揺蕩う元素の協奏曲   作:白井もきゅもきゅ

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2話 狩猟

 プラテオサウルスのプラットを観察していて思ったが…背中にいい感じに乗れそうだ。ディロフォを退け続けて皮もだいぶ集まったことだし、物は試しで鞍を作ってみよう。

 …結構骨が折れたが、作業にかかった時間自体はスムーズそのものだった。まるで頭の中に設計図が浮かんでいたみたいに…。みすぼらしい外観で本当に取り急ぎといった感じの代物であるが、乗る分には問題ないだろう。いつかしっかりしたものを作ってやるからな。

 

「よしよし、いい子だ」

 

 プラットに鞍を取り付けようとすると身じろぎ一つせず、大人しくされるがままだった。背を撫でてやると、これから乗られるとわかっているかのようにこれまた大人しく受け入れた。調教とか必要になると思ったんだがなぁ…。

 プラットの背に乗ると、インプラントが発光する。するとプラットの情報が、何となく理解できるようになる。生命力、スタミナ、空腹度に…戦闘経験。どうやらこいつは間の抜けた顔をしているくせに百戦錬磨の精鋭だったらしい。草食なのに小型とはいえ肉食を一噛みで制圧したのも納得がいく。そして、このインプラントの機能は認識拡張と言ったところなのだろうか…このサドルもその効果の一端なのだろう。いや、それ以前にこの石斧とつるはしもきっと…。

 ひとまず、攻撃指令を出してみる。対象は…その辺りの草だ。するとプラットは草を食み、果実を採取している。プラットがどの程度果実を集めているかが知覚できる。そして取り出そうとすると、左手に果実が収まった。一体どこに入っていたのを取り出したのか…あまり想像したくはないが、果実そのものは清潔そうだった。これは仮説だが、プラット…この舟の生命体も俺と同じように処置が施されていて、物質の格納と転送を行えるのだろうか。やろうと思えば俺自身に格納も…できた。精神感応というやつなのだろうか。改めて思う…アクトレスはこれをよく使いこなせるな…。

 調子に乗って果実の回収と収納を繰り返していると、身体の重量感が増していき…気付けば身動き一つとれなくなっていた。流石に重量制限はあるようだった。慌ててプラットの中へと果実を送り返すと、新たな発見をする。プラットの中に置きっぱなしだった果実と、自分のインプラントに格納した果実とで、劣化具合にかなり差が出ていた。自分のは少し色が変化してきたが、プラットのはまだ瑞々しい新鮮なままだ。プラットの内にしまっておいて、必要な時に取り出した方がいいらしい。

 そして当たり前ではあるが、プラットに乗って移動する方が疲れないし、空腹や水分の消耗を抑えられる。どうやらプラットは黒いベリーを体内でペースト上に磨り潰し、その状態で飲料として消費しているらしい。俺に配慮しているのかもしれないと思って他の果実を勧めたが、未消化のまま糞となって出てきたからには本当にそれしか食べられないのだろう。悪い事をした。兎も角、彼は食事から得る水分で事足りるらしい。便利な体をしていることだ。

 研究に時間を費やしていると、また日が暮れようとしている。…シェルターを作るのを忘れていた!避難できそうな段差もない!…火は焚いとくから頼んだぞプラット…

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 何事も無く、朝が来る。夢枕に誰かが出てくることも無く、顔に当たる朝日で目が覚める。やはり肉食恐竜も夜目は利かないのだろうか?夜行性は恐竜を掻い潜るために哺乳類が身に着けた能力だとも言う。…哺乳類が居ない前提で話を進めるのもどうなのだろうか…ドードーは有史になってから滅ぼされたから取り沙汰されるのだ。ならば別に哺乳類が居てもおかしくはない。ホラアナライオンとかニホンオオカミとかいたらひとたまりもない。

 そういえば、精神感応で思い出したのだが、来弥がカエルを使役したり、えりが動物と会話したりできるのは測定結果によればエミッションで動物と精神感応を起こしているらしい。俺にどのような処置が施されたか定かでは無いが、恐らくはエミッションに近い何かが備わっていることになるのだろう…。俺にこの力を与えたエイリアンが仮にシャード船団と接触してくれれば…いや、どうせろくなことになりやしない気がした。

 それよりもシタラ達もこの地に放り込まれたのなら、俺のようにうまくやれているだろうか…。ジニー以外、お世辞にもサバイバルが出来るとは思えない…捜索を急がなければならないだろう。故に足が手に入ったのは有り難い。

 その為にも拠点作りを急ごう。台地だから材木を探すには少し動かなければならないが、荷運びにプラットを酷使すれば工期は大幅に短縮できるだろう。…恨むなら人懐っこい性分を恨んでくれ。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 半日でこれを仕上げた己の底力を讃えたいが、何をするにもプラットありきだ。プラットが衰弱していないといいのだが。恐竜の体調なんて見てもちっともわからない。

 ちょっとした小屋と、高床式の倉庫、ついでに作業場まで作ることができた。作業場といっても平坦な足場があるだけだが、いずれ設備が増えるといいな。

 へとへとで仮設のベッドに倒れ込み、小屋の覗き窓から辺りの景色を見れば、幾分か安息感を得ることができた。雨風をしのげ、直射日光を避けられる空間があるのは思っていたより効果があるようだ。そのうちプラットにも小屋を作ってやらねば。

 にしても、石材を集める際に石器を石に叩きつけると、やけに火花が飛び散っていた。火打石を使っているにしたって、金属もないのに妙だった。暇つぶしも兼ねて、手頃な石を打ち付けて試していると、火打石と普通の石の組み合わせがよく火花が散ることがわかった。一歩間違えば小屋が燃えそうだが、そうなる前に突き止められたのは嬉しい。

 日が暮れてやることも無いので、良さげな石材から簡易的なすり鉢とすり棒を作って、石を混合してみることにした。結果から言えば、大いに困惑した。火薬のように爆発的な反応をせず、ゆっくりと炎を出して燃焼する粉になったのだ。それも、わらや木材よりよっぽどよく燃える。この世界の石は可燃物なのか?常識を疑うところから始めなければなるまい。この粉末の炎で肉を焼いてみれば、普通に美味であった。硝酸カリウムを助燃剤にした何かしらの可燃物が…?などと考えても仕方ない、俺はそういう畑の人間ではないのだ。少なくとも燃素とかではないはずだ。

 今日は戦闘らしい戦闘もなかったのに、疲労で眠気が訪れる。今夜も何もないと良いのだが。というよりは、何かあっては賽の河原なのだ…。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 鳥のような、獣のような、なんとも耳慣れぬ鳴き声がする。木に何かがぶつかる衝撃で叩き起こされる。あまり想像したくはないが、やはりダメだったようだ。武器を先に作っておけばよかっただろうか…とても木の槍では心許ない…。細心の注意を払いながら戸を開けると、家に打ち付けられ横たえた獣脚類の死体と、裂傷と血に塗れ息も絶え絶えのプラットの姿があった。最悪だ。本当に賽の河原になりそうだ。最悪だ。最悪だ。…ん?

 何ということだ。本当にこの地では常識が通用しないらしい。血塗れだったプラットの身がずぶずぶと癒えていく。度し難き速度だった。そう言えば、俺自身も肉を食えば腕の傷が癒えていたが…プラットはあのペーストしか食べていないはずだ。所持品を確かめると、その通りペーストが消え失せていた。ペーストの原料はあの麻酔作用のある黒い果実だが…麻酔だけでなく、傷を癒やす作用があって、麻酔に耐性のあるプラットはその恩恵のみにあやかれる、ということなのだろうか。いずれ設備が整ってきたら、あの果実から治癒効果のみを引き出せるようにならないものか。研究する価値はありそうだ。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 プラットの傷がある程度癒え、残りの傷を癒やすため、プラットの食料の確保のために草を食ませる。その間に、先程の獣脚類の死体を確かめる。いわゆるラプトル、ドロマエオサウルス科のようだが、俺の倍近い、熊のような図体を持っていた。ええと確か、ユタラプトルだったか?アキロバトルか?何だっていいが、とにかく戦えるといえど三畳紀の原始的な竜脚類のプラテオサウルスには荷が重い相手だったようだ。プラットのように飼い馴らせたら心強いが…俺はムツゴロウにはなれそうにないぞ?

 いや待て、プラットは手渡しで食料をあげたら懐いた。肉食動物にそれをするのは確かに自殺行為だが…無力化した上ではどうだ?都合のいいことにプラットは麻酔を濃縮してペーストにできる…乱暴な方法になりそうだが、やってみよう。

 

「飯をくすねてるようで悪いが…力を貸してくれ」

 

 プラットがかなりの量のペーストを作ってくれたので、待っている間に拵えた矢にそれを塗りたくる。もちろん弓もセットだ。弓道なんてやったこともないし、弓を使うアクトレスは美幸がいたが、指導した訳ではない。つまりド素人が流鏑馬をせねばならないのだ。見るからにすばしっこそうなラプトル相手に?嘘だろおい。いやまだ、手はある。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 遠目に観察していると、ラプトルは2、3匹で群れて行動しているようだ。これでは余計に無理だ。仮に寝かせられても寝かせた途端に残りの飯になるだけだ。うまいこと分断させるか、はぐれ個体を探さねば。

 都合が良すぎるにも程がある、と言うべきなのか。それとも過酷な野生故にままあることなのか。群れからはぐれた個体を見つけるのに時間はかからなかった。近くにある死骸からして、トリケラトプスを狩るのに多大な犠牲を支払ったらしい。

 だがそんな事はお構いなしだ!プラットに跨って駆けると、三叉の革紐に小石を取り付けたもの、ボーラを振り回し、遠心力を持たせる。まるでカウボーイだ。

 こちらに気づいたラプトルが突っ込んでくるのを見て、すかさずボーラを投げつけるとそれは脚に絡みつき動きを止める。とはいえもがき方からして破られるのも時間の問題だろう。麻酔を打ち込まなければ。頭ならよく効くだろうか?

 矢を数発撃ち込めば、段々とラプトルの足取りが鈍くなり、やがて倒れ込んだ。駆け寄ってみれば、息はしている。上手く生け捕りに出来た!与える肉は…そこのトリケラトプスでいいか。初めて見るのが死骸になるとは、残念だ…

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 与えた肉をラプトルは寝ぼけ眼で貪り続ける。しばらくその作業を続けていると、ついにラプトルが目を覚ました。そして攻撃するでもなくこちらを見つめ、恐る恐る触るも抵抗をしなかった。どうやら目論見は成功したようだ!ラプトルを飼いならせた!

 種類は結局雌のユタラプトルらしく、プラットと同様にインプラントから健康情報が脳内に投影される。予想はできていたが、プラテオサウルスと比べると攻撃的で俊敏ではあるが打たれ強さ、荷重では劣るようだ。

 ラプトルといえば群れで狩りをする。一匹だけじゃ意味は無いよなと思いながらも、まずは貴重な第一歩を喜ぶことにした。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 肉食恐竜の利点を早速だが見つけた。狩りをさせられるのだ。

 口笛を合図に敵へと突撃し、無事仕留められればそれを捕食し、戻ってくればプラットから果実を取り出す要領で肉と皮を取り出せる。要は凄まじくダイナミックな鵜飼いだ。肉も皮も案の定汚れてはいなさそうだった。解体の手間が省けるのは嬉しい。

 足代わりにしたかったのだが、どうも自分が乗ってはパフォーマンスを損ねてしまいそうだ。一応鞍は作る。どうも鞍があると防具代わりになるらしい。彼女のお陰で皮集めが捗り、鞍はすぐに作成へと取りかかれた。…名前、どうしようか。チャーリーとでも名付けようか。凄まじく縁起の悪い名前な気がするが、ふと頭に浮かんでしまったのだからしょうが無い。誤射で死なすのだけは避けよう。

 さて、ラプトルが相手だったから良いものの、二日目に目撃したスピノサウルス級の巨大肉食獣はどうしたものか。肉食でなくたって、草食でも警戒心から食べ物を受け取らなかったり、それどころか攻撃をしてくるものだっているはずだ…しかしプラットが一日に生産できるペーストの量には限りがある…どうにか手作りで再現できないものか。

 物思いに耽りながら散歩をしていると、低く唸るような咆哮が家の北から聞こえてくる。こうも陽射しが強いと太陽と影で大雑把ながら方角は理解できる。

 プラットに乗ってその方角へと向かうと、住まいのある高台から北の崖の下にはマングローブの生い茂る沼地が広がっていた。そして、そこには大きなヘビやワニといった生き物がひしめく地獄のような場所で、更にはそれらへと見境なしに襲いかかる大きな爪を備えた巨大な恐竜の姿が。

 

「なんだよあの化け物…気づかれたくねぇ…」

 

 思わず声に出る。大きな爪を備えた強靭な前腕に、特徴的な背から腰にかけての隆起を備え、長い尾で体重のバランスを取った、先程の咆哮の主と思しき巨大な恐竜。テリジノサウルスにしては後ろ脚が長く、恐らくはデイノケイルスとかだろう。…仮定をした途端に出てくるのをよしてほしい。ただただ敵とみなした存在を殺戮して回る、超攻撃的な巨大草食恐竜ということだ。あの興奮具合では麻酔が効くのかすら怪しい怪物だった。

 こんな化け物相手ではプラットもチャーリーも一瞬で物言わぬ肉塊にされ、自分もその仲間入りとなることだろう。半狂乱といった具合に蛇をぶつ切りに引き裂くのを尻目に、急いでプラットに撤退するよう鞍を駆る。ラプトルには果敢に立ち向かったプラットだったが流石にアレには戦意喪失したようで、待ってましたと言わんばかりに脱兎の如く逃げ出してくれた。…真っ向に立ち向かうにしても、奴の恐ろしい咆哮で戦意を失わない恐竜を確保するところから始めないといけないらしい。

 …なおのこと、麻酔を量産する術を見つけねば。奴が支配する北の沼地を越えないと、シタラ達を探すなど不可能なのだから。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

『ああ、もう!どうしてヘレナは変な場所に転送するんですか!この辺りはティラノサウルスが出る場所じゃないですか!』

 

『…あれ、あの黒くてひょろ長いの…どう見てもティラノじゃないですよね?』

 

『分析完了…カルカロドントサウルス?あんなの、ヘレナがいた頃にいました?』

 

『ああそうじゃない!誰か襲われてる!F××k!どうにかして助けないと!ターゲットかもしれないのに!』




ほぼ半年ぶりの投稿になってしまいました。悲しい事に宙ぶらりんの身になってしまったが故に書く時間ができてしまった。
求職中で生活が安定しないのでこれからも不定期連載になります。

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