ウマ娘 クリスマス合同   作:ウマ娘 クリスマス合同

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『過去作』
【「マスター。恋とは一体なんなのでしょうか?」】
https://syosetu.org/novel/265075/

【グラスにキャバクラの名刺が見つかった】
https://syosetu.org/novel/272779/


【みっつの告白】 ─ 『ブルボン、デジタル』作:アグネス・ゾンビ・デジタル

「デジたんもこっち来て良いんだよ?」

「い、いえ! あたしはただの壁なのでお気になさらず!」

「ステータス『尊み』を検知、でしょうか?」

「まあ間違いなくそうなんだろうな……」

 

 ──現在俺が担当しているのはサイボーグウマ娘ことミホノブルボンと、スーパー万能オタク娘ことアグネスデジタルである。

 

 今日は朝から夕方までのハードなトレーニングをこなし、一度トレーナー室へと戻ってきて今はブルボンの乱れた髪を櫛で梳かしているところだ。

 トレーナー室の真ん中に置かれた長机と、それの周りに置かれた椅子に座るブルボンの後ろに立って、ふわふわで触り心地のよい髪を撫でるように梳かしていく。

 髪に触れるたびぴくりと反応する耳を見ていると、そちらも触りたくてうずうずしてくるのだが、そこはしっかりと自制心を保つ。

 そんな俺たちを、部屋の隅から瞳をきらきらと輝かせてデジたんはじっと見つめている。

 時折り「ぐわぁ〜っ」とか「ハワ〜…!!」とか「むほぁ〜〜っ!!」とか奇声を発しながら。

 

「いや壁にしてはやかましいな……」

「ささっ! 続きをどうぞ!」

 

 そう言われてももうブルボンの方はお終いなので、ブルボンの隣の椅子を引いてデジたんの方へと視線をやった。

 

「ほれ、次はデジたんだ」

「へ!? あ、あたしは構いませんので……」

「そうやっていつも断ってきたじゃないか。俺に手入れされるのはそんなに嫌か?」

「そ、そういうわけでは……。ただ、その……恥ずかしいといいますか、あたしは推す側であり推されることには慣れていないといいますか……。い、いえ、別にトレーナーさんがあたしのことを推しているわけではないというのはわかっているのですが……」

 

 先ほどとは打って変わり、俯いたまま小声でもにょもにょとなにかを言っているデジたんにため息をついて、ブルボンに目だけで語りかける。

 やんわりと説得してくれないか──と。

 俺の視線に気づいたブルボンは小さく頷き、デジたんの方に視線を移した。

 

 さすがブルボン。

 なにも言わなくても伝わって──

 

「デジタルさん。マスターのご命令です。四の五の言わずに座りなさい!」

「ひょえ〜〜!」

 

 伝わってないんだよなぁ……。

 

「いやブルボンさん? もうちょっと言い方ってもんがですね……」

「コンプリート」

「してないんだな」

 

 ふんす、とどこか得意げに頷いたブルボンから目を逸らし、どうして良いかわからずに困り果てているデジたんを手招いた。

 少しの間迷っていたが、やがて決心したのかおずおずとこちらへ歩いてきて椅子にちょこんと座った。

 

「ゴムとリボン取って良いか?」

「……はい」

 

 返事を待ってデジたんの髪の両サイドを結んでいるヘアゴムと、中央につけられた大きなリボンを取る。

 ぱさりとほどけ落ちた髪を一度手櫛で撫でてから、俯いたままのデジたんの顔を覗き込んだ。

 

「へぇ!? な、なななんですか!?」

「いや、やっぱりデジたん髪ほどくと美少女だよな。ほどかなくてもだけど」

 

 そう揶揄うように笑って言うと、デジたんは大袈裟に耳を後ろに倒し、尻尾をあちこちに動かしながら否定するように叫んだ。

 

「そ、そういうのはブルボンしゃんに言ってあげてくださいっ!」

「ブルボンに? 言ってるぞ、いつも。な? ブルボン」

「──いえ、マスターが私に対して『美少女』と言った回数はゼロです。ただ、『おもしれー女』はこれまでに532回です」

「ほら、言ってるだろ?」

「全然違うんですけど……」

 

 そんなくだらない会話を三人でまわしながら、左手でデジたんの髪に触れて右手に持った櫛で優しく梳かしていく。

 ブルボンのふわふわ頭と違い、デジたんの髪は毛先に少し癖があるだけで全体的にはさらさらしている。

 ただ、こちらも同じように髪に触れるたびにぴくりと耳が反応して面白い。

 

「ていうかトレーナーさぁん……。髪の手入れくらいなら自分でできるのですが……」

「良いじゃんか。スカラシップってやつだよ」

「スキンシップです、マスター」

 

 髪を梳かしている間、ブルボンは比較的大人しいのだがデジたんは違うらしい。

 こそばゆいのか、時折り身を捩ったり尻尾で太もものあたりをぺしぺしと叩いてくる。

 だから気分を紛らわすために話を振ることにした。

 

「ブルボンの可愛いところについてディスカッションしていこうと思うのだが、どうだろうか?」

「マスター、それは──」

「いぇーい!!」

 

 ほんの少しだけ眉をぴくりと動かしたブルボンは恐らく困惑しているのだろう。それとは正反対に、唐突に切り出したというのにデジたんのテンションはぶち上がっている。

 

「では失礼して俺から……。まあなんといってもまず無表情なところが良いよな」

「ええ、ええ……っ! よきですねぇ」

 

 噛み締めるようにそう言って、大きく頷いたあとデジたんは「ですが……」と続けた。

 

「感情が無いわけじゃないんですよね。不意に見せてくれる微笑みは天使のソレですし、トレーナーさんは知らないでしょうがカフェテリアで食事をしているとき、トレーナー室でトレーナーさんを待っているとき、さらには自主練中でさえも、ブルボンさんは唐突に顔をある方向へ向けて耳だけをぴこぴこと動かしながら静止するのです! なにがあるのかとあたしもそちらを窺っているとですね、なんとそちらからトレーナーさんがやって来るではありませんか! わかりますか!? ブルボンさんは足音だけであなたを見つけることができるのですぞ!」

「オイオイオイ」

「デジタルさん……っ」

 

 「てぇてぇ……てぇてぇよ〜……!」と尊死しているデジたんと、その隣で眉をほんの少しだけ上げて頬を赤らめているブルボン。

 もちろん俺も尊みを感じているわけであり、興奮を隠しきれていない自覚はある……っ!

 

「雷が鳴ったら尻尾をとられると思っているところについては、どうだろうか?」

「純粋さが罪です! 震えながら尻尾を隠すように両手で抱え込んでいるそのお姿はまさに! ……なんと表現して良いのかわかりません! だってその可愛さ尊さ美しさを表現できる言葉なんてこの世にありませんから! ええ、ありませんとも!」

「いやぁ、まさにその通りなんだなぁ」

「──思考停止」

 

 このように俺とデジたんでブルボンの可愛さについて二時間ほどディスカッションした。

 ていうかこれ別にディスカッションじゃないし、喋ってるのほとんどデジたんだけだったわ。

 まあおかげでスムーズにデジたんの髪を梳かすことができたのでヨシとしておこう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 トレーナー室を出て、ブルボンさんと二人で寮まで向かっている途中、三歩前を歩いていたブルボンさんが急に立ち止まり、こちらを振り返って二人で話がしたいと言い出した。

 

「へぇ!? あ、あたしなんかで良いんですか!?」

「……? あなたでなくては意味がありません」

「うっ……!」

 

 わかってる。そういう意味ではないことはわかっているけれど、両手で心臓を押さえて倒れ込みそうになった。

 もったいなきお言葉……!

 

「明日はクリスマスです」

「はい!」

「私はあす、マスターと『デート』を実行します」

「え……」

「本来であればそんなことを報告する必要は無いのですが、あなたには伝えておくべきだと判断しました」

 

 ブルボンさんは相変わらずの無表情だったけれど、月明かりに照らされた頬がほんの少しだけあかくなっているように見えた。

 

「私は──マスターのことが『好き』です。マスターのことを想うと、ここが苦しくなります」

 

 そう言って、ブルボンさんは左の胸のあたりをきゅっと押さえた。

 相変わらず、表情は変わらない。

 

「その気持ちは、トレーナーさんにも伝えるのでしょうか?」

「はい」

 

 ……知っていた。

 これまでウマ娘ちゃんたちを推してきたあたしは、ウマ娘ちゃんたちの細かい癖なんかも知っている。

 ウマ娘ちゃんはもれなく全員大好きで、そこに順位なんてものは存在しない。

 でも一番近くで、ずっと見てきたのは間違いなくブルボンさんだったから、トレーナーさんに抱いているその好意にもなんとなく気づいていた。

 

「あたしには、なんの力も無いですけど……応援しています!」

「それで……良いのですか?」

「はい! ウマ娘ちゃんの幸せはあたしの幸せでもありますから!」

 

 どうしてそんな質問をするのか、どうして困惑しているのか。やっぱりまだまだブルボンさんのことはわからないこともあるけれど、ブルボンさんはぺこりと頭を下げて、「ありがとうございます」と言って踵を返した。

 動けないあたしはなにが引っかかっているのか……そればかりが、わからなかった。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 クリスマス当日、トレーニングは休みで、昨夜は同室のタキオンさんも研究資料をまとめると言って遅くまで起きていたこともあり、あたしも夜更かししてウマ娘ちゃんたちのライブ映像を観ていた。

 だから、起きたときにお昼をまわっていたのも仕方のないことだと思う。

 

 ベッドから出て、歯を磨いて顔を洗った。

 制服に着替えると、お腹は空いているはずなのに足取りは重くて、時間をかけてカフェテリアまで移動した。

 

 昨夜から降り出した雪で、あたりは一面真っ白に染まっている。

 学園に向かう道中の路面も、立ち並ぶ木々も、トレーニングコースも……。この景色を見て最初に『銀世界』と表現した人とは、一晩中だって語り合えそうな気がした。

 それくらい美しくて、ひとりで見るには少し寂しかったから。

 

 

 

 

 

 カフェテリアに着いてすぐ視界に飛び込んできたのは、楽しそうに笑うトレーナーさんとブルボンさんの姿だった。

 ふたり向かい合って食事をとっている。

 きっとこのあと、街にでも出かけるのだろう。

 そう考えると、張り裂けそうなくらい胸が苦しくなって、あたしはなにも食べずに自室に戻った。

 

「おや、昼食をとりに出たのではなかったのかい? 随分早いじゃないか」

「あはは……。なんか、カフェテリアは混雑していまして……」

「ふぅン。なら、私と外食でもどうだい?」

「へ!? い、いえいえ、そんな畏れ多い……」

「なんだい、嫌なのかい?」

「と、とととんでもありません! ぜ、是非!」

 

 そうしてタキオンさんに連れ出され、向かったのは学園の近くにあるコンビニだった。

 そこでお茶やおにぎりを買って近くの公園に入り、ベンチにふたり並んで腰掛ける。

 小さな子供たちが、降り積もった雪にはしゃいでいる姿を眺めながら、先程買ったおにぎりのビニールを取って両手で持った。

 

「外食などと言っておきながらこんな寒い場所ですまないねぇ。どうも私は食に疎くてね」

「い、いえ! タキオンさんとご一緒なら北極でかき氷でもありがたく頂きます!」

「ククッ……。相変わらず大袈裟だな君は」

 

 タキオンさんは小さく笑って、温かいお茶を一口飲んでから「ふぅ」と息を吐いた。

 

「話したくないなら良いさ。だが、同室の君があまりにも落ち込んでいると研究に集中できなくてね」

「えっ……」

「いや、話したくないと言うよりは、認めたくないと言うべきか」

「あの、タキオンさん……?」

「トレーナー、さぁん……」

「へ!?」

「ククッ……。昨夜の君の寝言さ」

「────ッ」

 

 顔から火が出そうだった。

 寝言を聞かれていたこともそうだし、それがトレーナーさんのことだったなんて。

 どんな夢を見ていたのか覚えていないことだけが唯一の救いだったかもしれない。

 

「ぴえっ!?」

「ふぅン」

 

 唐突にタキオンさんはこちらに体重を傾け、右手であたしの左頬に触れた。

 

「異常な体温の上昇を感じるよ」

「そ、そそそそそそれは、タキオンさんが……」

「実験は終了かな」

 

 タキオンさんは身を引いて、袋からおにぎりをひとつ取り出すとすぐにビニールを取って口に運んだ。

 そのあと、「すっぱい……」と言って耳を前に倒しながら、なにも見ずに適当に選んで買ったことを後悔していた。

 

 食べ終わるとすぐにタキオンさんは立ち上がり、「帰ろうか」と言って公園を出た。

 

 帰り道に──

 

「寝言を言っていた君の寝顔がとても苦しそうに見えた。それが──答えなのかもしれないね」

 

 そう言ったタキオンさんの言葉が、頭の中でぐるぐるとまわっていた。

 

 

 自室に戻る気にはなれなくて、なんとなく、トレーナー室へと向かった。

 トレーナーさんとブルボンさんと、あたしの三人でいつも過ごしていた場所。

 これから先も変わらないはずなのに、長机の、いつもの席に座ってトレーナーさんたちの席を見渡すと、なんだかやけに広く感じた。

 

 トレーナーさんの楽しそうな声と、無表情でいてどこか少し弾んだブルボンさんの声は聞こえない。

 

「でも、幸せになってほしいから……」

 

 暖房の音と、机に突っ伏したあたしのくぐもった声だけが部屋には響いていた。

 

 

 

 

 

× × × 

 

 

 

 

 

「俺と組んでトゥインクル・シリーズに挑戦しよう!」

「……はい?」

 

 ──出会いは唐突だった。

 

 今日も今日とて壁に徹し、ウマ娘ちゃんたちの尊いお姿をこの目に焼きつけていると、真後ろから声をかけられた。

 振り返って確認すると、スーツ姿の男の人が笑顔で立っている。ネクタイはだらしなく緩んでいるし、シャツは二つ、上着のボタンは全部開けっぱなし。

 

「ど、どちら様でしょうか?」

「わかるだろ? トレーナーだよ。君をスカウトしてるんだ」

「……ナゼ?」

「そりゃあれだ、俺の直感てやつだね。身体は小さいが、良い脚だ。……俺の担当ウマ娘にならないか?」

「ならない」

「見れば解る、お前の強さ。変態だな?」

 

 もちろんあたしは断った。あたしがこの学園に求めているのは自分以外のウマ娘ちゃんだったから。

 そう、あたしが入学したのは推しを間近で感じるため!! 推しの『最高の瞬間』を感じるために、あたしは今ここにいる!!

 

 なのに──

 

 

「トゥインクル・シリーズって凄いんだぜ!」

「知ってます」

 

 

 

「俺と君ならルドルフだって超えられるよ!」

「なに言ってるんですか!? 良いですか! ルドルフさんはですね……」

 

 

 

「おーい、デジたーん。一緒にトゥインクル・シリーズで走ろうぜー」

「なぜ寮にまで!?」

 

 

 

 ──諦めてくれる気配は全くといっていいほど無く、いつまでも付き纏われた。

 この学園にはあたしなんかよりも凄いウマ娘ちゃんたちがたくさんいる。むしろあたしよりも凄いウマ娘ちゃんしかいないまである。

 だからあたしは、教えてあげることにした。

 

 

「……で、このウマ娘ちゃんはですねぇ──」

「うっ……意識が……」

 

 話し始めた頃はまだ太陽も高く、眩しすぎるくらいだったのに、いつの間にかとっくに陽は沈んで辺りは真っ暗になっていた。

 

「一息入れましょうか」

「頼む……」

 

 トレーナー寮の、トレーナーさんの自室は思ったよりも綺麗で私物も少ない。

 服装がだらしないから部屋も汚いのかもしれないと覚悟していたけれど、それは杞憂だった。

 

「台所借りますね」

「ん。茶葉は棚の一番上に入ってるから」

 

 それを聞いて台所に向かい、棚の一番上に手を伸ばしたが、あたしの身長では背伸びをしてもぎりぎり届かない。

 

「ふぬぬ……」

 

 それでも精一杯身体を伸ばしていると、後ろからふわりと包むように左肩に手を置かれ、反対から右手が伸びてきた。

 

「ごめん、意地悪した。デジたんじゃ届かないよな」

 

 軽々と茶葉を手に取って、後ろからあたしの顔を覗き込んできたトレーナーさんは、揶揄うように笑っていた。

 

「な、ななななんですかっ!?」

「えー、そんな驚かなくても……」

 

 毛を逆立てて、心臓がバクバク言っているあたしとは正反対に、トレーナーさんは「ごめんごめん」と、軽くあしらうように笑った。

 

 

 

 

「ルドルフから貰ったお茶、美味いな」

「ええ、よきですねぇ……って、ルドルフさんから貰ったんですか!?」

「ん? そうだけど、そんなに驚くことか?」

「驚きますよ! 一体どういうご関係で!?」

「大したことないよ。前の相棒が、あいつだっただけ」

「それってもの凄いことなんですけど!?」

 

 まだ若いし、あたしなんかをスカウトするし、右も左もわからない新人トレーナーなんだと決めつけていた。

 でも、ルドルフさんと七冠を達成したのは、今目の前にいるこの人だった。

 

「どうして……」

「ん?」

「どうして、あたしなんですか? あたしなんかじゃなくて、強いウマ娘ちゃんたちをスカウトするべきだと思います。実績があるならなおさら……」

「他のウマ娘がどれだけ強くたって関係ないよ。俺は君と走りたい──初めて君を見たとき、そう思ったんだ。俗に言う一目惚れってやつ」

「────ッ」

「それに、デジたんは強いよ。俺が保証する」

 

 心臓が跳ねた理由も、苦しくなった理由もわからなかったけれど、そう言って柔らかく笑った顔を見て……自分の中の熱源を確かに感じた。

 服装だらしないし、恥ずかしいことも平気で言ってくるけど、信じてみても良いかもしれないと……差し出された手に手を重ねた。

 

「あとで期待外れだったとか言われても、返品とか受け付けませんからね……」

「あははっ、しないよそんなこと」

 

 触れた手の温もりは、ウマ娘ちゃんたちから感じるソレとは異なっていた。

 

 

 

 

 

× × × 

 

 

 

 

 

「ブルボンさん……」

 

 

 『私は──マスターのことが『好き』です。マスターのことを想うと、ここが苦しくなります』

 

 

「あたしも、苦しいよ……」

 

 これが『好き』なんだ。本当はずっと前から知っていた。こんなにも、苦しいことを。

 ウマ娘ちゃんたちを推している気持ちとは全然違う。

 推しのためならなんだってできる、ずっとそう思っていたのに……。

 

「やだ……。ブルボンさんにも、譲りたくない……。譲れないよ……」

 

 あたしの声は、誰もいないトレーナー室によく響いて、どこかへと消えていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「手袋とマフラーをしてこなかったのはエラーか? それとも、計算か?」

 

 別々に学園を出て、駅前の広場で待ち合わせをした。

 早く着きすぎた私より十分遅れてマスターはやって来た。

 

 冷え切った指先が赤く染まって、剥き出しになった首筋は痛いくらいに冷たかった。

 そんな私の首に、自分が巻いていたマフラーをくるくると結びつけて、マスターは揶揄うように口角を上げる。

 

「風邪でも引かれたら俺の責任問題になる」

 

 そう言って、つけていた手袋も外して私に差し出してくる。

 それから、断ろうと口を開きかけた私の頭にぽんと手を置いて、マスターは悪戯に笑った。

 

「理事長って怒ると結構怖いんだ」

 

 私はなにも言い返せなくて、首に巻かれたマフラーにそっと顔をうずめた。

 大好きなマスターの匂いがして、まるで包まれているような気分だった。

 

「『高揚』を感知……。マスター、ありがとうございます」

「ん。どういたしまして」

 

 待ち合わせの時間は17時で、私は16時に着いた。

 マスターは16時10分にやって来て、まだ7分しか経っていない。

 

「どうしようか? まだ店に入るには早いし……」

「17時30分にレストランを予約しています。料理を食べ終えたら1.2キロ先のイルミネーションに向かい、20時から観覧車に乗りましょう。ライトアップされた街を一望でき、良い雰囲気になるそうです」

「ほう、詳しいな」

「冬のデート特集全194ページ、インプット済みです」

「至極当然のように真顔で言っちゃうところが最高なんだよなぁ」

 

 手と手を擦り合わせて、マスターは息を吐きかけていた。

 「それにしても寒いな」と、小さく笑ったマスターの手を私は両手できゅっと握り、こちらに引き寄せて同じように息を吐きかけた。

 

「いや、照れるんだけど……」

「では、こちらをお返しします」

 

 そう言って、右手の手袋を外してマスターに差し出した。

 

「それだと……」

「そうすると、マスターは左手だけ、私は右手だけが冷えてしまいます。ですので──」

 

 私は、マスターの左手にそっと手を伸ばして、てのひらに指先で軽く触れた。

 

「そういうの、どこで覚えてくるんだ……」

 

 そう言ったマスターの感情は理解できなかったが、頬を少しだけ染めて、私の右手をきゅっと握ってくれた。

 

「マスター……」

「行こう」

 

 私の手を引いて、マスターは歩き出す。

 どこへ向かうのか、その背中に問いかけると、マスターはちらとこちらを振り返る。

 

「近くに割とよさげな雑貨屋があるからさ。ブルボンのことだし俺へのプレゼントも用意してくれてるんだろ? 俺も買っておかなきゃ……」

「いえ──」

「あれ、そうなの?」

「マスターに喜んで頂けそうな物を見つけることができませんでした」

「真面目すぎる。俺はブルボンから貰える物なら例えトレーニング後の使用済みのタオルだって良い。むしろ欲しいまである」

「理解不能」

 

 マスターの真意が理解できず、覗き込むようにじっと瞳を見つめていると、マスターは気まずそうに目を逸らして苦笑した。

 

 

 

 

 

× × × 

 

 

 

 

 

「これなんかどう? とりあえず一旦今つけてるやつ取ってみてよ」

 

 その言葉に従ってカチューシャを取ると、マスターは手に持った空色の、ベロアリボンのカチューシャを私の頭にあてて、ふっと柔らかく微笑んだ。

 

「うん、やっぱり似合ってるよ。……でもでもやっぱり今のやつが一番似合ってるしこれはナシか……?」

 

 顎に手をあて、少し唸ってからマスターは手にしていたカチューシャをもとの場所に戻そうとした。

 その手を掴んで、制止する。

 

「マスターが選んでくれた物です。私は、これが欲しいです」

「……なら、今日はこれをつけていてもらおうかな」

 

 その言葉通り、購入してすぐにつけ替えた。

 店を出てショーウィンドウに映った自分の姿を確認すると、たったひとつ変わっただけなのに、まるで自分が自分でないような気がした。

 吹き付ける風が冷たくて、心はぽかぽかと温かい。

 

「私からはこちらを」

「開けても良いか?」

「はい」

 

 小さな紙袋をマスターに手渡して、反応を窺った。

 

「これ……良いなって思ってたマグカップだよ。この犬のデザインがさ、なんだかブルボンに似てて愛らしくて……って、失礼だったか?」

「いえ。『嬉しい』、です」

「でもよくわかったな。俺がこれ欲しがってたって」

「何度も視線を送っていましたので」

「うそ、まじか」

 

 喜んでもらえたことに安堵していると、マスターは私の頭にぽんと手を置いて──

 

「ありがと」

 

 目を細めて笑った。

 

「────ッ」

 

 トレーニングや、レースの直後よりも心臓が音を上げて脈打っていて、苦しくて、あふれそうだった。

 その笑顔は『ずるい』です……と、そんな言葉を呑み込んで、私は視線を落としたままマスターと共に予約していたレストランへと向かった。

 

 

 

 

 

× × × 

 

 

 

 

 

「私は、マスターのことが好きです」

 

 ──暫く続いた沈黙が、不安だった。

 私はこれからもマスターの隣にいれるのか、それを早く知りたくて。

 でもマスターは振り返って優しく笑うと──

 

「そっか。ありがと」

 

 それだけ言ってまた歩き出した。

 

「…………っ」

 

 動き出せなかった。

 降り積もった雪が、その上に立つ私の足を凍らせてしまったみたいに、いつまでも動き出せなかった。

 数歩進んでから私がついてこないことに気づいたマスターはゆっくりと振り返り、私の名前を呼んだ。

 優しくて、あたたかくて……大好きな声で。

 

「……すき、です……。マスター……」

 

 届かないくらい掠れた小さな声は、降り積もった雪の中に埋もれて消えていった。

 落ちていく大粒の涙と共に。

 

「ブルボン……!」

 

 私が泣いていることに気づいたマスターは、慌てて私のもとまで駆けてくる。

 

「そうだよな。そりゃ、苦しいよな……。ごめん」

 

 ぽろぽろと涙をこぼす私の頭にぽんと手を置いて、申し訳なさそうに言った。

 

「なにもしてやれなくて、ごめん」

 

 そう言って、まだ泣き止まない私の『左手』を引いて、マスターはゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

 

× × × 

 

 

 

 

 

「ミホノブルボン。脚質は逃げ、期待の新人スプリンターでデビュー戦はコースレコードを更新している」

「……?」

「ちょっとトレーナーさん!? なに話しかけてるんですか! あたしたちは壁であり同じ空気を吸っているだけでもギルティで……」

「ああもう、デジたんうるさい」

 

 共にデビューを果たしたトレーナーに、クラシック三冠が目標だと話した日、「お前はスプリンターとしてしか開花できない」と宣言された。

 それでも私の『目標』は揺るがなく、トレーナーの『意思』も同じだった。

 だからそれは当然で、契約は解消だと──私ひとりをトレーニングコースに残してトレーナーは去っていった。

 

 私は振り返ることなく走った。

 芝3000mを、幾度となく走った。

 ペース配分も乱れて、拙いながらに、日が暮れるまで。

 

 そうして足が動かなくなり、ベンチに腰を下ろしてオレンジ色に染まったトレーニングコースをただ眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。

 ひとりはスーツを着崩した男で、もうひとりは同じウマ娘のアグネスデジタルさん。

 

「誰がどう見たって君はスプリンターだ。なのにどうしてクラシック三冠を?」

「それが……私の『目標』だからです」

「…………なあ、デジたん」

 

 目の前の男は私から隣のデジタルさんに視線を移す。

 そんな男を、デジタルさんは呆れた目で見つめ返していた。

 

「なんですか」

「俺、この娘好きだわ」

「はい!?」

「俺が、君を三冠ウマ娘にしてやる!」

 

 男は私の両手をきゅっと握って、嬉しそうにそんなことを言う。

 

「あぁ〜!? なにしてるんですかトレーナーさん!! 神聖なウマ娘ちゃんへの接触はギルティ……というか最早死罪ですよそれ!!」

「良いじゃんかちょっとくらい」

「よくないです!! 良いですかトレーナーさん! ウマ娘ちゃんというのはですねぇ──」

「ひぃ〜、勘弁してくれ……」

 

 誰もが、「バカなことを──」と嗤った。

 「言うことを聞け──」と声を荒げた。

 不可能だ、常識で考えろ、と飽きるほどに。

 

「と、とにかく俺は君の『目標』に力添えしたいんだ! 俺じゃダメか?」

「んんんぅ〜〜!!」

 

 男は後ろからデジタルさんの口元を両手で押さえつけ、デジタルさんはそれでもなにかを叫んでいる。

 

「何故ですか?」

「ん?」

「何故、あなたは私に興味を示したのですか? 私はスプリンターです。皆さんが言う通り、クラシック三冠は不可能に近いです。それなのに──」

「でも、君はそう思っていない。そして俺もそう思わなかったから……理由はそれだけだ」

 

 男は、真っ直ぐに私の瞳を捉えて、力強くそう言った。

 差し出された右手は、掴めば必ず導いてやると、そう言っているようで。

 

「……マスター」

「へ? マスター?」

「はい。あなたは、私のマスターです」

 

 私は、差し出されたマスターの右手をきゅっと握った。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 誰かから見れば些細なことでも、私にとってはとても大きな出来事だった。

 マスターが見つけてくれなければ、私は今もひとりで走っていたかもしれない。

 

 止め処なくあふれ出す想いが、涙と共に落ちていく。

 いつだったか、ほんの少しの間だけ共に歩んだトレーナーに、「お前は感情の無い機械のようで気味が悪い」と言われたことがある。

 本当にそうであれば、どれほどよかったか。

 そうであれば──こんなにも苦しい気持ちになることはなかった。

 

「マスター……」

 

 ──優しく手を引かれて、降り積もった雪の上をただふたりで歩く。

 

 右手はもう、冷え切っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 デートはつつがなく、ブルボンの立てたスケジュール通りに進んだ。

 レストランで食事をして、イルミネーションをみて、観覧車に乗った。

 理想的なクリスマスというやつで、俺もそれを楽しんでいた。

 

 けれど、全てが終わって寮に戻る道中、ブルボンは繋いでいた右手を離して急に立ち止まった。

 どうしたのかと問いかけようと、振り返ったのと同時に……。

 

「私は、マスターのことが好きです」

 

 ──雪が降り積もった凍えるような寒い冬の夜に、ブルボンは鼻先を赤く染めながらそんなことを言った。

 

 ウマ娘に告白をされたのは人生で初めてで。

 素直に嬉しいという気持ちと、どうすれば良いかわからないという困惑が胸の中で渦巻いている。

 

 俺はトレーナーであり、この娘は(いち)生徒なのだ。

 断る以外の選択肢はそこに無く、ハッキリとそう言ってやらなければならなかった。

 

「そっか。ありがと」

 

 なのに、傷つけるのが怖かった。

 きっとそれは正しくないのだと知っていながら、知っていたのに……俺は曖昧に笑った。

 

 歩き出した俺の後ろからついてくる足音は聞こえてこなくて、振り返るとその場で立ち尽くして泣いているブルボンの姿が映った。

 

 大粒の涙が、頬を伝ってこぼれ落ちていく。

 抱きしめてやることも、拭ってやることもできなくて、ただブルボンの手を引いてはゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

「あのさ──」

 

 栗東寮の目の前までブルボンを送り届け、その頃にはもう既に泣き止んで落ち着きを取り戻していたブルボンに声をかけた。

 ブルボンは寮の出入り口を背に、こちらをじっと見つめたまま続く言葉を待っている。

 

「本当に、ブルボンの気持ちは嬉しかったんだ。でも俺はトレーナーだから──」

「マスター」

 

 俺の言葉を遮ったブルボンは、見間違いかと疑うほどに……ふっと優しく微笑んだ。

 

「あなたは変わらず、私のマスターです。それはわかっていました。わかっていたのに伝えたのは、最初で最後の『ワガママ』です。結果──感情の抑制に失敗。ご迷惑をおかけしました」

 

 きっとそれはブルボンの優しさなのだろう。

 俺を困らせてしまわないように、エラーだと片付けて、何事も無かったかのように修正されていく。

 俺はそんなブルボンの優しさに……まどろみのようなひどく甘い優しさに、ひたされていたいのだろうか?

 そりゃあ、それが一番楽だと気づいている。

 そうすれば明日には全部元通りで、今日の雪が溶けて消えるようにまたいつもの日々が始まる。

 じゃあそれで、全てが──

 

「……良いわけないだろう」

「マスター……」

「だって、それは正しくなんかない……」

 

 間違えたのは彼女か?

 違う。間違えたのは、俺だ。

 傷つけたくないなんて、体の良い理由を探して余計に傷つけた。本当に彼女のことを想うなら、最初から言うべきだったんだ。

 

「俺は、変わらずにブルボンのことが好きだ。でもそれは君の抱いている想いとは違ってて、だから……ごめん。その気持ちは、きっとこれから先も返せない」

 

 真っ直ぐに瞳を見つめて。

 それは多分、自分にも言い聞かせるように。

 

 ブルボンは一瞬目を見開いて、驚いたように固まっていたけれど、やがて雪解けのような笑顔で小さく笑うと頷いて返事をした。

 

「はい」

 

 明るい蛍光灯の下、白い雪の上で──彼女はひとひらの涙を流した。

 

 

 

 それから、自室に戻る途中で見えるトレーナー室の窓から明かりが漏れているのを見つけて、不思議に思いながらも様子を見に行くことにした。

 

 ドアを開けて中を確認すると、机に突っ伏した状態のデジたんの後ろ姿があった。

 

 後ろからそっと近づいて顔を覗き込むと、すぅすぅと寝息を立てて眠るデジたんの寝顔が見えて、なんだか起こしてしまうのが惜しく感じてしまった俺は隣の椅子を引いて腰掛けた。

 机に片肘をついてその柔らかな寝顔を眺めながら、小さく息を吐く。

 

「告白されたんだ。とんでもなく可愛い栗毛のウマ娘に」

 

 起こしてしまわないように、小さな声で語りかける。

 

「良い子なんだ。本当に、俺なんかにはもったいないくらい……」

 

 何事にも正確で融通がきかなくて、無表情で、そのくせ誰よりも優しくて、そんなところがたまらなく愛おしいはずなのに。

 足りないところなんてひとつもない。声も、顔も、心の内だってきっともっと好きになれるはずなのに。

 

 ひとりごちているだけだから、返事は要らなかった。聞こえてなくたって良い。今はただ、なんとなく君に触れたくて──

 

 頬に触れようと伸ばした人差し指は、寸前でデジたんの小さな手にきゅっと掴まれた。

 

「トレーナー、さん……」

「────ッ」

 

 まだ眠っている。でも、確かに俺を呼んだその声はとても切なくて、彼女の閉じた瞳から一筋の涙が流れていった。

 ……どんな夢を見ているのだろうか。

 そこには俺がいて、俺は、傍にいるのだろうか。

 

「こんなに、小さかったんだな……」

 

 握られた人差し指が温かくて、そこから熱が流れてくるように頬が熱くなる。

 心臓はうるさくて、ふたりだけのこの部屋に十分な音を響かせている。

 

「多分……ブルボンを選ばなかったのは、生徒だからとか、そういうのじゃなかったんだ」

 

 曖昧に取り繕って、自分を正当化しようとしていた。根底にあるのはそんな理想的で現実的なものでなく、もっとありふれたもので……。

 

 ──突っ伏して眠るデジたんの頬を反対の手でそっと撫でて、苦笑した。

 いつまでも見ていたい。いつまでも傍にいたい。

 ずっと一緒にいたから、それが当たり前なんだと思っていた。当たり前に続いて、これから先も変わることはないのだと。

 

 ……ああ、そうか。そうなんだ。

 

 近すぎて見えなかっただけで……。

 本当はずっと……今さら、言い訳のしようもないくらいに。

 

「俺はただ、君のことが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アグネスデジタルのことが好きなんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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