超常存在に「愛してやる」と言われて素直に「嫌だ」と言ったら更に愛された、解せぬ。 作:ていん
聖女ソラは悩んでいた。
もちろんそれは、先日の魔障襲撃についてのこと。決してポジティブな悩みではないそれは、彼女の心に淀みのようなものを積もらせる。
ソラだけではない。集落全体の雰囲気が、どこか陰鬱なものが見え隠れするものとなっていた。決して誰かが口にするわけではないが、それでも誰もが感じている事実。
自分たちは驕っていた。魔障の襲撃があっても問題ないと、聖女が守ってくれると。だが、常にそうではないことを彼らは思い出す。故に尾を引いているのだ。
今この集落で襲撃以前と何ら変わらない時間を過ごしているのは、村の子供達と彼らの面倒を見ているレイトたちくらいなものだろう。
彼らは、何ら後ろめたさを感じる必要がないのだから。
現在、魔障は襲撃を終えたが、それで安全になったというわけではない。集落を守るために使われていた日結晶の大半が魔障に触れたことで力を失い、交換作業が必要となる。
その間は聖女としてソラがこの地に残ることが必須。同時にそれに付いて来たレイトとニュウも、集落の防衛と日結晶の復旧作業に力を貸すこととなる。
といっても昨日のこともあるので、レイトたちが作業に参加するのは明日からだ。
そして、何故かレーアは集落に居座っていた。彼女は別にここに残る必要はないのだが、とはいえ彼女の功績によって村が守られたことは事実。それに文句を言うものは誰もいないどころか、本来なら彼女をもっと歓待すべきなのだが、残念ながら先日の彼女の一言もあって、それをやろうとする勇気のあるものはいなかった。
ソラはそんな村の状況を思い返しながら、昨日のレイトとの会話を思い出す。
魔障を殲滅して戻ってきたレイトに対し、ソラは問いかけたのだ。
『……信徒レイト、私は……どうすれば、よかったのでしょうか』
『どうすれば……と言われても天啓があった以上、俺がどうこう言うのも難しいな』
天啓は降りた時点で聖女を縛る。精神的にも、物理的にも、それを守らなければならないという強制力が存在していた。聖女の心には強迫観念染みた天騎への愛が根付いているし、天騎は天啓を与えた時点でそれ以外の行動を封じる不思議な力があった。
正確にはその力というのは両者の契約に存在するお互いが同意した制約なのだが、自覚して契約をしたわけではない聖女には、それを理解することはできないのだ。
巫山戯た話である、と憤ることもできない。
『けど……そうだな、ソラさんは何で聖女になるほど天騎を愛したんだ? 愛を捧げようと思ったんだ?』
『なんで……ですか?』
『ああ、俺には今のソラさんは、自分の目的を見失っているように見える』
正鵠を得ていた。
というよりも、それは考えれば誰だって分かることだ。ソラだって言語化はできていないが、自覚はしていた。ただ彼がそれをきちんと言葉にしてくれたおかげで、ストンと腑に落ちただけの話。
『私は……解らなくなってしまいました。いえ、解らなくなったまま、ここまで来てしまったのです』
『まぁ、急に思い出せって言っても無茶な話だよな』
これは、ソラに限った話ではない。天騎というのは人間の輝きを求めながら、人間に多くの期待はしていない。試練として与える苦難は多くの場合その人間を破滅させる。
身勝手といえば、身勝手。さりとて、試練を与えるからと言って天騎を敵に回す余力が今の人間にはあるかといえば、当然無い。
『俺は、そもそも天騎も人間も関係ないと思うよ。この世界に生きていて、この世界で戦ってるんだ』
『……生きて、いる?』
『うまく言葉には出来ないんだけど……聖女ってのは天騎への愛に殉じて死んでいくものだろう?』
よくわからない言葉だった。あまりにも当たり前過ぎて、疑問に思うのも違う気がする。何より、レイトの言葉はまだ続いていた。
『天騎のために死ぬことが誉れだっていうならそれでもいい。だけど、生きていく上で、それ以外にも死んでもいい理由があるとしたら、それと天騎の間に差はあるか?』
『……そ、んなの』
『ようするに、思い出した時に考えてみてくれって話。今は想像つかないかもしれないけど、もしもソラさんが自分の原点を思い出したなら、それを天騎への愛と比べてみればいいんじゃないか?』
『考えたことも……ありませんでした』
そりゃそうだろうな、とレイトは笑う。
ああ、この人は――そうやって能天気なことを、あまりにも自然に言ってのけるのだ。彼の言っていることは、聖女に対してあまりにも非常識なことで、場合によっては失礼極まりない言葉だ。
だとしても、その笑顔のせいでソラは、どこか心に暖かなものを覚えてしまう。
――ずるい。
そんな感情を、しかしどうして自分は抱くのだろう。
ともあれ、どちらにせよ答えはでていなかった。自分が何を思い、聖女へと覚醒したのか。その理由は、確かにある。けれどその時、どんな思いでそれを自分が口にしたのか。
ソラは思い出せそうになかった。
そういえば、と思い出す。
気持ちを切り替えるための方法として、レイトは子どもたちとの交流を提案してくれていた。今は休憩時間、自由行動ができる。だったら、レイトの言う通りそれを実行してみてもいいだろう。
と、思ってこの集落の子どもたちの元へ向かうと、レイトの姿はなかった。
代わりに――
ニュウと呼ばれた少女を、褐色の少女が抱えて森の方へ飛び去る姿を、ソラは見た。
突然の出来事。
あの褐色の少女は誰だとか、どうしてニュウを連れ去るのだとか、そもそもあの身体能力はなんだとか。そんなことが頭をよぎる。
しかし、それはそれとして――ソラのするべきことはすぐに判断できた。
レイトに報告しなければー―!
+++
何故かクロのやつがニュウを誘拐したとか言われて、俺は慌ててクロを追っていた。
いやいや何で急にそんなことを? と思うが、迷っている暇はない。どうも話の流れでいきなり飛び出したようで、子どもたちはその様子を興奮しながら語っていたが、クロのやることは俺でも理解できないことがたまにある。
伊達に千年近い時間を生きる聖獣じゃないな、と思うけれどそれを言ったらニュウも千年くらい生きてるんじゃないか? 全然そうは見えない、彼女の感性は普通の少女そのものだ。
よっぽど、天騎ベータはニュウを無垢で純粋に育てたかったのか。でなければ、あそこまで素直な少女は生まれない。いや、今はクロのことだ。
俺にそのことを教えてくれたソラさんはといえば、なぜかレーアに呼び止められてその場に居残ることとなった。個人的に、レーアがクロと正面から相対しないことのほうがこの場合ありがたい。
あいつらは犬猿の仲だ。これだとレーアが猿になってしまうので、正確には犬妹の仲か。俺は何を言っているんだ?
何にしたってあいつらはとてつもなく相性が悪い。独占欲の強いレーアに対し、場合によっては性行為すら行おうとしてくるクロでは普通に考えて合うものも合わないのだ。
それを考えるとどういうわけかニュウにたいしてやたら親身なレーアは、彼女の性格を考えると随分不思議なものだが。
今はクロのことだ。
幸いクロは、俺に追いつかせたいらしい。ひと目を避けるためか、人のいない場所で好きに動き回るためか、なんでも構わないが俺は森を駆ける。
そういえばわかったことだが、太陽結晶を取り込んだことで俺は身体能力がかなり向上していた。この世界の人間は前世と比べると天と地の差だがそれでも聖女として覚醒したレーアや、魔障の中でも最上位に位置するクロと比べると圧倒的に劣る。
それが、あいつらの動きを眼で追える程度には向上し、打ち合えるほどになるのだから大したものだ。
とはいえそれでも正面からやりあえば勝利するのは向こうだし、少しやってみたが本気を出したニュウ相手にはほとんど翻弄される他なかった。
これで本命の悪鬼相手なんて、果たしてまともに戦闘となるかどうか。
とはいえ、俺の切り札はあのクソ火力極まりない光の剣だ。おそらく、当たりさえすれば悪鬼すら屠れるのではないかという切れ味は伊達ではない。
ともあれ、どちらにせよそれはニュウが齎したものだ。
つまり、それは――
と、そこまで考えて、
「――待ってたゾ」
俺はようやく、クロに追いついた。
「日結晶で目印を作ってくれてるんだ、追いつけないわけないだろ」
「ン。ならいイ」
そして、その奥にはニュウの姿もある。その様子は、どこか難しい顔をしており何かを考えている様子だ。果たして、二人きりの状態でクロからどんなことを吹き込まれたのか。
ともあれ、今はクロの真意を聞き出すほかない。
“こんな時期”に一体どうして、ニュウを連れ去ったのか。
「……それで、何のようだクロ。下手な理由でこんなことをしたのなら、俺は怒るぞ」
「単純ダ。とてモ、とても単純ダ」
そう言って、ニヤニヤと笑うクロは、どこか嬉しそうに、そして不思議な色気を伴って、俺に告げる。
「クロと戦エ。そうすれバ、ニュウを返してやル」
同時に、クロは深く姿勢を落とした。戦闘の構え、冗談ではなく本気で自分と戦えと言っている――また俺を喰らおうっていうのか!?
「ふざけるな! 今そんなことを言っている場合か!」
「ふざけてなどいるものカ。今だからこそダ、なにセ――」
クロの両腕が変化する。巨大な、巨大な鉤爪だ。
アレは、クロの能力によって生み出された、クロの最も得意とする得物――
「――まもなク、悪鬼がここを襲ウ」
「……っ!」
その言葉に、大きく反応したのはニュウだった。俺は歯噛みしながら、ナイフを構える。ただし光の剣は生み出さない。まだ、会話が終わっていないのだから当然といえば当然だが。
「何よリ、お前に聞かなくてはいけないことがあル」
そして、
「レイト、お前はそれでいいのカ?」
「……何を言っている?」
「太陽結晶だヨ。お前ハ、本気でその太陽結晶の力を使うつもりカ?」
――それは、俺がいまだ結論を出していないことだった。
俺は以前からこう言っていた。
『天騎の力を借りずに悪鬼を討伐する』。しかし、それは不可能となった。太陽結晶がニュウ――天騎だったからだ。これでは絶対に、人間が天騎の力なくして悪鬼を討伐することはできない。
それを、クロは問うている。
「戦いの中で答えを出せヨ。もしもそれが不甲斐ない答えだったラ――」
クロの気配が一気に膨らむ。
次の瞬間、濃厚な瘴気のような殺気が溢れ出した。
「お前を喰らっテ、殺しテ、愛してやるゾ――!」
そして、飛び出してくる。
ああクソ、問答無用かよ!
「んなもん、お断りに決まってるだろ!」
返しながらも、俺もまた走り出した。
――正面に映るクロの顔が、喜悦に歪む。ああもう、どうしてどいつも愛の告白を断ると嬉しそうにするんだよ。
俺から言えることは一つだけ。
そろそろくどくなってきたが、それでも単純に。
解せぬ!
+++
「――オイ、一体全体どういうつもりだ!」
「ン、この辺りでいいカ」
暴れるニュウをクロは森の開けた場所で降ろした。途端にニュウは距離をとってクロを警戒する。対してクロのすることはといえば、それを皮肉げに笑うだけ。
挑発するようにも、落ち着けと冷水をかけているようにも思えるそれは、ニュウの神経を更に逆撫でした。
「答えろって言ってんだよ! 本気でやられたいのか!?」
「落ち着ケ、クロはお前を殺したいわけじゃなイ」
「じゃあ、一体なんだって――」
だが、とクロはニュウの口に人差し指を当てて言葉を遮り、本題に入る。
「心して聞け」
「む、ぐぐ……」
文句を言おうにも、口が動かないニュウを、クロは先程までとは正反対なほどに真剣な顔で告げた。
「お前ハ、レイトと一緒に行動するべきじゃなイ」
同時に、人差し指を放す。
「ぷはっ……な、何いってんだよ!」
「単純なことダ、メリットがなイ」
「メリット……?」
クロは、二本の指を立てて言う。
「一ツ、すでにレイトは太陽結晶を手に入れタ。最悪な言い方をすれバ、お前は用済みダ」
「……」
「二ツ、お前がここにいるト、多くの人間に迷惑をかけル」
「ど、どういうことだ……?」
クロは、あくまで酷薄だった。
わざとそうしているのだろうが、もちろんそんなことニュウに分かるはずもない。今のニュウは自分に対して理不尽な物言いをしてくる眼の前の“敵”に対する敵意だけがあった。
だから、
「悪鬼がお前を狙っていル」
「―――――え」
その言葉は、ニュウの心を芯から揺さぶった。
底の方からぐらぐらと何かが崩れ落ちるように音を立てている。まずい、と思うよりもクロは先を続けた。
「昨日の襲撃モ、悪鬼がお前を狙って起こしたものダ」
「あ――」
それは、間違いなく。
「お前がここにいれバ、悪鬼はここを狙うゾ」
最悪の、宣告だった。
ああ、とニュウは崩れ落ちる。自分がレイトを傷つけてしまう。レイトだけではない、レーアも、あの集落の子どもたちも傷つけてしまう。
それは、それはあまりにも、場数の少ないニュウにとってはきつい事実だ。
クロはそうして崩れ落ちるニュウを見て、つかつかとニュウに近寄る。
――湧き上がる恐怖という感情。目の前の魔障が、どうしようもなく怖い。自分の芯を揺さぶってくる相手が、途方もなく怖ろしい。
「だから――」
「ひっ……」
そして、崩れ落ちた自分に視線を合わせたクロに、思わずニュウは後ずさろうとして、その手が――
「――――安心しロ、お前はクロたちガ……何より、レイトが守るゾ」
ぽん、とニュウの頭をなでた。
「……え?」
「お前はレイトと一緒にいるべきじゃなイ。だガ、そんなこと誰よりもレイトが望まなイ」
ひとしきりなでてから、手を離す。
「少しそこで見ていロ。これからレイトがここに来ル。そしテ――お前に答えをみせル」
「こた、え……?」
もうまもなくやってくる、クロのよく知る男に対して。
「あいつハ、目の前に最悪な現実が訪れた時、それに答えを出せる男ダ」
そう、いい切った。
「それをお前に見せてやル。……レイトの隣にいたいと思うなラ、あいつのそういうところには真っ先に慣れておケ、天騎ニュウ」
促すように、諭すように。
そして、そいつは――レイトはやってくる。
クロがニュウへと告げた言葉の答えを、クロがレイトへと告げた言葉への答えを示すために。
DV彼氏かなにかみたいなことしてますが、本人は至って真面目です。