養うことに専念するべきだろう。登るのに苦労するくらい高い岩があったから、そこの上で眠ることにする。願わくば、この岩が大皿でないように。
そんなこんなで星を眺めていると、左腕の痛みが消え失せていることに気付いた。
『隊長ー、すごい魘されてたようですけどー』
目を覚ますと見慣れた蛍光灯がある。見つめているのは…ゆみか?
「ゆみ…俺はいったい…」
『何寝ぼけたこと言ってるんですか、もうお仕事始まってるわよ?』
「そうか…すまん」
ゆみに促されて、端末を手に取ろうとする。するとゆみが、不敵な笑みを浮かべている。
『…そうそう隊長、あんまりお財布詰め込んだまま、雑魚寝してるのはどうかと思うわよー?』
「おいィっ!お前!?」
振り返ると、諭吉を十数枚、得意気に振り回すゆみの姿。とっさに追い掛けようとすると視界が歪み…
◆ ◇ ◆ ◇
「ああっ、クソっ!」
高台なら襲われないと高を括っていた。ドードーとは異なる、甲高く不愉快な、ホイッスルを雑に吹き鳴らすような鳴き声と啄まれた鈍痛で目が覚める。明日の朝食にと、枕元に炭を並べ置いてあった焼き肉が消え失せている。
下手人らしき鳴き声の主の鳥が、上空でその肉を頬張ると、得意気に飲み込んだ。知らずしらずの内に手に握りしめていた小石を咄嗟に投げるも、当たる訳がなく。
その鳥は鷺のような姿形で、水鳥のようであった。この辺りは寝泊まりに適していない土地だと思い知らされた。せめてシェルターか、別の地域に移動する必要がある。
腹の虫を宥めながら、追撃を避けるべく咄嗟に海岸とは逆方向の高台に駆け出した。丘へと駆ける中、対岸に帆の生えたワニのような姿をした巨大な恐竜が目に映る。
「どの道長居はできない、か…!」
恐らく、スピノサウルスだろう。頂点捕食者のお出ましだった。それは手当り次第に、手近な動物を殺して回っているようだった。強靭な前脚の餌食になった動物達は、遠目からでは何なのかわからなかった。恐らくは絶滅動物なのだろうが…。もしヤツに見つかっていたらと思うと気が気でない。一刻も早くヤツのテリトリーから離れよう。
丘の天辺まで登ると、さっき見たスピノサウルスよりも余程巨大な縦長の岩が突き刺さるように数本刺さっている。その光景に圧倒されつつも、遮蔽物として利用できそうなのを確認する。見た感じでは昨日襲われたディロフォサウルスが十数匹と、草に紛れるくらいの背丈の小さな恐竜(?)が四つん這いでよちよち歩いている。先程の惨状と比べれば平和そうな土地だが、油断して警戒を怠ってはならない。まずはシェルターを作ることにせねばと行動予定を立てたところで腹が鳴るし喉は渇く。
腹は狩猟すれば良いと学んだのでともかく、渇きはどうしたものか。水辺に下ろうにもついさっき逃げてきたばかりだし、仮にここに住まうのであれば喉が渇く度に上り下りするのは如何なものか、とも感じる。何か別の手段を講じなくては。…そう言えばあのベリー、みずみずしかったような…
そうと決まれば行動は早かった。先程のスピノサウルスの如く手当り次第に草を薙ぎ、果実を摘んでいく。可食らしき赤、青、黄の果実がある程度集まれば口に押し込んで頬張る。
水分補給のつもりだったがそれ以上に腹が膨れる。しかし、悪い方法では無さそうだった。身体の中で水分が吸収されていくから、なんというか、水を飲むのとは違って時間をかけて水分を得られる。即効性はないが、裏を返せば長時間給水が不要になる。
土壇場の思い付きの割に効率の良い結果に満足していると、体高3mほどの、二足歩行の恐竜が寄ってくる。咄嗟に身構えるが、向こうに交戦の素振りは無いらしく、呑気な近寄り方だった。ベリーの匂いによって来たのだろうか?
「…食うかい?」
余ったベリーを差し出してみるも、目ぼしい反応はない。しかし、離れようとする気配はない。しばらくにらめっこを続けていると、こいつの目線が、集めたはいいものの食えなさそうなので放置していた黒いベリーに向いていることに気付いた。
「お前…もしかしてこれが欲しいのか?」
物は試しで黒いベリーを差し出してみると、その恐竜は目の色を変えてがっついてくる。しかし、手ごとは齧らず、しゃぶられているというか吸われる感じだった。
一通りベリーを頬張ると擦り寄ってくる。意外と美味しいのか?そう思い残りの黒いベリーを齧ってみると…し界が明めつして
…気付いたら太陽を背に例の恐竜の顔。倒れていたらしい。軽く悪酔いしたような頭の痛みからして、あのベリーは麻酔作用があるようだ。やはりあのドードーの示した通り毒物であったか。
しかしこの恐竜は平気らしい。図体がデカいから…という可能性も否定できないが、そこら辺に生えているようじゃ普段から食っているだろうし、もしかしたら耐性があって、栄養として消化できるのかもしれない。
俺の目が冷めたのを確認すると、こいつは俺に顔を擦り付けてくる。もしかして…さっきので懐いたのか?それで俺が昏倒している間庇ってくれていたとか…?
まさかとは思うが、試しにふらつく足取りながらこいつから逃げてみる。…追いかけてくる!いやまだだ。こいつが俺の事を"なんか餌持ってるボーナスキャラ"程度にしか思ってないかもしれないのだ。そんな所でディロフォの一匹がこちらに気づき、こちらに飛びつかんとした時だった。
唸るような咆哮と共に放たれた強力な頭突きが、ディロフォをいとも容易く弾き飛ばした。そして横たわるディロフォの腹目掛けて噛み潰し、これにはひとたまりもなくディロフォは息絶えた。
「助けて…くれたのか?」
こいつはディロフォの絶命を確認すると、再び擦り寄ってくる。頭を撫で返してやると、まんざらでも無さげに声を漏らした。
思えばこいつも映画で見たことがある…実物としてではなくぬいぐるみやマスコットとしての登場だったが。…確かプラテオサウルス…とか言ったか?なんにせよ、いつまでも"こいつ"では締まりが悪い。
「…よし、今日からお前をプラットと呼ぶ事にする」
プラット、と呼びかけるとプラットは振り返り、命令を待つ。…こいつ俺が思っているよりずっと賢いんじゃないか?何か凄まじくズルを犯した気にはなりながらも、息絶えたディロフォに斧を振り下ろす。今日もなんとか生きられそうだ。いや、生き抜いてみせる。このイカれた方舟から抜け出すまで。
◆ ◇ ◆ ◇
『あの、よろしいのですか?彼らはホモ・サピエンスですが地球外の存在です。それに…』
『私が言うのもですけど、随分と強引な方法に感じるんですが…』
『…なるほど、それで私を遣わすわけですね?ではどちらの方へ行けばよいのでしょう?…了解しました』
『にしても、人類エイリアン説とかあるにはありますけど…蝿のたかった小便くらいエンガチョなオカルトだと私は思いますけど…試してみますかっ』
見切り発車の出オチなのでまともに続ける予定はございませんが多分3話くらいは続くんじゃないんですかね(願望)
ここで連載をするのは初めてですが、他所で手掛けた過去作はどれもエタッてるので申し訳ない…多分これもいずれそうなる。
構想だけは…構想だけはふんわりと練り上がってるのでどうか気長にお待ちくださいませ…というか普通にリアルが忙しい…