超常存在に「愛してやる」と言われて素直に「嫌だ」と言ったら更に愛された、解せぬ。 作:ていん
――夜だった。
空に何も浮かばない夜だった。
星も、月も、雲の流れすらも空には見つけられない。曇天を通り越した灰色の空が、夜の闇をより一層濃くしている。もとより、この世界に空なんて概念はない。
流れ星なんてロマンチックな単語もなければ、銀河の星々にミルキーウェイなんて呼び方もしないのだ。
ただ、暗雲とした漆黒だけがそこには広がっていた。
そこは獣道すらない静寂の森だった。人どころか獣すら存在していないような、ただただ巨木が連なる森。足音一つが無限に響き渡るようなその場所に、俺の足音が響いていた。
連続し、テンポよく。俺は走っていたのだ。逃げている、とも言った。
「クソ、ここは日結晶の鉱脈があるはずだろ!? 何だってこんな所に!」
叫びながらも足は止めない。
何より、止まったところで相手もそうしてくれるとは限らないのだ。
遠吠えが響く。
ひどく、ひどく重々しい遠吠えだった。死という言葉を呪詛のように載せたかのような。獣であるにも関わらず、心底こちらを憎悪するような。とにかく恐怖を掻き立てる声だった。
たとえそれを怖くないと心の中でどれだけ念じても、その更に下、底の方が否応なく削れていくかのような。
それを、無理やり抑えつけて走る。
ゆらゆらと俺の手にしていたランタンの火が揺れる。何もない森の中で、これだけが俺の持つ光源だ。こいつを失ったら、月のないこの世界では前を歩くこともままならない。
片方の手には、ナイフ。石を削り出して作った無骨極まりない、ナイフと呼ぶにもおそまつなソレが、現在俺が有する唯一の武器だった。
焦る気持ちも、逸る気持ちも無限に湧いてくる中で、それでも俺は前を進む。あの吠え声に追いつかれたが最後、人間は対抗する手段無く殺される。せめて、この先に。
俺の目的とする場所へさえたどり着ければ、そう考えながら。
「後少しだ……畜生、追いついてくるんじゃねぇぞ、“魔障”!」
視界の先の先、遠くにぼんやりと青白い光が見えた。俺はそこへ向かって駆ける。
ああ、どうして――どうして俺は、こんな世界に転生してしまったんだろうな?
――転生。
そう、転生である。
俺は前世の記憶を持つ転生者だ。前世は特に言うことのない生活を送って、事故が原因で死んだ。死んだときのことは、今でも思い出したくない。
そして気がつけば、ごくごく平凡だった前世とは正反対の、理不尽極まりない世界に転生したのである。
超常存在。
人の手に負えないような怪物、悪夢としか言いようのない“敵”がこの世界に出現したのは、今から千年ほど前のことだという。人類はそれまでこの世界の頂点として君臨していたが、出現した敵――魔障と呼ばれるそれによってその座を追われた。
現在では、魔障に怯えながら隠れて暮らすことしかできない日々を続けている。
だが、そんな人類に手を貸す存在も現れた。これもまた、人では到底敵うことのない特別な存在。
これを人々は「天騎」と読んだ。天を翔ける騎士。即ち天騎。言ってしまえば天使のような存在である。彼らは人々を魔障から守り、その生存を助けた。
その御蔭でなんとか人類は千年の生存を許されたのだ。
といっても、その天騎もろくな存在じゃあないんだが。
しかし、そんな天騎にも宿敵がいた。魔障の親玉。「悪鬼」である。魔障が世界を破壊し尽くし、それを天騎たちが抑えつけ、なんとか世界の拮抗を保った時現れたのがそいつらだ。
魔障を操り、単独での戦闘能力も天騎を上回るそいつらは、人類を虐殺し、天騎を滅ぼすべく襲いかかってくる。そんな時代が今も続いている中に、俺は転生した。
正直、こんなとんでもない世界に転生した時は絶望したね。娯楽なんてあったもんじゃない、明日があるかもわからない。そもそも明日なんて概念がない世界。
今も生きていることが不思議でならないくらい。
――実際、俺の故郷は魔障に滅ぼされた。俺と妹の二人だけが生き残って、そして今に至る。
それから俺たちは教団というざっくりいうと人類唯一の対魔障組織に拾われて、俺はその教団の任務でこの森にやって来ているのだ。が、しかし本来この森に魔障は現れないはずで。
何か原因があるのかと、俺は隠れながら考えていた。
今俺がいる場所は、先ほどまでの何もない光景から一変して、あたりに眩いまでの光を放つ結晶の存在する空間だった、そこは木々がその結晶に侵略されどこか幻想的な空間となっている。夜でありながらまるで昼であるかのように周囲を照らしていた。
それもそのはず、この結晶は「日結晶」と呼ばれる結晶で、何もない場所でも光る不思議な特性を有する。
だが、日結晶の本質はそこではなく。二つの超常的な力にあった。
その一つが
「……魔障の足音!? 何でだよここは結晶の鉱脈の中だぞ!?」
魔障を弱らせる効果だ。本来魔障は人間の武器が通用しないが、結晶をぶつけられると弱体化する特性を持つ。故に魔障は結晶を嫌うのだが、どういうわけか魔障がこちらに近づいてくる足音が聞こえてくるのだ。
おかしい、魔障に自分が嫌うものを我慢する知能なんてない。
……誰かが指示を出している? その場合なら結晶を無視するのはおかしくないが、だとしたらなぜ? 俺に狙われる理由なんてないだろう。
「日結晶がいつもよりも眩しい……ここがクロの言ってた場所なら、狙いは向こうも同じか?」
いや、そんなことよりも。
盛大に地面へ散らばった結晶を踏み砕く音が聞こえてくる。結晶は脆く人間でも少し力を加えるだけで壊れてしまうのだ。お陰で武器への加工が向かないという難点がある。ともあれ今は魔障だ。
このままではいずれ追い付かれる。幸い周囲には結晶が大量にあるが、魔障の身体能力は人間のそれを軽く上回る。
俺の手元にあるのはランタンとナイフだけ。結晶の塊は高級で俺のような下っ端には与えられない。そしてそれを解決するための鉱脈探し、鉱脈の調査は危険が少ないので、装備も少ないのだ。……少ないはずだったのだが。
ともあれ、どちらにせよ手元にあるものでやるしかないのは事実。自前のナイフくらいは持ち込めていてよかった。これが無かったら戦闘という選択肢すら生まれなかっただろう。
相手は魔障、人類を追い詰める超常存在、いかに走狗とはいえ人類とは隔絶した力の差があることは事実。一人で対処するものではない。
だとしても、俺は諦めるわけにはいかない。だって今も、そいつらは見ているはず何だから。俺が苦しむ様を、愛おしいと嘯きながら――
「ちくしょうやってやる。俺はまだ死なないぞ、天騎……!」
言葉とともに、ナイフを握りしめて俺は一歩足を踏み出した。
からん、と何かが転がる音がする。
地面に広がった異音、それに魔障は目を向ける。
結果として四足歩行の凶暴な狼といった様子のそれは、直後けたたましい音ともに崩れてくる日結晶に気づくのが遅れた。巨大な結晶を砕いて俺が魔障へ突撃する!
「ォオオオオオオオオオオッッ!」
魔障へと浴びせつけられた結晶が急激に光を失う。……通った!
壮絶な咆哮と俺の絶叫が重なって、少し。魔障の懐に切り込んだ俺がゆっくりと魔障を離れる。そして、数瞬もすればずるりとその場から崩れるように魔障が倒れた。
……よし。
俺の足音を散らばった結晶が砕ける音で隠せたこと。そもそも結晶の存在に魔障が気を取られていたこと。そもそも結晶の鉱脈があったこと。そういった要因から運が良かったのは間違いないが、何にせよ魔障を退治することができた。
倒したのは、狼型の魔障か。おおよそポピュラーで特徴の薄い魔障だ。斥候が目的だったのだろうか、なんにせよ変な魔障でなくて助かった。
…………いや。
特徴が俺の知ってる狼型と一致しない。
いや、覚えがある。こいつは亜種だ。具体的にいえば、悪鬼の配下となった――
そこまで考えて、その魔障の特性を思い出した時だった。
音もなく、もう一匹の狼型魔障が飛びかかってきた。
「……っ!?」
気がつく、そうだこいつらの特性はツーマンセル。二体で行動する習性を持っている! なんですぐに思い至らなかったんだ。……いや、注意深く確認しないと気がつけない以上無茶もいいところ。
どちらにせよ、俺の窮地は変わらない!
「くそ、放せ……くそ、くそ!」
外れない、外れない、逃げられない!
混乱する頭を落ち着かせようにも時間はない! そもそも落ち着いてしまったら俺は理解してしまう。理解したら終わってしまう。考えろ考えろ考えろ!
考えて、気づいた。
俺は詰んでいた。
「…………ぁ」
お終いだ。この状況はもうどうにもならない、今も目の前に魔障の顔が迫っている。俺を噛みちぎるために襲いかかってくる。必死。絶対に死ぬ。
だから、これ以上の抵抗は意味がない。
諦めれば、いい。
そう、理解してしまった。
理解せざるを得なかった。
だから、
「嫌だ…………!」
俺はそれに反応して叫んでいた。
「何も出来ずに死ぬのだけは、嫌だ……!」
手にしていたナイフを、無理やり上に振り上げる。押さえつけられた状態でそれにほとんど意味はないが、それと同時に俺は首を正反対の方向に捻り、振り上げたことでぶつかりズレた魔障の顔と口を避ける。
ギリギリの回避、だが次はない。
噛みつきが空振りしたのを見ると、即座に魔障が俺に視線を向けて、大口を開ける。
俺は即座に考えるよりも先に次の行動に移ろうとして、
「間に合え!!」
直後、突然俺の目の前を茜色の光線が駆け抜けて、魔障を貫いた。
「…………!」
いくらなんでも驚いたなんてものじゃない、
俺の目の前でそんなことが起きるとは想像もしていなかった。あいつらがいないのなら、そんなことできる奴はこの場にいないはずなんだから。
呆けながら視線を光線が飛んできた方を見る。
なんだ、と思うまもない。
そこには、太陽のような少女が立っていた。
透き通るようなプラチナブロンド、太陽の光を思わせるその髪色と、口元に浮かんだ弾けるような笑顔。どこまでも引き込まれる瞳。その容貌に一瞬意識を奪われる。
小柄ながらも豊満なプロポーションも相まって、本当にそこには天使か何かが立っているように思えてならなかった。
そして、その口から、
「お前なー! 隠れるのうますぎじゃないか!? 一瞬見失って、危うくお前を殺しちゃうところだったじゃないか!」
……こいつ、俺の事を言ってるのか?
…………こいつが?
「なんか言えよ!」
いや、そもそもこの場には俺とこいつしかいない。
だから俺の事を呼んでいるのだろう。……しかし、おかしな話だ。こいつらがそんな事をするとは思えない。どうして俺を助けた? あり得ないだろう。あの場でこいつらがする行動といえば、そんなの一つしかないんだから。
「っと、アタシが名乗ってないのがいけなかったのか? 悪いそのあたりはよくわからないんだ。んじゃ改めて名乗るぞ、アタシは――」
だって、こいつは、
「ニュウ、天騎ニュウ。それがアタシの名前だ!」
背中に純白の羽を持つ存在。天騎、なのだから。
天騎、人類の守護者。だがこいつらには厄介な特性があった。
俺は立ち上がりながら、流石に名乗られた以上答えないのは失礼だと思い口を開く。
「……レイトだ。感謝する」
「礼はいらないぞ、だってアタシはお前の“輝き”に応えただけなんだから」
厄介な特性、それはこいつら天騎が人類の輝きを愛するという性癖を有していたからだ。しかも厄介なことに、この理不尽な世界で右往左往している人類で満足してくれればいいのにそれで済まないのだからタチが悪い。
だから、天騎から応えたなんて言葉が出るのは意外極まりなかった。
「レイト! レイトは凄かったな! 人類っていうのは前向きで、諦めが悪くて、輝いてる! アタシの想像してた通りの人間だ!」
だが、それでもこいつは天騎、俺を見て納得したように頷いて、見定めるように眺めてくる。その視線は俺の知る天騎のそれに酷似していた。
「決めたぞ、天騎たるもの、人類の輝きには惜しみない愛で応えてやるぞ! だからレイト、お前をアタシは――」
ああ、そうだ。
こいつらはこういう風に上から目線で、押し付けがましくて、なによりも薄情なほどに薄情な、
「愛してやる!」
超常存在なんだ。
だから、俺はそれに答えてやった。
「嫌だ」
と。
愛されるなんて冗談じゃない、執着なんて以ての外だ。肯定なんてしたら後に何が起こるかわかったもんじゃない、否定すればいずれこいつらは俺のことなんて忘れるだろう。
そう、思ったのに、
「おぉぉ――」
どうしてこいつは、嬉しそうに目を輝かせてやがるんだ?
まさか、気に入られた? 俺個人を? 人類を人類という集団でしか見てない存在が?
ありえない、とは言えない。目の前の天騎――ニュウの存在が普通の天騎と異なるのは事実。
だが、だとしても。ここまで眼を輝かせる理由は、金輪際理解できないのだ。
だから俺はこう言うしか無い。端的に言って、
解せぬ、と。
+++
(やっぱり人類ってのは凄い! こんなにも諦めが悪くて、輝きながら生きている!)
天騎ニュウは喜びに震えていた。
彼女が
止まることなく前に進み続けるその人間の名はレイト。特徴の薄い黒髪の、十五かそこらの人間だ。彼にニュウが興味を惹かれたのは、初めて出会ったというのもそうだが、何より。
(こいつの眼、なんて眼をしてるんだ。黒ずんだ闇のようでありながら、光を失うことがない。闇が炭になるまで燃え続けたみたいだ!)
瞳、だ。
レイトの瞳は淀んでいた。多くの失敗や絶望を体験してきたのだろう。しかし、一切くすんではいなかった。どこまでも光に満ちて、感情を燃やしている。
生きている証だとニュウは感じた。
(ベータ姉さまのところから抜け出してきて正解だった。こんなやつに出会えるなんて。人類ってのはどこまで輝いているんだろう!)
――ニュウは箱入り娘である。
生まれてから一度も人間というものを見たことがなく、人間を愛したことがない。ただ、人というものが何であるかは知っていた。その輝きで、天騎の愛を満たすものだと知っていた。
だけれども同時に、ニュウを保護していた姉の天騎、ベータにはこうも言われていた。
人間は、ニュウの想像しているような素晴らしい存在ではない、と。
しかしどうだ、今目の前に立っている人間は、諦めることなく魔障に戦いを挑み、最後の最後まであらがっていた。途中見失ってしまったせいで危うく魔障に殺されかけるところだったが、こうして無事に助けることが出来た。
人間の輝きに応えて人間を守る、天騎の本懐だろうとニュウは思う。
これから自分はこうやって、素晴らしい人間たちを守り、人間の輝きを愛するのだろう、とニュウは思っていた。
――だが、
(それにしても、レイトはなんてやつだ! アタシの愛を拒否するなんて、アタシは天騎だぞ!?)
人類の輝き、未来に期待を抱きながらも、ニュウの感情はレイト本人へと向いていた。
(でも、それだけ意志が強いってことなんだろう。面白いじゃないか、そういうやつがアタシの愛に応えれば、きっと凄い心地良いだろうなぁ!)
それ故にニュウは気付かないのだ。自分の感情が、天騎の言う愛とはいささかかけ離れたものであるということを。
レイトが人類の中でも上澄みの人間であるということを。
初めて知ってしまった人類がレイトであるという罪深さを。
ニュウは知らない。
知らないがゆえにレイトに愛を向ける。その感情が愛というよりも――
――憧れや、恋といったものに近いものだということなど、知る由もなく。
ニュウは人類の輝き大好き系種族の中では純粋で善良な癒やしみたいなタイプです。
そのままヒロインにすると試練と称して人類を殺してる存在をヒロインにはできなかった……
というわけでこんな感じのお話です。
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