超常存在に「愛してやる」と言われて素直に「嫌だ」と言ったら更に愛された、解せぬ。 作:ていん
二話で天騎ベータと主人公の面識がなかったと描写していましたが、その後の展開で面識があることになったのに訂正できていなかったため、これは間違いです。
大変失礼いたしました。
装飾の少ない、飾り気はないけれど静謐で神聖さを感じることのできる、不思議な空間だった。教会という言葉でイメージするようなステンドグラスとか石像とかは何もなく、あるのは日結晶を取り付けたキャンドルのようなもの。それを光源としているため、夜は淡い光で周囲を照らし、昼は雲に覆われた太陽の光が反射してどことなく落ち着いた雰囲気を与える。
ここは教団の一室、大聖堂と呼ばれるそこは、場合によっては教団の人間がすべて集められて、天騎からの言葉を受け取ることもある。
教団自体はあちこちに支部があるため、ここがそのすべてではないが、それでもここが神聖かつ重要な場所であることに違いはない。俺は、そこに呼び出されていたのだ。
ハッキリ言うと、意外である。
俺は一人で日結晶の鉱脈を見つけるという任務を請け負っていた。この任務自体は非常に重要な任務で、一人でそれを受けるのも俺くらいだが、それを成功させたことは何度かある。
だというのに大聖堂へ呼び出されるというのは、これが初めてのことだった。
脳裏をよぎるのは、現在俺の部屋で静かにしている――はず――の家出天騎ことニュウの存在だ。まさかバレているということはないと思うが――そうならないように太陽結晶で魔障を倒したのだが。
さて、一体何事か――俺は目の前にいる年老いた女性、この教団を取りまとめる聖女の一人と相対していた。
「――この度は、任務の成功おめでとうございます」
「……感謝いたします」
聖女。
この世界における人類の魔障への対抗手段の一つ。もう一つは言うまでもなく日結晶。
その実態は、天騎への愛、つまり信仰心によって目覚めた狂信者の集まりだ。この世界で何よりも天騎を愛し、天騎に殉ずることを使命とする存在。
正直なところ、人類の輝きを愛する天騎とはあまり相性が良くないのではないか、と時折思う。ただ、天騎としても自分の言うことへ絶対に逆らわない手駒というのは便利なようで、聖女が誕生してからこれまで、天騎が聖女を排除したという話は聞かない。
「貴方の活躍で、また一つ人類の拠点が誕生したことになります。それを誇りと思うよう。天騎様も貴方を見ています」
「はい」
どうして聖女なるものが生まれるか、というのは前にも語ったが、どうやら日結晶とは人の想いに反応するようなのだ。特に天騎への愛には強く反応し、それが一定となると体内の日結晶が変化を起こす。一度変化を起こした日結晶は以後、聖女の“神力”となり、魔障への有効な攻撃手段となる。
これを俺は天騎と人間の契約関係だと考えているが、実際のところは不明だ。一応、それで太陽結晶を起動できたわけだが、本当にその理論で合っているかは自分でも怪しいと思っている。
「レイト。貴方は敬虔な信徒として、聖女でないにも関わらず単独で多くの任務をこなしてくれました。貴方の信仰心を疑うものは教団にはいないでしょう」
「ありがたきお言葉です」
まぁ、別に俺は教団のことも天騎のことも何一つ信頼も信奉もしていないわけだが。
ただ教団の役割である人類の守護が俺にとって都合がいいだけだ。現在、人類は天騎の守護下にあるが、それを実働的に取り仕切っているのは教団だ。
何より直接的に魔障と対決する手段である聖女を保有していて、天騎と直接交信することもできる。天騎は食料などを生み出して人類に配るわけだが、その公正な分配も教団の仕事だ。
「一日の休憩の後、次は西の集落に“恵み”を分配する手伝いをしていただきます」
「承りました」
教団は天騎の信奉者だが腐ってはいない。というより、狂気的な信仰者である聖女が中核となりやすい分、極端な信仰と引き換えに極端な潔白さを有しているとも言える。
おかげでこうして見つかった日結晶の鉱脈には、各地から仕事にあぶれてしまった人間、魔障の襲撃で故郷を追われた人間が集められて送られ、新たな集落を形成。そこを教団が守護し、日結晶の代わりに食料を輸送したりする。これを千年、不正なく続けてくることができたわけだ。
まぁそれが、不正だらけではあっても、人々が自由に生活を謳歌できる生活とどちらが良いかはケースバイケースではあるが。
「ですが――」
そして、次なる俺の仕事は、聖女と協力して食料等を輸送する、教団においては非常にベターな仕事なのだが。
「貴方はまた死ぬことができなかったのですね、レイト」
俺をねぎらうところから、聖女の言葉が変化する。
残念そうな、同情するような声音。決して蔑みのようなものは一切ない。恐ろしいことに、完全にこちらを慮っての発言だ、これは。
「此度の任務。魔障が発生したそうですね」
「はい、日結晶の鉱脈近くだったため、鉱脈を利用して討伐に成功しました」
「その勇気を、天騎様もご覧になっておられることでしょう」
そもそもの話、こうしてわざわざ教団のおえらいさんから指令を直接受け取る必要はない。報告だって、この聖女さんに直接上げているわけではなく、すでに俺が上げた報告を聖女さんが受け取った後、こうして呼び出されているに過ぎないのだ。
だから、俺がここに呼ばれた本題はこれ、ということになる。
しかし、この話は何度目だ?
「ですが、我々の本懐は天騎様の愛に応えること。貴方は死ぬことができなかった。愛に応えることができなかったのです」
「……」
「貴方の絶望、後悔。私も同じ立場であるがゆえに感じ入るものがあります」
聖女、というのは天騎への殉教者だ。
天騎が死ねというのなら死ぬし、何なら今すぐにでも死ねと命じてほしいと願っている。だが、天騎は合理性が高く、そこまで無駄なことはしない。するのは結果的に死んでしまうということが明白だが聖女を犠牲にすることで成果の得られる命令だ。
実際、それは聖女の天騎に対する愛と合致し、聖女にとっても、天騎への殉教とはそういった天騎の命令を遵守して死ぬことである。
だからこそ、年を経た聖女というのは、それができなかった聖女なのだ。
今、俺の目の前にいるように、老齢となった彼女に、全盛期の力は残っていない。今でも普通の人間よりは強いが、それを振るって得られる成果は微々たるもので、天騎にしてみれば彼女を使って人間を管理するほうがよっぽど合理的だ。
「レイト、貴方は聖女ではありません。故に、どれほど素晴らしい信仰心を得ていても、天啓を得ることができません」
天騎から聖女への命令は天啓という形で行われる。聖女の脳内に、直接言葉を送るというものらしい。実態はテレパシーが近いのだろうか。
「故に、貴方は自分で死に場所を選ばなくてはならないのです。ですが悲観しないでください。きっと貴方に相応しい死に場所はいずれ、必ず訪れます」
「…………」
「どうか、その時まで天騎様への愛を忘れぬよう。貴方の勇気を翳らせぬよう務めてください」
俺は、深く沈黙した。傍から見れば聖女の言葉に感じ入って、それを心のなかで飲み込んでいるように見えるだろう。もちろんそんなことはないが。
冗談じゃない、俺は死なないために、奪われないために戦っているんだ。
こんな、狂信的な場所で、その狂信へ殉ずるためじゃない。
ある意味、これが人間の限界なのだろう。人は生きることを諦めてはいない。天騎に強制されているというのもあるが、現状を維持しようという努力を人間は怠らない。
しかし、それが現状の打破にまでは繋がらない。悪鬼を討伐する手段である太陽結晶の存在は隠されている。それがなくとも、今の人類に未来を思う余裕はない。精神的にこれが限界なのだ。
「……では、これで失礼いたします」
「ええ、良い輝きを」
聖女が俺の沈黙に納得したのを見て取った後、俺はそう告げてこの場を退去しようとする。この空間は、死を望まれる状況は息苦しくてしょうがない。
はやく、この場を離れたくて仕方がなかった。
が、しかし。
その日は違った。
「少し、待て」
――背を向けた俺に、待ったがかかったのだ。
それは、聞き覚えのある声だった。かつて一度だけ、この声の主と相対したことがある。あれは、そうだ――クロとの事で俺が死にかけていた時……
いや。
「話がある。人間、振り返り、傅くがよい」
なぜ、ここにいる?
俺は一瞬で混乱に陥る心境を表に出さないよう努めて、振り返る。多少の緊張は相手が相手なのだから当たり前、それを不審に思われることはない。
しかし、それでも。
動揺が抑えられない。だって、だってそうだろう――?
「良い、妾は天騎ベータ。人を導き守護する天騎が一翼」
なぜ、今この瞬間。
よりにもよって天騎ベータが降臨する!?
いやなぜなんて、そんなの今でもない。ニュウの事以外にありえないだろ、こいつはニュウの保護者だったんだぞ? 傅いて、顔を伏せることでなんとか混乱を伝えないように振る舞う。
呼吸を深くして、相手の言葉を待った。
「人間、名は?」
……その質問は、二度目だ。
なんとか、相手の言葉が自分の想像を越えなかったことで、俺は少しだけ平静を取り戻す。
「レイト、と申します」
「そうか、ではレイト。その名は覚えておくこととしよう」
その言葉も、二度目だ。
そもそも天騎に人の名前を覚えるなんて情緒はない。ニュウという例外を除いて、これが普通だ。傲慢な超常存在。ニュウの存在を隠匿し、彼女を匿っていたベータだってそれは変わらない。
「人間よ、妾はその輝きを決して見逃さぬ。常に愛し、常に応えよう。故に人もその輝きを忘れず、努力を怠らぬことだ。怠惰なる者に天騎の守護は許されない。歩みを止める者から魔障によって散っていくだろう」
「は……」
粛々と、定型文のように――実際ほとんど定型文なのだが――ベータが告げる。これを聞いて感動するのは天騎の信徒だけだ。いや、この世界の人間はほぼすべてが天騎を信奉しているから、おかしいのは俺の方なのだが。
実際、チラリと視線を向ければ妙齢の聖女は突如として現れた天騎ベータに慄き、傅きながらもその言葉に打ち震えている。
「さて、妾が降臨したのもほかではない。お前に聞きたいことがあるのだ、人間よ」
「何でございましょう」
「太陽結晶というものを知っているか?」
単刀直入、というやつだろうか。
直接ニュウのことを問いかけてこないのは、向こうにも思惑がある、ということの証明なのかもしれないが。ともあれそれについては、俺の答えは決まっている。
「存じております」
嘘はつかない。ついたところで意味がない。
聞かれたことを聞かれたとおりに、ただし俺の言葉で伝える。その上で、天騎ベータの顔色を伺った。
二十代半ばの、老いを知らない美しい相貌だ。
身長は百八十半ばか、長身とそれに見合った豊満なボディ、まさしく聖母を体現したような、銀髪の美女。まとった白い羽衣も、その神聖さを強調していた。
といってもこの姿は天騎共通のものだが。
表情に変化はない、深い笑みを浮かべたまま、こちらの言葉の続きを待っているようだ。
そういえば、ふと視界に入ったが、聖女さんの方は俺達の会話についていけてないようだ。太陽結晶の存在を知らなかった、ということだろう。
まさか本当に知らないのか? 俺はてっきり教団上層部は太陽結晶の存在を把握していて、秘密裏に捜索しているか、もしくは天騎の天啓によって捜索を禁じられているかだと睨んでいたのだが。
そうなると、俺が太陽結晶を入手したことを聖女に報告する意義はあるのではないか。今はそれどころではないが……と少し考えて、俺は保留を選んだ。
理由は色々あるが、一番大きいのはそもそも太陽結晶は手に入れたが悪鬼を討伐したわけではないからだ。俺はまだ、それが本当に悪鬼を討伐できると世界に証明できる手段がない。
ともあれ、今は天騎ベータとのことだ。
「教団の書庫に眠っている書物に記されておりました。人の手で悪鬼を討伐することが可能となる、日結晶の根源たる存在である、と」
「あの書庫は人の立ち入りは禁じているはずだがな……まぁよい。それを知っているということは、当然お前はそれを探すのだろうな?」
「はい、人の手での悪鬼の討伐。それが為れば、我々人類は悪鬼に対して、ようやく牙を得ることが出来ます」
正確には探していた、だが。
嘘は言っていない。そもそも質問の意図からして、探すか否かを聞いているに過ぎないのだから。だが、同時にジリジリと首元に何かが近づいてくるのを感じる。
それは果たして、死神の鎌か断頭台のギロチンか。
書庫の立ち入りを禁じていたことを、まぁいいと流したことも腑に落ちない。
とはいえ、続くベータの言葉に、俺はそのことへ意識を向ける余裕を奪われたのだが。
「であれば、それをお前は見つけたか?」
急所を突く言葉だった。
見つけたか、否か。答えはハッキリとイエスだ。しかし、向こうは太陽結晶が“何”であるかを知っている。俺がイエスと答えた時点で俺の所にニュウがいるのは当然の帰結で。
ニュウは、ベータの元から逃げ出したのだ。
ウソを付くことはできない。誤魔化すこともできない。だからといってきっぱりイエスと答えるべきか。
俺には判断の材料がなかった。
つまるところ、それを問われた時点で俺は詰んでいる。どう答えたって、正解にならない。
故に、俺は――
「こちらからもお聞きしたいのですが、そもそも太陽結晶とは何なのですか?」
普通ならありえないだろう。相手は超常存在で、下手な口を利けば首がとんでも可笑しくはない。だが、そもそもの話。だからどうした?
俺が倒そうとしているのは、魔障ではない。天騎でもないが――悪鬼だ。
基本的に、天騎と悪鬼ではそもそも悪鬼の方が強い。天騎よりも恐ろしい超常存在と言える。だとしたら、どうして天騎相手に臆する必要がある?
もっと強いやつを倒さなければいけないのに、それ以下の存在を恐れるなんて愚の骨頂。
最悪ここで、天騎ベータと敵対することになったとしても、俺は俺の目的を曲げるわけにはいかないのだ。
だから答えない、イエスとは言わないし、嘘とも言わない。そんなことよりも、せっかく目の前に現れてくれた相手から、情報を得ることのほうが先決だ。
これは一方的な詰問ではない、対等な立場での交渉なのである。
それを、ベータは。
「――それを、今この場で答えることはできない」
拒否した。
当然だ、向こうに答える義理はないんだから。ならば、直接聞き出すほかはないか――? 絶望的な状況だが、正直俺はそれを都合がいいとすら思っていた。
俺は手に入れたのだから、超常存在にも対抗しうる手段を。
太陽結晶を。
しかし、続く言葉は想像とは違うものだった。
「ならばよい、コレ以上の会話は不要だ。――ご苦労だった」
会話を打ち切るというものだった。
なぜ? 俺が答えないということは、殆どバレているようなものなのに。
「ゆめゆめ、その輝きを翳らせぬよう、お前の健闘を期待しているぞ、レイト」
――そういえば、前回は名を聞かれた時にしか呼ばれなかったが。
今回はこうして最後にも呼ばれたな、と場違いなことを考えているうちに、天騎ベータは姿を消すのだった。
+++
信徒レイトは非常に優秀だが、“惜しい”信徒であると、レイトの所属する教団支部を取り仕切る聖女は考えていた。
教団に殉ずるものとして、天騎の信奉者として、その最たる誉れは天騎の愛に応えて死ぬこと。
レイトはそれに恵まれない。故郷が試練に見舞われた時、死ぬことができなかったことに始まり、彼は多くの死地に赴き、生還している。
驚異的である。彼は聖女ではなく、魔障に抗う力を持たない。
だというのにここまで彼が生き抜いてきたのは、その強靭なる意志あってこそだろう。
人は生きることを諦めてはならない、しかし最後には天騎へと殉じ、その身を捧げ愛を受けることこそが人にとっての最上の幸せだ。
レイトはその機会に恵まれない。あまりにも、不憫でならなかった。自分が生き残ってしまった側であるがゆえに。死ねない信徒の苦しみを、聖女は誰よりも深く理解しているのだ。
そんなレイトに、天騎ベータが降臨した。
あまりのことに聖女は呼吸すら忘れてしまうほどだったが、レイトは驚きこそすれ落ち着いて礼を尽くした。はたして、この場においてより信仰深いのはどちらだったか。
聖女は自分の非礼を恥じ、ベータの言葉に聞き入った。その中で出てきた「太陽結晶」は聖女にしても驚愕としか言いようのない代物だった。
人の身でありながら、悪鬼を討伐することができるなど。
信じられない話である。しかし、それをレイトは知っていたという。彼ほどの信仰者ならそれも当然だろうと納得したが、話をするうちにレイトは驚くべき行動を取った。
ベータの質問に、質問を返したのである。聖女は言葉もなかった。
ありえないことだ。天騎とは人を守護し、愛する存在。その愛に応えるのが人の存在意義。だというのに、レイトは天騎に対して対抗するように言葉を放った。
本来なら、聖女はその瞬間卒倒し、その場に倒れていても可笑しくはない。
少なくとも若い聖女なら耐えることは出来なかっただろう。
しかし、妙齢の聖女は、その人生経験からかほんの少しだけの余裕があった。故に、天騎ベータの顔を見たのだ。その顔は変わらず慈母の如き笑みだったが――どうしてか。
どうしてか、レイトが質問で返した時、嬉しそうに思えてならなかった。
レイトは、きっと気付かなかっただろう。
それどころではなかったし、彼はまだ若い。人の機微というものに聖女ほど聡くはないはずだ。
しかし、それにしても――その感情に果たしてどのような意味があっただろう。
聖女がそう考えているうちに、天騎ベータは帰還し、話は終わった。
退出するレイトを見ながら――聖女は彼にかける言葉が、見つからないのだった。
ベータ本人の思惑はともかく、天騎の人間に対する振る舞い方は登場した直後のベータみたいな感じです。
聖女の地の文はナチュラルにおかしいですがおかしいのが正常です。