超常存在に「愛してやる」と言われて素直に「嫌だ」と言ったら更に愛された、解せぬ。   作:ていん

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十二

『――おっと』

「お兄様!」

 

 突如として、声のする方向に細い針のようなナイフが飛来する。それが一体の魔障を貫いたかと思うと、直後慌てた声とともに、レーアが俺たちの所に降りてきた。

 どうやら悪鬼はあの魔障から声がしていたらしい。明らかに狡猾な口ぶりからして、あれ以上話をしていても煙に巻かれるだけだろう。レーアがどこでそれを判断したかは知れないが、同じ判断でそうしたに違いない。

 

 だったら話を聞かれるリスクを排除したほうがいいのは道理で、降り立ったレーアに、俺は早速問いかける。

 

「状況は?」

「周辺に魔障が出現、集落を目指して侵攻を開始しております」

「おいおイ、どこから現れたんダ? 数ハ?」

 

 俺を見て話すレーアに、クロが横から割り込んでくる。それにムッとした視線を返すレーアだが、状況が状況だ。即座に俺の方に向き直ってそれを告げた。

 

「先程の……おそらくは十倍以上」

「十倍……!?」

 

 とんでもない話だ。先ほどの魔障ですら、集落一つを滅ぼす数だっていうのにどこからそれだけの魔障を連れて来たんだよ!? 教団でも攻めるつもりかって数だ。

 ここに俺……はともかく、レーアとクロがいなかったら間違いなくあとに残るものは何もなかっただろう。

 

「更に間が悪いことに、今度は山の方を通って、四方から敵が迫っています。もとより半分ほど機能を失っておりますが、日結晶の壁に効果はないかと」

「まぁ、悪鬼が指揮してるんだろうからそりゃあなぁ……」

 

 相手は本気でここを潰すつもりらしい。ここを……というか、俺たちを……か。狙いは明らかにニュウと太陽結晶だろう。それだけならば先程の一手で決着がついていると言ってもいいが、その上で後詰めとして本気で俺やレーア、クロを潰しにかかっている……と。

 

「……魔障ハ、基本的に人類の“自滅”を好ム。人間の心のウチに取り入っテ、人間の闇を突いてコミュニティを滅ぼすんダ」

「あの集落……私の一言や守り手である聖女の葛藤で、どこにでも付け入る隙がありそうですが……」

 

 悪鬼。

 俺も殆ど文献でしか知らないが、クロはその存在を直接知っている。クロの故郷は悪鬼によって滅ぼされたのだから当然だ。そんなクロが言うには、悪鬼は天騎とは鏡合わせのような存在なのだという。

 天騎は人類の輝きを愛するのに対し、悪鬼は人類の堕落を愛する。

 

 嫉妬、差別、貧富の差。そういった個人ではどうにもし難いコミュニティの中に存在する感情を操って崩壊に持ち込む。ただ、こういった特性はあまり人間の間では知られていない。

 教団に資料が残っていないというのが一番の理由だが、加えてそういった崩壊するようなコミュニティが魔障の台頭であっという間に駆逐され、悪鬼がそういった行為を行うケースが極端に少なかったのだ。

 現在でも、人類の前に現れるのはもっぱら魔障と天騎であり、悪鬼はその存在がベールに包まれたままになっている。

 

 ともあれ、そういった意味ではあの集落は現在、なんとも言えない不安定さを抱えている。レーアの一言はそれを加速させてしまったとも言えるからか、レーアの顔は暗い。

 しかし、俺としては少し違う感想を抱いていた。

 

「いや――そうでもないんじゃないか」

 

 正直なところ、むしろレーアの行動はプラスに働いていると俺は思う。

 あの集落は堕落していた、天騎が試練を与える程度には。結果としてその試練は俺たちが解決してしまったが、だからこそ危険無く現実を直視できた彼らは、故に惑っているのではないか。

 

「ソラさんもそうだけど、ああやって自分を変えようと悩んでいる相手に下手な言葉を投げかけても、背中を押すことにしかならないと俺は思うよ」

「それは……お兄様がそうだからではないのですか?」

「かもね。……でも、そういった人間の強さを信じるのは、ダメなことか?」

 

 この世界は輝きに満ちている。それを吸って生きる天騎のような存在が許される程度には。逆に言えば、ああいった悩みは前に進むための糧になりうる程度に、この世界は真っ直ぐなのだ。

 追い詰められている、とも言うが。

 

「今は彼らを信じよう。俺たちは俺たちにできることをする。レーア、空からみて、一番怪しい場所は?」

「……お兄様たちが馬車でやってきた道の先、この森の入口から魔障は大量に出現しています。おそらくはそこに悪鬼がいて、魔障を送り出しているのかと」

「こないだの数の十倍の大本がそこ……か」

 

 少し考える。何を、といえば割り振りだ。

 

「じゃあ、レーアは俺と一緒に来てくれ。悪鬼のところに突入する助けがほしい」

「私がそちらで構わないのですか?」

 

 チラリ、とレーアの視線がクロに向く。

 レーアが俺と一緒に行くということは、自然とクロが集落の助けに向かうこととなる。拠点の防衛、敵の殲滅を考えるとレーアは後方に置いておいた方がいい存在だ。

 加えてクロは、先程もそうだったがとにかく自分が泥をかぶればいいというタイプ。最悪、無茶をして集落の人間の恨みを買うことになるかもしれない。

 

 例えば、集落の人間を守りやすいポイントに誘導するため、魔障として暴れる……とか。

 

「…………分かってル、しないよそんなこト」

 

 本人はお手上げだと言った様子で肩をすくめるが、それでも不安を拭えないのは、レーアがクロを警戒しているからだろう。ニュウに対してはやたらと親身だが、基本的にレーアはクロが嫌いだ。

 

「大丈夫だ。そんなことにはならない。それに、あそこにはソラさんがいる、彼女のことを考えると、レーアよりクロの方が相性がいい」

「…………もう、分かりましたわ」

 

 ぷくう、と頬をふくらませるレーアは、それだけ見れば年相応の幼い少女だ。普段があんなにバリバリの狂信聖女様をしているから忘れがちだが、レーアはまだ十代前半の少女である。

 前世だったら義務教育のただ中にある子どもだ。俺は、それを忘れてはいけないと思う。

 

「いいですかクロ様、お兄様が期待してくださっているのです。絶対にその期待を裏切ってはいけませんよ!」

「分かってル、分かってル。まったくお前は本当に口うるさいナ。そんな態度だからレイトにも怖がられるんだゾ」

「な……! 言うに事欠いて、お兄様のことを! ……やっぱり貴方は気に入りません!」

「ククク、そうして怒り狂っていれバ、相応に子供らしいんだがなァ、お前」

 

 ……それはそれとして、お互いに嫌い合っているとはいえ、この二人結構相性はよくないか? 喧嘩するほど……ってことかもしれないが。

 

「とにかく。レーア、行くぞ。……悪いが、俺を運んでくれ」

 

 少し申し訳ないが、身体スペックという面で俺はレーアに敵わない。加えて言うと、レーアは自身の神力で空を飛べるから、こういう時の移動はレーアを頼るのが鉄板だ。

 

「分かっていますわ。うふふ、お兄様と二人きり。こんな状況でなければとても興奮しますのに」

「そのまま空の上でくんずほぐれずいちゃついてろヨ」

「な……何言ってるんですか!!」

 

 顔を真赤にして、レーアが俺を抱えながらクロに文句をいいつつ、その場を飛び去る。

 ……うん、相性はいいかもしれないが、それはそれとしてこの二人を一緒にすると、無限に口論が続いてしまうな。

 

 平常時には絶対に反りが合わない二人だ、と改めて認識して、俺は悪鬼の元へ向かった。

 

 ……心配なのは、ニュウのことだ。

 相手は悪鬼、一般的に天騎よりも高いスペックを有する相手。相手の狙いが何かは解らないが……無茶だけはするなよ。絶対に、助けに行くからな。

 

 

 +++

 

 

 ニュウは気がつけば、森の入口に立っていた。

 周囲には無数の魔障がこちらを見下ろしている。空は雲に覆われ、まるでこの世界が牢獄のようだ。天騎ベータの下にいた頃は、ある意味ニュウは監禁されているような立場だったわけだが、その待遇は今の状況と天と地の差である。

 ゆえにこそ、地。

 ――悪鬼の存在を、否が応でもニュウは理解させられた。

 

「――ようこそ、天騎ニュウ……といいましたかね」

「お前は……」

 

 目の前に立っているのは、一見物静かな男だった。

 金髪に白の豪奢な服装。レイトが見れば異世界の貴族様かよ、と零しそうなその衣服を身にまとった男は、細身ではあるが引き締まった体躯をしており、非常に長身だ。

 ある種、美麗字句をそのまま身にまとったような優男。

 

 しかし、どうしてかニュウには、その男がそんな男には見えなかったのだ。

 

 一言で言えば、獣のよう。

 捕らえた獲物を食らい、引きちぎって噛み殺す。そんな獰猛なケモノにしか見えなかった。

 

「ズィーベン。悪鬼ズィーベンと申します」

 

 ニィ、と笑んだ口元から、牙がこぼれた。

 間違いない、こいつはケモノそのものだ。考えてみれば当然のこと、こいつがこれまでニュウを狙っていた悪鬼だとするなら、こいつは狼の魔障を重用していた。

 自分もそれと類似する存在だというのなら、納得である。

 

「ズィーベン……! お前、何が目的だ!」

「何が……ですか、ではそうですね。まずは――太陽結晶についてお聞きしたい」

「……っ! やっぱりな!」

 

 そりゃあそうあろう。自分を狙っているということは、それ以外に理由なんてあるわけがない。警戒するように、一歩ニュウが後ずさる。

 

「太陽結晶には、本当に悪鬼を滅ぼす力があるのですか? その力、“我々”が使うことは出来ないのですか?」

 

 その言葉に、一瞬ニュウは逡巡し、

 

「……知るか! そんなもんこれからお前で試すに決まってる。そして、この力はアタシとレイトのもんだ。他に使えるやつはいねぇ!」

 

 どちらも、嘘ではない。

 前者は言うまでもなく、後者に関しては嘘ではなく願望だ。そうであってほしいというニュウの切なる願い。この力は、自分とレイトをつなぐ絆そのもの。

 それを他人に使われるなど、我慢できることではなかった。

 

 だから、絶対に使わせない。そんな思いを込めてズィーベンを睨むと――

 

 

「そうですか。じゃあいいです」

 

 

 あっさりと、ズィーベンは太陽結晶への興味を失った。

 

「は――?」

「いえね、太陽結晶はもののついで、興味があったので試しに聞いてみた程度のものです。本題はここから」

 

 そういって、ズィーベンは笑みを深めながら問いかける。

 

「貴方の強さを、見せてほしいのです」

「なに、言ってんだよ……?」

「言葉のとおりですが?」

 

 思ってもみない言葉に、ニュウは目を丸くした。

 何を言っている? こいつは悪鬼だぞ?

 

「強さとか……そんなのを見て何がしたいんだ!?」

 

 ――ニュウの認識において、悪鬼というのは人の堕落を愛する存在だ。天騎ベータから、悪鬼の数は少ないけれど、外道極まりない行いをニュウは聞いたことがある。

 だからこそ、目の前に立っている男はそれとは正反対に思えてならなかった。

 

「おっと、もしかしたら君は少し誤解しているかもしれませんね。確かに悪鬼は人の堕落を愛しますが――それは別に一つの愛し方をしているわけではありません」

「何……?」

「天騎だってそうでしょう? 天騎アルファのように人が試練に挑むその姿を愛する者もいれば、イオタくんのように輝きとは名ばかりに、それを利用して人間を弄ぶことに執心する天騎もいる」

 

 イオタくん――天騎イオタのことか。ベータから聞いている、天騎の中でも最悪に近い天騎。……ようするに、ズィーベンは悪鬼も同じだといいたいのか?

 

「私の考えは単純です。あなた達の強さを知りたい。私に対し全力で抗ってほしい。ですからほら、貴方をここに呼び寄せた以上のことはしていないでしょう?」

 

 ――たしかに、ズィーベンはニュウに対し、呼び寄せる以外の細工をしていない。できないということかもしれないが――同時に、できたとしてもやらないだろうというのは、ズィーベンの態度から察しが付く。

 

「そして――」

 

 だからこそ、

 

 

「その強さを踏みにじり、ぐちゃぐちゃになるまで冒涜し、破壊したいのです」

 

 

 ――その言葉は、一種の確信とともに恐怖をニュウへ与えた。

 もしもクロが荒療治と称してニュウを脅していなければ、間違いなくニュウはそれに怖気づいていただろう。それくらいなまでに純粋な暴力性。

 恐怖を煽ろうなんて気は毛頭ないにも関わらず、思わず自分の末路を想像させてしまうズィーベンの言葉は猛烈な本人の自負によってなりたっていた。

 

 自分は今目の前にいる天騎よりも強い――と。

 

「…………そういうことかよ」

「ええ、理解していただけたら何よりです」

 

 言いながら、ズィーベンは一歩前に足を踏み出す。それが、構えであることくらいはニュウにも理解できた。

 

「――私も知らない、隠された天騎がいると知った時、私は歓喜しました。現在、この世界に“生き残っている”天騎はつまらない。イオタくんのような碌でもない天騎だけ。かつてのような、心躍る殺し合いは望めない」

「お前、何を……?」

「だからこそ! 期待していたのです! 天騎ニュウ。貴方の力が本物であることを、かつてを思い起こさせる本物の天騎の戦いであることを!」

 

 直後。

 猛烈な気配が悪鬼ズィーベンから漏れた。

 これが、悪鬼の本気。理解するまでもなく、そこにズィーベンは本性をさらけ出した。

 

 ヤツは言っている、構えろ――と。

 ニュウもまた、想いを力に変えて戦え、と。それを真正面から踏み潰し、蹂躙してやるぞ――と!

 

「アタシ……は」

 

 少しだけ、ニュウは自分のことを思い返した。

 千年もの間、外に出ることを許されなかった天騎。太陽結晶という人が悪鬼を討伐するための力を有する存在。箱入り娘だと、誰かはいった。

 何も知らないのだと、レイトは言った。

 

 そのとおりだと、今なら思う。

 

「――アタシは、バカだった」

 

 ゆっくりと言葉にする。

 

「この世界には途方も無い希望と、輝きがあるんだって信じていたバカだった。そんなものがないって、姉さまだって言っていたのに」

 

 胸に手を当て、瞳を閉じて。

 ぎゅう、と力を込めて拳を握り、そして目を見開く。ゆっくりと、目覚めるように。

 

「でも、そんなものはなくたって世界は生きているってアタシは知った。アタシだって生きているんだって知った」

 

 それと同時に、ニュウの背には光が灯る。数日、展開していなかったそれの調子を確かめるようにゆっくりと、光は広がっていった。

 

「恐怖を知った。自分が誰かを傷つける恐怖、それを突きつけられる恐怖。でも、それを突っぱねる言葉もアタシは知った」

 

 やがてそれが、光の翼を形成する。

 まるで、ニュウの心を鼓舞するように、翼がニュウへと力を与える。

 

「だから、悪鬼なんて関係ない、アタシを踏み潰そうたってどうでもいい。そんなの――」

 

 気がつけばそこには、

 

 

「アタシが、知ったことか!」

 

 

 ――天騎ニュウが、本来の姿で立っていた。

 

 ニィ、とズィーベンが口元を歪める。

 

「そうこなくては……天騎ニュウ!」

「かかってこいよ……悪鬼ズィーベン!」

 

 かくしてここに――天騎と悪鬼。

 この世界を蹂躙する、二つの超常存在が、激突した――――!




繁忙期くんは絶対に許しませんよ。
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