超常存在に「愛してやる」と言われて素直に「嫌だ」と言ったら更に愛された、解せぬ。 作:ていん
――煌々と水晶の光が大地を照らす夜闇の中で、俺と天騎は相対していた。
あちこちに生えている水晶はあまりに不揃いの凸凹であるにも関わらず、その場所が神聖極まりない場所であると錯覚するほど、目の前の少女は神々しく見える。
世界を額縁に変える、もしくは周囲を鑑賞作品へと置き換える。
そんな、余りにも場違いであり、場違いであるがゆえに自身へと世界の方を引き寄せる。
それが、天騎という存在であった。
天騎。
翼を纏う人類の守護者、魔を祓う超常存在。
その存在は、魔障によって人類の国や街、おおよそ文明と言える場所の多くが破壊され、人類が完全なる窮地に陥った時に現れた救世主であり、現在の人類が生存できている最も大きな要因だ。
ただし、天騎という存在は非常に気まぐれで、そして人類に対して非常に歪んだ愛情を抱いている。
前述した通り、天騎は人類の“輝き”というやつを愛しているのだ。
それは即ち、人類が前に進もうとする意志、逆境を跳ね除けようとする根性を指す。
魔障という障害に対し、生き残った人類はそれでも生きることを諦めなかった。諦めたやつから死んでいったのだから、当然といえば当然だ。
そんな人類の姿に感銘を受けたと、天騎は言ったという。
その輝きを人類が持ち続ける限り、人類の守護を約束する、とも。
逆に言えば、天騎は人類の堕落を許さない存在だ。怠惰、怠慢、惰性。そういった腑抜けた感情を抱く人類は、天騎の庇護下から外れて魔障によって殺される。
人類は常に前進を続けざるを得ない、しかし、そこで今度は逆に天騎の愛情が牙をむく。
俺の故郷なんかがいい例だ。
俺が生まれた村は、人類が自分たちの手で生活を行おうと、土地の開墾を行っていた。今や世界の多くが破壊によって人の住めない土地となってしまっているが、それでもなんとかやせ細りながらも作物を育てることのできる環境は存在する。
そこで、人々はそんな土地に、天騎から譲り受けた種子――天騎は食料や衣服などを自在に生み出すことができる。人類が生存できる理由の一つだ――を使って、自給自足の生活を送ろうとしていた。
その姿に感銘を受けた天騎の守護もあって、俺たちの村はそこそこ順調に発展を遂げて、俺のように村の中で生まれる子供も現れ始めたのだが――そこで天騎が余計な事をしやがった。
順調極まりない俺達の生活に対し、弛みがないかと危惧を抱いて、“試練”を与えたのである。
試練、これこそが天騎の最も厄介にして巫山戯た特質。
彼らは愛する人間に試練と称して惨劇を与える。その中で立ち上がり、再起する人間の輝きを見たいのだと言うが、彼らは加減というものが下手だった。
結果何が起きたのかと言えば、俺たちの村は全滅した。
天騎としては、畑を魔障に荒らさせて、そこからの再起を見たかったのだろう。
しかし、そもそも魔障が村に現れた時点で、人類に対抗手段はない。結果、全滅。なんとか俺と妹だけは両親に守られて無事だったものの、他に生き残ったものはいなかった。
――その、天騎が。
俺からすべてを奪ったやつの同類が、目の前にいる。
どれだけそいつが普通の天騎と違うかもしれないからって、受け入れがたいと感じるのは自然なことのはずだ。そして拒絶すらも意味がないのなら、いっそのこと。
逃げる。
俺は脱兎のごとく走り出していた。
一目散に、前兆すらなく。向こうに予想などできるものかと思いながら駆け出して――けれども即座に失敗を悟った。
「おい待てよ! どこに行くんだ!? アタシにも説明してくれよ!」
ピッタリと自分の横にくっついてきた、興味津々といった様子の少女の姿に、俺は大きなため息が漏れる。
「あ、何だよソレ!? 何でそんな嫌そうなんだよ、アタシは別にお前を取ってくおうとか思ってないぞ!?」
「知るか、ついてこないでくれ!」
「断る! やっと見つけた人間を、見逃すわけ無いだろ!」
「見つけたって、人間なんてあちこちにいるだろうが!」
この世界の人間は物理的にしぶといのだ。千年もの間、荒廃した世界で生きていけるくらいには。俺だってここ数日何も食べてないが、元気にこうして走り回ってるんだぞ?
だから探せばいくらでもいるだろう。というか、天騎っていうのは人間を上から観察してるんじゃないのか?
「いいだろ別に、アタシは初めて外に出たんだ。お前が最初にであった人類だったんだよ!」
「そうかよ、じゃあ次にあった人類に期待してくれ!」
箱入りか何かだったのか、こいつは人間を知らないような事を言う。だからといって、それで俺がこいつの話を聞く理由があるかと言えば、特にはないし、何より聞きたくない。
魔障も排除して、おそらく“当たり”と思われる鉱脈を見つけたんだ。それを天騎に邪魔されるなんてとんでもない、まだ悪鬼に邪魔されたほうが納得がいく。
俺の目的は表向きは教団の命令を受けての鉱脈の調査だが、それと同時にその鉱脈に“あるもの”を探しに来ているという本当の目的も存在する。
そしてそれは他のやつには知られてはいけないことで、ましてや天騎なんて論外。知られたが最後、俺の
「嫌だ、アタシはお前に興味があるんだ、レイト! お前じゃなきゃ嫌なんだよ!」
「何で俺なんだよ、俺じゃなくてもいいだろ!?」
「わかんないよ! アタシは誰かを愛するなんて初めてだったんだ! どう愛すればいいのかもわからない」
「天騎の人間に対する愛なんて、そんなの端から試練を与えること以外にないだろ!?」
本当に、訳のわからない事を言う。
天騎は人とは違う存在だ。寿命も、価値観も、何もかもが人間と違う。何よりも人を愛するとかいって、試練で人から大事なものを奪う存在が、俺には理解できない。
だというのにこれじゃあ、まるで。
「試練? 試練ってやつを与えればいいのか? そうすればお前を愛せるのか? じゃあ――」
まるで、こいつは――
「試練って、どうやって与えればいいんだ!?」
――天騎じゃないみたいじゃないか。
いや、実際。
試練を与えない天騎なんて聞いたことがない。そもそもニュウなんて天騎が教団の歴史に名を残したことも無いし、存在が噂されたこともない。まだ、俺が探し求めている代物の方が、現実的に存在する可能性の高い代物だ。
だってのに、
「お前……試練を与えたことがないのか?」
「あ、やっととまってくれた……」
俺は、思わず立ち止まって聞いていた。
何分も全力疾走していても、疲れることがないのはこの世界の人間の身体スペックなのだが、それでも思わず息が溢れる。おそらくそれは肉体面ではなく、精神面から溢れた吐息だった。
困惑と、それから緊張。
こんな事があるのかという、そういう考えが俺の中に張り付いていた。
「そうだ。そもそもアタシは生まれてから一度も、外の世界に出たことがない。人を愛する機会もなかった」
その言葉に、少しだけ俺はこいつに対する印象を変える。
天騎っていうのは傲慢な存在で、上から目線に人を愛するつもりで弄ぶ。そんな存在だと思っていたが、こいつはその前提に当てはまらない。
人を知らない天騎が、天騎と言えるのか? それくらいに、天騎と人類への愛――試練は切っても切れない関係だった。
「ずっとベータ姉さまが面倒をみてくれてたんだ。アタシ、特別な天騎なんだって」
「ベータ……天騎ベータか」
天騎ベータ。
天騎の中では特に有名な天騎で人類の前に姿を見せることが多い。俺も一度だけ顔を合わせたことがあるが……天騎の中では比較的マシ、といったところか。
試練を与えることもあるが、その試練は決して乗り越えられない試練ではない、と思う。ただ本当にギリギリの試練なので犠牲になっている人間もそこそこいるが。
これが天騎イオタ辺りだと、こいつに対する信用がガクっと落ちるが。
天騎ベータなら、ベータ本人の思惑はどうあれ、ニュウが怪しいやつかと言われると、疑わしいと思う。
そう考えていると、ぐいっとニュウが顔を近づけてきた。その可愛らしい顔立ちに、そして瞳に浮かんだ意志に、俺はドキリとさせられてしまう。
「だから、アタシは外の世界に出たかった。人間ってやつを見てみたかった!」
「……!」
あまりにもまっすぐ、必死に、訴えかけるように。
必死に耳を塞ぐこちらへ、それでも信じてほしいと訴えかけてくる。やろうと思えば、こいつは俺に無理やり言葉を聞かせてもいいってのに。
その方法を知らないのかもしれない、そうすることを考えつくことすらしないのかもしれない。
でも、ここまで正面から声をかけてくる相手に耳をふさぐのは。
いくらこっちの感情的な理由があったって、落ち度は俺にあるんじゃないか……?
何より、
「わ、……わるいか」
少しだけ気恥ずかしそうに問いかけてくるこいつは。
――どこからどう見ても、人と同じ様にしか見えなかったのだ。天騎によくある上から目線なんてどこにもない。俺と同じ目線で、話をしてくる。
そうだ、ニュウの経歴も天騎らしからぬそれである。
「お前は……人に会いたいって気持ちを抑圧したまま生きてきた、んだな」
「……そうだ」
恐る恐る、といった様子で問いかけた俺の言葉に、向こうもおっかなびっくりといった風に答える。お互いの間に、なんだか気まずいような、緊張の伴う空白が満ちて。
――気がつけば、俺はそれまでで一番大きな息を吐いていた。
「……俺が悪かった。天騎っていう色眼鏡でお前を見てたよ」
「――!」
こいつは、俺たち人間と何ら変わらない。天騎に抑圧される存在だ。たとえそれが同じ天騎だったとしても――俺はこいつに感情移入してしまう。
「それで、わざわざ俺に興味を覚えるからには、何か聞きたいことはあるのか?」
「ある! レイトは何をするつもりなんだ?」
そして、まっすぐ、ただ純粋にこちらを見つめてくる瞳に、俺は――懐かしいものを覚えたんだ。
こいつなら、信じてもいいのかな、と。心の底で思ったんだろう。
口をついて出た言葉は、心底に隠してきた本音だった。
「悪鬼を倒したい。魔障でなく悪鬼を、天騎の力を借りずに、人間の手で」
そう、鋭く言い放ったんだ。
+++
本来、人間は魔障を傷つけることはできない。しかし日結晶を使えばそれが可能だ。だがそれは悪鬼には通用しない。通用していれば、人間はきっとすでに悪鬼を討伐していただろう。
すべてを、とは言わないが一体や二体くらい。その程度の底力は人間にだってあると、俺はそう思っている。
とはいえ、魔障に対して効果のある物質が存在する以上、悪鬼に対しても効果のある物質は存在するのではないかと考えるのは普通のこと。
そこで俺は教団の資料を漁って、一般の信徒が閲覧することの出来ない場所にまで潜り込み、探しに探して、ようやく見つけた。
古ぼけた書物に記されたその物質名は、
「――太陽結晶」
それが俺の探す結晶の名前だ。
正直なところ、ここまでニュウに話している自分にすら驚きだが、ニュウはといえばそれに驚くでも、否定的になるでもなく真剣に聞いてくれている。
聞き手としてそれは理想的な態度であり、どこか手慣れたものを感じていた。
こいつは天騎ベータのもとでずっと暮らしていたと言っていたが、ベータの語りを聞き手として聞いていたのなら、納得である。
「……それは、実在するものなのか?」
「わからない。ただ日結晶とは太陽結晶から発生したもので、太陽結晶に反応して発光すると書物には記されていた。それが事実なら――」
俺は周囲を見渡す。
辺り一面の日結晶が発光し、昼のように明るくなっているこの森は、その書物の内容を肯定しているように思えてならない。むしろ、この光景がその書物を肯定しているのか。
「本来の日結晶は、こんな光源になるほど光らないんだよ。あるき回るのに不便はしないが、光源なしで戦闘するには少し不安だな」
特に日結晶はもろくてあちこちに破片が散らばっているから、思わぬところでそれを踏んで態勢が崩れるかもしれない。そう考えると、夜での戦闘は難しいと言わざるを得ないだろう。
「だが、それが何年も見つからなかったのは正直疑問だ。世界中に日結晶は発生してるのに、大本が見つからないのは可笑しいだろ」
「…………そうかもな」
ふと、違和感。
ニュウは何かを考えるようにしている。しかし、どうしたのかと問いかける前に、ニュウの方が口を開いた。
「なぁ、それを見つけてレイトはどうするんだ?」
「どうするって、具体的な話か?」
「うん」
まぁ実際、あったところで使い方がわからなければ意味がない。例えば太陽結晶が小さな欠片みたいな代物で、一回使ってしまえばもう使えない上に、日結晶も生み出せなくなるとかであれば最悪だ。
書物にも太陽結晶の存在事態は記されていたが、その使用方法に頭を悩ませる一文が添えられていた。
とはいえ、ソレに関しては問題はない。どうしてかといえば、それは単純に俺が転生者だからなのだが――この辺りは説明するのが難しいな。
流石に転生者ですって話すわけにも行かないし、そもそも概念的に理解してもらえるかもわからない。
「本当に少し、一欠片でもあれば効果はある……と、俺は考えてる」
「そか。じゃあさ、一ついいかな」
「どうした?」
ふと、立ち止まってニュウが言いよどむ。
何かを悩むように、決心する覚悟が足りていないかのように。
それは――どういう感情だろう。あまり女性の機微に聡くない自覚があるので、悩む。
「実は――」
そして意を決してニュウが口を開いた時。俺の視界に、それは映った。
「――危ない!」
俺は思わず、ニュウを庇って飛び退いていた。大きく飛び退いたせいですごい音を立てて結晶が崩れる、ああもったいない。この世界の人間は頑丈だから痛みはないが、それでも衝撃に目が回る。慌てて被りを振って視線を“そいつ”に向けた。
そいつは拳を俺たちがいた場所に振り抜いた状態で立っている。人型のオオカミを思わせる姿、なんてことはない――魔障である。
「な、何するんだよぅ」
「悪い、つい」
「……別に、悪くはないけどさ」
ぷいっと顔をそらすニュウ、こいつが天騎だってことを一瞬忘れていた。別にかばわなくたってどうこうなることはないだろうに。
ともあれ、逆にその方がよかったと思わなくもない。
「……まずいぞ、魔障だ」
「見れば分かる。……一人じゃ勝てないか? アタシがどうにかしようか?」
「
自分の力を誇示したいのか――そういうところも天騎としては異質だが――ニュウは訊ねてくるが、それだけはダメだ。
「そりゃニュウならこいつには負けないだろうけどさ――こいつ、強いんだよ」
だったらなおさら、という眼でニュウがこちらを見てくる。
が、だからこそダメなのだ。
「こいつをニュウがふっとばそうとしたら、この森を消し飛ばすくらいの火力が必要になるぞ」
――人型オオカミの魔障。
教団でも記録が残っている、間違いない、こいつは悪鬼の手先だ。厄介なことに――かつて天騎がこの魔障を討伐したという記録がある。
それはつまり、天騎が討伐する必要のあるということで。
「ニュウ、お前は逃げたことを天騎ベータに知られたくないだろ?」
「うっ……そ、そうだけど」
「じゃあ、ダメなんだよ」
何より、記録が残るということは――
「こいつをお前が倒したら、
――それは、まずい。
ああ、まったく俺は――
一時間に満たないほどの短い付き合いで、こいつに入れ込んじまってるらしい。
「だからこいつは――」
お人好しもいいところだ。
だけど……やるしかない。
こいつは――この魔障は、
「――俺が倒す」
そう、決意するのだった。
天騎らしい天騎もそのうち登場しますが、ヒロイン事態はこんな感じです。
※天騎ベータと主人公の面識が後の展開で会ったことになっているのにここだとなっていなかったため訂正しました。