遭難から七日目。一週間が過ぎようとしているが、未だに成果は芳しくない。時間が経てば経つほど、彼女らの生存は危ぶまれるというのに。これではファティマにも合わせる顔がない。一度に親友を三人も失ったとなれば、いくら彼女と言えど正気の沙汰ではいられないだろう。…真理みたいになったファティマか、嫌だなあ…。
極地派遣にはリソース管理の要素も伴う。平時なら気にしないのだが、ファティマとジニーは互いに張り合っているのか、或いは参考にしている型が同一なのか…武器がだいぶ違うにも関わらず役割としては非常に競合している。そこで自分は、動作が大振りで防御面が疎かになりがちなファティマをアサインせず、三人のみで出撃させたのだが…こんなことになるとは。
トライステラにファティマが加わって色々あったように、膠着状態の状況を打ち壊すような出会いが…ないものか?
◆ ◇ ◆ ◇
セギーの傷もだいぶ癒えてきたので、丘の上に再び繰り出す。セギーの爪は鉱石をも切り裂くことが可能だった。ツルハシいらずとは恐れ入った。だいぶ無茶をさせているにも関わらず、セギーの爪は大変丈夫で、ダメージらしいダメージを確認できなかった。ようやく原始人から金属器時代に入れると思いつつ、この金属は何なのだろう、とも思う。
一見、鉄のようではあるのだが、鉄ばかりがこんな豊富に使えるのだろうか。それもただ炉に放り込んだだけで精錬できてしまうなど。鉄を作り出すための先人たちの苦労はどうなっているのだ?鉄を含有しているだけの何かか…少なくともすべてがすべて鉄だとは考えがたい。
金属と一緒に水晶も採掘できた。非常に透き通っており、加工すればレンズとして使えそうでもあった。セギーもそろそろ積載の限界だから、一旦持ち帰るついでに偵察のために望遠鏡でも作ってみるとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇
金属片で削り出した水晶のレンズを筒にはめ込んだだけの簡易的な望遠鏡だが、案外勝手は良さそうだった。試しに辺りを見回そうとすると、キー、と鷹のような鳴き声がする。とっさに望遠鏡を鳴き声がした方角…東に向けると、東の上空から見たこともない巨大な鷹…鷲がこちらめがけて羽ばたいている。セギーに跨がり弓を構え来襲に備えようとすると、裸眼でよくよく見ればあの鷲は革と金属でできた人工物…鞍を纏っていて、跨がり手綱を握る人影のようなものが視認できた。
「武器を下ろせ!悪いようにはしない!」
そう叫ぶ騎手らしき男に従ってセギーから降り、弓を下ろすと、男はこちらめがけて大鷲を降ろす。正直あれがブラフで襲いかかられようものならひとたまりもない。セギーが万全だったならば鞍ごと切り裂いただろうが、まだ完全に傷が癒えている訳ではない。草食動物は傷の治りが遅いのが玉に瑕だ。
「む…」
男は怪訝そうにこちらを見つめる。きっと自分と同じことを考えていたであろう。まさかこのような地で出会った人間が、自らと変わらぬ東洋…それも日本人のようであったからだ。そもそも日本語が通じているのも不思議だ。
「お前、名前は?」
男に問われるも、返事に困る。戸籍上の名前はあることはあるが…大分でっち上げたからなあ…。
「俺に名前など無い」
「名前など無い?そんなわけがないだろうが…インプラントを見せてもらおうか」
男に言われるがままに左腕を突き出すと、インプラントが発光し、立体映像のウィンドウに文字列が投影される。
『サンプル#:72513092 固有ID:C縺ゅ?繝√Ι 性別:M 生存指数:未定』
「…参ったな、まさか本当に名前がないとは…だいたい固有IDとして記録されているものなんだが…」
「…固有ID?」
男はこの地の理をある程度知っているようだ。情報を聞き出さねば。にしても、本当に名前がない扱いだとは。
「まあ良いだろう、バグが全く無いわけではないと報告もある…ならお前はレンと呼ぼう、縺ってあるんだからしょうがないだろう」
質問には答えず、勝手に納得された。本名のようなものはアクトレスたちにも教えてないし、自分で考えるのも癪だったから都合がいい。この際レンで構わない。
「好きにしろ。…であんたは?」
「俺は…トモシゲだ。叡智の智に重ねるの重で、智重だ。…漢字、わかるんだな?」
智重というらしき青年は、二十代中頃といった感じで、黒い髪を短く切り揃えていた。無理やりぼさつかせているようだが、どうも重力に正直になりたげだった。背格好は細身の筋肉質で、自慢ではないが190cmを越す自分よりは低いが、それでも180cm前後と日本人にしては高めだった。なめした革を鎧にしていて、自分よりもこの地に慣れているのは間違いない様子であった。
「まあな、俺も一応日本人だ。…もしかして、そうじゃないのも?」
「…レンお前、俺が初めての接触者か?良いかよく聞け」
智重は一息整えると、おほん、と咳払いした後、口を開いた。
「この島にはな、世界中どころじゃない。あらゆる時代の人間が、古今東西から集められているんだ。どんな術を使っているか知らないが、現実としてそうなんだ。そして不思議なことに、会話は通じる。どうも聞き手の言語で受け取られるようなんだが、漢字なんて概念、皇国か支那か朝鮮にしか無いからな」
彼に悪意はないのだろうが、擬似的な2010年代の人間としては眉を顰めるような呼称が連続した気がする。つまり彼はその時代の人間というわけなのだろうか。
「…おっと失礼。未来では使われていないのだったな。とにかく、古代ローマに19世紀の英国とか、それから後漢に21世紀の豪州とか、探せばもっといっぱい出てくると思うぞ?」
「そうなのか…と言われても、あまり実感がわかないんだが」
「じきにわかるさ…少し付き合ってもらうぞ!」
男が大鷲に飛び乗ると、大鷲が俺の体をがっしりと掴む。そしてそのまま飛翔し、宙吊りにされてしまう。嫌な浮遊感を味わうしかない状態だ。
「おい!何のつもりだ!」
「さっきも言ったが悪いようにするつもりはない!大人しくするんだな…落ちたくはないだろ?」
大鷲が飛んでいくのは、彼らが来たのと同じ方角だ。大方拠点にでも連れて行かれるのだろうが…にしたって生きた心地がしない。
◆ ◇ ◆ ◇
やがて、石造りの外壁が取り囲む、2,3件の建物が並んだ町が見えてくると、そこの中へ大鷲が高度を下げていく。やがて地面スレスレになると俺を離し、近くに大鷲も着地した。
「こちら智重だ!西の新参を連れてきたぞ!」
「でかした!」「ベッドの空きはあるよ!」
ひときわ大きな石造りの建物が、様々な声で湧き上がる。いわゆるタウンホールとでも言うべき施設なのだろうか。篝火で建物と道が照らされ、素朴ながら久しく見ていなかった文明を感じる。
「案内する…詳しい話はそこでしよう。偵察を送ったからお前の家のことは心配するな」
智重に連れられてタウンホールへと向かう。タウンホールの出入り口から少し先には鍋がかけられていて、食事はそこで行うようである。一階は沢山のベッドが置かれていて、作業場と兼用の宿舎のようだった。そして階段を上がって二階へと向かうと、長机に椅子が並んでいて、壁にはこの島らしき地図が張ってあった。作戦会議を行う場らしい。
「よう、新入り!」「歓迎するよ!」
賑やかな雰囲気を見せる智重の仲間と思しき十余の人々は、たしかに彼が言う通り多種多様な人種で構成されていた。産業革命以前の生活基準のようだったから、彼らの時代までは推測ができなかったが。智重に促されて着席すると、向かいに智重も着席した。
「さてレン。この島では、こんな風に人々が身を寄せ合って過ごすのが定石みたいでな。トライブと呼ばれてる。この我々のトライブは明星会という。俺が興した」
智重は自慢げにニヤリと口角を上げると、一区切り置いて話を切り出した。
「そして、トライブがいくつもできれば、やがてトライブ間で戦争が起こる。理由は水だったり、資源だったり、まあいつの世も変わらないみたいだ。そこでだ。他のトライブに入られる前に、お前を引き込みたい。正直に言わせてもらえば、鉱山に住みやがってからに。俺たち明星会もたまに掘りに行ってたし、すぐ狙われるから誰も住んでないだけだぞ?」
「…………」
勧誘されるのは周辺の態度からわかりきっていたし、この島に定住するつもりはないから断るつもりでいたが、理由まで聞かされるとその決意が揺らぐ。今まで誰とも出会ってこなかったのは、ホットスポット故に誰も住もうとしていなかったからだったとは。
「智重さーん、どしたんですー?」
どうするべきか悩んでいると、そんな苦悩を横から蹴飛ばすように、間延びした非常に聞き覚えのある声がした。まさか。
「係争地に住もうとしてる者を見つけたから連れてきた。絶賛勧誘中だ」
「智重さんリクルート好きですねぇ…まあわたしを拾ってくれたのもそのおかげだけ…うぇええええっ!?」
非常に聞き慣れた、素っ頓狂な叫び声。振り向けば、非常に見覚えのある、色黒の肌。小柄な背丈に似合わぬ発育の少女が、そこにいた。
「なんだシタラくん、知り合いか?」
「ととと智重さん、隊長だよ!ほらっこの人が!隊長!」
「シタラ!?今シタラっつったか智重!?」
思考がかき乱され、頭の中がぐちゃぐちゃになるのを感じる。智重も事態を理解しきれていないようで、きょとんとしていた。
「あー…ええと?つまりこいつが、お前の言ってた上官、なのか?」
「そうだよっ!ああ良かった…一人ぼっちだと思ってたよぉ…」
シタラも着席した。俺の隣であった。繊維で編まれた布の、最低限の服を身にまとっているようだった。
「…なら良かったじゃないか。お前の知り合いが、既にうちにいるんだろう?断る理由はないよな?レン」
智重が右手を差し出す。なあなあでその右手に応えようとした時、ふと頭の中にある可能性がよぎった。
「…すまない。一緒にはいけない」
「…どうしてだ?」
快諾されるであろう右手を断られた故か、智重が不快感をあらわにする。多少手荒とは言えこの世界について教えてもらうなど親切にしてもらい、シタラを保護してもらっていた手前、恐ろしく不義理な返答をしているのだ。
「悪いが智重、俺の部下はシタラ一人じゃないんだ。…あと二人いる。もし仮に、あんたたちと敵対するトライブの一員になっていたら…」
シタラたちが争う立場になる。その未来を避けたい一心で、とんでもない決断をしてしまったのだと後から理解が追いついてくる。無謀がすぎると後から欠陥が浮かび上がる。
「確かにな、そういう可能性もありうる。だがそれこそ、引き抜けばいいじゃないか?お前の部下なんだろ?」
「ああ。だから引き抜くんだよ、シタラを。俺達で新たにトライブを興す。そして他の二人も、迎える。西の鉱山を俺達の拠点にして中立の場を設けて、明星会には鉱石資源の採掘を許可する。それでいいだろ?」
「お前、何言ってるかわかってるのか?言ったろう、あそこは係争地だと。お前はともかく、彼女までも危険に晒すつもりか?」
痛いところを突かれる。無論、ここに居たほうがシタラは安全だろう。何より人数が段違いなのだから。シタラだってきっと、ここに居たいはずだ。
「た、隊長…わ、わたし…」
談笑しようと思えば険悪な空気になったからか、シタラは重圧に耐えかねている様子だった。挙げ句俺に無茶振りをされて、裏切り者になるかもしれない状態なのだから。致命的な采配ミスだ。沈黙は続く。例え仲間の危険を省みぬサイコパスだと思われようが、今できることはさぞ自信ありげに表情を取り繕うのみだ。
さあ、シタラはどう出る?仮に断られたとしても、改めて彼女を迎える算段を整えれば良いのだ。無事ならそれでいい。
「…智重さん!今までありがとうございました!わたし、隊長と行くよ!」
係争地に中立地帯を作るという無茶振りを、シタラは承諾してしまった。信頼してくれているのは嬉しいが、こうして彼女を危険に晒す決断をしてしまったことを悔やんでももう遅い。立ち止まることも振り向くことも、もう許されなくなった。こうなればもう、突き進むのみしか無い。迷いを見せれば、彼女を不安にさせてしまうだけだ。これまで幾度腹芸をこなしてきたと思っている!
「…というわけだ。あんたたちは好きにあの丘に掘りに来て構わない。その他の物資については通商を行おう。それでいいか?」
「…あーっはっはっはっは!面白い!確かにお前は彼女らの将のようだな!良いだろう、条件を呑んでやろう…みすみす基地を作ってから、簡単に乗っ取られるんじゃあないぞ!ここはそういう土地なんだ!」
無謀すぎる決断に最早、智重は大笑いするのみだった。中立とは言ったが、シタラの心情的にも、こちらからは同盟として扱いたいところだ。あちらがどう思っているかはさておいて。
「シタラくんが荷物をまとめる時間も要るだろう。今夜は泊まっていけ。夜が明けたら送っていくから、次に来るときは勧誘のできない訪問者として扱わせてもらう。夕飯も食っていくといい」
勧誘を断られたどころか、一人トライブを抜けるとなっているのに、智重以外のトライブの面々は割ともてなしてくれる空気であった。それはシタラがまだ仲間ではなく、客として扱われていたことも示しているようで。だから、シタラが俺に付いていくと決めて、肩の荷が下りたという側面もあったのかもしれない。とはいえ、彼らがシタラと談笑する様を見ていると、短期間で打ち解けて親しみを抱いていたのもまた事実のようであった。万に一つ、シタラに何かあれば彼らも悲しませてしまうのだ。
夕食と言っても変わらぬ焼肉とベリーであったが、それらを食べていると智重が近寄って、耳打ちしてきた。
「…実のところだな、確かにあの鉱山は係争地だが、我々が相手してきたのは興亡の激しい小さなトライブが中心でな。大きなトライブはここから北東の山岳にいる、ノウム・レギオとやらに、西の海岸にいる、レッド・ジョーとやらしか知らないんだ。それと、北の沼地を越えた先のレッドウッドの森は大変危険で、定住しようというものは居ないんだ。だから、以北の調査は難航していてね…忠告はしたぞ?」
夕食の後に見た地図によれば、俺が家を建てた鉱山はちょうど東西の真ん中に位置するようだった。手持ちの紙に地図を可能な限り写すと、今夜は眠ることにした。簡易的なベッドを並べて雑魚寝状態とはいえ、アクトレスと眠るのはなにげに初めてだな…。安全を保証された環境で、久々に深い眠りにつけそうだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「明後日には金属を掘りに行くから、早速野垂れ死にしたりはしないでくれよ!」
あの大鷲…アルゲンタヴィスと呼ぶらしき鳥に運ばれて小屋に戻ると、去り際に割と最低な挨拶を浴びせられる。しかし、ここは金属資源が特に豊富らしい。しばらくは採掘権を譲る形での交渉が続くだろうが、いつか精錬設備をより発展させ、大量生産が可能となれば、加工済みの金属製品で取引をするのも不可能ではないかもしれない。というか、そういう目論見でもなければ金属資源を独占するような位置に陣取る旨味がない。
…であれば、トライブ名は一つしか無い。
「なあシタラ…トライブ名考えたんだが…『成子坂製作所』で良いよな?ここに工場構えるんだ、そんでもって既製品を売る」
「良いね!それ賛成!でさ隊長、わたしここで何すればいいんでしたろー…?」
遭難前とさほど変わらぬ調子でおどけてみせるシタラだが、無理をしていないわけがないだろう。さて、三人で一番臆病な彼女は、この残酷な世界にどれだけ順応してしまっただろうか…そういう自分も、もっと智重から情報を引き出しておくべきだったな…。
◆ ◇ ◆ ◇
照明の反射を抑え込むらしい、半光沢の材質の壁に囲まれた、薄ら暗い部屋。自分は、そこの機械を弄って、何か書類を作っているようだった。青く光る画面に、状況を示す画像と文字列が並んでいく。
『お邪魔するね』
そんな作業をしている中、不意に戸が開く。とても慣れ親しんだ、軽薄そうな声がする。ああ、彼女の声だ。長い髪が靡いた。
…誰だ?
まさかの恐竜要素ないです。