超常存在に「愛してやる」と言われて素直に「嫌だ」と言ったら更に愛された、解せぬ。 作:ていん
派手とも華奢とも言えるような、周囲に響く破砕音とともに、巨大な日結晶が砕け散る。そのほとんどが大きな人型オオカミの魔障に叩きつけられるのだが、魔障はそれを鬱陶しそうに振り払い、こちらに視線を向ける。
――失敗だ。
「逃げるぞ!」
俺は叫びながらニュウの手を引いて駆け出す。スグに必要ないと言わんばかりにニュウが手を振り払おうとするが俺はそれを無視して突っ走る。
下手に反撃して、地形が壊れたら説明が難しいんだよ!
やがて諦めたのか、それとも一種の文句か、声を張り上げてニュウが問いかけてくる。
「これからどうするんだ! このまま逃げ切るのか? それくらいだったらアタシでも手伝えるけど!」
「ダメだ、近くに集落がある。ここで俺たちが逃げたらこいつはそこへ向かう!」
この魔障の厄介なところは日結晶が効かないということだ。日結晶さえ通用すれば一体だけなら数で囲んで普通の人間でも討伐できる。しかしこれでは、ただの人間に魔障を討伐することはかなわない。
魔障の中でもごく一部、最上級の魔障だけが許される、ある種の例外的特権だ。
「こいつを倒すとなれば、天騎か聖女……けど、聖女だと一人では荷が重い」
聖女、人類の中から天騎への愛によって目覚める狂信者。人を越えた力を持ち、こういった巨大な魔障にも対応できる希少な人材。
女性しかなれないので、当然俺は聖女ではない。そして、集落に聖女が駐留していることはあるが、いてもせいぜい一人くらいだ。二人いることもあるが……それでもこいつは厳しいだろう。
「ここにいるだろ? あいつを倒せる天騎が」
「他のどこにいるんだよ。おかげで、こんなところで力を使えばどこで誰がそうしたかバレバレだ、天騎は十二……十三騎しかいないんだから!」
一般的に天騎は十二騎と言われているが、ちょうど目の前に例外の十三騎めが現れたので訂正する。
「……っ! 言ってる場合かぁ! 追いつかれるぞ!」
「く……っ! の!」
後方から迫ってくる魔障の気配。ニュウの警告も相まって、俺は即座に横っ飛びする、日結晶が特に密集する地帯への攻撃は、いくらそれが致命的でないとしても魔障は好まない。
魔障は爪を振るって、そこから風の刃を生み出すが、エアスポットの如く俺たちが逃げ込んだ場所に攻撃は飛んでこなかった。
そのまま止まることなく移動する、そんなことを何度か繰り返しながら俺たちは会話を続けていた。
「……人類の魔障に対する対抗手段は二つ、日結晶と聖女だ。後者が難しい以上、日結晶でなんとかするしかない」
「なってないじゃないか!」
「あるだろここには、日結晶以上の日結晶が!」
つまり、こいつをどうにかするなら、最も単純な手段は俺が太陽結晶を見つけ出すことだ。結晶の鉱脈は広大で、一体どこに太陽結晶があるんだかさっぱりだが、それでも探し出してアレを討伐する以外に、まともな解決手段はないだろう。
「このまま逃げ続けるつもりか? お前はアタシが地形を壊すことを恐れてるみたいだが、今はあいつがあの爪であちこちをボロボロにしてる。どっちにしろ、いずれはアタシが暴れたのと同じことになる」
「それでも、俺が討伐したって言ったほうが、お前が討伐したって言うより、お前に迷惑がかからないだろ」
「そんなこと気にしてたのかよ!?」
そんなこと、と言っても俺はこいつに同情してしまった。こいつがまた檻の中に戻ることを、俺は良しと思えなくなった。だったら、可能な限りそれを助けようと思うのは、おかしなことか?
――おかしなことだよな、うん。
どうかしてるとは、自分でも思う。
「……もういいよ、お前がこいつを自分の手で倒したい理由は、それだけか?」
「――――まさか」
そんなわけない。
確かに俺はニュウに同情しているし、こいつの助けになりたいとも思っちまったが、まさかそれだけで自分が泥をかぶるような無茶ができるはずはない。
根源的に、俺がそういうことをするのは、俺が転生したからだ。
旨いものも、温かい住居もいくらでも満ち足りていたあの頃から、なにもない食事も満足に食べられないし、夜は寒さに震えながら寝るしか無い世界に転生して。
それでも俺が生きようと思ったのは――
「――俺が生きたいと思ったのは、俺の故郷が暖かかったからだ」
「暖かかった……?」
「そうだ、物理的にじゃないぞ? 心がだ。互いに支え合って、毎日を前向きに生きて、何もなかったけど、たしかに俺はそこで、生きてる……って思ったんだ」
思えば、それが初めてだったかもしれない。
生きるってことの意味を考えたのも、生きていけるってことがありがたいことだって自覚したのも。居場所ってやつがどうしようもなく暖かいものだってことも。
けど、
「だけど、奪われた」
俺は、言葉にする時、少しだけ歯噛みするのを自覚した。
ああ、そうだよな。
もう何年も経ってはいるけれど、思い出す度に悔しさがこみ上げてくる。不甲斐なさで死にたく鳴る。でも、
死ねないから前を向くための力にしかできなくなる。
「故郷も、家族も、何もかも! 残されたものも、変わってしまった。変わらなかったものなんて、この小さいナイフくらいなもんだ」
ニュウの手を掴まない手で握りしめた手作りのナイフを、ぎゅっと握り込む。
「一度奪われて、意味を知った。二度奪われて、不条理を呪った」
俺は、足を止めた。振り返って正面から魔障を睨みつけ、迫りくるそいつの前に立つ。ニュウの顔が、振り返る時に少しだけ見えた。
自分がどんな表情を浮かべればいいのかわからない、って顔をしている。
お前は天騎だろ、だったらもう少し、俺の話に喜びを見出してもいいんだぞ。ああでも、そうじゃないからお前に同情したんだけどな、ニュウ。
「だから……!」
――ニュウの顔が覚悟に変わったのを最後に、俺は魔障と向き合って、迫りくるそいつに、
「これ以上、俺から何かを奪われてたまるかぁ!!」
怒りとともに叫びながら、懐に潜り込む。
風の刃を躱し、その二の腕をギリギリで避けながら、駆け抜けるようにして大きな結晶の影に潜り込む、ヤツの死角になる位置だ。
そのまま距離を取り、森を駆ける。
俺たちを見失った魔障は、周囲を見渡して走り出した。俺たちを追いかけるのだろう、すぐに追いつかれるかもしれないが多少の時間は稼げたから問題ない。
「……なぁ、レイト」
「なんだ」
「太陽結晶を、お前はどうするつもりなんだ? 太陽結晶さえあれば、勝機はあるのか?」
その言葉に今更疑問は抱かない。
ヒントは、いくらかあったからだ。
「ある。仮説ではあるが、ほぼ間違いないだろうとも俺は思っている」
「なら、太陽結晶さえあればいいんだな」
そもそも、この場には太陽結晶が存在しているという事実。日結晶の輝きは、それを俺に教えてくれた。
次に、こうして俺達の目の前に現れた魔障の存在。俺が狙いでないのなら、一体誰が狙いなんだ?
そして何より、ニュウの魔障が現れる直前の態度。何かを話すべきか迷っている様子だった。
「ああ、ソレがあれば俺はあいつに勝利してみせる」
「そうか、じゃあ――レイト、聞いてくれ」
であれば、
「太陽結晶は、ある」
「どこに?」
自ずと答えは、見えてくる。
俺はニュウの覚悟を見て、それをニュウの口から聞くことを選んだ。
「――――アタシが、太陽結晶だ」
ここに至るまで、何年の時間が経っただろう。
故郷を魔障に滅ぼされ、天騎にそれを見捨てられた。妹のこともあって教団に加わってそこの資料から太陽結晶の存在に行き着き、悪鬼を自分の手で倒そうと考えた。
そして、ようやく。
俺は、それをこの手に掴む時が来た。
+++
「こっちだ!」
ニュウの声と、先程魔障を貫いた光線が飛び交う音。あれくらいなら地形を変えないから、陽動にはもってこいだ。今、俺がいるのは結晶に囲まれた開けた場所。
この世界でなければ上から月が望んでいたかもしれないが、この世界の光源は結晶だけだ。
先程の、ニュウとの会話を思い出す。
『――この世界の人間は身体スペックがおかしい』
『っていうと?』
『数日何も食べなくても大丈夫だったり、何時間も走り続けるのは、人のスペックとしてはおかしいんだ』
『なんでそんなこと分かるんだよ』
『昔はそうじゃなかったらしい』
そう、この世界の人間は、前世の俺たちと比べても明らかにスペックが可笑しい。昔はそうじゃなかった……というのは仮説だが、おそらく間違ってはいないだろう。
なにせ人類は魔障が出現する以前と以後で大きく数を減らしているが、人類が労働力で困ったなんて話を、俺は教団にいて聞いたことがないからだ。それを補えるくらい各人の身体スペックが向上しているのである。
『じゃあ、何が原因なんだよ』
『それこそ、日結晶以外に無いだろう。日結晶はとてももろくて、踏み潰せば簡単に塵に変わる。この世界の大気には、それが今も混じっているはずだ』
『たいき?』
『呼吸をすると、常に日結晶の見えない粉末が身体の中に入ってくるんだよ』
何より大きいのは、粉末状の日結晶を服用することで、若干ながら身体能力の向上が見込めることだろう。とはいえ、一年服用を続けて、ジャンプ力が50センチ強化されるといった程度だったから、対悪鬼には誤差でしかないのだが。
『つまり、その……なんだ? 太陽結晶をお前、食べるつもりか?」
『普通の結晶ならそうしてたかもしれないけどな、けど、ニュウが太陽結晶なんだろ? だったら別の方法もあるはずだ』
日結晶が人間に影響を与える例はもう一つある。聖女の誕生だ。聖女は体内に日結晶を取り込み、確固たる強い想いを抱くことで覚醒する。その対象は天騎であり、言ってしまえばそれは天騎と人間の契約だ。
同じことが、太陽結晶でもできるのではないか。
『聖女は女しかなれないんだろ。失敗したらどうするんだ』
『その時はその時だ。今は、挑戦しない理由を探すほうが難しい』
話はそこでおしまいだ。それから俺たちはある程度の打ち合わせを終えて、ニュウにこの場へ魔障をおびき寄せてもらうことで一致する。
後は、ここでぶっつけ本番の契約をして、太陽結晶を俺に取り込むほかはない。
太陽結晶がニュウ……天騎だったことで、人間のみでの悪鬼討伐は不可能だということになった。しかし、それが不快な気はしない。ニュウは普通の天騎とは違う。だからというだけでなく何より。
俺はその事実よりも、ニュウという存在にどこか運命的なものを感じずにはいられないのだ。
何より、もはや天騎がどうとか気にしていられる状況じゃない。近くの集落のこともある。今はあの魔障を倒すための最も合理的で単純な手段を取る必要がある。
「――レイト!」
ニュウの叫び声が聞こえる。
間近だ、もうすぐニュウと魔障がこの場にやってくる。そして、俺が長年探し求めてきた命題の、答え合わせが始まる。俺がこの世界に転生したがゆえに気付いたその事実は、言ってしまえば俺が転生してきた意味そのもの。
この世界に生まれ落ちることに、何か意味があったのなら。
俺は、その答えが欲しかった。
「ニュウ、やるぞ!」
「……ああ!」
高速で飛んできたニュウに手をのばす。その速度は明らかに俺が走るよりも早いが、それはそれ。この入り組んだ森の中では魔障を撒く速度はでないのだから同じことだ。
そして、続けて魔障もやってくる。結晶を壊すことは避けたいのか、森を破壊することはあまりしていない。今も、木々の間から抜けるように飛び出してきた。多少、回避のために森を破壊してしまったが、このくらいなら言い訳の聞く範囲だろう。
だから、後はここでこいつを倒せばいい。
俺もまた、ニュウに対して手をのばす。思い浮かべるのは、守りたいという意志。奪われたくないという意地。俺の中にある多くの感情でもって、光を帯びるニュウに手をのばす。
「レイト!」
やがて、俺はニュウを抱き寄せて、予め説明を受けていた通りにナイフを取り出す。必要なのは意志と武器。太陽結晶の契約には、その二つがいるらしかった。
「アタシ、外の世界に出て良かった! お前に会えたからだ!」
「…………」
「これからのことが、世界を見て回ることが楽しみで仕方ない!」
「…………そうか」
この世界は、決して素晴らしい世界ではないけれど。
でも、期待はずれってほどではないと、俺は思うぞ。
そして、ニュウの胸元に光が灯る。
これにナイフを差し込めということらしい。
「――太陽結晶よ。もし、俺の願いが届くなら」
魔障が、こちらに迫ってくる。
「少しでもいい。俺の手が届く範囲でもいい。俺の守りたいと思ったものを、守れる力を俺にくれ」
ナイフが、光に呑まれていく。
腕の中で、熱をこらえるようにニュウが呻く。
「もう、何も奪われなくていいように!!」
そして、引き抜いた。
直後、魔障が俺の目の前に迫り、目を見開いたニュウが、俺の腕の中で叫ぶ。
「行けぇ、レイト!」
俺は、引き抜いたそれに目を向けることなく、ただ無我夢中に振り斬る。
「――――ッ! ォオオオオオオオオオオオ!!」
ただ、叫び。
意思を込めて、まっすぐに。
――直後、迫ってきた魔障が、二つに分かれて、俺の後ろに倒れ込んだ。
それは、間違いなく俺の得物が成したことだ。
手に熱を感じて見る。俺の手には、太陽のような紋様が生まれていて、俺が握ったナイフは――太陽のような白金の刀身を帯びて、光の刃を形成している。
これが――太陽結晶、ニュウの力。
「やった……」
魔障は動かない。
こいつらは命を失えば、いずれ闇に溶けるように消えていく。実際、この魔障も少しずつ闇に溶けて、いずれ何ものでもなくなって消えるだろう。
「……づ、あっつ!」
直後、俺は手にしていた剣の身を焼くような熱に、思わずナイフを手放してしまう。ナイフから伸びた光の剣は、地面にころがって十秒程度維持された後、だんだんと短くなって消失した。
俺の手に浮かんでいる紋様も、光を失って痣のようなものへ変わる。
……これは、手袋を常備しておいたほうがいいな。
「大丈夫か? レイト?」
「あ、ああ……あんまり長時間は使えないのかもしれないな」
いいながらニュウを手放し、ナイフを拾い上げる。もう先程のような熱はなかった。
「ともあれ、だ」
二人揃って、溶けていく魔障を見てから視線を合わせる。
それから数秒の沈黙。
「は、ははは――」
俺たちは、
「あはは――!」
笑っていた。
おかしくて、どうしようもなくおかしくて。
自分でもわけがわからないほどにおかしくて。
ただ、ただ笑うしかなかったんだ――
+++
――やってのけた。
レイトはニュウの期待をすべて応えて、やってみせた。
戦う理由も、助ける理由も、それに伴う手段も、全てがニュウの夢見てきた、希望を信じる人類のそれ。前向きで、明日のために戦う人類のそれ。
輝きそのものだった。
(レイト! レイト! すごいぞ、レイト! さすがはアタシが愛すると決めた人間だ!)
世界にはこんなにも素晴らしいものが溢れているのか、とニュウは歓喜する。
これから、自分はどれだけ素晴らしい人類を眼にするだろう。どれだけ多くの輝きを眼にするだろう。そう思うだけで、心が躍る。
ああ、本当に――
(愛してるぞ、レイト。お前は、アタシが見たかった人間そのものだ!)
ゆえに、当然のことをニュウは知らない。
ニュウにとって、レイトとは理想すぎた。天騎ベータの言う普通の人間を彼女は知らないまま、レイトを普通だと思い込んだ。
それは、後に訪れる失望と相まって、彼女の中のレイトに対する想いを強くする材料となる。
ニュウは未だに気が付かない、レイトに対する執着という沼に、彼女自身がハマりつつあることを――
だいたいこんな感じの話です。
次回は聖女のお話、天騎も出ます。